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早くも律動を開始したいが、いきなり動いたらまた射精してしまいそうで困惑する。
一度出してしまえばある程度我慢が出来るが、それにしたってこの感触は例えようがない。
こんなに気持ち良いことを今まで知らなかったのだから、損な人生だとさえ思った。

「先生、僕のお尻は気持ちいいですか?」
「っああ。想像していたよりずっと気持ちよくて、衝動のまま動いたら加持を壊してしまいそうだ」

腰が疼く。
この穴に死ぬほど突っ込んで精液を搾り取られたら、何も手につかなくなりそうだ。
相手を気遣わなくてはならないのに、自分だけのために快楽を欲してしまいそうで怖くなる。
それはセックスじゃない、ただのオナニーなのに止められそうになかった。

「いつもどんな時も正直な先生は素敵です」
「ん、加持…っ」
「そんな風に気遣われたら、本当に先生しか見えなくなりそうです」
「ち、違うよ。気遣えないから怖いんだ」

加持はぎゅっと抱きついてきた。
同時に腸壁が蠢いて、背筋がゾクゾクすると肌が粟立つ。

「キスして、先生」
「……っ……」
「そしたら僕のこと壊してもいいです。……いえ、壊されたいのかもしれません」

彼の瞳は濡れていて、匂いたつような色気の虜になった。
仮面を被らない素の加持が自分を求めてくれている。
途端に心臓のドキドキが止められなくなって、このまま心臓発作でも起きてしまうのかと思った。
恐る恐る顔を近づけると、唇を重ねる。
(これがキス……)
住田はファーストキスの感動に身悶えた。
よくよく考えてみるとセックスよりキスの方が先であるべきで、順序が違っていた気がするが関係なかった。
加持の柔らかくてプルンとした唇の感触に夢中だった。

「ん……ふふっ」
「か、加持?」
「先生。キスもしたことないでしょ」
「いっ!」

(なぜバレた!)
何か間違っていたのか、変だったのか。
それとも表情が締まりをなくして感情だだ漏れだったのか。
血の気が引いて考えを巡らしていると、首に手を回されぐいっと引き寄せられた。
咄嗟に床に手を置き、加持を潰さずに済んだが、キスをされて思考が止まる。

「先生って童貞どころかキスさえまだだったんですね」
「う、う、うるさい。大切にしていたんだ!」
「ふーん。それ僕がもらっちゃって良かったのかなぁ」
「いっいいに決まって――――あっ」

しまった――と思った時には遅く、とはいえその通りだから否定も出来ずに顔を赤くした。
もはや何も言えず押し黙る。
年下にもてあそばれて哀れとしか言いようがない。
しかしその純粋さが加持の頑なな心を溶かしていたのかもしれない。
彼は優しく笑うと再びキスをして腰に足を絡めた。

「じゃあいっぱいキスしましょう?」
「ん、加持……」
「今までを埋め合わせをするくらいいっぱい」

もはや住田の理性は限界を超えた。
加持の言葉に糸は切れて、襲い掛かるように抱き締めると突き上げを開始する。
童貞らしい余裕ない荒っぽい律動に加持は悦んで受け入れた。
馬鹿みたいに挿入を繰り返して快楽を貪る。
もう何も考えられなかった。
艶めかしい彼の姿態に興奮を募らせて、体中触りまくった。
制服を強引に脱がせ、華奢な上半身に舌を這わせ吸い付く。
お返しにと加持は彼のワイシャツを脱がせて体に巻きついた。

