あらがい

夏休み目前、終業式の日に仲が良いグループのひとりにいきなりキスをされた。
結局彼とはそのまま休みを迎えることになる。
せっかくの夏休みだというのに、その時のことばかり考えて悶々としてしまった。
あまりに自然なキスで抗いさえ忘れてしまったからだ。
よく分からなくて頭がもやもやする。
そうして一週間後、前々からの約束で友達と海に行った。
中には当然そいつがいて、内心ビクビクしていた。
なんて声をかけていいのか分からなかったからだ。

「久しぶり。入谷(いりや)」

しかし彼は飄然と声をかけてきた。

「恩田(おんだ)……」

(オレの方がビビッているみたいでむかつく)
結局何もなかった振りをするしかなくて、胸くそ悪い気持ちを抱えて出かけることになった。
夏の海は多くの人で溢れ、ごった返している。
目の前が海の民宿に予約していて、先にチェックインを済ますと、部屋で服を脱いで海へ向かった。
砂浜は熱く、目の前には蒼茫たる大海原が広がっている。
他の友人たちは無邪気に笑い、波打ち際へと走っていった。

「入谷も行こう?」
「う、うん」

後ろから声をかけられて、思わず裏返る。
それに気付いているくせに、恩田は知らん振りをした。
腕を握ると引っ張り、友人たちのもとへ向かう。
特別な行為ではないのに、動揺して顔を上げられなくなった。
じんわりと汗が滲む熱気に、負けないくらい握られた場所が熱い。
すぐ前を駆ける姿はいつもの彼と同じなのに、どう接していいのか迷い、意識していた。

「遅いぞー!二人とも」
「ごめん」
「あ、そこに置いてあるの、俺らの荷物!」

先に行っていた友達はとっくにずぶ濡れになっていた。
波に身を預け楽しそうに遊んでいる。
恩田は人混みの中から開いていた場所を見つけると、民宿で借りたパラソルを砂に刺す。
入谷が持ってきたござを渡すと、ニコッと微笑んで敷いてくれた。
その間に友人の荷物を移動させると、ござの上に置く。

「入谷も遊んできたら?僕が荷物番しておくよ」
「いや、いい。それよりお前が行けよ。オレが荷物見とくし」

パラソルによって出来た影に座ると、ござの上で足を伸ばした。
今日は出発が早かったため、疲れている。
しかも入谷はここ一週間、今日の日のことを考えて眠れずにいた。
終業式にあんなことがあって、せっかくの旅行だというのにギクシャクしたらどうしようと不安だったのだ。
しかし杞憂に終わると疲れが倍に襲ってくる。
それくらい恩田の態度に変化はなかった。

「僕、あんまり外ではしゃぐタイプじゃないんでね。あいつらと騒いだらきっと身が持たない」
「ははっ。恩田ってそうだよな。……つーか、ならなんで海なんか来たんだよ」

友人のビニール袋を開けると、各自のペットボトルが入っている。
宿から出る時、それぞれ分担を決めて持ってきた。
入谷はござ、恩田はパラソル、他はお菓子や飲み物、浮き輪やビーチボールなど。
最寄り駅で買ったペットボトルは、表面が水滴で濡れて温くなっていた。
炭酸飲料を開けると、プシュッと気持ちいい音が鳴る。
中では小さな気泡が溢れて上へとあがり軽やかに弾いていた。

「ん、だって入谷が行くって言うから」
「えっ……」

飲もうとしたタイミングで恩田は呟く。
だから思わず固まってしまった。
訊き流せば良かったのに、反応してしまったせいで後戻りできない。
(別に理由として真っ当じゃねえか)
頭では言い訳しているのに、左胸はうるさくて敵わなかった。

「……っ……」

何も言えずペットボトルを持ったまま黙り込むと、周囲の喧騒が耳に入ってくる。
顔をあげれば友人たちが笑って水を掛け合っていた。
遊びの最中は幼く純粋に見える。

「入谷が行かないなら来なかったよ」
「――!」

ダメ押しの一言に、余計言葉が出てこなくなって無言になった。
ここだけ空気が薄く思えるくらい息苦しくなる。
一枚のござ、パラソルの下は狭くて、意識をすると窮屈に感じた。
ちょっとでも動けば、肩が、肘が、あたってしまうかもしれない。
入谷は勇気を出して目だけ動かすと、彼の顔を覗き見た。

