7

翌日、僕は秀樹達に熊さんのことを相談した。
向き合うと言った彼の力になれないだろうかと思ったからだ。
少しでも熊さんの役に立てたら僕も嬉しいのに。
熊さんは葬儀の後も役所での手続きに追われてバタバタしている。
おじさんが亡くなってすぐには店を開店出来ないし何かと忙しそうだった。
だからせめて次にお店が開くときまでに何かしたい。
熊さんのことを掻い摘んで説明すると秀樹達は一様にうーんっと唸った。

「あ、そうだっ」

しばらくしてから秀樹が思いついたように手をあげた。
だから周囲の仲間はいっせいに彼の方を見る。

「宣伝だよっ。宣伝!」
「宣伝ってテレビとか?」
「ばーか。さすがにそれは無理だからさ、チラシを配るんだよ」

秀樹の提案はこうだった。
熊本造花店の良さを十分にアピールしたチラシをみんなで作ってそれを村中に配るというものだ。

「緑のばっちゃんにもちゃんと説明すれば分かってもらえるって」
「そうかな…」

友人の一人が不安げに秀樹を見る。
だが彼は自信があるようで「任せろ」と言ってきかなかった。
皆は秀樹がいうならと頷きながら話は収拾の方向へと向かう。

「…は、は…はいっ…」

だから僕はその中で恐る恐る手をあげた。

「おうっどうした?」

すると秀樹は先生のように手をあげた僕を指してくれた。
だから僕はのろのろとその場で立ち上がる。

「み、緑の…ばっちゃんへは僕に行かせてもらえないかな?」
「へっ!?三太?」
「おいおい大丈夫なのかよ」

するとやはり皆が心配そうに僕を見ていた。
途端にそれぞれが言い合い始めて煩くなる。

「ありゃラスボス級だぞ。っつーか妖怪?」
「ぷはっ、お前言ったなー。今度ばっちゃんの前でも言ってやれよ」
「無理無理。んなことしたらぶっとばされて死ぬ!」

するとばっちゃんの話で盛り上がり始めたせいか辺りは賑やかになった。
ずいぶん本題からずれてしまって手がつけられない。
そのまま話はあらぬ方向へと向かっていきそうだった。

「だっ、大丈夫だからっ」

だから僕は少し大きな声で叫んでみた。
すると辺りは一変してしんと静まり返る。
あの三太が…、といった顔で僕を見ている。

「絶対に大丈夫だから僕にやらせて」

念を押すようにもう一度言うと友人達は目をパチパチさせていた。
何事にも消極的だった少年が自らやると言ったのだから無理もない。
しかも相手は村一番の強敵である緑のばっちゃんなのだ。

「わ、分かった。じゃあばっちゃんは三太で」

しばらく唖然としていた秀樹だが仕切り直すように手を叩くと纏めるようにそう言い放った。
だから皆も狐に抓まれた様な顔で納得せざるを得なかった。
内心それぞれが「本当に大丈夫かよ?」と思ったのはいうまでもない。
なにせ僕自身もほんの少しだけ大丈夫かなと思っていたのだから。
――しかしただ一人、秀樹だけは違った。
彼は一番間近にいた友人の変化に少なからず気付いていた。
だから彼はあっさりと役目を三太に譲ったのだと思う。
その後、話は急速にまとまった。
そして誰がどこら辺を担当するのか、何枚描くのかなど詳細を決めると早速実行に移すべく別れた。

その日から翌日の夜まで僕は部屋に篭り黙々とチラシの作成を始めた。
自由研究も工作も終わっていないけどひたすらチラシを作り続けた。
何度か母さんが様子を伺いに来たがそれすら気付かないぐらい一心不乱だった。
こんなに一生懸命なったのは生まれて初めてのことだった。
描き続けていると指が痛くなる。
おやつを食べる時間も忘れる。
それでも僕は机に噛り付いて作業を進めた。

