4

***

翌日は午前中まで雪が降り続き、早朝には除雪車までやってくるほどだった。
とはいえ、除雪車が入ってこれるのは、自宅の坂を下った通りまでで、その上で暮らす人たちは朝から雪掻きに追われた。
明日にはみんな帰省から戻るということで、広文は買い物に出かけた。
雪の多い時期は頻繁に買出しに行けず、大抵どの家庭も何日分かまとめ買いするものである。
一番近くの大型スーパーはバスで三十分のところにあった。
それぞれの要望が書かれたメモを受け取り広文は出て行く。
その時の僕は未だに夢の中で、一緒に行くことは出来なかった。
起きてから追いかけようとするも、父親に雪掻きの手伝いを頼まれて渋々了承する。
それが終わると、父親たちは残り短い休みを惜しむかのように、再び酒盛りを始めた。
ようやく自由になった僕は、雪掻きの格好のまま通りに出るとバス停を目指す。
昼には雪が止んだが、厚い雲はまだ地上近くを流れて、ごうごうと唸るような轟音を響かせていた。
こんな天気では、道に出ている者なんておらず、雪を踏む音しか聞こえない。
東京と違って家が乱立しているわけではないから、広々としている分、寒々しかった。
どの家も眠っているかのように森閑として、時折屋根から落ちる雪の音しかしない。
通りにも人ひとりいなくて、この町には僕以外いないんじゃないかと錯覚を起こしそうだった。

「ふぅ、さむ」

分厚い手袋を擦り合わせながら見えてきたバス停に駆け込む。
奥は待合所で風除けのために箱のような形をしていた。
中はコの字型にベンチが並べられていて、壁にはお年寄りにも見やすいよう大きな時刻表が貼り出されている。
とはいえ、周辺の住民は大抵車を持っているし、バスを使うのはごく一部のようで、数の少なさが物語っていた。
今の時期は一時間に一本で夕方五時が最終になる。
予定ならあと五分で次のバスがやってくるはずだ。
先に広文とメールのやり取りをしていた僕は、彼がそれに乗っていることを知っている。
だが都心の電車と違い、予定時刻に到着するわけがない。
ましてこんな田舎の雪道では遅れて当然だ。
僕の待っていたバスも予定より二十分遅れてやってきた。

「湊……?」

うとうとしていたところで、ふいに声をかけられた。
眠気まなこのまま目を擦り、ゆっくりと顔をあげる。

「あ、広文っ…ごめ、寝ちゃうところだった」

そこにはたくさんの荷物を抱えた広文が立っていた。
バスは彼を降ろして去っていったのか、もう姿はない。
バス停内は思ったより寒さをしのげるせいか、座ったまま気持ち良くなっていた。

「こんなところで寝てると風邪引くぞ。迎えに来なくても良かったのに」

彼は苦笑して「さ、帰ろう」と、促す。
だが僕は首を振ると膝の上に置いた手を握り締める。
それを不審に思ったのか、彼は荷物をベンチに置き、隣に座った。

「どうしたんだ?」

僕の横顔を覗き込むと頭を撫でてくれる。
だからその胸元に飛び込むとしがみ付いた。
瞬間、驚いた広文が仰け反るが、すぐに僕の背中へ手を回してくれた。
そのまま優しく撫でられて、僕はぎゅっと目を閉じる。

「……ここで、しよ?」
「え?」
「こ、ここで……広文とエッチなことしたい!」

思い切って言ってしまった。
拒絶を恐れて抱きつく力を強める。
敷地内ならともかく、いつ誰かが来るとも知れぬ場所で、何を言い出すんだと呆れられても仕方がない話だ。
だが、もう一秒たりとも離れたくなかった。
別れる前に、もっと肌を重ねていたかった。
不安を掻き消すように求めると、広文は僕の気持ちを汲むように優しい抱擁で返してくれる。

「次のバス、何時か分かる?」
「い、一時間後……」
「じゃあ急がないとな」
「んく」

手袋を脱ぎ、冷えた手のひらを重ねて息をかけてくれる。
途端に広がる白い息は、空気に溶けて舞い上がる。
互いにその様子を見て笑みを浮かべると、広文の手がズボンの中に入ってきた。
冷やりとした感触に粟立ったが、しっかり服を掴んで離さない。

