6

***

和久井に礼を言って鍵を返したあと、二人はもとのアパートに帰ってきた。
靴を脱ぐともたれるように倒れこみ抱き合う。

「んっ……ぅ……」

後頭部に手を回すと引き寄せて口付けた。
途端に馨の顔はりんごのように赤くなる。
二人は体を重ねてもキスはしたことがなかった。
柳小路は変に律儀で、ファーストキスだけは奪わなかった。

「お、おじさま……」

だが想い合った今、何も阻むものはない。
硬いフローリングの床に押し倒し、何度も口付ける。
馨の柔らかく甘い唇の感触に募った想いが膨らんで爆発しそうだった。
いつもより性急な素振りに、馨も柳小路を理解し、拒否したりしない。
なすがまま受け止め、背中に手を回す。

「んぅ、んっ……ふ、っはぁっ……」

慣れない呼吸に息を乱すが、執拗な口付けに逃れられず、吐息さえ呑まれた。
咥内に舌を入れられていいように蹂躙されている。
唇を甘噛みされ、舌を絡められ、次第に息苦しささえ忘れて恍惚となった。
蕩けそうな甘いキスに酔いしれて何も考えられなくなる。
その間にシャツのボタンを取られて、素肌が露になった。
僅かに目を開ければ焦点がぼやけるほど間近に柳小路がいる。
熱っぽい眼差しで見つめられている。
それだけで体は火照り、暑さは増した。

「はぁっ、っ……すまない。紳士でいるつもりだったのに、君をこんなところで押し倒してしまった。布団を敷く余裕すらない……」
「ん、んぅ……はぁっ、ん……いいんです。僕は女じゃないから気遣わないで……っ」

むしろ嬉しかった。
あの柳小路が気遣えないほど夢中になって触れている。
蛇のように絡まり隙間なく重なると互いの温度で溶けてしまいそうだ。
いたるところに口付けられて、吸われて卑猥な痕が残る。

「あぁ、あっんぅ……んっ……」

羞恥に喘ぐ声の甘さと、心地好い屈服感にどうにかなってしまそうだ。
久しぶりの情事に心臓が飛び出そうなくらい緊張し震えている。
壁の薄いアパートでは以前のように声は出せない。
いつ誰に聞かれるとも知れない不安が背徳の行為に思えてなおさら煽った。
柳小路の綺麗な指で丹念に尻の穴を解されている。
無意識に締まろうとする内部に、優しくも遠慮ない指が粘膜を押し広げようとしていた。

「はぁ、ぁあっ……ふっ、ぅふ……」

弄られているのは腹の中なのに、頭から背筋にかけて電流が走るようにピリピリする。
次第に増やされる指の数に比例するかのように体に響いた。
馨は柳小路の腕の中で吐息を押し殺し、心の準備をする。
いつの間にかズボンもパンツも脱がされ、下品にも足を広げていた。
昂ぶった性器はガマン汁を垂れ流し、柳小路の高そうなスーツを汚す。

「好きだ、馨……っ馨、好きだよ……」

耳元で囁かれるたびに尻の穴を締め付けた。
その素直さにたまらず睦言を繰り返す。

「ん、こんなことなら、もっと早く言えば良かった」
「ひぁ、んっ……卑怯です、っ……こんな風に囁かれたら誰だって蕩けてしまうっ」
「だって好きって言う練習しないと、馨は鈍感だから」
「あぁっんぅ……ふっ……僕のせいに、しないでくださいっ……」

どんな文句を言っても恍惚と見つめる瞳に嘘はつけなくて、気持ちを露呈させてしまう。
いちゃいちゃと互いの体を触り合い、感触を確かめた。
十分にほぐされたアヌスはとろとろに柔らかくて、柳小路の性器を受け入れる。
動きが緩慢だと油断した途端、一気に奥まで突きたてられて、次の瞬間には全身を貫くような衝撃が駆け巡った。

「んぅぅぅ――――!」

悲鳴のような嬌声は彼の唇によって遮られくぐもった声に変わる。
だが体は正直で、絶頂に達したのか性器から白濁液が漏れていた。

「はぁぅ……ばかっ……」

イって強張った手足が震えている。
危うく大声を出しそうになったというのに、彼は全く気にした素振りはなかった。

「男というのはいくつになっても好きな子をいじめたいものだ」
「ん、意味分かりません」
「ほう、馨はマゾなのか」
「違います!」

勝手に決め付けられて睨むが、飄々と笑い額に口付ける。
触れる手の優しさに惑わされそうで悔しいが、抗えずなすがままにした。
会話に色気はないのに雰囲気はどこまでも甘く満たされている。
少しでも彼が奥を突けば、果てたばかりなのに快感が走った。

