人間讃歌

人間っていまいちわからない生物。
僕は今までたくさんの人々を幸福にしてきたけど本当の幸せを手にした人なんて見たことが無い。
すべてが満たされることはない。
それでも生きなければならない苦痛。
彼らはどうして生きているのだろう?
幸せになれないなら死ねばいいじゃんって思う。
こっちの世界にはお金の存在がないし嘘もない。
行こうと思えばどこにでもいける。
ご飯だって食べても食べなくてもいい。
僕はひもじい思いをしたことがない。
寒さも暑さもない。
ならどうして人間達はあんな場所で共存を続けるのだろうか。
摩可不思議。摩可不思議。
所詮座敷わらし程度にはわからないなんて言う人がいたけど、じゃあ僕なんかを呼ばないで?
僕は人間達と違って無償で尽くしてるんだから。

***

――またまた座敷わらしを必要としている人から呼ばれて僕はこの地に降り立った。
目を開ければ汚い部屋の中。
台所はお皿もお鍋も使いっぱなし。
布団も洗濯物もそのままだった。
(やれやれ、今回僕を呼んだ人も幸せではなさそうだ)
僕は座敷わらし。
古くから語り継がれる童の姿をした妖怪。
神様は幸少ない人間達を幸せに導くために僕らを作った。
魂が呼ぶ。
……苦しいと。
でもただ単に苦しくったって僕らは現れない。
呼んだ魂が美しくなければ僕らに声が届かない。
どうやら現界という所では徳を積んだからといっても幸せになれないらしい。
僕らの世界ではお金の代わりに徳が必要とされているからとても不思議。
でも神様は仕方がないとお嘆きなさった。
彼らは目に見える数字しか頼るものが無いのだから。
哀れに思った神様はだから僕らをお造りになった。
そんな徳の多いくせに薄幸な人間達を幸せにするために。
でも神様は人間を侮りすぎていた。
彼らを幸せにするなんてとても難しいことだったのだ。
お金が欲しいと言うから授ければもっととせがむ。
富を築かせてやれば美しい伴侶を欲しがる。
それを得たなら優秀な子孫が欲しいという。
それすら与えたなら何か楽しみや刺激が欲しいと言う。
そして最後には不老不死の体を欲しがり死を恐れた。

さらに言えば人間とは愚かだったのだ。
自分が幸せになればなるほど精神が肥え鈍感になってしまう。
結果性格が歪んでいった。
最後には今までの徳を全て使い果たし罪を作り僕らを消していく。

「ああ、なんて愚かなのだろう」

いつも彼らから離れるときはそう思う。
手にした願いが叶えば幸せになれるはずなのに……。
彼らは幸せになれると言ったのに。

――僕は薄暗い部屋の中でため息をつくと今回の魂の持ち主を待ち続けた。

ガチャガチャ

すると急に鍵を開ける音がした。
僕は立ち上がり近づいていく。

キィ――。

そしてドアが開いた瞬間だった。

「うわぁぁぁ――!!」

入ってきた男はいきなり叫び声をあげる。
僕は首を傾げると腕を組んだ。

「なっなんでオレの部屋に子供が――!?」

彼は目を見開き顔を真っ青にする。
だが僕もその言葉に驚くと恐る恐る近付いた。

「……おじさん、僕が見えるの?」
「おわっ!? だからなんなんだよ、お前っ!」

多少瞳に恐怖を宿しながら彼はドアを背にもたれる。
恐がらせないようにニコリと笑ったが余計に彼の恐怖心を煽ったようだ。
確かに暗闇の中に真っ白な着物を着た子供が立っていれば恐いかもしれない。
だけど僕だって彼が座敷わらしを見れる人間だなんて知らなかった。
座敷わらしを呼ぶほど徳があってもそれ自体を見えるようになるにはさらに徳があり尚且つ気高く美しい心を持ってなければならない。
邪心が少しでもあればその瞳は曇り、僕を視界から映せなくなる。
だから子供の方が見やすかった。

「へぇーおじさんすごいな」

目の前の男はよれよれのスーツを着て不精髭が生え髪の毛もボサボサ。
とてもじゃないけど美しく見えなかった。

「一体なんなんだ……」
「ふふ。恐がらないで? 僕は貴方を幸せにするために来たんだから」
「…………は?」

男は腰を抜かしているのか座り込んだままだった。
僕はその前に立つとペコッとお辞儀をする。
果たして彼はどんな人物なのか。
珍しい風貌も相まって興味をそそった。
僕が見えるほどの美しい魂がどれだけ汚く朽ち果てていくのか。
好奇心で心は踊った。
たまらなくて思わず彼の手を掴んでしまう。

