5

***

加持の悪戯はこれに留まらなかった。
海苔でLOVEと書いた弁当を作ってきたり、休み時間に撮ったと思われる卑猥な写メを送ってきたりした。
やんちゃな印象がなかったから始めは驚いてばかりいたけど、これが素の彼なのかと思うとくすぐったくて愛しかった。

「ひぁ、あぁっ…んぅ……っふ……」

たびたび体を重ねることがあった。
人目を忍んで逢引すると、セックスをする。
加持が金を請求したのは最初のフェラチオのみで、以後そういった素振りは見せなかった。
(この子は素直に愛情を求められない代わりに金銭を要求していたのか)
両親は子供である自分よりも金について争っていた。
まだ幼い彼が傷つき、己の存在を疑い、金の方に価値があると偏見を抱いてもおかしくない。
(お金なんていくらでも代わりはある。でも加持は唯一無二の存在だ)
そんなことに気付けない親がいるということが悲しかった。
週末、ねだられて加持の家に泊まったが、本当に父親は帰ってこなかった。
生活費は毎月振り込まれるというが、こんな広い家にひとりぼっちで生活するのは切ない。
月に帰ってくるのは一・二度で、他に必要なことがあればメールのやり取りで済ますという。
「どうせ話すことなんてない」と言っていたが、精神的にも未熟な子供が誰にも頼らず生きるなんて不可能だ。
誰がまだ弱い心を支えるのだろう。
とはいえ、教師として出来ることは限られていた。
加持も今の関係に満足し、これ以上関わりあいたくないと言う。
好かれていないと知っているなら当然だ。
一緒にいない方がうまくいく場合もある。
ひとつのベッドで眠った時、そう呟いた彼の横顔は大人びていて反論できなかった。
住田は幸せな人生を歩んできたから、そんな経験をしたことがない。
知らない人間に建前だけの綺麗事を述べられたって誰も救われなかった。

「ん、くぅ…はぁ、あぁっ…ん、声でちゃぁあ…ぁっ」

カーテンを掴む手が震え、シャツを噛み締める。
体育館の二階には四畳ほどの放送室があって誰も来ない穴場だった。
そんな場所に生徒を連れ込んでいる住田は教師失格だ。

「んぅ、んっ…ふっ、ふぅ…っ…」
「加持…っ、ん、加持っ…!」
「あぁっん…っせんっ、そ…なっ、なんどもっおしり…舐めないで…っ、ください…」

ガラス窓に手をつかせ、ズボンを脱がせた尻を向けさせると、一心不乱にしゃぶりつく。
マシュマロのように白く柔らかな尻を揉みまわして感触を楽しみながら、舌でアヌスを蹂躙した。
突き出た尻がくねくねと卑猥に揺れる。
悩ましげな吐息にガラス窓は曇り水滴が垂れた。
視界に広がるのはいつか見た映画の卑猥なシーンで、まだ幼かったころ、指と指の間から隠れて覗き見た背徳感を思い出す。
昼休みの賑わいから外れた一室で蜜の時をすごすのは、同等以上の興奮があった。

「ひぅっん、よ…じかんめっ、体育があったの…知っているでしょ…うっ、んぅはぁっ…汗かいて…きたな…っんぅ、ふっ」

舌で尻の穴を犯されて、加持は身悶える。
飲み込みきれなかった涎が口許から垂れて、放送機材の上に落ちた。
振り返った彼は、尻に夢中な住田に甘ったるく微笑む。

「はぁん、そんなに…僕のっおしり…好きですか…?」
「んっんぅ…っ、はぁっ…好きだよっ…もっと舐めたいっ!舐めていたい…っ、これは俺の尻だ!」
「あぁっあ…あっん…っはげし…はぁっん、そうですっ…先生のものですよっ?…だからっ、…っがっつかないでっ……」

手で広げた尻の穴に舌を挿入すると縦横無尽に舐めまわした。
蕩けた尻は柔らかくほぐれて住田の愛撫を受け入れる。
舌先で突っつけばきゅきゅっと締まった。
彼の唾液でぬめった腸壁は、慣れない粘膜の感触に小刻みに震えて熟れる。
そのたびにビクビクと腰が揺れて、射精する加持が愛らしかった。
もうゴムは二つ目である。
先端に溜まった白濁液は丸く膨れてゴムのピンクと混ざり、淫猥な色をしていた。