「あっ……」

すると、恩田はずっと入谷を見ていたらしく、目が合ってしまう。
咄嗟に顔を逸らすと、緊張が増した。
視線を意識すると体中見られていることに気付く。
だからといって、
「体なんか見るなよー」
なんて言えるわけなく、気を鎮めようと呼吸を整える。
(見てる。絶対にこいつ見てる)
顔を背けて分からないはずなのに、眼差しを感じて皮膚が火照った。
せっかく整えた呼吸はすぐに乱れると、肩があがって体が強ばる。
そうだ。
いつもそうだった。
ふとした時、恩田と目が合うことがある。
視線を感じることがあった。
しかし気のせいだと流していたから、気にも留めなかった。
バラバラだった事象が繋がるとひとつの答えが見えてくる。
それは断言できた。
彼は今までもずっと入谷を見ていたのだ。
(なんで――なんて訊けるか)
訊いてしまったら最後、決定的になる。
知らなければ良かったことが露呈される。
今さら勘弁して欲しかった。

「お、オレもあいつらんとこ行ってくる」

気力を振り絞って立ち上がった。
震える手でどうにかペットボトルを閉めると、適当に袋に戻す。
まだ一滴も飲んでない。

「うん。いってらっしゃい」

顔は見られなかった。
だけど声からして含みがありそうだった。
見つめられてうろたえている姿まで知られてしまった。
なぜか負けた気になって悔しくなる。
隠すように口を尖らせると友人たちのもとに向かった。
内心夏で良かったと安堵する。
なぜなら鏡を見なくても、頬が赤くなっていることを分かっていたからだ。

午前中そうして遊ぶと、昼は民宿が経営している海の家で昼食をとった。
体力が戻った午後、飽きもせず再び海へ繰り出すと、午前中とほぼ同じ、恩田は荷物番をしながら入谷たちが遊んでいるのを眺めていた。
その間も入谷は視線を感じて彼を見られない。
おかげでせっかくの海だというのに集中して遊べなかった。
気持ちが散漫のまま遊ぶのは結構大変で、どうしたと訊かれるたびに平気な振りをする。

「お前は来なくていいって言ってるのに」
「でも入谷だけで持てないでしょ」

飲み物はすべてなくなり、出店に飲み物や軽食を買いに行くことになった。
じゃんけんで負けたのは入谷だったのに、恩田は着いていくと言って訊かず、無理やり引っ付いてくる。
以後、二人っきりになるのは避けていたのに、たまったもんじゃなかった。
(はぁ。また左胸が変になる)
隣を歩くだけでドキドキうるさくて、心臓麻痺でも起きるんじゃないかと不安になる。
だけど立っている時は、目線が若干違うから楽だった。

「恩田、背いくつ?」
「半年で五センチ伸びたよ」
「どんくらい伸びたかは訊いてねーし」

ここ一、二年で急に身長が伸びだしたのか、同じくらいだったのに抜かされてしまった。
それが癪で口を尖らせる。
恩田は筋肉質ではないが、すらりと細身で余計に高く見えた。
秀でた鼻梁に温和な表情は、同性といえども認めねばならない。
悔しいが女子から人気なのは事実だ。
この暑さの中涼しげに笑う横顔が大人びて見える。
彼はグループの中でも大人しくて一歩引いているところがあった。

「じゃあオレ買ってくる。待ってろ」

屋台を見つけると、恩田を置いて走り去った。
列に並ぶこと数分、ようやく自分の番がやってくると頼まれた品を注文する。
親切にもトレーを付けてくれて、ひとりでも持ち運ぶことが出来た。
待たせていた彼のもとに向かおうと思ったら、見知らぬ女性と話す姿が見える。
(誰だ、あれ)
目を細めて遠くから凝視するが、見覚えはない。
といって、彼の性格を鑑みた時、知らない女性に声をかけるような積極性はないだろう。
鈍い入谷はようやくそれが逆ナンであることに気付くと、急に腹立たしくなった。