「初めまして、僕は座敷わらしと言います」

そして事細かに経緯を語り始めた。

「――というワケで今日から一緒に生活させていただきますね」
「ま、マジかよ」

僕はありのままの事実を全てを話した。
だが男は未だに座り込んだままじっとしていた。
すると急に辺りを見回し始める。

「まっまさかどこかにカメラが……」
「は?」
「オレの知らない間に何かドッキリのつもりで――」

男はそう言いながら慌てている。
僕はなんのことだかさっぱりわからなくて黙り込んだ。

「いつの間に合鍵作ったんだよ、まったく」

どうやらまったく信じていないらしい。
手に触れたのがまずかったのか。
彼の中では手を握れた時点で人間だと思ったらしい。

「僕人間じゃないよ」

だからもう一度手を握り身を寄せた。

「えっ」
「ほら……。氷のように体が冷たい。僕には血が通ってないから」

ゆっくりと冷たい手をおじさんの首筋に這わす。

「ひっ!」

するとまた顔色が青くなった。

「ぎゃあぁあぁ――!?」

そして彼はもう一度叫び声をあげる。
僕はその反応が面白くてクスクス笑ってしまった。
(どうやら今回は退屈しなそうだ)
久しぶりに新鮮な気持ちになった僕は恐がる彼を尻目に浮かれてしまう。

「これからよろしくお願いいたします」

そしておじさんの方を見ると歯を出して笑った。

それから何度もしつこく話すとおじさんはやっと納得してくれた。

「はぁ……わかった、わかったよ!」

……無論、理解はしてくれそうにないけど。
それはそうだ。
いきなり現れて座敷わらしなんて言われてもピンとこないだろう。
だが予め想定内だったから構わなかった。
傍にいることへの了承さえ貰えればそれで良かったのだ。

「とにかく寒いだろ。お茶でも飲めや」

するとおじさんは汚れたスーツの埃を手で払うと靴を脱いだ。
そしてすぐ隣の台所に立つ。

「そういえばお前人間じゃないのにお茶なんか飲めんのか?」
「あっはい。僕は一応幽霊じゃなくて妖怪の一種なので現界の物も食せます」
「……はぁ、そうですか」

普通に答えたつもりなのに彼は投げやりに呟く。
まぁ、当分はこの状態でも仕方がないだろう。
とりあえずこの部屋で生活できるようになったのだから良かった。
僕は不服そうな彼の後ろ姿を見ながら何度も頷いた。

「せっかく来たのに汚くて悪いな」

するとおじさんは無理矢理場所を開けて僕をそこに座らせた。
そしてお茶を差し出す。

「いただきます」

僕は律儀に湯呑みを受け取るとお茶を口に含んだ。

「熱っ」

すると想像以上の熱さにむせ返る。
湯呑みを持っていられなくて机に置くとケホケホと咳き込んだ。

「何やってんだお前」
「けほっ……だってお茶という飲み物がこんなに熱いなんて知らなかったですから」
「は?」

おじさんは驚きながらお水を持ってくる。
それを受け取ると喉を冷ますように飲み干した。

「僕は誰かの祖霊でもないからお供え物も貰えないし霊界では食べなくても生きていけるから」

こんな時、座敷わらしは中途半端な存在だと気付かされる。
ほとんどの人間は僕の姿が見えないから気付いてくれない。
だからといって自分から物を盗んでまで食べようとは考えない。
それに変に動き回れば怪奇現象扱いをされ人間を驚かせてしまうのだ。
そうすると神様に怒られちゃう……。
だから暖かいお茶なんて初めて飲んだのだ。

「へぇ~なんかもったいないな」
「そうなんですか? 僕は便利だと思いますけど」
「うーん」

するとおじさんは納得いかなそうに頭を掻く。
しばらく考え込むとハッと顔を上げた。
そしていきなり立ち上がる。

「うしっ! 何か美味いもんでも食わせてやるよ」
「えっ?」
「ちょっと待ってろ。今買ってくるから」
「あっちょっ……!」

おじさんは慌てて財布だけ取り出すと部屋から出ていってしまった。
僕は止める間もなくポカーンと口を開ける。
(一体なんなんだ?)
おじさんの行動がよくわからなくて顔を顰めた。
テーブルの上にはおじさんの湯呑みが置きっぱなしだった。
彼は一口も飲んでいない。
すると十五分位経ったところでおじさんが帰ってきた。

