情交遊戯

例えば始まりはほんの些細な好奇心からだったりする。

「はぁっ、はぁ…」

去年親父が再婚して家に継母と連れ子の少年がやってきた。
ずっと母ひとり子ひとりの生活だったせいかその少年は新しく出来た年の離れた兄に懐いた。
章介(しょうすけ)も新しくやってきた弟の直樹(なおき)を可愛がっていた。
直樹は少し色素の薄い髪の毛が印象的で食も細くもっと幼い頃は女の子に間違われた事があったというエピソードも難なく受け入れられるような外見であった。
人見知りでありながら笑顔が愛らしいところも人に好印象を抱かせる。
章介達は途中で作り直された家族であったがそれは暖かく居心地の良いもので彼自身も満たされた日々であった。
そして今度こそそんな幸せが長く続くようにと家族の誰もが望んでいた。

――ある時、たまたまベッドの上にちょっとエッチな漫画を置きっぱなしにしていた日のことであった。
その日は丁度バイトもなくいつもより早く帰宅した。
両親は共働きの為、家には直樹の靴しかなかったが不審には思わなかった。
むしろ彼がいるのに家はどこも静かでそちらの方が不思議に思ったぐらいだ。
だがそれも彼が昼寝をしているのではないかと考えれば済むものである。
だから章介は静かに直樹を起こさないようにひっそりと足音を立てずに自分の部屋へと向かった。
しかし彼は階段を登っている途中で変な声を耳にする。

「んく……」

その声に素早く階段を上がりきると章介の部屋のドアが僅かに開いていた。
まさか、と思いつつドアの隙間を覗けば小さな背中が真っ先に目に入る。
凝らしてよく見れば直樹はベッドの上で何かを真剣に見入っていた。
それが今朝置きっぱなしのまま出掛けてしまった成人向け漫画だと気付くのに時間は掛からなかった。
直樹は章介が帰って来たことにも気付かず熱心にそのエロ本を見ていたのだ。
時々「うわっ」と驚嘆の声を上げたかと思えば息を呑むゴクリといった音が部屋に響く。
あまりの熱中ぶりに声を掛けるタイミングを逃してしまった。
こうなるとどうやって声を掛けていいのか判らなくなるものである。
結局章介は気まずいまま何も言わずにその場から立ち去ってしまった。
直樹だってそういった類には興味津々の年頃だろう。
だが今まで一人っ子だった章介はそんな弟にどう接したらいいのか判らなかった。
ちゃんと教えてやればいいのか、見てみぬ振りをすればいいのか。
合わせる顔がなく家を出た章介は結局後者を選んだわけであるが、この事は水に流して何も見なかった事にしようと決めた。

――だがそんな彼に更なる受難が襲う。
それは翌日の早朝であった。
突然直樹が泣きながら章介の部屋に入って来た。
そして強引に彼を起こすとそのまま泣きついてしまう。
部屋に響き渡ったすすり泣く声に最悪な目覚めを経験しながら直樹に問えば彼は自分のパジャマとパンツを見せてきた。
「おねしょしちゃった」らしい。
彼はこの年にもなっておねしょしたとは母親に言えず章介に泣きついてきたのであった。
内心こんな朝っぱらから面倒な事に巻き込まれたと呆れてため息を吐いたがただのおねしょならそれでよかった。
だがしかしよくよく見ればそれはおねしょではなく夢精であった事が判明する。
どうやら母子家庭に一人っ子であったせいか、そういった事柄にはまったくの無知であったのだ。
きっと昨日の漫画があまりに刺激的で夢精してしまったのだろう。
直樹に前にも何度か同じような事があったのかと尋ねれば思い当たる節があったのか恥ずかしそうに何度も頷いた。
しかし問題はここからで、夢精についてどういえばいいのか判らない。
溜まっていたから出ただの、男の生理現象だので済めばいいがそれで納得するわけがない。
まだ出来たばかりの新しい弟に面と向かってどこまで踏み込んでいいのか判らなかった。
泣きながら戸惑う少年を目の前にして軽く笑って説明できるほどデリカシーのない男ではない。
(それにしても夢精を知らないとは……)
だが章介はこの時変な好奇心に襲われた。
まるで新しい玩具でも見つけたときのようなワクワク感で胸がいっぱいになった。
それはほんの些細な出来心であって直樹が嫌いなわけではない。
むしろ好意を抱いていたからこそ思いついた“おふざけ”であった。