「オレ、先に戻ってるから」
「入谷っ」

恩田の傍を通ると、目も合わせず吐き捨てた。
いや、言い逃げた。
戸惑ったような彼の声が訊こえたが、無視をしてしまう。
燦々と太陽の光が降り注ぐ砂浜をずんずんと歩いた。
照り返しで眩しさに目蓋が震える。
右を見ても左を見ても人だらけで眩暈がした。
海岸は人で埋まりとんでもないことになっている。
(あれ……?)
しばらく歩くと浜辺の端の方まで来てしまった。
勢いでさっさと歩いてきたが、ここがどこだか分からない。
さほど遠くない屋台に来たはずで、距離からいえばとっくに着いているはずである。
入谷は一度振り返った。
前後同じ景色が広がっている。
人混みに区別がつかなくて、立ち尽くした。
行きに目印でも見ておけば良かったのに、それどころじゃなくて何も目に入らなかった。
うっかりというには代償が大きい。

「やば……」

近くということで財布以外置きっぱなしで来た。
連絡をとろうにも手段がない。
その間に飲み物は温くなるし、持っている腕も限界だった。
ただでさえ疲れているのに散々である。

「はぁっ……、良かった。入谷」

すると後ろから肩を掴まれた。
驚いて振り返ると、珍しく汗をかいた恩田が笑っている。
何だ――と、狼狽し固まっていると、入谷の手からトレーを取り上げた。

「方向音痴は相変わらずだ」
「うるさい」
「みんながいるのはこっちだよ」
「っていうか、トレー持つよ」

爽やかな笑顔で登場した彼は、誘導するように少し前を歩いた。
入谷は認めたくなかったが、立派な迷子だったのだろう。
恩田のもとを勝手に飛び出したのに情けない始末である。

「力仕事は僕に任せなさい」
「はぁ?ふざけんな。オレだって男だぞ!ちょっとデカイからっていい気になるなよ」
「ん、ごめんね」
「悪いと思ってないくせに」

なのに、恩田が現れてホッとしていた。
見知らぬ土地にポツンと取り残された孤独と不安は計り知れない。
でも素直にそう言えなくて、お礼すら口に出せなかった。
トクン――……。
静かだった胸の鼓動が再び動き出す。
前を歩く恩田は普段引っ込み思案のくせに、ここぞという時いつも頼りになる。
いつも助けにきてくれる。

「……さっきは、その……置いてって悪かった」

嬉しくてくすぐったくて変な気持ちだ。
自分も頼られたいと思いながら、手を差し伸べてくれることに喜びを感じている。
それが好意からきていると知っているからか。

「あ、そういえばさっきのお姉さんたちは無関係だからね」
「え?」
「入谷誤解してると思うけど、まさか子供なんて相手にするわけないじゃん」
「そうかな……」

恩田はそう言えど、納得は出来なかった。
遠目で見たとはいえ、女たちの視線は確かに彼にあったからだ。
子供といえど、恩田の容姿ならモテるに決まっている。
目蓋の奥に焼き付いたのは、同級生にはまだ早いビキニ姿。
照りつけるような日差しに輝く姿態は、大人の色気と共に妖しげな魅力を引き出す。
思春期ゆえに気になってしまうのは当然で、しかし相手にされないことは分かっていて、その矛盾がもどかしかった。
しかし恩田は違う。
あの輪の中にいても何の違和感もなかった。
成長が早いというのは羨ましい。
おかげで子供のままの己と、不釣合いが露骨に見えてしまう。
それを考えた時、また苛立ちが芽生えて内臓が抓まれた気になった。

「いたっ」

すると前方を歩いていた恩田が急に止まった。
下を向いたまま考えっぱなしだった入谷は気付かなくて背中にぶつかる。
鼻が肩甲骨に当たって顔を顰めた。
文句を言おうと顔をあげると、彼が覗き込んでいる。