「あぁ、あっ…んぅ……っふ…」

勃起した性器を扱いてくれるかと思えば、この時はお尻ばかりを弄られてしまった。
時間がないし、場所が場所だけに早く性器を挿れてほしかったのに、いつまで経っても尻の穴から手を離さない。
とっくに柔らかくほぐれているのに、執拗に内部を掻き回されて腰が震える。
指二本を突っ込んで、いいように穿られた。

「ひぁ、あぁっく…っ、まだ…っお尻、いじるの?っふ…ぁっ、もういれてもいいのに…っ」

昨夜は性急すぎるほど早かったのに、今日は焦らすようにじっくりと触られた。
半ケツ姿で寒いはずなのに、体は熱さを増す一方で、体温調節が出来なくなる。
そのうち下半身に力が入らなくなって、見計らったようにもう一本の指が尻に挿入された。
バラバラな指が好き勝手に人の内壁を擦り突っつき引っ掻き回してもてあそぶ。
僕はベンチに座りながら尻を突き出して、どうにか耐えていた。
背もたれを掴み、落ちないよう気を配るたび、穴をヒクつかせる。

「やぁ、っぅ…っ…うぅっ……」

それも全部丸見えで、早く広文のを挿入して欲しかった。
自分だけ愛撫に乱れているところを見られたくなかったからだ。
だが、いつまでもやめない。
縦横無尽に動く指は生き物のようで、ねちっこく責めたてる。
もう痛いくらいに熱くなった性器は、ガマン汁をダラダラに流して悲鳴をあげていた。
なぜか一向に触る気配はなく、仕方がなく自ら扱こうと思えばその手を止められた。

「んぅ、んっ…ど…してっ……」

早く出したくてウズウズしているのに、邪魔されて蛇の生殺し状態である。
今なら少し触った程度で射精しそうだ。
楽になりたいのに、広文は何も言わず首を振る。
そして再び尻を弄り始める。

「ふぁ、ぁ…ぁっ…っうぅ…っ」

まるで拷問のように尻の穴を苛められて表情筋すら動かすことが出来なくなっていた。
触るなという言いつけを守り、尻への刺激だけで快楽を享受するも、今度は指では物足りなくなり、疼きだけが酷くなる。
もっと奥を擦って欲しいのに、そこまで届かなくてもどかしさに泣き出してしまいそうだった。
ここがバス停だということも忘れて、獣のような声が漏れてしまう。
こんなにも緩んだ穴は初めてで、元に戻るか心配になるくらいだった。
それくらい執拗な愛撫に、腰は砕け足は立てなくなると、尻を突き出したままペタンと座り込む。

「これくらいかな」

ようやく指を抜かれると、異物がなくなったはずの腸内は違和感で蠢いた。
妙な消失感に頭を支配され、普段なら絶対にしないだろうに、無理やり体勢を変えると股を開いた。
足に引っかかっていたズボンとパンツを脱ぎ、真冬だというのに寒さも感じずねだる。

「ひろふみ…ぃっ、おねが…、もういれて…僕あたまが変になりそう……っ」
「湊」
「おちんちんでいっぱい突いてっ…僕の穴、ぐちゃぐちゃにしてよ…っ」

挿入前からトロンとして理性の欠片もなかった。
我を取り戻したあと、下品な己の言動に死にたくなると分かっていて止められない。
舌も上手く回らないし、飲み込めなかった涎が口許から垂れて酷い顔をしていた。
なのに広文の顔は熱っぽくなるばかりで、僕を卑猥な目で見ているのだとひと目で分かる。
まるで襲いかかる狼の如く覆いかぶさった。
そして待ち望んでいた性器を宛がう。

