6

「梧桐せんぱ――ん…!?」

そっと俺からキスをした。
瞬間飯坂の戸惑った声が聞こえたがそれを無視して口付ける。
こうすれば奇声は発せない。

「んぅ、ふ…ぁ…」

飯坂は慣れていないキスにされるがままになっていた。
硬直した体はピクリともせず、借りてきた猫のように大人しい。
俺は彼にキスをしながら手に持った眼鏡を床に置いた。
後頭部に手を回して唇を重ね続ける。

「せ…ぱ…ん、んぅ…!」

すぐに限界がやってきた。
キスに不慣れな飯坂が酸欠を起こして苦しそうにしがみ付いてくる。
それに気付いた俺は名残惜しそうにちゅっとキスをすると唇を離した。

「はぁはぁ…せんぱ…はげし、です」
「ばーか。キスぐらいで何言ってんだよ」

むしろこの程度で乱れる飯坂に先々の事が心配になった。
だから俺は最後にもう一度だけ逃げ道を与えてやる。

「それぐらいで根をあげるならやめた方がいい」
「ふぇ…」
「じゃないともっとすごい事してしまうぞ」

なんて、ちょっと脅すように言ってみた。
飯坂は困ったような顔で俺を見上げる。
だがそれは一瞬だった。

「いいいいい、いいですっ!」

そういって今度は彼から俺にキスをしてくる。

「んっ…!」

驚いて思わず上ずった声を出してしまった。
だが飯坂は俺の首に手を回し、強引に唇を重ねる。
それはキスというより唇を押さえつけただけの色気のない口付けだった。

「ん…!」

見れば飯坂がぎゅっと目を瞑っている。
唇の感触と前髪にかかる互いの髪の毛。
必死になっている彼が無性に愛しくてキスをしながら微笑んでしまった。

「ぷはっ」

飯坂はどーだ!と言わんばかりに俺を見る。
その勝ち誇った顔はやっぱりどこか幼かった。
だからこそこんな風に微笑ましい気持ちになるのかもしれない。

「随分と男らしいキスだな」
「えへへ~…。オレだってやる時はやる男なんですっ」

そういって誇らしげに胸を叩く飯坂はアホっぽくて面白かった。
皮肉を込めて言った言葉に気付かないのだから良い。
そういうところが俺は好き。

「じゃあ今度こそ、俺好みの恋人になってくれる?」
「あっ…わわっ!」

そっと飯坂と体を入れ替え、押し倒した。
上から見下ろす。

「せんぱ…」

飯坂は恥ずかしそうに俺を見上げた。
小さく頷く。
それは彼の中の小さな覚悟だった。

「ん、せんぱ…せんぱ…い」
「大丈夫。なるべく優しくする」
「はぅ…」

俺は首筋に顔を埋めた。
飯坂はうなされる様に上擦った声で俺の名を呼ぶ。
その必死さが可愛く思えて堪らなかった。
まるで俺の名前を拠りどころにしているみたいだからだ。

「ん、んんぅ…ふ…」

それを聞くと自分の中の征服欲が増す。
どんどん欲張りになっていく自分が嫌というほど分かってしまい自嘲した。
何せ、今まで淡白だと思っていたから。
付き合っていた彼女と別れても「ま、いっか」ぐらいにしか思ったことしかない。
元々、物事に執着がなかった。
何度も言うように面倒くさい事は嫌い。
だから当たり障りのない生活が一番居心地が良かった。
リフレイン。
繰り返される日常。
変わり映えのない生活を楽と捉えるか退屈と捉えるかは価値観の問題だ。

「はっぅ…ごと、せんぱ…」

だが、彼に初めて会った日、その日常は崩壊した。
毎日が新しい発見に満ちていて、繰り返しの毎日は未知なる明日へと変わった。
飯坂は俺の為に自分を変えたと言ったがそれだけじゃなかったんだと今更気付く。
彼は俺を変えた。
表面的には飯坂しか変わっていないから気付かなかっただけ。
ホントは何度もこんなの俺らしくないと戸惑った。
でも所詮、俺らしい俺なんてどこにも存在するわけがないんだ。
自分が変われば世界は変わる。
世界情勢だとか金融なんちゃらとか大きな目で見た世界は手に余るから関係ないのだと思っていた。
今の世界がこうだから自分はこうなのだと言い訳をする。
学校が楽しくないから、友達とそりが合わないから。
結局は誰かのせいにして自分を保守的に守っていたのだ。
世界が変わらないから俺も変わらないのではない。
自分が変わろうとしないから世界が変わらないのだ。