「な、なんだよ」

意味ありげな眼差しにたじろぐと文句すら忘れた。
そっと彼の顔が近づいてくる。

「っ――!」

デジャブだ。
終業式の時にキスをされたのと同じモーションに目を見開く。
いきなりのことに構えたまま動けなくて、頭が真っ白になった。
こんな人だらけのところで、野郎にキスされるなんてまっぴらである。

「……大丈夫。僕は入谷しか見ていないよ」
「んっ」
「ビキニのお姉さんなんかよりも、ずっと可愛いと思ってる」

彼はキスをしなかった。
代わりに入谷の耳元で甘ったるく囁く。
吐息が耳と頬に触れた。
その感覚に息が詰まると、瞬間的に目を瞑ってしまう。
(今、何言って……)
キスはされなかったが、とんでもないことを言われた気がする。
恐る恐る目を開けると嫣然とした恩田と目が合った。
途端に体温が急上昇して顔が熱くなる。
彼にはドキドキさせられっぱなしだ。
なのに拒絶出来なくて、好きにさせてしまう。
もうビキニのお姉さんの残像は消えてしまった。
代わりに前を歩く男の背中から目が離せなくなる。
滲んだ汗を拭うと、悩ましげな息が漏れた。

夜、人が少なくなった海岸で花火をした。
みんなといる時の二人はいつもと変わらなくて、仲の良い友達だった。
民宿での夕飯も美味しかったし、寝る前の怪談話は盛り上がった。
昼間あれだけ騒いだ友人たちは次々に眠りへ落ちる。
つい数分前までうるさかった部屋は途端に静まり返った。
それぞれに健やかな寝息が聞こえてくると、合わせて布団が上下する。
だけど入谷は寝付けなくて、こっそり民宿から抜け出した。
部屋の冷房には負けるが、夜の海は涼しくて心地好い風が吹いている。
砂浜はこの時間になると誰もおらず、平静を保っていた。
引いては打ち寄せる波だけが規則正しく繰り返している。
水平線に浮かんだ月は丸く判子を押したみたいだ。
月光に照らされた水面がキラキラ光り、沿岸は輝いて見える。
誰もいないこともあり、闊然として眼下に広がる大海原は人を圧倒させた。
街灯や月明かりに照らされた砂浜を歩くと、恐れより懐かしさを感じるのはなぜか。
サンダルを脱ぐと水際を進んだ。
足跡が波と共に消えて、まっさらになる。
夏といえども夜の海は冷たくて肌を突き刺すようだ。
でもそんな刺激さえ気持ちよくて、足取りは軽い。

「入谷」

振り返れば恩田が立っていた。
入谷が気付いたことに気を良くすると、追いつこうと駆け出す。
隣までやってきてようやく止まった。

「起きたら入谷がいないからさ、僕も抜け出してきた」
「そっか」
「寝付けなかったの?」
「うん」

潮風が前髪を揺らす。
弄ばれる髪の毛をかきあげて空を見上げた。
地元よりずっと澄んだ空は、たくさんの星を映し出すと煌々と光っている。
まるで手が届きそうだ。
無意識に伸ばそうとする手を躊躇すると、恩田が見ている。

「届きそうだね、星」

その言葉に声を詰まらせると、手の置き場がなくなった。
迷う手は恩田によって掴まれると、指を絡められる。
夏なのに指先は冷たくて氷みたいだ。
それが彼の温度なのだと思うと無性に恥ずかしくなる。

「んっ……!」

不意に顔の前で影が出来ると、抗う間もなくキスをされてしまった。
ちゅっと音を立てて触れただけの唇が離れる。
咄嗟のことで文句も言えず見上げると、彼は苦笑した。

「ごめん。入谷があまりに可愛い顔をしていたから我慢できなかった」
「な……っ、っぅ……」

同級生の男友達に言うには、不似合いな台詞に赤面する。
反射的に何か言おうとしたが、喉の奥が渋滞していて出てこない。

「……っざけんな」

ようやく出たのは無意味な強がりを表しているだけで、何の文句にもなっていなかった。
心臓がうるさすぎて自身には聞き取れもしない。
でも彼にとっては精一杯の反応で、みるみるうちに手汗をかいた。
その様子に恩田は微笑むと握る手を強くする。