「もうっ、信じられません。先生、訊いているんですか」
「はい……すみません……」

満足するまで舐めまわすと、もう昼休みは終わりかけていた。
住田の膝に乗りながら加持は口を膨らませる。
反論できなくて住田は大人しく頭をさげた。

「二十分ですよ、二十分」
「はい……」
「昼休み中ずっとお尻を舐められて、僕のアナルはふやけてしまいました。…んぅ、触られるだけで…勃起しちゃいそうです」
「加持」
「僕だって先生の精液飲みたかったのに、どうしてくれるんですか」

そっと股間を撫でられた。
舐めるだけで大きくなっていたソレは、授業の前には処理しなくてはならない。

「熱い……。このちんこが欲しいのに、欲しくさせたのは先生なのに…っ、どうして次の時間うちのクラスで授業なんですか…も、本当に怒りますよ…」
「だから悪かったって。あまりに加持の尻が美味しくて…お前が、その…可愛かったから…」

どうしても手は尻に向かってしまう。
それほど加持の尻は魅力的だった。
住田は童貞を捨てるのも遅かったせいか、より深く彼の虜にされていた。
あんな気持ち良いことを二十数年間知らなかったのだからもったいないとしか言いようがない。
猿の如くがっついてしまうのは当然で、性欲をもてあますのは仕方がないことだった。

「先生は本当に素直で純粋な人ですね」
「えっ?」
「時折眩しすぎて…見られなくなりそうです…」

彼は目を細めると笑いかけた。
それなのに住田の胸は潰れそうになって、突然苦しくなる。
いつも原因を問おうとすると唇を塞がれた。
柔らかくて甘い感触に惑わされる。

「ふふ。我慢できないから持ってきた玩具に慰めてもらいます」
「おもちゃ?」
「本当は違う用途で持ってきたんですけど、仕方がないですね」

加持は持ってきた手さげからエネマグラを取り出した。
こちらに尻を向け、パンツをずらすとローションで濡らして挿入する。

「んぅ、ふ…はぁ……」
「か、加持……入れちゃうのか?」
「だって先生がおあずけさせるから」
「く……っ」

そのいやらしさにゴクリと息を呑んだ。
視線の意味を理解して、彼も恍惚と笑う。

「せんせ、のじゃないと…ものたりないけど…っ、こうしていれば…我慢はできます…」
「はぁ…はぁ…」
「も…近くで、見すぎです。さすがの僕でも…恥ずかしい…」
「わ、悪いっ」

なるべく近くで見たいと、吐息がかかるほどの距離で見入ってしまった。
己のスケベさに恥らいながら顔を離すが、目だけは背けられない。
その間に根元まで入ってしまうと、躊躇いなくズボンを履いて身なりを整えた。

「次の時間、僕のことよく見ていてくださいね」
「……っ……」
「放課後はいつもの場所で。僕のお尻、きっと寂しくてぐちょぐちょになっていると思います。いっぱい犯してしてくださいね」

住田の頬にキスをすると一足先に出て行った。
仲良く二人で戻るところを見られたらまずい。
だから普段はなるべく二人っきりになることはなかった。

「はぁ…加持のやつ…」

残されてひとり昂ぶったものを抜く。
こもったいやらしい匂いは簡単に消せず、消臭剤を振りまいた。
もはや加持でしか抜けなくなった体は従順で簡単に達する。
(どこまで溺れさせるつもりなのだろう)
真っ直ぐな彼はもう加持しか見ていない。
彼もそのことに気付いている。
大人の男を手玉にとる魔性さと、時折見せる無垢な顔、無邪気な仕草が住田を惹きつけた。
彼が言った通り、次の授業では加持ばかり気になってしまった。
あんな玩具を尻に入れて恋人の授業を受けている。
声を押し殺したって頬がうっすら色付いているのは嫌でも気付いた。
濡れた瞳が住田を捕らえて誘惑している。
純情な彼は、そんな目で見つめられただけで頭の中がとんでもないことになった。
まるで学生時代に戻ったみたいに妄想が広がる。
全員の前で犯してしまいたい。
とろとろのアヌスを見せ付けて自分のものだと誇示してしまいたい。
絶対に出来ないと分かっていて想像するのは悲しい男の性だ。
とはいえ何度体調が悪そうだからと言い訳して連れ出そうかと思ったのも事実である。
教師としての誇りがいつもの授業をさせたが、近年で最も辛い試練だった。

「あぁ、あぁっ…っはぁっん、はげし…っ…」

それだけ煽ったのだから放課後のセックスは激しくなるに決まっていた。
先に待っていた加持を見つけると、話す間もなく押し倒して服を脱がせた。
尻に入っていた玩具に嫉妬し、乱暴に抜き取ると、すでにギンギンに勃起していた性器を挿入する。
昼休み中住田の舌で嬲られ、玩具でほぐされたアヌスは極上の穴に仕上がっており、入れてすぐに射精してしまうかと思った。