「ちょっといい加減にしなさいっ」

僕がようやく一息ついたのはそんな母親の叱り声のお蔭だった。
ふと気付けば窓の外は真っ暗になっている。
驚いてキョロキョロすると部屋の入り口には眉間にシワを作った母さんが立っていた。

「あっ…わわ、ドアを開けるならノックしてよっ」

そういって僕は何枚ものチラシを隠す。

「ノックってあなた、何度ノックしても気付かなかったのは三太でしょう」
「えぇ…あぅ…」
「昨日からご飯の度に呼んでいるのに全く気付かないんだから」
「ごご、ごめんなさい」
「一体何をやっているの?その様子じゃ宿題ではないんでしょう?」

母さんは呆れたように何度もため息を吐いた。
昨日から部屋にこもりっきりだったせいで食事の度に母さんの手間を増やしていたのだ。

「いい?夏休みだって残り少ないんでしょう?毎年毎年懲りずに宿題を溜めるんだから。それで父さんと母さんに泣きつくのはどこの誰なの?」
「はぅ…」
「三太がそんな様子じゃ明日から宿題を全部終わらせるまで外出禁止にするわよ。いいの?」
「なっ、やだやだっ!」

それでは今作っているチラシが無駄になってしまう。
だから僕は勢い良く立ち上がると泣きつくように母親の元に向かった。

「……え……?」

すると彼女の目の前まで来たところで立ち止まる。
なぜなら母さんは後ろ手で隠すようにかすみ草を持っていたからだ。
綿毛のような花はどんなに隠そうとしても広がり見えてしまう。

「母さん…それ…」
「ん、ああ。これ?この花はね、さっき熊本さんが持って来て下さったのよ」
「え!?熊さんうちに来たの!!」

まったく気付かなかった。
思わず泣くのも忘れて目を丸くする。

「ちょっ、ならなんで僕を呼んでくれないんだっ」
「あらあら人聞き悪い事言わないでちょうだい。何度も呼んだのに降りてこなかったのは三太でしょ」
「うー」
「それに熊本さんはこの間の式のお礼にお菓子を持って来てくれただけなの。三太に用事があったわけじゃないんだからいいでしょ、もう」
「でもでもだって~」
「でもでもだってじゃない。それにいいじゃないの。三太にはホラ。熊本さん、あなたが好きな花を覚えていて下さったのよ」

そういって差し出されたかすみ草は前に買った時よりずっと大きな花束だった。
花瓶から溢れそうなほどに咲き誇ったかすみ草は優しく揺れる。

「熊さ…」

僕はそれを見て瞬時に悟った。
それこそが彼の愛情なのだと。
またひたむきな誠実さの表れであり、熊さんの決意なのだと。

「ねえ知っている?」
「え?」

すると母さんは部屋の机に花瓶を置くと僕の方を見て微笑んだ。

「かすみ草の花言葉はね、感謝、切なる喜び、そして清らかな心って言うの」
「清らかな…心」
「そう。でもかすみ草を見ていると良く分かるわ。こんなに清くて美しいんですもの。見ていると心が洗われるっていうか自分が綺麗になったような気がするわ」
「……っ……」

ふと母さんの言葉に既視感を覚える。
それと同時に記憶の波が押し寄せてきた。

“『だから一緒にいるとホッとする。落ち着くんだ。三太君といるとどこか自分が綺麗な人間になったような気がする。なんて、ちょっと変だな。うん』”

自嘲気味に笑った熊さんの横顔がハッキリと思い出される。
あの時は何も知らなかったし熊さんを知ろうとしていなかった。
彼はこの故郷に帰ってからもずっと背中に重たいものを乗せていたのに僕は何も知らずに笑っていたんだ。
それを思うと胸が張り裂けそうに痛くて泣きたくなる。
本当は熊さんの方がずっと泣きたかったであろうに。

「うーん、ホント綺麗ね。今度熊本さんに会った時ちゃんとお礼を――」
「母さん」

――熊さんからはお花以上に大切なものをもらったんだ。
ひと夏の淡い思い出と言ってしまうのが物足りないほどとても大切なもの。
そして返す術が見当たらないぐらいたくさん、たくさん。