「行こうか」

恋人同士みたいに繋ぐ手は違和感なくて、磯の方に行くまで離さなかった。

***

「ん、んぅっ…おまっ、はぁっ……」

岩陰に隠れるだろうところまで来ると、抱き締められた。
顔中にキスをされ、首筋まで下がると、しつこく吸われる。
短パンにシャツ一枚だった入谷は、体中を弄られて変な声が出た。
衣服の中に突っ込んだ手がいやらしく這い回る。
そのうちボタンを外されて、上半身だけ露出した。
月の光が焼けた瑞々しい肌を照らす。

「オレなんか……触ったって、面白くもなんともないぞ」

岩を背に恩田を見上げた。

「ずっと見てた。ずっと触りたいと思っていたんだ」
「恩田……」
「今日だってずっと見ていたんだよ?入谷は知ってるよね」
「……それはっ……」

上から下まで舐めるような視線。
合わせて冷たい手のひらが、ヘソから胸へとゆっくり撫でた。
片方の乳首を抓ると入谷の顔が僅かに歪む。

「どうしてオレなんかっ」
「だめかな?」
「……っ……」
「本当は永遠に友達でいたかったけど、このごろ我慢が出来なくなっているんだ」
「我慢?」
「教室で着替える入谷を見ているだけで、ハラハラドキドキする。ちょっとでも笑いかけられたら、心臓がとんでもないことになる」

恩田は入谷の手を掴むと、自らの胸に当てた。
ドキドキと凄まじい早さで脈が刻まれている。
顔に出ないだけで、体はかなり乱れた状態だったのだ。
元々引っ込み思案にしては強引なキスである。
それが我慢の果てにある行為だとしたら、入谷にも責任あるのだろうか。
彼の言葉を借りるなら、入谷が可愛いから悪い。

「はぁ、やっぱり海に来なきゃ良かったな」

困惑したように彼はため息を吐く。
そうして入谷にもたれかかると、握ったままの手にキスを落とした。
仕草が似合っていて嫌でも見とれる。

「こんな姿見せられたら、もう気持ちを抑えられない」
「そんなオレなんかの……」
「好きなんだ。本当は入谷の気持ちが育つのを待つつもりだったけど、ごめんね」
「あっ、やっ…んぅ、んっ…」

恩田は躊躇いもせず短パンに手を突っ込むと、入谷の性器を扱き始めた。

「硬くなってる。キスで興奮した?」
「ちがっんぅ、ん…っ、んっ」
「僕のも、もうギンギンなんだ」
「あ……っ」

ゆっくり誘導されて、彼の股間に触れる。
それは熱くなっていて、いきなりのことに驚いて手が跳ねた。
(これが恩田の)
ゴクリと息を呑むと再び触れて確かめようとする。
その様子に彼は甘ったるく微笑み、キスをしながら扱いた。
二人の吐息が荒くなって、互いのを扱きあう。
なぜか手が止まらなくて、求められるがまま受け入れてしまった。
男の性器だと冷静に考えれば躊躇したいのに、恩田の目が、吐息が、声が、平常心を奪いやめられなくなる。

「ん、んぅ…はぁ、ぁっ…あぁっ…ん」
「入谷、きもちい…はぁ、っ夢みたいだ…」

そのうち扱くだけの刺激じゃ足りなくなって、それぞれズボンを脱いだ。
夏の海で何をやっているのか分からない。
延々と続く海岸はすぐ傍を国道が通り、車の往来がある。
岩場の影に隠れているとはいえ、いつ誰に見られるとも分からない場所で、下半身を晒したくなかった。
でもその時は当たり前のように脱いで体を重ねる。
抱き合って互いの鼓動を確認するように身を預ける。

「ん、はぁっ…いつから、オレのこと……好きだったの?」
「分からない。でも気がついたら僕が隣じゃないと嫌になってた。入谷を支えるのも慰めるのも僕の役目なんだって思ってた」
「へんなの」