「ひぁ、あああっ、んぅ、ふっ…くぅ…っ」
「はぁっ…あぁっ…ん、加持っ」
「せんせ、せんせ…っい……」

陽の落ちた体育館に忙しない吐息が木霊する。
蒸した空気に汗まみれの二人が蛇のように絡み合い官能的に交わっている。
職場で行為に耽るなどあってはならないのに、真面目な教師は抑えられなかった。
誰が来るとも知らぬ場所で性欲を発散する。
あまりの激しさに第三者が見たら陵辱されていると思うかもしれない。
暴力的な悦楽に加持の声は枯れ、逃れようと手を伸ばして舞台の幕を掴むが、住田によって引き戻された。
男同士とはいえ力の差は歴然で敵うわけもなく手篭めにされる。
必死の形相は、みんなの先生ではなく淫欲的な雄の顔で、加持は愛しくなった。
求めるようにキスをするが、それが煽っているとも知らず、なお行為は激しさを増す。
加持の言葉通り何度も唇を重ねた。
触れるだけの愛らしいキスから濃厚で性的なキスまでし続けた。
呼吸が乱れようが、涎まみれになろうが関係なく口付けを繰り返す。
挑発的に赤い舌を見せられて、住田はしゃぶりつくと咥内で舐めまわした。
キスがこんなにいやらしくて気持ちの良い行為だと初めて知った。
知ったからには戻れず、鎖骨や首筋、顔中に唇を這わし、また唇にキスをする。
口の周りが不自然に腫れて赤くなろうが構わない。

「んぅ、ちゅ…っはぁっん、ちゅっ……んぅ、んっ…せんせ…っ」
「はぁっ……かじ、っかじ……」
「あぁあっ…んぅ、こんな…っえっちなキスをし続けたら…っそれだけで精子でちゃいそ…っ」
「ん、キスだけじゃない…っん、ちゅ…はぁっ…」
「ひあぁ、ぁっん…お、しりの奥にっ…ちんこでっ…ちゅっ、んっ…キスしながらはっ…はんそく、ですっ…」

気遣う余裕は皆無で、住田はひたすら腰を押し付けた。
トロトロに蕩けた内壁は感官を満たすと同時に渇きをもたらす。
(もっと、もっと……)
加持の体を味わいたい、味わっていたい。
アヌスを掘るたびに先ほど出した精液が溢れて零れた。
滑りを良くした腸管は大人の性器を難なく受け入れ奥まで誘う。
敏感な部分を亀頭で擦れば、彼の体は痙攣して強張った。
いいように犯されて泣きながら喘ぐ。
涙も涎も住田が舐め取った。
腰を抱き寄せて奥を突き上げてすべて自分のものにしようとした。

「んぅ、ふっ、ふぅっ…きもちいっ…あぁっ、んぅ…はじめてっ……」
「俺も…っすげ、きもちい…っ」
「うれし…んぅふ…はぁっ、まいにちして…っ、んきゅっ…っまいにち、えっちなこと、してっ……っ」

住田は加持が立てなくなるまで激しく抱いた。
すべてが終わった時にはそこらじゅうが体液まみれで、暑さも加わりひどい匂いがたちこめていた。
脇に置いてあった朝会用のスピーチ台は、加持を立たせて後ろから突き上げると汚れてしまった。
それでも必死にマイクを持つ姿とか、揉まれすぎて赤くなった尻、自分の性器が出し入れされている穴を見られたから満足である。
あまりに興奮して尻に射精したら「変態」と笑われた。
そのわりに再び尻を向け、誘うようにアヌスを開き、腰を振ったのだから同類と見なすべきだろう。
とはいえ、さすがにそのまま帰るわけにはいかず、事後二人は掃除することにした。

「ん、ちゅっ…せんせ、掃除しないと…っ」
「分かってる。でもあともう少し」
「も…甘えたさんなんだから」

見つかる前に帰らなければならないのに、加持の姿態を見ているとたまらなくて、強引に抱き寄せると幕に隠れてキスをする。
互いに恍惚となって吐息の交わる距離で囁き合うと唇を這わした。
体を重ねると情意が溢れるというが、本当にその通りで、体を離せなくなった。
特に住田は初めてであり、一直線な男だからなおさらだろう。
まさに夢のようなひと時だった。

生徒で童貞を捨てた翌日、住田は気を引き締めて登校した。
昨日あんなことがあって加持の顔を見るのも気恥ずかしく感じたが、住田は担任であり年上である。
情けないところはこれ以上見せられなかった。
八時半のチャイムの音を訊きながら教室の前までくると、出席簿を持つ手が震えたが知らん振りをして中に入った。