「んんんんぅっ――!!」

さすがに大声は出せないと、広文は空いた手で僕の口を塞いだ。
そのお陰で嬌声は響かなかったものの、体中に物凄い大きな衝撃が走った。
一瞬、息が止まる。
緩みに緩んだ腸管は、普段より奥まで挿入された。
僕からはずっぽり根元まで挿っている広文の性器が見える。
欲しがっていた奥よりも更に奥まで貫かれて、僅かに精液が漏れてしまった。
それを見た広文は鋭い笑みを見せる。
彼は激しく突かなかった。
根元まで挿れた性器をゆっくりと引き抜く。
亀頭ギリギリまで抜いたら、またゆっくり奥まで挿入した。
動きが鈍い代わりに性器の形がダイレクトに伝わる。
大きさ長さ硬さ熱さが手に取るように分かって身悶えた。
抽送の様子は全て丸見えで、どんなエッチな映像にも勝るほど生々しく淫靡である。
同時にいつもみたいに激しく突いてくれないじれったさに身を焦がした。

「湊は抜く時にイイ顔をするね」
「はぁ、あっん…わかんな……っ…」
「突かれる方が好きかと思ったけど違うの?」
「んぅ、どっちも好き…ぃっ…」

頭が働かないのをいいことに、巧みな話術で本音を暴こうとしてくる。
どこを擦られるのが好きか、どんな風に突かれると気持ちいいのか、ありのまま喋ると彼を満足させた。
まだ体を繋げて数日なのに、どんどんいやらしくなる自分が怖くなる。
広文とのことには歯止めが利かなくて、泥沼に沈むかのようにのめりこんだ。

「いつもより…あぁんっ、深い…広文の、奥にきてるよ…っぅ…!」
「もっともっと気持ちよくさせてあげる」
「こ、これ以上っ…気持ち良くなったら…あっぅうっ…んぅ、はぁっ…だめだよっ……あぁっ…!」

こねくり回されるたび、熟れた内壁が熱くなる。
もう限界で、無意識に股間へ手を伸ばすも、またもや遮られてしまった。
僕の手は広文に阻止され、押さえつけられてしまう。

「ど…っしてっ!どうしてっ…やだやだぁ…っ、おちんちん扱かせて…っ、ぼく、も…っ」

幼児の癇癪みたいに喚き泣きじゃくるが、彼はどうしても性器を弄ることを許してくれなかった。

「だめだよ。お尻だけでイくんだ」
「あぁっ、ひぁ…っ!む、無理…っ、そんな…ぁっ…」

力では敵わなくて、今すぐ扱きたいのに何も出来ない。
それどころか広文の抽送は激しくなって、息が詰まるほどになった。
無茶苦茶に奥を犯され突かれて、僕の性器は目の前で大きく揺れている。
(お尻でだけなんて無理だよっ)
いつだって射精する時は広文が扱いてくれた。
だから僕は絶頂を迎えることが出来たのだ。
このまま何もせず突かれ続けたら、本当に気が狂うかもしれない。
それほど尻の穴を犯されるというのは凄い刺激だったのだ。

「ひぁ、あぁっ…怖いよぅっ…広文っ、ひろふみ…ぃっ…」
「大丈夫。俺も一緒だから」
「あぁっ…んっ、くる…っくる…っ!きちゃうよっ…あぁっ、あっんっぅ」

大きな衝撃が来る予兆に、体がびくんびくんと波打った。
内部からこみ上げてくる不思議な感覚に身を任せるしかない。
自分でも分かるほど腸管は締められ、中の性器を押し出そうとしていた。
それを抗うように広文は奥を突き、馬鹿みたいに腰を振っている。
僕は視界が霞むのを感じながら新たな感覚に包まれた。

「はぁぁぁぁっ――――!」

尻が焼けるように熱くなると、触れていないのに僕の性器から精液が溢れ出た。
いつものような勢いはないももの、どろどろとマグマのように溢れる。
広文も顔を歪ませると、根元まで挿入して果てた。
一気に腸内へ精液を流し込まれて、僕の体は火照りを増す。

「ふぁ、あっ………あぁっ、あっ……」

その様子に普段の射精と違うことに気づいた。
いつもは一瞬激しい快感に呑まれて痺れたような感覚を味わうと、波が引くように体は落ち着きを取り戻す。
なのに今は、腸壁に精液をかけられただけで、刺すような快感が蘇った。
全身が性感帯になってしまったように、快楽が引かない。
むしろ感度はあがるばかりで、疼きと火照りが酷くなった。