「はぁ、っく…だめっだめ…っんぅ、せんせのやっぱりきもちいっ…、ぼくのおしりっ…ひくひくしてますっ…っ」
「んはぁ…っあぁっ…」
「授業中もね…、んぅ、ずっと先生に…っ犯されることっ…想像していたんです…っ、はぁ…そのたびにおしり…きゅぅっってなって…」
「おれもっ、ずっと考えていたっ…はぁっ、生徒が見ている中で…っお前を犯すことっ…みんなのまえで、アへ顔をさらす…加持を想像してっ…勃起して、たっ」
「ひぁ、あっ…して、してぇっ…ふぅ、っぅ…はぁっ、せんせなら…っ、いいよぅっ…みんなのまえで…っ、おしり、突き回してっ…!」

馬鹿みたいに腰を動かしてはアヌスを抜き差す。
興奮しすぎた体は汗を噴きだしワイシャツを脱ぐのも一苦労だった。
欲望が満たされるまで肛姦の限りを尽す。
二人とも体液まみれで頭がおかしくなってしまうかと思った。

数日後――。
違うクラスの授業を終え、職員室に戻ろうとした時のことだ。
川澄に呼び止められて、空き教室で話を訊くことになった。

「え、どういうことだ」

深刻な顔で住田のそばに寄ると、誰にも訊きとれないように小声で話す。
彼の顔を見た時から嫌な予感が纏わりついていた。

「今まで加持を買っていた先輩たちの様子がおかしいんですよ」
「…………」
「彼はもう売りはしないと一斉メールしたらしいです。以後新しいメールアドレスに変えましたからしばらくは平穏だったんですけど」
「一方的に切られて腹立たせているのか」
「安易な性処理がいなくなって鬱憤が溜まっているんだと思います」

加持は住田との約束を守り、他の男と寝なくなった。
今まで本人に確認したことがなかったから、川澄の話を訊いて嬉しかったが、反面危険は残る。
彼の話によれば、運動部の数名が加持に言い寄っているらしい。
本人はもうそんな気ないと突っぱねているらしいが、その態度に数名の怒りは増し、険悪な雰囲気を漂わせている。

「脅しはされていないか?」
「多分。脅迫の材料になるような証拠は残していなかったと言っていました。先生とのことも知らないはず」
「そうか」

事態は深刻で一刻の猶予もないかもしれない。
何も知らなかった、知らされていなかった住田は悔しくて唇を噛んだ。
仮にも恋人であり担任でもあるのに、頼られていない。
いまだに彼との距離は遠く、幼馴染の川澄の方が近かった。
(いかんいかん。生徒が危ない状況なのに、嫉妬してどうする)
わけを言わなかったのには事情があり、今はそんなもの後回しにするべきである。
とにかく加持と状況の確認、対策をしなければならなかった。

加持と話すチャンスが訪れたのは放課後になってからだった。
帰りのホームルームで生徒指導室に呼ぶと、喜んで入ってくる。

「へへ。実は僕、ここでエッチするのが夢だったんです」
「ずいぶん安い夢だな」
「だって生徒指導室って響きがいやらしくないですか?」
「お前だけだよ」

無邪気に笑い、当たり前のように住田の膝に乗っかった。
これでは真面目な話が出来ない。

「こら、向かいのイスに座りなさい。話が出来ないだろう」
「でもいつもこうして先生とお話していますよね?」
「それはっ…」

この状態だと身長差は縮められ距離が近い。
住田の存在に安堵し、無防備に甘えてくる姿は愛らしい。
おかげで毅然とした態度もとれずうろたえる。

「わ、分かった。じゃあそうしていていいから訊いてくれ」
「はーい」

緊張感のない間延びした声に、ちゃんと分かっているのか怪しくなったが無視した。

「お前、今上級生に言い寄られているんだろう」

川澄のことを伏せて、状況だけを確認する。
だがどんなに説明しても加持の顔色は変わらなかった。
川澄と打って変わって深刻そうな素振りひとつ見せない。

「大丈夫ですよ。僕は気にしていません。彼らもきっとすぐ諦めます」
「だがな。何かあってからじゃ遅いんだぞ」
「でも何もない今、どうやって先輩たちを罰するんですか。乱暴されたわけでもなく、詰め寄られたくらいで注意も出来ない」
「そうだけど、でもっ…対策を立てることは出来るはずだ。回避する方法はあるはずだ」

今の学校でへたに注意が出来ないのも知っている。
そうすれば親が出てくるし、加持にも原因の一端があって、それは本人にしてみれば蒸し返したくない過去だ。
せっかく新たな道に歩き出した今、過去の行為で苦しませるようなことはしたくないし、その道に戻るようなことはあってはならない。