そういえばいつも隣には恩田がいた。
嬉しくても悔しくても振り返ると彼がいて、見守っていた。
もし故意的にそうしていたなら、入谷だっていつからだったのか覚えていない。
常に一緒だったからだ。

「あ、まさかお前、布団の場所も?」
「ん。僕以外の人が隣で寝るなんて嫌だったから、どうにか死守した」
「マジかよ……」
「ごめん、それだけじゃないよ。さっきも本当は寝てなかったんだ。入谷が出て行ったから慌てて着いてきたんだ」

その言葉に「ストーカーか」って突っ込んだら、さすがにシュンとしていた。
しかし大人しく引き下がらず、カウパーでヌメった指を尻に宛がう。
感触に背筋を震わせ、入谷は喘いだ。
異物がいきなり腸内に入って来たのだから驚くのは当然である。
逃れようと腰を引いたら、くっ付いた性器同士が擦れた。

「あ、あぁっ…んぅ…!」

自分の声とは思えないような甲高い声に慌てて口を塞ぐ。
すると先ほどまでの落ち込みが嘘のように、勝ち誇った顔をしていた。

「好きな人が隣にいて眠れるほど、淡白な男じゃないよ」
「んぅ、恩田…っ、そこは…はぁっ、んぅ…」
「何度も入谷とこうする夢を見た。入谷の体を目に焼き付けて、あとで抜いてたんだ」
「はぁ、っあぁっ……」

なんてやつだ、と言いたいのに彼を喜ばせる声しか出てこない。
忙しなく動く指は、余裕がなくて腸壁を弄り回した。
無意識に揺れる腰を合わせて、卑猥に踊る。
知りたくなかった視線の意味に気付いてしまった。
今も同じ瞳で見ている。
一瞬たりとも逃さないように熱っぽい眼差しで入谷を犯している。

「あぁ、あぁっ……!」

それだけでイってしまった。
視姦で絶頂に達したとは言えなくて、射精したままぎゅっとしがみつく。
尻の穴はほどよく解れ、彼の冷たい指を温めた。
若さゆえに量も多く二人の体を精液が汚す。
射精もじっくりと見られて体の芯が震えた。
味わったことのない気持ちよさが、一気に脳天へ駆け上がりまともな思考を奪う。
いいように弄くられた体は力が入らなくて、恩田の胸に預けるほかなかった。

「入谷のイク姿、思った以上にエッチだね」
「はぁ…はぁ…バカか、んっぅ…」
「でもどうして?入谷こそ、こんなことをする僕を拒絶しないんだ」

抱き締める腕から不安が伝わってくる。
(そんなこと、オレが訊きたいよ)
抗えない。
最初のキスからずっと、恩田のことを拒否できない自分がいる。
今日だってどうしても嫌だったら、無理やりにでも言い訳を作って海に来なければ良かった。

「調子に乗ってしまうよ。僕は入谷が思うほど大人しくない」
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「入谷のことになると、見境なくなるくらい欲深い男になるんだ」

そう言って体を離すと、岩に背を預け、片足だけ担いだ。
射精したばかりで白濁液が垂れた陰茎や、指で苛められて広がったアヌスが丸見えになる。

「犯すね。体の奥まで僕のになるように、入谷のお尻にちんこを入れてしまうよ」

吐息混じりの声は艶っぽくて首を振れなかった。
従順に頷き、彼の肩に手を置くと身を委ねる。
尻の穴に性器が宛がわれると、ぐぐっと力が入った。
指よりずっと大きな異物が腸内に侵入してくる。

「あ、あ、あ、あ、っ……!」

圧倒的な質量に腰を抜かしかけ、強く抱きついた。
口を閉じるのさえ忘れて、入谷の嬌声があがる。
波の音で掻き消されるとはいえ、外で出すには恥ずかしい声だった。
根元まで止まらず、奥へと突き動かす。
何もかも分からなくなる寸前でどうにか止まった。