「せんぱ、すき…!すきっ…」

飯坂を好きになることによってそれに気付いた。
だって今は、こんなに未来が待ち遠しい。
変わらない俺の世界は小さな一滴がもたらした波紋で大きく変わったんだ。

「はぅ…はぅ…」

あれから随分、時間が経った。
俺は飯坂のアナルを十分に解していた。
初めてとはいえ、なるべく痛い思いをさせたくない。
触れている俺はこんなに幸せだから、指先からその思いが伝わればいいのにと思う。

「あっぅ…せんぱぁ…」

荒い吐息の飯坂は潤んだ目で俺を見ていた。
十分に熱くなった飯坂の性器を愛撫する。
その度に彼は愛らしい声で啼いた。

「ふやぁっ…ゆびっ、やだぁ…!」

きゅんきゅんに締まったお尻はずいぶん慣れて俺の指を飲み込む。
中の熱さは尋常じゃなくて、ここに俺のを挿れると思うとたまらなく興奮した。

「また出ちゃ…うぅっ!」

すると飯坂は何度目かの絶頂に達した。
幼い未成熟なペニスからぴゅっぴゅっと射精する。
その度に彼は全身を悶えさせぷるぷると震えた。

「はぁ…はぁ…せんぱ…」

イってぐったりとした飯坂は下半身丸出しの格好で力無く足を広げている。
さすがに何度も射精していると足を閉じる気力すら無くなるみたいで荒く呼吸をするだけだった。

「……もう、欲しい?」
「ん…」

問うと目を逸らせた彼が恥ずかしそうに頷く。
だから自分のベルトを外していった。
静まり返った校舎にカチャカチャと異様な金属音が響き渡る。

「はぅ…」

飯坂はその様子をチラチラと盗み見ていた。
火照った肌がうっすらと色づいている。
彼の下っ腹は自身の出した白濁液で汚れていた。
指ですくえば粘っこい感触。

「きき、緊張しますね」

アナルに自分の性器を押し当てると飯坂の体がブルっと震えた。

「あ!せんぱ…ちょっ、待っ!」

突然飯坂が俺を止めた。
慌てて手探りするように床を這う。

「眼鏡っ…あのっ、眼鏡」
「ああ」

外していた眼鏡を探していたのだ。
それに気付くと俺は彼の眼鏡を手に取る。

「せんぱ…の顔、見れないと怖いから…」
「ばーか」

どうせ恥ずかしくて見れないくせに。
俺は苦笑しながら彼の眼鏡を渡した。
すると飯坂は「ありがとうございます」と言って顔にかける。
俺はそれに合わせて挿入を開始した。

「ひゃっぅ…せんぱっ、待っ!」
「嫌だ。待てない」
「んぅっ、痛っぅ…せんぱ、せんぱ…い!」

飯坂のアナルは指で触れた時より熱く蠢いていた。
顔を歪ませた彼に何度もキスをしながら頭を撫でる。
すると飯坂は必死にしがみ付いてきた。
痛みと違和感に耐えるように抱きつく。
だから俺は彼の不安を和らげてあげようと優しく抱き締めた。

「はぁ、はぁ…せんぱ」
「っぅ…大丈夫か?」

なんとか根元まで入った。
だがぎゅうぎゅうに締め付けられていて身動き出来ない。
それは彼の体も同じで初めての体験に体を強張らせて震えていた。

「も…相変わらず、先輩は酷い人ですっ…」
「おう。悪かったな」
「うぅ~思ってないくせに…」

頬を膨らませた彼は口をへの字に曲げた。
俺はクスクスと笑ってしまう。

「ばか。可愛い顔すんな」
「せせせ、せんぱ…」
「間違えた。マヌケな顔すんな」
「先輩っっ!!」

飯坂は顔を真っ赤にして俺の胸元をポカポカと叩いた。
その仕草に先ほどのような緊張感は感じられずホッとする。
あのままじゃ彼が辛いという事を分かっていたからだ。

「嘘だよ、ホントは可愛いと思っている」

彼の耳元で囁くと耳たぶに何度もキスをする。
甘くちゅっちゅっという音が響いた。
それに合わせて彼のアナルが締まる。

「はぅ、せんぱっ…んんぅ」

少し顔を離せば飯坂が顔を真っ赤にしていた。
緩んだ口元でえへへと笑い続けている。
そんな彼を抱き上げて膝の上に乗せると胸元に頬ずりした。

「せんぱい、だいすき~…へへ!すきすき!」

どうやら機嫌が直ったようだ。
すりすりと摺り寄せる頬は挿入中だというのにやめない。
そんなに言われたらこちらの理性が追いついていかないというのに飯坂は暢気だ。

「すきっ、すき~…」

そのまっさらな気持ちが純粋に嬉しく思う。
俺は応えるように彼の指先に何度も口付けした。
それを見た飯坂はほんのりと赤く染めた頬で見ている。

「はぅ、やっぱりカッコイイです。先輩」

うっとりと呟かれてどう反応していいのか分からなかった。
これじゃまるでバカップルだろうが。
呆れを通り越して清々しい。
電車でいちゃつくカップルとか大嫌いだったのに。
これじゃ今の俺達もさほど変わらない気がして苦笑する。