「席につけ」

他の生徒に異変を悟られないよう平常心を装い手を叩く。
直前まで喋っていた生徒たちは大慌てで席に戻るとようやく静かになった。
挨拶や出席をとり終え、連絡事項を済ませると、ようやく落ち着きを取り戻す。
加持に変化は見受けなかったし、誰ひとり気付いた様子がなかったからだ。
ちゃんと先生をやれていることに安堵してホームルームを終わらせようとする。

「先生、質問があります」

するとその時ひとりの生徒が手を挙げた。
加持だ。
ぎょっとした住田はうろたえるが、指さないわけにもいかず「なんだ」と答える。

「先生って恋人いるんですか」
「ぶっ――!」

加持は無邪気な素振りでとんでもないことを言い出した。
思わず吹き出すと動揺して咳込む。

「ごほっごほっ。きゅ、急になんだ。何を言っているんだ」
「別に。朝みんなで話していたんです。先生って鈍そうだし抜けているところがあるから大丈夫かなって」
「お、お、大きなお世話だっ」

彼は明らかに反応を楽しんでいるが、住田は頭が真っ白になって狼狽している。
その態度は肯定しているも同然で、間抜けな担任の姿にクラスは盛り上がり始めた。
途端に他の生徒から、
「誰ー?」だとか、
「どこまで進んでいるの?」といった質問が矢継ぎ早にされる。
興味津々な年ごろは厄介で収拾がつかなくなりそうだった。

「先生、それ本当に人間ですか?」

川澄までもが乗っかってくる始末である。
すると加持はなぜかムキになって、
「人間に決まっているだろ!」と言い返す。
自分以外の誰かが住田をからかうのは嫌らしい。
屈折した愛情表現に頭が痛くなった。
(大体お前が余計なことを言うからこんな状況になっているんだろ)
目の前で人間かそうじゃないかの言い合いを見せられて気力を持っていかれると、げっそりした顔で手を叩く。

「はいはい。どうでもいいからホームルームは終わるぞ」

盛り上がっている中、そそくさと逃げるように立ち去る。
他のクラスは静かに担任の話を訊いているというのに、うちのクラスはなぜだ。
若い教師だと年配の教師より年が近いぶん親しみが湧くのか、馴れ馴れしくて友達のような扱いだ。
もとい、それを舐められているとも言う。

「先生っ」

階段まで来たところで不意に呼び止められた。
振り返れば加持が満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

「加持、お前なー」
「へへっ、だって先生の反応が露骨すぎて面白かったんです。教室に入って来た時から僕を意識しないように緊張していたでしょ」

実際その通りで言い返せない。
なにより完璧な振る舞いだと思い込んでいたため落ち込んだ。
とはいえ、沈むわけにもいかずに話題を変えようとする。

「こほっ……そ、それより走ったりして平気か?」
「え?」
「昨日無茶させたから……その……」

きょとんとする加持に恥ずかしさは募って言い濁す。
ごにょごにょと訊きとれない言葉を呟いた。
耳まで赤いのは昨日の情事を思い出してしまったからか。

「先生ってばー」

加持は住田に抱きつくと頬を緩ませた。
シャツを掴んで胸元に頬ずりしている。

「か、加持っ」
「へへ……そんな心配されたの、初めてです」

嬉しそうな顔を上から眺めるとそれだけで幸せな気持ちになれた。
仕草の愛らしさに胸は鼓動を速め、そろそろ爆発してしまうかもしれない。
だがその前に加持の腕を引っ張ると、階段を数段下りて踊り場の柱に体を押し付けた。
掴んでいた腕を彼の頭の上でまとめ、動きを封じて口付ける。

「せんっ…ちゅ、っふ……んっ…」

ここなら教室や廊下の監視カメラの死角となり誰にも邪魔されない。
昨日あれほど堪能した唇を貪り、咥内を舐めまわす。
手を押さえられて身じろぎ出来ない加持は腰を押し付けて甘えた素振りを見せた。