「大丈夫?」
「……な、わけあるか……」

問いに否定するも、突き放すような素振りはない。
ただ呼吸を整え、落ち着かせようと集中する。
とうとう恩田とひとつになってしまったのだ。
これがセックスなのかと頭の端っこで考える。
例えようのない感触に、呼吸を整えようが慣れることはないと覚った。

「動くよ」
「んぅ、んっ……」

彼は入谷を気遣いながらゆっくりと律動を開始する。
奥まで責めず、入り口を丹念に突き回した。
亀頭が腸壁に引っ掛かって、身震いをする。

「はぁ、ぁっ…はぁっ……ぅっ…」

いつまで経っても浅くしか突いてもらえず、腹の奥がじんわりと火照った。
最初に根元まで挿入された時の衝撃がやってこない。
気持ちいいのにもどかしくて、頭が変になりそうだった。
熟れた腸管が疼いて止められなくなる。
体を気遣って浅くしか突かないことは分かっているのに。

「あぁっ、んぅ、恩田ぁっ…いりぐちばっか、やめろよぅっ…んぅ、はぁっ」
「じゃあどこを突かれたい?」
「はぅ、っく…っ奥っ…さっきみたいに…っおくまでっ、ぐってして…っ」

飲み込めないままの唾液を垂らしながら哀願する。
その卑猥な姿に、アヌスに差し込まれた性器は硬くなった。
痛いぐらいに勃起して、入谷の虜にされてしまう。

「なら、おいで」
「んぅ」

恩田は一旦抜くと、砂浜に横になった。
その上から入谷を跨がせると、尻の穴に合わせて腰を沈めさせる。

「うそっ…おれが、いれんの…?」
「ん、そうだよ。お尻に入るとこ丸見えだね」
「んぅ……ふぅ……」

自ら挿入するのは怖いのか、恐る恐るゆっくりした腰つきだった。
徐々に入り、亀頭が内部に埋まるのをしかと見つめる。

「あ、あっっ…ぅくっ、はいる…っ、また…はいるっ…」

感触に身悶え、支えている足が震えていた。
恩田はそれをいいことに、途中の性器をいきなり下から突き上げて押し込む。

「く、ひっ…ぃっっ――!」

その衝撃で根元まで一気に咥えこむと、仰け反って倒れこんだ。
尻が痙攣したままプルプルしている。
腹の奥まで響く性器の感触に、言葉にならない衝撃が走ったのだ。

「下から…っ突くなんてっ…ひきょうだぞっ」
「ごめん。だって耐えてる入谷があまりに可愛かったから」
「あぁっんっ…ふ…」
「奥が好きなら、何度でも…死ぬほど突いてあげる」

見上げた恩田はすごく格好良くて、見惚れてしまいそうだ。
鋭い二重が入谷を見つめている。
彼は言った通り、何度も何度も執拗に奥を責めた。
いきどまりをコンコン突かれて、入谷はしゃがれるほど喘ぐ。
逃げようにも腰を掴まれて止められなかった。
腸壁を擦られるたび、内部から性器を弄られているようでたまらない。
迸る快楽に従うまま欲するようになった。

「あぁ、っぅ…、こんなのっ、オレじゃない…っ」

淫らに揺れる腰は無意識で、何も分かっていない。
ただ気持ちのいいところに擦りつけると、目の前が真っ白になって蕩けそうだった。
開かれた足のせいで、結合部分が見えている。
ぐじゅぐじゅに泡立って淫猥な音を響かせている。

「ぜったいに…っ、はぁっん、あいつらには…言うなよっ」
「分かってる。言うわけない。入谷がこんないやらしく男に跨って腰を振るなんて、もったいなくて言えないよ」
「くぅっん、くそっ、恩田っ、あとで覚えてろよ…っ」

煽るようなことしか言わない彼に腹が立つ。
乗せられて恍惚となってしまうのだから余計に悔しかった。
お尻の穴はとろとろで、多少乱暴にされても快感が勝るくらい躾けられている。
恩田は起き上がると、入谷を抱いたまま突いた。
下から突き上げられると内臓にまで響いてくる。
背中に手を回されて身じろぎ出来ず、彼の頭を揉みくちゃにした。
指の間からこぼれる髪の毛はサラサラしていて、シャンプーの良い香りがする。
狂おしいほど密着して体を重ねると、本当に溶けてひとつになってしまいそうだ。