「母さん、あのね」
「やだ何?急に改まって」
「このかすみ草、少し貰ってもいい?」
「え、どういう…」
「あげたい人がいるんだ。どうしても伝えたことがあるんだ」

やっぱり僕は熊さんの為に何かしたい。
僕に出来る事なんて限られているけど、それでも何かしたい。

「ちゃんと宿題もやる。お手伝いもやる。怒られないうちにお風呂にも入るし朝もちゃんと起きる」
「…………」
「だから今は許して。今はどうしてもやらなくちゃ…頑張らなくちゃいけないことがあるから」
「三太…」
「だからね、そのっ…」

勢いだけで話したのはいいが言葉が続かなくて若干焦る。
だが母さんのほうは口を固く結び何か考えるような仕草をしていた。
その顔は真剣そのものでヘタに声はかけられない。
むしろ怒られると思って直立不動のままプルプルと震えていた。

「――分かった」

するとしばらくしてから聞こえてきたのは随分短い返事だった。
驚いて顔をあげると母さんはニッと笑っている。

「その代わり」
「え」
「とことん頑張りなさい」
「あ……」
「頑張って頑張って頑張りぬきなさい。頑張ったからといって報われるものじゃないけど頑張りなさい」
「母さ…」
「……そしてそれでも駄目だったら」
「だ、だっ…だめ…だったら?」
「その頑張りを誇りに思いなさい。結果ではなく頑張った事を誇りに思いなさい」

母さんはそういうと息子の額にデコピンを当てる。
思わず額に手を当てるとそこは少しだけヒリヒリした。

「どんな用事があるのか知らないけど、学校よりも勉強よりも、宿題よりも大切なことってあると思うわ。だからほんの少し目を瞑ってあげる」
「母さ…」
「その代わりさっきの約束はちゃんと守ること。いいわね?」

すると彼女は僕の返事を聞く前に部屋から出て行った。
「あ、あとかすみ草は明日の朝、包んどいてあげるから」
そう言い残して階段を降りていく。

「…ん、頑張ります」

だから僕は人の途絶えた廊下を見つめて小さく頷いたんだ。

***

翌日、僕はかすみ草とチラシを持って緑のばっちゃんの家に行った。
チャイムを鳴らすまではビクビクして何度も家の前をうろついてしまった。

「なんだい。三坊か」

しばらくしてからガラガラと引き戸式の玄関から現れたのはいかにも性格のきつそうな老婆である。
緑のばっちゃんは僕のことを三坊と呼んでいた。

「珍しい。どうしたと」

どうやらあまり機嫌が良さそうではない。
というのは嘘で普段から彼女はこんな感じだった。
少し釣り目の鋭い眼光にいかにもキツイ事を言いそうな口角の下がった唇。
猫背のせいで斜め下から見上げられると結構な迫力である。
ばっちゃんはいつも着物だった。
整備されていない険しい道が沢山残る村であっても常に着物であった。
それに合わせて彼女は白髪混じりの髪の毛をお団子にして結わえている。
何でもそれが彼女のポリシーであるらしい。
この手の話は大体の子供が聞いていることだろう。
ばっちゃんは政治家顔負けの饒舌っぷりで話すのである。

「あのね…あの…」

僕は蛇に睨まれたように固まったまま動けなくなっていた。
じっと見つめる瞳が怖くて冷や汗が流れる。

「あたしゃあね、女々しい男は嫌いなんだよ」
「…………」
「用がないなら帰りな。それともママに迎えに来てもらわないと帰れんと?」

相変わらずキツイ口調で捲くし立てると彼女は僕に背を向ける。
だから慌てて僕は帯の端っこを掴んでしまった。
すると顔だけ振り返ったばっちゃんは物凄い剣幕で睨む。

「どこ掴んでいるんと」
「わっ…ご、ごごごめ…」

それに動揺した僕は飛びのくように彼女の帯から手を離した。

「ったく、躾のなっていない童だね。帯が崩れたらどうしてくれるんだい」
「ご、ごめんなさい」
「……だいたい三坊のかあちゃんはどういうつもりと」
「え」
「何やら熊本造花店で花を買っているらしいじゃないか。あんなろくでなしの店で買うなと何度も言っているのに」