「熱血教師ですね」
「茶化すな、ばか!」

住田は真剣だった。
ようやく掴んだ二人の穏やかな時を逃がすまいと必死だった。
彼の憂き身を理解した上で受け入れたかった。
加持も十分そのことは知っている。
打算なく求めてくれていることに、どう反応していいか分からなかっただけなのだ。

「……ひとつ方法があります」

住田の肩に手を置き、顔を近づけると触れるだけのキスをする。

「僕と一緒に暮らしてください」
「え?」
「朝も昼も夜も一緒にいれば狙われないでしょう?ずっと……ずっと一緒にいれば安心なはずです」

伏せた目蓋が震えていた。
住田はその表情に瞠り、ゆっくりと右手を頬に寄せる。

「いいよ」
「先生……」
「それで加持が守れるなら、俺はなんだってする」

柔らかな猫っ毛が指先に絡んだ。
あくまで本気の彼に加持は頬を緩め、その手の上に自らのを重ねる。

「馬鹿じゃないですか。先生は教師で僕は生徒です。父さんにはなんて説明するんですか」

言葉に比べて声色はどこまでも優しい。
クスクスと笑う彼は儚げで、抱きしめていないと消えてしまいそうだった。
胸に覚えた不安感に戸惑うが、その時、雰囲気を掻き消すように校内放送がかかる。
教頭の声だった。

「住田先生、住田先生。至急校長室へ来てください。繰り返します――」
「え?」

まさか自分が呼ばれるとは思わず、顔を見合わせる。
何かミスをしたかと思ったが特に思い当たることはなかった。
(……まさか加持のこと?)
思い当たる節があるとすれば彼のことで、愕然として血の気が失せる。
だが知られたところでとうに腹は括れている。
むしろバレない方がおかしいほどイチャイチャしていたのだ。
住田の責任は大きい。

「先生、僕も……」
「いや、大丈夫。今日は遅いからもう帰りなさい。今後のことは明日じっくり話そう」

加持も同じことを考えていたのか、心配そうに見送った。
指導室を出た住田は襟元を正すと校長室に向かう。
教師といえどこの部屋に入る機会は少ない。
表彰されるべきことをしたのか、問題になるようなことをしたのか。
今の彼には後者しか浮かばず、肩を落とすと力なく校長室のドアをノックした。

「失礼します」

ここに入るのに緊張するのは今も昔も変わらず。
部屋には歴代の校長の写真が並び、威圧感と共に息苦しさを覚えた。
格調高い棚やソファがより拍車をかける。
恐る恐る入ると、校長はにこやかな笑顔で住田を迎えた。

「ああ、来た来た。彼がうちの教員で住田です」

隣にはどこかで見覚えのある若い女性が座っていた。
住田と目が合うと立ち上がって「この先生です」と笑う。
何かしたかと考えたがいっこうに浮かばず首を捻ると、女性が傍に置いていた傘を取り出したから面食らった。

「動物園ではどうもありがとうございました。おかげで助かりました。あの時お礼も言わずそのままになって、気にかけていたのですが、こちらの学校の先生だと仰っていたのを思い出してお返しに来たんです」

彼女はデパ地下で買ったと思われる高そうなお菓子と共に傘を渡してくれた。
まさか加持と行った動物園で会った母子が学校まで返しに来てくれるとは思わず慌てる。
彼女に傘を渡したことさえ忘れていた。

「い、いえっ……こちらこそ、もっと考えるべきでした。男からいきなり傘を渡されても不審に思うのは当然で、私の方が配慮するべきでした」

相手の態度にこちらが恐縮して、意味なく汗をかくと何度も頭をさげた。
見返りなんて求めていなかったから、予想外の出来事だった。
その後、校長を交えて軽く談笑をしたが、褒められっぱなしで最後までどぎまぎした。
校長は特に大喜びで、このエピソードを来週の朝会で話したいとまで言っている。
加持のことではなかったことに安堵し、少しでも自分の善意が伝わって嬉しかった。

「本当にありがとうざいました」
「いえ、こちらこそ、わざわざ学校まで届けてくださってありがとうございます」

正門まで見送りに行くと、彼女は優しく微笑む。

「弟さんにもよろしくお伝えください」

(弟?)
と、眉を顰めたが、加持のことだと気付いて必死に頷いた。
彼を弟だと思っても無理はない。

「はい、もちろんです。むしろ彼がいなければ私はただの不審者でした。感謝しています」
「そうですね。私もきっと住田先生の善意を拒否して、子供に風邪を引かせてしまったと思います」

 

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