「あぁ、ふっん……んぅ、こんな……っきもちいいなんて……っ」

知らない。
柳小路とは何度か寝たが、こんなに気持ち良かったのかと戸惑う。
昔から病は気からと言い、体と心は繋がっているものなのかもしれない。
心が気持ち良いから体はより気持ち良くなる。
それくらい惹かれていたのだと改めて実感して胸が高鳴った。
惑わされているんじゃない、流されているわけでもない。
何度も考え、何度も立ち止まり、そのたびに感じた想いなのだ。
恋をするならもっと楽な人もいる。
わざわざ変な伯父なんかに惹かれる馬鹿はいない。
だけど心は正直だから、こうして歪な体同士を重ね合わせても気持ち良い。

「好き、っんぅ、好き……っ……すき、ぃっ……」

溢れ出る感情の波に溺れそうだ。
顎を仰け反らせ、快楽に魘されながら呟き続ける。
言わないと体がどうにかなってしまいそうだ。
ひたすら求めて首に手を回し、引き寄せる。

「はぁ……あっ、く……君の声だけでイってしまいそうだ……っ」
「んぅっん……おじさま、ぁっおじさま……っ……大好きっ……」
「私も……私も馨が好きだよ」

深く奥まで犯されて内壁は蕩けた。
ギシギシと軋む床に、一階で良かったと頭の端で考える。
それくらい激しく交わって互いに乱れた。
周囲には脱ぎ捨てた衣服が散乱している。
こもった室内は無性に暑くて汗がふきだした。
湿った肌を擦り合わせ、ふと気付いた時にはどちらともなく唇を重ねる。
うっとり見上げると端麗な顔立ちが快楽に歪み馨だけを見ていた。
黒々とした瞳の中には犯されて悦んでいる己が映る。
汗で貼り付いた前髪を分けてくれると、角度を変えて口付けた。
押し付けられた唇の肉感的味わいがたまらず、軽く噛み吸い付く。
すると腰を抱き寄せられて膝の上に乗せられた。
体重によって根元もまで深く刺さり海老反りになる。
体中敏感でどこに触れられてもゾクゾクした。
腸管を締め付ければ、内部で彼の性器が脈打つ。
そんな些細なことさえ愛しくて、腹を撫でると擦り寄った。

「お願いします。絶対に僕を置いてどこにも行かないでください」

直に触れた肌は温かくて、相変わらず上品な香りが漂う。
その言葉に、柳小路は力を込めて抱き締めた。
自分より小さな体を包み込み、胸元に押し付ける。

「私はどこにも行かないし、二度と馨を手放したりしない」
「――――っ!」
「だから安心して傍にいなさい」

馨が失った両親への愛情は永遠に満たされないだろう。
どんなに想い合っても柳小路と馨は親子ではなく他人だからだ。
それでも一番近くで共有していたいと冀うのはエゴだろうか。
周りから見て異常な関係だとしても、ただの傷の舐めあいに見えてもどうでも良かった。

「……ふっ、ぅ……も、ほんと……おじさまの言葉は格好良くて嫌になります……っ」
「馨?」
「ひっぅ……ふ、勝手に……っ、涙が……」

馨さえ幸せでいればそれで良い。
体を離すと、彼は笑いながら泣いていた。
次第に今まで背負ってきたものが溢れて、笑う余裕すらなくなり、ひたすら涙を零す。
柳小路はその間ずっと背中を撫でてあやした。
両親の通夜ですら泣けずにいた彼が自分の前だけで泣いてくれている。
どれだけ苦しかったのだろう、悲しかったのだろう。
それを思うと胸が潰れそうなほど痛かったが、同時に嬉しくて複雑な気持ちだった。
目尻に手を這わすと、涙で濡れる。
純粋で優しい涙だった。
(もっと弱みを見せて欲しい。その分だけきっと近づけるから)
漏れた嗚咽が守ってやりたいと強く思わせる。
ひと目惚れだったはずなのに、昨日より今日より、今がずっと好きだった。
馨がもたらせてくれた感情はあまりに豊かで生々しい。
おかげで生まれて何十年も経つのに、今が一番生きていると実感できた。

「馨、君を産んでくれた両親に深く感謝するよ」
「ひっぅ、ひっく……うぅっ……」
「おかげで君と出会えたんだ」

崇の人生は無意味でも馬鹿馬鹿しくもなかった。
神にも運にも見放されたわけではない。
彼なりに懸命に生きて、生きて、その果てに馨がいた。
こんな男に捕まってしまったことは申し訳ないから、何度でも土下座する。
でもそれでも足りないから感謝するのだ。