「あぁ、ぁはぁっ…あっ…あぁんっ」
「入谷…っ好き…っ好きだよ…」

飽きるほど好きだと囁かれてキスを求められる。
あまりに情熱的に抱くから、入谷までその気になって欲してしまう。
男に犯されて快楽に歪む顔なんて見られたくないのに、恩田にはあるがままを晒してしまった。
じっとりとした暑さがより開放的にしてしまうのかもしれない。
汗ばんだ素肌を触りっこして、貪るように口付けを交わすのだ。

「はぁ、はぁっ…そんなにしたらっ…またっ…」
「入谷っ、イっていい?初めてのお尻に…っだしていい?」
「ひぅん…っんぅ、ばかっ…どうぜ、何を言っても…はぁっ、んぅ…っ出すんだろ…」

先端があたるたびに、普段は閉じられ、刺激に慣れていない内壁がこじ開けられていく。
互いに初めてで加減が分からないせいか、肛交の肉欲に歯止めは効かなかった。
めくるめく快楽の世界に誘われて戻れなくなる。
無我夢中なほど荒淫的で執拗なセックスはない。
最後まで二人は激しく抱き合い果てるのだった。

***

ようやく体の火照りは消えたが、恩田は入谷を離そうとせず、夜明けがくるまで抱き合ってキスをし続けた。
水平線の彼方がゆっくりと白み始め、滲むように赤くなる。
そろそろ民宿に戻って、眠らなくては体がキツイ。
だけど友人たちのもとへ帰るということは、二人の関係も戻ることになるのだ。
恩田はそれを躊躇い、苦笑いしたまま入谷を抱き上げる。

「ちょっ…オレ、別に歩けるし」
「だめだよ。激しくしたのは僕なんだから」
「でも重いし……っ」

誰もいない夜明けの砂浜を、お姫様抱っこされながら戻る。
見られやしないかハラハラするも、思ったより腕の中が居心地良くて大人しくなった。

「力仕事は任せなさいって言ったでしょ」
「ったく」

意外と頑固なのも恩田の性分だ。
傍で見てきた入谷が誰より良く知っている。
そして、一度好きになったものは、しつこいくらい一途になることも。

「入谷、好きだよ」
「だー、何度も訊いたよ。耳が腐りそうなほど訊いた!」
「ごめん。でも言わないと溢れそうなんだ」
「あっそ」

(恥ずかしいから勘弁しろってのに)
なにより心臓に悪いから好き好き言ってほしくなかった。
恩田の顔で言われたら酔ってしまう。
(友達だと思っていたヤツが、天然のタラシだったなんてな)
他の友達も、クラスのやつらもきっと知らない。
熱情的に抱き、余裕なく求める姿を。

「入谷」
「ん」
「今日も明日も明後日も、毎日エッチなことしようね」
「はぁ?」
「夏休みは始まったばかりだからさ、いっぱいセックスするんだ。入谷が僕だけのものになるまで」

柔らかく微笑んでいるくせに、目は笑ってなくて淫靡な香りが漂う。
本気なんだ。
(本気でオレを堕とそうとしているんだ)
抱く手の強さが真剣さを表していて、茶化すことが出来なかった。
頑固で一途な恩田なら、きっと入谷を躾けてしまう。
身も心も彼のものになるよう調教されてしまう。
せっかくの夏休みなのに、卑猥な行為に耽って終わるなんてまっぴらだった。

「僕は入谷しか欲しくないんだ」

でも抗えない。
恩田にだけは抗うことが出来ない。
もしかしたら、とっくに彼のものになっていたのかもしれない。
だがそれはまだ秘密にする。
素直に伝えて喜ばせるのは癪だからだ。
これだけ好き勝手に惑わされたのだから、彼も同じ気持ちを味わうといい。
――せめて始業式まで、そっと。

END