「はぁ、ん…せんせっ、昨日だけで…ん、ちゅっ…はぁ…っすごくキス、うまくなりましたね…」
「あれだけすれば少しは覚える」
「ん、ふぁ…んぅ…っすてき、です…っ」

上から目線なのが悔しくて加持の唇を甘噛みした。
艶めかしく体を擦り合わせてキスを楽しむと、周囲を確認して離れる。
とはいえ、上気した肌や濡れた唇、乱れた襟元を見れば一目瞭然で否定のしようがない状況だった。

「朝から腰砕けにするつもりですか」
「しょ、しょうがないだろう。キスしたくなったんだよ」
「ん。素直で良い子です」

すると加持は住田の首に手を回し、強引に引き寄せると首筋に吸い付いた。
いきなりのことに立ち尽くしたまま固まると体を離される。

「おまもり」
「え?」
「隙だらけの先生に魔よけのおまもりです」

唇に手をあて目を細めると、彼は教室に戻っていった。
意味が分からないまま一時間目の授業に出て職員室に戻ってくると穂高が待ち構えている。

「住田先生、今夜暇ですか?」
「え、今日ですか」

彼が座っている隣のデスクに腰をおろし教科書を置く。
鞄からスケジュール帳を取り出して開くが空白だった。
だが、思い浮かぶのは加持の顔で、恋人なんて初めて出来たから勝手にスケジュールを埋めてもいいのか迷う。
とはいえ職場の、しかも先輩の誘いは絶対であるから無碍には断れない。

「あ、なにそれ」
「へ……」

そうして逡巡していると、肩を掴まれて穂高の方に向けられた。
何事かと驚くが、じっと首筋を見ている。

「やっぱり彼女がいるんじゃないですか」
「え?」
「でもだめですよ。そんなところに痕を残させちゃ。生徒はそういうのに敏感な年ごろなんですから」

なぜかニヤニヤと含みのある顔をされて困惑する。

「なんのことですか?」

素で分からなくて、真顔で訊き返した。
穂高はその様子から本当に身に覚えがないと悟り、入り口にある鏡まで連れて行く。
鏡の中で自分と対面した住田は変化のなさに不思議がるが、穂高に首筋を指されて瞠目した。

「キスマークでしょ」
「え、えええぇえぇ!」

赤くなっている部分を見つけて手で押さえる。
思い出すのは朝のやりとりで、唇の感触が蘇ると真っ赤になった。
(加持のやつ。おまもりってこれか!)
何がおまもりなのか分かっていなかったが、そんなもの晒して平然と教壇に立っていたことが恥ずかしかった。
教師の自覚がないと言われても仕方がない失態である。

「あーっと残念です。住田先生に彼女がいるなんて」
「こ、これは違うんです。全然気付かなくて」
「まさか虫さされ?」
「そ、そ、そうなんです!知らない間に虫に刺されちゃったみたいで……」

苦しい弁明だったが先輩教師にキスマークを認めるわけにもいかず、必死に言い訳をした。
本来なら素直に認めて謝る選択肢もあるが、ラフな性格の穂高は口が軽く、すぐに他の教師にも広まってしまう。
だから見苦しくても否定し続けた。

「はいはい、分かりました。虫さされですね」

どうにか納得してもらえたのはもう二時間目のチャイムが鳴りそうな時間だった。

「俺は分かりましたけど、生徒は誤解をすると思いますので、これを貼っておいてください」

渡されたのは絆創膏で、大人しく言われた通りに貼ってみるが余計に目立つ気がして落ち着かない。

「ま、彼女には悪いんで今夜はやめておきます」
「ちがっ…穂高先生……!」

彼は軽やかな笑みを浮かべて手を振ると、さっさと教材を持って出て行った。
そうこうしているうちにチャイムが鳴って、急いで支度を済ませると職員室を出る。
その時入り口の鏡に映った絆創膏が見えて耳まで赤くなった。
困るのに、恥ずかしいのに、顔がにやけてしまう。
意識すると余計にキスされた場所が熱を帯びている気がした。

 

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