「僕も、ひっぅ……おじさまに出会えて良かった……」

彼はそのあとも延々泣き続けた。
ようやく治まったころ、生前の崇たちの思い出を話してくれた。
歌うことが大好きで、公園にギターと弁当を持って出かけたとか、週末にはたくさんの友人たちがやってきて朝まで大盛り上がりだったとか。
そのたびにまた涙が零れそうになったからキスをして抱き締めた。
彼の話の中には、苦悩だけでない幸せな人生を歩む崇がいて、柳小路は安堵した。
やはり崇は最期まで幸せだったのだ。
(……良かった)
馨は心に溜めていたことを披瀝し終えると「僕だけずるい」と、口を尖らせ、柳小路の話をねだる。
だから今度は自分の話をすることにした。
もちろん幼いころの崇の話もした。

「君にそっくりだったよ。可愛げないところが特にね」
「むぅっ、それは知っています。何度も聞きました」
「いいじゃないか。君のそういうところも可愛いと思っているんだ」
「なっ……!」

以前のように反論はされない。
それが二人の間に起こった変化を物語っている。
彼の瞳は困惑と照れに揺れて潤んでいた。
あまりに愛らしくて肩を抱くと、続きを話し始める。
馨のようにドラマチックな人生ではないが、ありのままを語ることにした。
尊敬どころか呆れられるかもしれない。
だが馨との出会いに意味があったのだと知って欲しかった。
今までどんなことにも拘らず他人事のように世界を見ていたことや、索漠と生きていたこと。
これから先もずっと変哲なく変わらぬ日常に満足しながら人生を歩むのだと諦めていたこと。

「だから馨との出会いは衝撃的だった」

彼に傾倒していくまでを話すと、恥ずかしそうに俯いて目を合わせてくれなくなった。
その仕草が可愛くて、せっかくいい雰囲気になったのに、馨の腹は正直でぎゅるるるるる、とでかい音を立てて鳴った。
相変わらず予想外だからおかしい。
目が離せない。
思わず笑うと耳まで真っ赤にして怒られた。
もともと和久井は晩御飯を買いに行くとの名目で家を出たらしい。
他人の家の冷蔵庫を開けられるわけもなく律儀に正座して待っていたようだ。
そのままアパートに帰って来たのだから腹が鳴るのは当然だと弁明する。
仕方がないので冷蔵庫に入れていただし巻き卵を食べてもらうことにした。
二人揃って全裸でだし巻き卵を食べるのは中々シュールな図である。

「ん、美味しいです! どうしたんですか、これ」
「企業秘密だ」
「ええっ。おじさまのくせにちょっと生意気です」
「どういう意味だ」

言い方に眉を顰めるが、馨が美味しそうに食べてくれたのでどうでも良かった。
(やっぱり美味しいと言われると嬉しい)
それが好きな人ならなおさら。
この顔を見るために、一心不乱に作り続けたのだ。
柳小路は内心バーのマスターに感謝しながら深く頷く。

「で、点数は?」

真剣な面持ちで窺うと、ペロリと一皿食べ終えた彼は満面の笑みを見せた。

「九十五点」
「は、えっ……あとの五点は?」
「形と焼き加減がまだ甘いですね。味は完璧です」
「うーむ、やはり厳しいな」
「舌はごまかせません」

どこかでしたような会話に顔を見合わせると、どちらともなく吹き出す。
満たされたのは腹だけじゃない、心も同じだった。

***

一週間後、父親は息を引き取った。
看護師の話によれば眠るように安からかな最期だったと聞いた。
柳小路と馨は遺産相続を放棄することにした。
今の幸せで十分すぎるくらいだったからだ。
母親は分かっていたように微笑み、兄弟たちはもう何も言ってこなかった。
その後、通夜は忙しくて目が回るかと思った。
偉大な経営者の死は多くの人の悲しみに、嘆きになった。
弔問客はあとを絶たず、斎場はたくさんの人で埋め尽くされた。
ようやく落ち着いたのは人が途絶えた夜遅くのことで、柳小路は誰もいなくなった部屋で、父親の遺影と向き合っていた。
親が死ぬというのは悲しいが、涙は出なかった。
生きている限り、死は逸らすことの出来ない現実で、平等に誰の上にも起こる終わりなのだから。
ただ、もし死の向こうに世界があるのだとしたら、そこで父親と崇が笑い合っているといいと思った。
許しあえていたら、きっと全ての想いが報われる。
衝突も確執も洗い流して、まっさらな気持ちで向き合えたとしたら、死もそんなに悪いものじゃない。
(願わくばみんなで馨の成長を見守っていて欲しい)
ぼんやり遺影の前で立ち尽していると、不意にチェック柄のハンカチを差し出された。
顔を見なくても誰だか分かる。

「……あなたを迎えに来ました」

透き通るような声に、目を細めて頷いた。

END