ばっちゃん自身言いたいことが溜まっていたのかこれ見よがしに僕へとぶつけてくる。
気付けば眉間の皺が一本追加されていた。
これじゃチラシを渡すより最速お説教コースへ一直線である。

「あんたのかあちゃんが村にやってきてから随分面倒を見てやったんだよ。この村のことを一から十まで教えてやったのもあたしだ」

こうなると長かった。
延々と続く話は考えただけで途方に暮れる。
村のじいちゃんやばあちゃんの話が長いことを知っていたが緑のばっちゃんは格段と長かった。
しかも恩着せがましい話が続くのだから子供にしてみれば堪ったもんじゃない。
どう考えてもこの状況を打破できる気がしない。
僕は彼女の話を聞きながら弱気になっていた。
たとえ老婆といえどもこの圧倒的な存在感の前では誰も小童である。
(よ、よ、弱気になっちゃダメだ)
だが昨夜僕は母親と約束したのだ。
いつもなら何も出来ずに終わるところだが頑張らねばならない。
ここが頑張り時なのだと自分でも理解していた。
だから隠すように後ろ手で持っていたかすみ草の花束を力強く握り締める。

「それからあたしは三坊の熱が下がらないからと――」
「ば、ば、ばっちゃんっ」

僕はなけなしの勇気を振り絞って彼女の話を止めた。
すると彼女は予想通り怪訝そうに僕を見る。

「く、熊さんのことだけどっ」

思い切って真正面から本題をぶつけてみようと思った。
どうせ僕の事だから上手く誤魔化す話術を持っていないし、遅かれ早かれ言い合いになるのは目に見えていたからだ。

「なっ、仲良くしよう。二人の間に何があったか知らないけど…今の熊さんは一生懸命頑張っているし、おじさんの店を継ごうと必死だし」
「…………」
「もっとお互いに分かり合えたらきっと――」
「話はそれだけか」
「…え……」

するとしばらく黙ったまま僕の話を聞いていたばっちゃんが切り捨てるように言い放った。
驚いた僕は思わず失速したように言葉を詰まらせる。

「――情けない」
「え…?」
「少しは男前になったかと思えば…」

あまりにも小声で呟くから彼女が何を言っているのか聞き取れなかった。
だが確実に悪い方向にいっていることを肌で感じた。
「子供にこんなもんまで作らせて」
「わっ…わわっ!」

するとばっちゃんは左手に持っていたチラシをぶんどるように奪った。
お蔭で端の方がビリッと音を立てて千切れてしまう。
僕の左手には僅かな切れ端だけが残った。

「後ろの花もいらないよ」
「ばっちゃっ…」
「さあ帰った帰った。あんたも姑息な手は使うんじゃないと帰ってろくでなしに伝えなっ」
「あ……っ」
「今日はとんだ厄日だ。気分が悪いっ」

するとばっちゃんはこちらに見向きもせず背を向けるとさっさと玄関の中に入ってしまった。
その場に残された僕は呆然としたまま立ち尽くす。
あまりにも急激な出来事に事態を把握するのに時間が掛かってしまったのだ。
(もしかして熊さんの差し金だと思われた!?)
気付いた時にはすでに時遅し。
だがここで諦めるわけにはいかない。

「違うんだっ。ばっちゃん!話を聞いてっお願い!!」

僕はドアを叩きながら必死に叫んだ。
中にいるばっちゃんにも聞こえるように出した事のないほど大きな声で彼女を呼んだ。

ガシャ―っガシャ――!!