「ふやぁ、あぁっ…なにこれ……」

少し体が触れただけで電気ショックのように刺激が走る。
長引く余韻をもてあまして見下ろせば、未だに性器からは精液を垂れ流している。
何が起こったか分からないでいると、急に抱っこされた。
何事かと慌てふためく前に、後ろから膝の上に乗せられる。
嫌な予感に振り返ると、彼はまた性器を硬くしていた。
肩越しに狡そうな笑みを見せる広文と目が合う。

「言ったでしょ。もっと気持ち良くさせてあげるって」
「や、だ、っだめっ…んぅっ…それ、いれちゃ…あああぁっ!」
「お尻でイくことをちゃんと覚えなくちゃ」
「ひあぁっ、あっ…んっ、っぅ……」

止めるのも聞かず、容赦なく挿入されてしまった。
後ろからだとまた擦れる場所が違って仰け反った。
先ほどまでの焦らしとは比べ物にならないほど怒涛な責めに、僕はなすがまま喘ぐしかなかった。
一度イったはずなのに、絶頂は続き、下から突き上げられるたびに恍惚とする。
膝の上では無理やり踊らされた人形のように激しく舞った。
どこに擦れても気持ち良くて意識が薄れる。
とろとろに蕩けて何も考えられなくなる。
古びたベンチは鈍い音で軋み、壊れてしまいそうだった。

「あぁっんぅ、んっ…はぁっ、おしりめくれちゃぁ…あぁっ…」

引き抜かれるたびに穴はめくれ、肉の輪が広がる。
広文が中出しした精液が潤骨油のようにぬめりを良くして泡立てた。
正面には変わらぬバス停の目印が立っており、その後ろに広がるのは雪の塊だ。
通りの雪を掻き、端に除けて出来た雪の壁がどこまでも続いている。
何ら変わり映えない景色を見ていると、なぜか背徳感に襲われた。

「…くぅ、っ…広文の動き…っ、なんかいつもよりエッチだよぅっ…あんまりずんずんしたら…っお尻、開きっぱなしで…戻らなくなっちゃう…っ」
「はぁ…っん、湊の体がいやらしいから…っん、押し付けちゃうんだよ」
「あっぁ…ぁっ…ひ、みつっ…秘密っ」
「誰かが通ってくれたら、俺のちんこを根元まで咥えこむ可愛いアナルを見てもらえるのに」
「いや、ぁ…あぁっ…あぁっ……んっ…」

広文は突き上げながら、閉じていた足を開いた。
そのせいで僕の足も自然と開いて、外から僕の大事なお尻の穴が見えてしまう。
広文に見せるのだって恥ずかしいのに、他の誰かに見られるなんて考えるだけで耐えられない。
(しかも広文の大人ちんちんが挿って広がっちゃってるんだもん)
嫌だとかぶりを振るも、興奮を煽っているにすぎなかった。
断続的に続く絶頂に、ずっと皮の被った性器から精液が出ている。
それが地面に垂れて端へ流れている。
広文は意地悪だ。
僕の体が敏感になっていると知っていて、衣服に手を潜りこませると、乳首をもてあそぶ。
それなら性器を扱いて欲しかったのに、相変わらず放置されてじんじん痺れていた。
最初に触れられた時は冷たかった指も温まっていて、彼だって興奮していたことを覚る。

「んぁぁあっ、また…っ何か…きちゃぁぁあっ…」

そうこうしている間に再び大きな波がやってこようとしていた。
ただでさえ気持ちいいのに、これ以上の刺激を与えられたら発狂してしまうかもしれない。
それでも一度覚えた快楽には貪欲で、また味わいたいと欲している。
広文は僕のうなじに吸い付きながら、ぎゅっと抱きしめてくれた。
暴れだしたい衝動を押さえつけられ、身震いが止まらない。
腸内は散々突かれてまくってぐちゃぐちゃになっていそうだ。
挿入前にしつこくほぐされたせいで、穴は広げられ感度が良くなっている。
どこまで犯されているのか分からないほど奥まで侵入していて、そのための準備だったのだと知った。

「またっ、また…っ、おちんちん扱かないでイっちゃうっ!」
「そうだよっ…っ俺のちんこだけで射精しちゃうんだ。俺のものになっちゃうんだっ!」
「ひぁ、ああぁぁっ――!」