「ちょいと遅くなった!」
「おじさん?」
「ほれ。たくさん美味しいおかずを買ってきたから」

おじさんはそう言って袋からたくさんのパックを取り出す。
小さな容器には種類の違う食物が入っていた。

「遠慮しないで好きなだけ食えよっ」

テーブルの上に全部の容器を置くと彼は嬉しそうに笑う。
僕は目をパチパチさせながら色とりどりのおかずを見回した。

「……いただきます」

僕は彼の好意に手を合わせてお辞儀をする。
そして箸をつけた。
恐る恐る口に運びゆっくりと味わう。

「……美味しい……」

食べたことが無い味に驚きながら呟いた。

「おおっそうか! じゃんじゃん食え!」

すると僕の一言がよほど嬉しかったのか彼は顔をクシャクシャにして笑った。
彼は本当に不思議な人物である。
ついさっきまで僕を怖がり、信用してくれなかったのにどうしてこんなによくしてくれるのだろう。
(途中で理解してくれたのかな?)
僕の方が心情を理解できなくて考え込む。
それでも彼は笑っているだけだった。

「おじさんは食べないんですか?」
「あぁオレ? オレのことは気にしないで好きなだけ食っていいぞ」
「でも……」

すると躊躇する僕の頭をポンポン撫でる。
大きな手のひらの感触はなんとも言えず僕はそれ以上何も言えなくなった。

「辛かったよな」

呟くおじさんに僕は見つめ返すだけ。
辛いなんて感情をもったことがないから否定も肯定も出来なかった。

――ご飯を食べ終えると今度はお風呂にいれさせてもらった。
部屋と同じ小さな小さなお風呂。
壁はカビだらけで薄汚れている。
お風呂も初体験だった僕はドキドキしながら湯槽に浸かった。
お湯の熱さが冷たい僕の体を包み込む。
なんとも不思議な感覚だ。
そして貴重な経験だと思う。
おじさんは早く幸せにしてもらいたいのだろうか?
だからこんなに尽くしてくれるのだろうか?
未だに理解できず考え込む。
(まぁそれが当たり前のことだろう)
人間は皆見返りを求めるものだ。
おじさんがこんなに優しくしてくれるのも僕の力を欲しているに過ぎない。
人間は偉大な力の前では弱い生き物だ。
いや、その弱さを持っているからこその賢さなのだろう。
そうして彼らはこの地球で繁殖していったのだ。
(なら僕は僕の仕事をしなくちゃね)
僕は彼の希望通り早く幸せにしてやろうと決意した。
それが僕なりの恩返しであり存在理由なのだから。

そうして風呂からあがると着物の代わりに綺麗なパジャマが置いてあった。
おそらくこれを着ろということなのだろう。
僕はおとなしく従う。
オレンジ色したパジャマは予想以上に大きくて僕は上着だけを着ると外へ出た。

「お風呂は気持ち良かったか?」

部屋ではおじさんが寝る準備をしていた。

「はい。とても気持ち良かったです。ありがとうございます」
「そりゃあ良かった。でも悪かったな、子供用のパジャマがなくて」

おじさんは申し訳なさそうに眉毛を下げる。
だから僕は慌てて首を振った。

「いえ僕を人間同等に扱っていただけるだけで十分なんですから!」

むしろこんなに良い待遇をされるとは思ってもみなかった。
だからおじさんに困った顔をしてほしくなかった。

「そ、そっか」

すると僕の態度が意外だったのか彼は少し驚いている。
そして先程と同様に頭を撫でてくれた。

「……お前の名前は?」
「えっ? 座敷わらしですけど」
「そうじゃなくて」

ガックリと肩を落とすおじさんの姿に彼の言いたいことがわかって手を叩いた。

「あっ、えっと名前はないです」
「……え、なんで?」
「だって名を付けてくれる人も呼んでくれる人もいませんから」

必要性を感じないからどうでもいい。
むしろ人間達の名前への定義が疑問だった。

「大変なんだな」

彼はまた困ったように眉毛を下げる。
いちいち素直に反応されて僕も戸惑い始めていた。

「よーし。ならオレが付けてやるよ」
「え?」
「お前の名前をさ!」

そういうなり布団の上で唸り始めた。
状況からいって口を挟めない。
何より必要なくたって彼の善意を無駄にすることはなかった。
だからあえて何も言わない。
(おじさんがそれで困るなら付ければいい)
そんな風にあっけらかんと考えながらおじさんを見ていた。

「……真白!」

するとしばらく考えた後思いついたように僕を見た。
彼は楽しそうに目を輝かせている。

「はっ?」
「真っ白な着物を着てたし、肌もこんなに白いから」

だから真白。
どうやら名前を付けるのが苦手なのか、自分で言っておきながら照れていた。

「あ、変か?」
「いえとても素敵な名を頂戴して僕も嬉しいです」

僕は布団の上に手を置き丁寧にお辞儀をした。
それと同時に変な気分になる。
自分の中で真白という名が定着できるのだろうか。
そんな疑問が頭を掠めたがおじさんには何も言わなかった。