「先輩は…?」

するとふいに飯坂が取り合った手を握り締めた。
我に返った俺は彼を見下ろす。

「先輩は今のオレと前のオレどちらがいいですか?」
「え?」
「…なんて、前のオレなんか全然ダメですよね」

飯坂は切なげに遠くを見ていた。
口調は砕けていても結ばれた口に真剣さをにじませている。

「俺はどっちでもいい」
「え!?」

すると彼は驚きの眼差しで見上げた。

「別に…俺はお前の顔に惚れたわけじゃねぇよ」
「あ…」
「顔や体で選ぶなら、まずは男って時点で選択肢から消えるな」
「あぅ…」

俺の言葉に素直な彼は複雑な顔をしていた。
心中が手に取るように分かって面白い。

「――つまり」

だからって苛めたいわけじゃないんだ。

「俺はお前自身に惚れたわけ。わかる?」
「せせせ、せんぱ…」
「だから飯坂がどんな外見でもいいんだよ!」
「!!」

語尾を強調するように強く言ってみた。
すると飯坂は俺の首に手を回してぎゅっと抱きつく。
俺はあやす様に背中を叩いてやった。

「――でもさ、凄いと思うよ」
「え……?」
「理由はどうであれ、変わろうと思う気持ちはいいと思う」
「せ…んぱ…」
「悔しいけど、そういうところは尊敬してる」

変わる、というのは渦のようだ。
中心の遠心力に負けて色んな人が巻き込まれる。
それをプラスに変える事が出来る人もいればマイナスになる人も居る。
つまり少なからず変化には軋轢が生まれるのだ。
それでも変わろうとする意識が素晴らしい。

「うぅー…!」

すると飯坂の抱き締める力が強くなった。
さすがの俺も苦しい。

「馬鹿。そんなに強く抱きつくな。苦しいだろーが」
「だって、せんぱ…オレっ」

言葉に涙が含んでいた。
途切れた言葉の合間に彼の気持ちがたくさん詰まっている。
俺はやれやれとため息を吐いた。
渦の中心に居た彼はこんなに脆い。
だからこそほっとけなくて、守ってやりたくなる。

「――あ、でもやっぱ眼鏡はやめろ」
「え?」
「だってキスの時に邪魔になる」
「はぅ…!」

飯坂はボボボッと火を噴きそうな顔をした。
その反応が面白くて鼻の頭に軽くキスをするとニッと笑う。

「…好きだよ、歩…」
「!!」

飯坂は目を回しそうになっていた。
泳がせた瞳に力なくこちらに倒れてくる。

「せせせ、せんぱ…それ、反則っです」
「そう?じゃあもう二度と言わない」
「やややや!ダメですダメですー!毎日言わなきゃダメなんです!」
「ぷはっ。なんで強制的なんだよ」

どこにそんな決まりがあるというのか。
焦った飯坂の言葉が可笑しい。

「きき、今日から法律で決まったんです!」
「ふーん」

苦し紛れにでた言葉は自分でも無茶だと気付いているようだ。
彼は目を合わそうとしない。

「そっか」

だから俺は悪ノリしてやることにした。

「法律なら仕方がないよな。毎日言わなくちゃ」
「あぅっ!せせ、せんぱい!」
「毎日たっぷりと聞かせてやるよ」
「ふにゃ…!」

すると今度は本気で目を回したようだ。
飯坂はヘロヘロになって俺にしがみ付く。
どうやら過激すぎたらしい。
この格好で今さらだろと突っ込みたかったが、意識を失われては困るとやめた。

「あああ、うれし、ですっけど!オレの心臓が…もたな…」
「どっちなんだよ」
「えええっ!あ、言って欲しいです!あ、でもっ…はぅ、心臓が…」
「いつからお前は心臓疾患持ちの病弱キャラになったんだよ」
「だって~!!」

胸元に手を当てる飯坂は涙ぐみながら俺を見る。
それは見つめるというより訴えるといったほうが正しいのかもしれない。

「うるせー!めんどくせーな」
「そな!おおお、オレの小鳥のような繊細な心臓が―…」
「はいはい」

どこに小鳥のような心臓があるんだよ。
俺は無視をして腰を突き上げ始めた。

「はぅ!?」

第一に初めて体を繋げたのにこんな雰囲気でいいのだろうか。
ロマンチックの欠片もなくて頭を抱えたくなる。
だからといってそういった俗物を飯坂に期待しても仕方ないことを分かっているからどうでも良かった。
そんな彼に惚れた俺が悪い。