ひときわ強く突き上げられて、目を見開いた。
広文は僕の腸内に射精するが、律動はやめずガクガクと揺さぶられる。
腹の中にじんわりとした熱さが広がると、僕も精液を飛び散らせた。
開いた股の間から勢い良く跳ねるように飛び出す。
背筋を震わすほどの快楽に、声なき声が漏れてしまう。

「ふぁ……ぁっ…………」

(下半身は溶けてしまったの?)
腰から下の感覚が全て消え失せ、自分がイっているのかイってないのかすら分からなかった。
頭をガツンと殴られたような衝撃に、朦朧として現実感が失せる。
尾を引く快感はじわじわと押し寄せて、いつまで経っても冷静になれなかった。
ただ耳元から聞こえる広文の荒れた吐息に身を委ねる。
ジャンパーの下は汗で気持ち悪いくらい濡れていた。
忙しなく肩で息をし、落ち着きを取り戻そうとする。

「んぅ、はぁ……っ……」

だが一向に快楽の波は引かず、感覚の麻痺した下半身は勝手におしっこを漏らした。
二人の足の間にちょろちょろと頼りなさ気な音が響く。

「ひぁ、ぁ…ぁっ…見ないでっ……」

震える手で必死に隠そうともがくが、隠しきれず放尿姿を晒す。
ずっと我慢して出したような極上の心地よさに止めることが出来なかった。
気温の低さに湯気がたちのぼり羞恥心を煽る。

「嫌わないで…っ、きらわないで……!」

呻くような声で呟くと後ろから優しく頭を撫でられた。
そっと耳元にキスをしてくれる。

「湊、好きだよ」
「んぅ」

はしたない姿を晒したのに、柔らかな眼差しで見つめられ、肩越しに胸をときめかせた。
どうやら互いに熱は引かず、まだこの温もりに浸っていたい。
僕は安堵の息を吐くと、火照りの残った腹を撫でるのだった。

***

出立の日、今年も僕らと広文の家族とで帰路につくことになった。
親戚はたくさんのお土産を持たせてくれ、盛大に見送ってくれた。
父親と広文のお父さんは祖父やおじさんたちに「また会おう」と握手をしているし、母親は世話になったと頭を下げていた。
僕は広文に連れられて、両親たちより先に出る。
歩き慣れた坂を下り通りに出ると、バス停で最後だろう二人っきりの時間をすごした。
短期間なのに、いつの間にか北陸の寒さに慣れ、当たり前になっていた。
寄り添い、離れることの覚悟を決めようとする。
まだ子供のくせに「一緒にいたい」なんて幼稚な我侭は言えなくて、喉の奥でこらえた。
広文のことを困らせたくなくて、そんな顔見たくなくて必死に我慢する。
蘇るのは一年前の出来事で、たった一年なのに遠い過去のように思えた。
別れはいつだって寂しかった。
たとえまた会えると分かっていても、その寂しさは拭えなかった。
頭で理解しても剥き出しの感情が揺れる。
途方もなく心細さがこみ上げる。

「好き…っ、すき……っ」

そう言葉にするのが精一杯で、息苦しさを覚えた。
どうして幸せな時間はこんなにも早く過ぎ去ってしまうのだろう。
僕らは子供で、無力な存在である。
離れたくないとの気持ちを込めて手を握り締めた。
泣かないように顔を上げ、空を仰ぎ見る。
今日は気持ちの良いほどいい天気で、道路の端に寄せられた雪がキラキラ輝いていた。
昨日求め合ったバス停は相変わらず無人で、他の乗客といえばそろそろ追いかけてくる互いの両親くらいだろう。

「俺も好きだよ」
「…っうん…」
「本当は一分一秒離れたくない。湊の傍にいたいよ」
「うんっ…僕も……」

何度も頷いて自分も同じなのだと誓う。
どうしたって離れざるを得ない関係であることは明白で、想いを共有していたかった。
今日の夜には隣に彼がいない。
始めから覚悟した上での遠距離恋愛だったのに、その別れがこんなに辛いとは思わなかった。
勝手に溢れる涙に、視界がぼやける。
見れば僕らの両親が坂を下り、通りへ出ようとしている。
(もうそろそろバスが来る時間なんだ)
足りない時間を惜しむように身を寄せた。
両親がやってきたらいつもの二人に――恋人ではなく、いとこの二人に戻らねばならない。