章介はその場をなんとかうやむやなまま片付けると翌日からある行動に出た。
それはベッドの上に一風変わった成人本を置く事に始まる。
《健全な成人本》ではなくホモやマニア好みの雑誌をベッドに置いたのだ。
きっと前回のようにベッドの上に本を置いておけばまた直樹が黙って盗み見ると思った。
すると彼は章介の思惑通りの行動に出る。
前の本が忘れられないのかまたもや章介のベッドの上に置いてある本を手に取ったのだ。
その日から始まったイケナイ悪戯は習慣化される事になる。
しかも章介は日を重ねるごとに違った本を置く事にした。
中には小さな男の子を主体にしたショタ本やら少年が女装したままセックスする女装本まで取り揃えた。
さらには本だけでなく側にDVDを置いたり大人の玩具を使い方が詳しく載っている本と一緒に置いた。
それを見て直樹がどんな反応をするのか知りたかったのだ。
どうせ気持ち悪がって章介の部屋に入る事自体なくなるだろう。
嫌われる事に躊躇いはあったが言い訳は沢山あるわけだし誤魔化す方法はいくらでもあったから怖くはなかった。

しかし直樹は章介の予想とは違った反応を見せる事になる。
最初は戸惑った様子でパラパラと雑誌を捲っていたが次第に彼の中で何かが変化した。

「はぁ、はぁ…っ」

それは最初の悪戯から何度目か経った日の事である。
室内から聞こえるのは忙しない吐息。
それを習慣化しながら覗いている章介は見逃さなかった。
直樹は章介の置いていったホモ本片手に自慰を覚えていたのだ。
ぎこちなくズボンに手を突っ込み荒い呼吸を繰り返す。
相変わらずドアの方に背中を向けたままで顔は見えなかったが激しく上下する肩は見えた。

「あ、あ…っ…くぅ…ふ……」

覚えて間もない快感に覚束無い手が初々しい。
悩ましげな声が切なくて気付けば章介の鼓動も速くなった。
知らない間に弟の自慰姿を食い入るように見つめている自分。
自らが撒いた罠であったのにいつの間にか彼自身がハマリ込んでいたとは思わなかった。
まさにミイラ取りがミイラになった瞬間である。

「ひ…はぁ、ぁ…」

なんて甘い声で鳴くのだろう。
自分で扱いた程度であんな声が出るのならば他の人に触られたらどんな声で喘ぐのか。
動悸のような胸のドキドキに章介は息を呑んだ。
気付けば自分の股間が膨らんでいた事を知り背徳感と罪悪感の板ばさみになる。
だから決まって翌日は直樹と顔が合わせづらくなっていた。
それでも覗き見る事をやめられずに自慰する弟を見続ける日々。
すると直樹だけでなく章介にも変化が訪れた。
習慣化された自慰を盗み見ながら自らも抜くのはもちろん、弟が自分のベッドで自慰をしていた事に興奮するようになっていたのだ。
ベッドに入るとつい思い出してしまい体が熱くなる。
弟の自慰を見て勃起している時点でアブノーマルな世界であった。
そしてまさか自分がその世界の住人になるとは思わなかった。
最初は彼女がいないせいでおかしくなっているのだと言い聞かせてきたがそろそろ危ない。
なにせ最近は彼の自慰中に襲い掛かってしまいそうな自分を抑えるのに必死だからだ。
直樹と話していればキスをしたい欲求が膨れ上がりお風呂あがりの火照った肌を見れば抱き締めたい衝動に駆られる。
それはもう精神的に末期症状である。
しかし章介は一応大学生であり一般的な常識は持っている方であった。
お蔭で禁断の一歩を踏み出すこともなく何とか今のポジションに落ち着いていられる。

だがそれでも直樹の性的な成長には敵わなかった。
ショタ本は彼のバイブル化されそこから様々な行為の術を学んでいく。
さすがにバイブやローターといった玩具には手を出さなかったが彼は自慰のやり方を覚えて自分の部屋でも耽っていることがあった。
彼の小さな喘ぎ声を聞くたびに章介の理性に亀裂が走る。
まさか幼い少年に欲情するとは思わなかったが体は正直に反応するのだから仕方がない。
最近はアナルを使う事を覚え、直樹が必死に細い指を出し入れしているのを見るとどうしようもない気持ちに陥った。
また彼は自慰する時決まって章介の名前を呼んだ。
きっと直樹の持っている本が章介の物だからであろう。
そうして漫画の中の少年を自分に置き換え相手の男を兄と錯覚させていたのだ。