「じゃあ真白。寝ようか」
「えっ、あの」

するとおじさんはタオルケットで自分を包み座布団を枕代わりにしている。
そして布団一式は僕へと譲ってくれた。

「僕は別にどこでも寝れますからっ、だから」
「いーからいーから」

僕が何を言ってもおじさんは聞き入れない。
さすがに家主を置いて布団で寝るわけにもいかず、僕はおじさんのタオルケットを掴んだ。

「おじさんがそれで寝るなら、僕も一緒にそれで寝ます」
「何言ってんだ? オレのことは気にすんなって」
「や、やだっ!」

おじさんは見かけによらず強情だった。
だから思わず口を膨らませると駄々をこねるように怒ってしまう。
タオルケットを掴む手に力を入れた。

「ぷっ――……」

すると急におじさんが吹き出した。
そのままクスクスと笑い始める。

「なっ!」

僕は何がおかしかったのか戸惑うばかりだった。
だけどそんな僕に構わず彼は笑い続ける。

「わりぃなっ。笑いすぎた」
「むぅ」
「ちゃんと子供らしい一面があるんだと思ったらおかしくて」

そう言ってはまた笑っている。
僕は馬鹿にされているのかと眉をひそめた。
すると彼は僕の態度に気付いて笑うのをやめる。

「じゃあ布団で一緒に寝ようか」
「えっ……?」

まさかそういう展開になるとは思わず目を見開いた。
この小さな布団に二人なんて無理である。

「ほれおいで」

寝そべったおじさんは僕を手で招いた。
僕は仕方がなくため息をつくと横になる。

「ダメだろ。それじゃ布団からはみ出る」
「なっ、おじさんだって」
「オレは出てない」
「嘘!」

僕以上にはみ出た彼の体は畳の上だった。
これでは明日の朝には体を痛くするだろう。
やっぱり二人は無理だ。
そう思って起き上がろうとしたら腕を引っ張られた。

「うわわっ!」

僕は彼の体に密着する。
まるで抱き抱えられるような格好になって思わず慌てた。

「少しの間だけ我慢してくれ。給料日になったらもうひとつ敷き布団買うから」
「えっ……あ……」

すぐそばにおじさんの顔がある。
密着して抱き合うように寝ればお互い布団の上で眠れた。
だけどこんなにも人間に近づいたことが無い僕は緊張してしまう。
体は硬直しどうしたらいいのか分からなかった。

「わかっててもそれだけあからさまに嫌がられると傷つくな」

すると僕を見ながら苦笑する。
腰に回された手が離れそうになって僕は自分からおじさんにくっついた。

「……いっ、嫌じゃない……です」
「え?」
「でもこんなに人間のそばに来たことがないから緊張してしまって」

ぬくもりを感じて心中は戸惑いに揺れる。
人間の体がこんなにも暖かいなんて知らなかった。
この人はそれに気付いているのだろうか?
(いや)
僕の体が冷たいから異様に暖かく感じるのだろう。
それに気付くと慌てて彼から離れた。

「あっごめんなさい。僕の体っ、冷たいですよね」

せっかく布団で暖まっているのに冷たい僕の体が邪魔をしている。
だけどおじさんは首を振った。

「オレは暑がりだからちょうどいいよ」
「……う、嘘だ!」

秋が深まりこんな布団でも満足に暖まらないだろう。
僕はおじさんの嘘が歯痒くて苛立った。

「オレは大丈夫!」
「嘘!」

その後、結局話は平行線のまま続いていた。
僕は絶対に折れなかったし彼も頑固なのか意見を曲げない。
だがおじさんの一言にこの場の空気が変わった。

「――真白はオレの願いを叶えてくれるんだよな」
「え?」

いきなり突拍子もないことを言われて僕の思考が止まる。

「なら一緒に寝たい。それがオレの願いだから」
「……っ……」

僕は絶句した。
まさかそんなことに願いを使われるとは思わなかったからだ。
つくづく不思議な人である。

「あっ――……」

するとまだ何も言ってない僕を尻目に彼はまた抱き寄せた。
先程と同様布団の中で包まる二人。

「まだ僕は叶えるなんてっ……」

おじさんの腕の中でもがき反抗するがビクともしなかった。
それ位がっちり僕を抱いている。

「おやすみ」

そう一言呟くと逃げるように彼は目を閉じた。

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