「……そのままよく聞いてね」

広文はこちらに顔は向けずそう呟いた。
僕は黙って頷くと彼の言葉を待つ。

「今日はこれでお別れなのはちゃんと分かってるよね?」
「ん……」
「じゃあ次に会うまでおじさんとおばさんの言うことを素直に聞ける?」
「うん。いい子にする」
「部屋を片付けたり、やりっぱなししっぱなしをしない?家事のお手伝いも出来る?勉強も宿題もやれる?」
「う、うん。僕、がんばる……」

なんなんだろう。
戸惑いながら彼の横顔を覗き見るが、表情は変わらず何も読み取れない。
そうこうしている間に、両親はすぐ近くまで来ていた。
僕らを見つけて手を振っている。
広文は応えるように空いた手をあげた。
その様子を訝しげに見つめていると、こちらを向く。

「じゃあ少しのお別れ」
「え?」

握っていた手を引かれるがままバス停の奥、両親から死角になる場所へ連れて行かれて抱きしめられた。
驚く間もなくキスをされて目を見開く。
寒さのせいか広文の唇は少し冷たかった。

「ずっと内緒にしてもらっていたけど、実は春から東京の大学に通うから、湊の家に居候させてもらうことが決まってるんだ」
「は……?」
「三月には東京へ行けると思う」
「ひ、ひろ…………」
「だからそれまでに整理整頓、よろしくな。ついでに勉強見ることも約束してるから、バシバシ鍛えてあげる」

ニッコリ満面の笑みを浮かべた。
僕は状況を理解できないまま固まる。
――と、両親たちがバス停に到着した。
途端に賑やか声が広がる。

「あ、おばさん。今、湊に話しました。彼は頑張ると言ってくれました」
「あらあら良かった!もう本当に困っていたのよ」

母親の姿にいつもの感じの良さそうな顔でこたえる。

「湊のことは俺に任せてください」
「やっぱり広文君の言うことならちゃんと聞くのね。任せちゃって悪いわ」
「こちらこそ春からはよろしくお願いします」

頭をあげる広文に、ちょうど良くバスがやってきた。
どうやら彼が下宿することを知らされていなかったのは僕だけのようで、先にぞろぞろと両親たちがバスへ乗り込む。
他に乗客はいないようで、父親とおじさんは一番奥に座った。
一連の出来事に呆気にとられて口を開けていると、広文が振り返る。

「さ、俺たちも乗ろう」
「あ……」

差し出された手に恐る恐る重ねようとするも、震えて上手く掴めない。
(遠距離じゃなくなるの?)
瞠目したまま彼の顔をじっと見つめると、悪戯っぽい笑みを返された。
言葉にならなくて動揺を隠せない。

「何?俺が一緒に住むのは不服?」
「ちがっ……」

だから今年の大掃除、母親のチェックは厳しかったの?
物置部屋まで片付けを命じられたの?
記憶の糸を手繰り寄せると、現実に少しだけ実感が加わった。
どう反応していいか分からず眉間に皺が寄る。
見かねた広文は、意味あり気に目を細めると、僅かに屈んで僕の耳元に囁きかける。

「春からはいつでもいやらしいこと出来るね」
「――っ――!」
「そっちもたくさん教えてあげるから覚悟しているんだよ」
「なっ」

行為の最中と同じ声に体は勝手に火照った。
ビクリと震えて身を捩ると、顔を歪ませる。
だが、彼の肩越しに早く乗れとこちらを見ている運転手と目が合って、思わず赤面した。

「ば、ば、ばかーーっ!!」

ようやく返せたのはそれだけで、でも、広文はとても楽しそうな顔で笑った。
ぐいっと手を引かれてバスへと乗り込む。
先に乗っていた両親たちはこっちだと手招いた。
離す気のない手は強く握られたまま、バスは長閑な農村を出発する。
遠くなっていくあのバス停を見つめて、胸元に手を置いた。
バスの振動と流れる景色に目を閉じる。
どうやらまたドキドキ眠れない日々が続きそうだ。

END