「い…きなりっ…あ、せんぱ!」

だが飯坂は可愛い声で鳴いた。
俺の膝の上で淫らに喘ぐ。
その仕草に背筋がゾクゾクした。
口を開けば馬鹿でアホだが結局はそこさえ可愛く思っている。

「はぁっ…ん!ふぅ、ふぅ…!うく」

俺は強引に彼の学ランを脱がした。
先ほどまで横たわっていた時は床が冷たいと思ったから脱がさないでおいたのだ。

「あっ…んんぅ、ご…いんな先輩も、素敵っ…です!」
「そりゃあ、どーも」
「ひゃぁっ…!んく、でも…やさし…く!」

奥まで突き上げながら無理やり中のワイシャツを脱がす。
ボタンを外すのがじれったくて、破いてしまいそうだった。
飯坂も俺と同様に震える指先に焦りながらボタンを外してくれる。

「あっ、せんぱ!せんぱ!!」

もっともっと触れたいんだよ、馬鹿。
一度火をつけてしまった欲求は中々消えない。
こんなガキの裸に欲情して焦る手元が馬鹿みたいだった。

「あ、ゆむ!歩っ…」
「梧桐せんぱ…ふぁっ!」

やっと全てを外し終えて飯坂の前が露わになった。
こないだ同級生に傷つけられた部分はわずかに黒くなっている。

「っぅ…」

大切な体を傷つけられた怒り。
自分のものである飯坂を傷つけられた怒りが沸き起こる。

「もう絶対、誰にも触れさせない」
「ん、せんぱい…」

あの時、意識を失ってぐったりとした飯坂が流したひと雫の涙を忘れない。
俺はその部分を何度も撫でた。
飯坂はその度に甘い声を漏らす。

「俺が必ず守ってやるから」

自分のような無頓着な男は怖いと思った。
一度、ハマッてしまったら抜け出せない。
だからこそ無頓着で居たかったのかもしれない。
後からどんどん飯坂を好きだと実感していく。
貪欲に愛しさを募らせてどうしようもなくなった。
(きっと死ぬほど好きなのは俺の方だ)
それを本人に伝えるのは悔しいから今はやめておく。
その代わりこの体を独占しようと思った。
もう俺なしじゃいられないぐらいにさせてしまいたい。

「はぁっ、せんぱ…んぅ、ふ」
「きもちい?いっぱい汁が垂れてるぞ」
「や、やっ…言わないで下さっ!オレっ、初めてで…!」

ぐちゅぐちゅに汚れた彼の性器は元気良く天を仰いでいた。
ぷるんと振り子のように揺れる。
その度にガマン汁が俺と飯坂の下っ腹を汚した。

「初めてでこんなに濡らしてるのか」
「ひゃぅ…わかんなっ…んんぅ」
「いやらしいヤツだ」

すると俺の言葉に反応するように飯坂が身悶えた。
熱い吐息が互いの顔にかかる。
まるでうなされる様に上擦った声が漏れた。

「くぅ、ん…こんな、オレは…嫌、ですか?」

恍惚と見つめる瞳は熱っぽくて思わず息を呑んだ。
絡まる視線を解くのが難しくて溺れるように見つめ合う。

「はぁっ、っぅ…嫌なわけない」
「あ、あぁっ…っぅ!はげし、せんぱぁ…」
「むしろずっとこうして、俺と耽っていられるぐらい淫乱になってよ」
「ふぁ、ご…とせんぱっ、せんぱい!」
「じゃないと、もっと…めちゃくちゃにしたくなるっ」

止まらない衝動にわざと若さゆえだと言い訳をしてみる。
そのチンケな表現に自分でも笑ってしまいそうだった。
ホントは理由なんてどうでもいい。
飯坂を抱いていられるのなら、俺のモノに出来るなら何でもいい。
この瞬間の気持ちだけは隠す事の出来ない真実だ。

「な、まえっ…呼んで!せんぱ、オレの名前っ」
「くっぅ、歩っ!歩、あ…ゆむ!好きだよ」
「梧桐先輩っ、オレもすき…だいすきっ…」

草木は芽を出し、茎を伸ばし、花を咲かせる。
そしていずれ実を結び、次の生命へと種を落とすのだ。

人も同じように季節と共に移り変わる。
停滞することは許されず、川の流れのように変化を求められる。
俺たちもこのままじゃ許されない日がやってくるのだろう。
なぜなら自分の意思とは関係なしに周囲も世界も変わっていくからだ。
その中でたゆたいながら生きる二人。
俺の世界と飯坂の世界。
まったく異なる世界の先でいつまでも二人が手を繋いでいたら、いい。

――――変わる。
その渦を糧にして―――。

END