ドアを叩くたびにガラスが軋んで音が鳴る。

「ばっちゃんっばっちゃんっ!」

いくら呼んでも出てくる気配はなかった。
それでも諦めずに繰り返し彼女を呼び続ける。
熊さんは無関係だと、自分の意志でここに来たのだと。
そして熊さんと仲良くして欲しいのだと。
この村は小さな囲い。
大きな世界では気にしなくて済む問題もここでは許されない。
それが面倒臭くて立ち去る人間は多くいる。
わざわざややこしい人間関係の残る村にいる必要はない。
交通の便も悪く何をするにも不便な村ならなおさら。
それでも彼はこの村に戻ってきた。
最初は逃げ帰って来たのだとしても彼はここで生きようと決意をした。
その決意は誰にも奪って欲しくない。
否、誰であろうと奪ってはいけない。

「違っ…ひっぅ、ひっく…」

それでも僕は弱い人間だからこんな大切な場面でも涙が溢れて止まらなかった。
頬を伝う涙は僕の皮膚を離れ石畳の上に落ちる。
いくつのも跡がぽたぽたと石の表面を濡らしては乾いて消えた。

「ふぇっ…うぅっ、ひっぅ…く」

僕が弱いのは甘やかされて育った証である。
マイナス面だけ見ればどうしようもない田舎だと吐き捨てられる。
だけどそれでもここに人が生き続けるのは暖かいからだ。
道を歩けば「どこにいくの?」「気をつけてな」と声を掛けてくれる人が居て、熱を出せば作った煮付けを持って来てくれる人が居る。
家のお向かいには大きな柿の木が生っていて皆で柿を取ったり、落ち葉でいもを焼いたりした。
世間ではおせっかいだと言われる事も自然と根付いていてそれが当たり前の日常であった。
だから僕は一人っ子でも寂しくなかったし、おじいちゃんとおばあちゃんが居なくてもこの村の人達が僕にとってのおじいちゃんとおばあちゃんだから辛くはなかった。
外から見たら過疎化の進む閉鎖的な村と呼べるかもしれないが僕にとってはかけがえの無い居場所であった。

「ひっく、ばっちゃ…ばっちゃ…ぁっ…」

どうかこの気持ちが届いて欲しい。
僕は泣きながら引き戸を叩き続けた。
それはまるで五歳児が悪戯をして家から閉め出されたみたいに情けなくておかしな光景だったと思う。
それでも叩く手を止めなかった。

「…うるさくて敵わん」
「ひっぅ…えっ…?」

すると曇りガラスの奥に人の気配がした。
驚いて半歩後ろに下がると引き戸のドアが開く。

ガラガラ――。

中から出てきた老婆はやはり眉間に皺を寄せていて不機嫌そうだった。

「三坊の泣き声は赤ん坊の頃から煩くて敵わんと」
「ばっちゃ…」
「男だったらしっかりしぃ」
「ひっぅ…ごめ…なさ…」
「ふぅ」

すると彼女は呆れたような眼差しでため息をついた。
そしてそっと右手を差し出す。

「ん」
「え…?」
「んっ」
「あ……」

それは何かを催促しているように見えた。
一瞬何を?と思ったが慌てて右手に持っていたかすみ草を思い出す。

「あたしの為に持ってきたんだろう」
「ばっちゃ…」
「いつまでも手に持ってちゃあ花が可哀想だ」

すると彼女は僕の手からかすみ草の花束を受け取った。
瞬間僅かにばっちゃんの顔が優しくなる。
だがそれは本当に一瞬の出来事で僕自身気のせいかと思ってしまうほど穏やかな顔であった。

「もう用は済んだだろ。さっさと帰り」
「あ…」
「次に開けた時まだ居たら塩を撒いてやっからね」

ばっちゃんはそう言うとまたさっさとドアを閉めてしまった。
僕は未だにさっきの顔が忘れずポカンとしたままであった。
(少しは二人の為になったのかな?)
ちょこっと考えてみるが良く分からない。
だが結果的にチラシも花も受け取ってくれたことが嬉しかった。
何かを成し遂げるなんて経験はほとんどない。
自主的に、と付け加えれば生まれて初めてのことであろう。
だから僕も口元が緩んでしまった。
(ほんの少しでもこの気持ちがばっちゃんに届きますように)
僕は小さくお辞儀をしてその場を離れた。

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