「お兄さ…っ、おにいっ…さんっ」

彼は章介の事を「お兄さん」と呼ぶ。
まだ本物の兄弟には程遠い遠慮があるのか普段は敬語で話す事が多い。
よほど甘えたい時でも「兄さん」と呼ぶのだから他の兄弟よりよそよそしく見えるだろう。
(やばい。確実にやばい)
章介は現状に危機感を持ち始めていた。
軽い気持ちで始めた悪戯が思いも寄らぬ方向に進んでしまったのだ。
そのくせ本を取り上げもせず毎週決まってバイトのない日に漫画を置いて覗き見してしまう。
自らが止める術を持っているのにいつまで経ってもやめようとはしなかった。

「なぁ、弟が可愛すぎるんだけどさ……どうしたらいい?」
「ぶっ!」

二ヶ月が過ぎ、一人で悩むには限界があった為大学の友人に相談しようとしたがゲラゲラ笑うだけで取り合ってもらえなかった。
確かに「弟が可愛い」なんていう悩みは馬鹿げている。
中には「チュウしちゃえよ」なんて言ってからかう奴もいたが章介の頭は痛くなるばかりだ。
(ちくしょう。俺だって出来るならしてえよ)
ネタで言われた事を真剣に考えている時点で常軌を逸している。
毎日悶々とする日々が続いたがそれはまるでセックスを覚えたての頃より酷いものであった。

――数日経ったある日、バイトから帰宅するが親父も母さんも帰ってきていなかった。
肝心の直樹はどこに行ったのかと探すがどこにもいない。
彼の部屋はもちろん章介の部屋やリビングにも居なかったのだ。
おかしいなと疑問に思いながら階段を降りると、向かいのトイレから押し殺したような声が聞こえてくる事に気付いた。
その瞬間章介の脳裏に何かが過ぎる。
ふと聞き耳を立てるようにトイレのドアに耳を押し付けるとやはりそこから直樹の声が聞こえてきた。
彼はトイレの中で自慰に耽っていたのだ。
幾らなんでも警戒心がなさ過ぎるというか無謀な行為である。
だが当の直樹は頭を抱える兄の姿など知る由もなく自分のペニスを扱き穴に指を突っ込んでいた。
もちろん想像するのはその兄に犯されている自分である。

「お、兄さっ…ふぅ、く」
「…………」
「おにさ…ぼくにもしてっ、ひぅ…ぼくにもおしりして…っ…!」
「……っ……」

トイレの中の甘い喘ぎ声に血が滾る。
今日はどんな姿で自慰に耽っているのか想像するだけで下半身が熱くなった。
(もっと近くで見たい。触りたい)
いつもはだいぶ離れたところで覗き見る程度である。
それがどれほどの苦痛を伴っているのか直樹は知らないのだ。
まさに生殺しとはこの事で体中が疼いてたまらなくなる。
まるで全身が心臓になったように鼓動が大きくなった。
血の流れが嫌になるくらい判る。
のぼせたみたいに熱くて呼吸が苦しくなった。
でもこんな余裕のない変態みたいな姿は弟に見せたくない。
荒ぶる感情とは逆に頭は冷静に物事を捉えていた。
あくまでも尊敬に足りる兄でいたいというのが章介の願いである。
獣の如き襲い掛かるのはどうしても意に反していた。
だから彼はあくまでもいつもの兄を装い平然とした態度に出る。

コンコン――。

章介は深呼吸しながらゆっくりとトイレのドアを叩いた。
それに対してあからさまに動揺する直樹は固まって動けなくなる。
彼は兄が帰って来たことにすら気付かなかった。
それほど行為に没頭していたのだ。

「どうした直樹?ずいぶんトイレが長いみたいだが大丈夫か?」
「あ、お兄さ……」

すると直樹は慌ててトイレの水を流すと強引にパンツとズボンを穿き直した。
そして不審に思われないようにドアを開けて兄と対面する。

「おかえりなさい、お兄さん」
「ただいま。っと、もうトイレはいいのか?」
「あっ……はい、ごめんなさい僕……」

直樹の態度は明らかに後ろめたさと罪悪感が漂っていた。
これじゃ何も知らなくても彼に何かあったのかと勘ぐってしまう。
それほどの無防備さに心配になったが章介はあえて何も言わず知らん振りをした。

「お腹でも下したのか?それとも便秘か?」
「え?」
「ちょっと苦しそうな声が聞こえてきたからさ」
「あ……」

あくまでも体を心配する兄として章介は優しく笑いかける。
すると引っ込みのつかない直樹は動揺して目を泳がせた。
心配してくれるのは嬉しい。
でも本当のことは言えない。
さすがの直樹でも兄を想って自慰に耽っていたとは言えないだろう。
彼は兄の部屋や自分の部屋はもちろんお風呂やトイレでも事に及んでいた。
バカみたいに兄を想い自らの欲求を解消させていた。
その兄が真剣に自分の体を心配している。
尚更浮き彫りになる自らの愚かな行為に動揺が止まらない。
だから彼は出任せの嘘でその場を取り繕うとした。
それが全て兄に見透かされているとも知らずに。

「あ、ぼ、僕ちょっと便秘気味で……」

(お腹を下したと思われるよりは便秘の方がいい)
直樹は直感でそう判断すると躊躇うように小さな声で呟いた。
母さんには嘘を吐くと怒られる。
嘘を吐くのはとても悪い事だからどんな時も正直に言えと諭されていた。
だが目下の直樹はそこまで気が回らずに口先だけの嘘に身を委ねてしまう。

「……そうか」

すると章介はしたり顔でニチャリと笑った。
それは獲物を仕留めた時の様に甘く毒を含んだ微笑みである。
だが幸か不幸か恥じらいと自己嫌悪の狭間で揺れる直樹は兄の顔を見ていなかった。
もし見ていたら兄に対する印象が全く違うものに変わっていたかもしれない。
それほどゾッとする笑みを弟に向けて放っていた。
それはまるで人間の中に眠る悪意そのものを顔に封じ込めたかのようである。
章介の眼光は鋭さを増す。
だが表面上はいつもの兄でいるように努めた。
一瞬だけ垣間見えた本能剥き出しの顔は隠され、後は能面の如き静かな顔で直樹に接する。

「じゃあよく効くお薬をあげるよ?」
「え……?」
「さ、おいで」
「おっお兄さん」

章介は直樹の手を握ると引っ張るようにして彼を連れ出した。
実際に触れた弟の手は小さくて温かい。
その感触と共に思い出すのはこの手で自慰に耽っていたことであった。
ついさっきまでこの手を使い自慰をしていた。
ちゃんとタオルで拭かなかったのか若干濡れたその手は余計に生々しくて卑しい気持ちに浸った。
何も話す事無く階段を登ると軋んだ音が響く。
ぎぃ、ぎぃ、と異様に響く音が二人に緊張感をもたらした。
章介の頭には弟の痴態しかなく余計なことは全て削ぎ落とされている。
その余計なことこそ人にとって必要な道徳観や常識であった筈なのに一欠けらも残っていなかった。
それほど弟の手のひらは人を惑わすに十分な威力を持っていたのだ。
また直樹の方も場違いな興奮に恍惚となっていた。
先ほどまで妄想の中に居た兄が自分の手を握り引っ張っている。
初めて繋がられた手であったからこそ新たな発見に胸のドキドキが抑えられなかった。
兄の手は大きくて自分の手などすっぽりと収まってしまう。
力の強さは比ではなく押し倒されてしまったら手篭めにされてしまうだろう。
昨日章介の部屋で読んだのは兄が弟をレイプしてしまう近親相姦ものであった。
最近は小さな男の子が主人公の漫画が多い。
初めて読んだ漫画は男女物であったのに対しこの頃はいつも男同士の卑猥なストーリーであった。
最初は男同士でそんな行為に及ぶなど信じられなかったが直樹は夢中になって読んだ。
性的な知識のない少年はそれが異常だと知らずに受け入れてしまったのだ。
空想の世界の産物とも知らず、漫画の中で気持ち良さそうに喘ぐ少年を羨ましく思う日々。
いつの間にか同じようなことをされたいと願うようになった少年は自制する術を持っていなかった。
好奇心のままに突き進むのは悪い事じゃない。
むしろ善悪の区別さえつかない子供にそんな事を言っても無理であった。
だから直樹を責めるのはお門違いでありこうなってしまったのは当然とも言えよう。
彼はそうして兄から与えられているとも知らずに漫画を読み続けた。
漫画の中の少年がペニスを扱かれると自らも同じように扱き、お尻を悪戯されるとそれもまた同じように弄くった。
思い浮かべるのはいつも優しくて面白い兄の姿である。

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