4

「さてと」

僕は彼より早く起きるとヒーターのスイッチを入れた。
そうして部屋の中を暖かくする。
こうしていれば起きた時に寒い思いをしないだろう。
そして引き出しからおじさんのインナーやワイシャツを取り出すと枕元に置いた。

「……あとは……」

次に冷蔵庫を開ける。
昨日おじさんが適当に買ってきた食材を確認した。
それを取り出し準備をする。
彼の食生活を少しでも改善したかった。
だからひっそりとお弁当を作る。
あまり豪華なものは作れないけど今よりはずっと体に良いはずだ。

トントントントン。

包丁のリズミカルな音が部屋中に響き渡っていた。
お鍋がコトコト揺れる。
時々おさじで味噌汁の味見をしながらお魚を焼いていた。
どれもおじさんの為に作るもの。
するとご飯を作るのに夢中になっていたから、忍び寄った足音に気付かなかった

「おーはよ」
「ぅわあぁっ――……!?」

いきなり抱き付かれて乗っていた台が揺れる。
僕は落ちないように慌てておじさんにしがみ付いた。

「よっ、ビックリした?」
「あっ……当たり前ですっ」

僕は口を膨らませて睨む。
だけど彼は気にも止めないでまな板の上のトマトを摘み食いした。

「も~、摘み食いしちゃダメです」
「堅い事言うなよ」
「むー」

おじさんはトマトを食べて満足なのか体を離す。
そして部屋に戻ると埃をたてないように布団を畳んでくれた。

「おじさん?」

僕はその様子を驚きながら見つめる。
まさかあのおじさんが布団を畳むなんて思わなかった。

「なんだよ?」
「い、いえ……」

予想外の出来事に唖然として立ち尽くす。
すると彼は苦笑しながら頬をかいた。

「せっかく綺麗に片付けてくれたんだ。これぐらい当たり前だろ?」

そう言ってさっさと布団一式を押し入れに仕舞ってしまう。
そして着替え始めた。
だから僕も台所に向き直すとお弁当の用意を始める。

「な、……真白」
「はい?」

すると不意に名前を呼ばれた。
だから箸で摘みながら空返事をする。
お弁当箱におかずを詰めているせいでおじさんの顔は見れない。

「んー……やっぱなんでもない」

だがおじさんは砕けた様に笑うだけで続きを言わなかった。

「なんですか? 教えて下さいよ」
「別に~」

問いただしてみるがおじさんは何も言わず。
それどころか剃刀とワックスと雑誌を手に持つと洗面所に入ってしまった。
僕は意味がわからず、はてなマークを浮かべるだけ。
結局考えてる暇なんてなくて、ご飯をよそいお茶を注ぐとテーブルの上にセットをした。

ガチャ――。

すべての用意が終わった頃やっとおじさんが洗面所から出てきた。
昨日の朝と一変して爽やかなサラリーマンである。
丁寧に剃られた顎はツルツル。
髪の毛も雑誌を見ながら頑張ったのか結構サマになっていた。

「どう? 自分でやってみたんだけど変か?」
「いえっすごく格好良いです」

不安げに見つめる彼はまだ自信がないようだ。
だから僕は拳を握り締めて誉める。
するとおじさんは少し恥ずかしそうに笑ってくれた。

「ささっ。席について下さい。早く食べないと会社に遅刻してしまいますよ」
「おう。……ありがとな」

照れながら呟いた一言に僕まで照れてしまう。
たった一言なのにその言葉で苦労は全て報われた。
それがとても不思議に思う。
おじさんの為に働いてるのに、いつの間にか彼から大切なものを貰っている気分だった。

「いただきまーす」

僕らは手を合わせると箸を手に持ち二人仲良くご飯を食べ始めた。

「じゃあ、そろそろ行くわ」
「あっ、はい!」

ご飯を食べ終えたおじさんは席を立った。
僕はそれに合わせてハンガーに掛けてあったスーツを渡す。
おじさんは鞄を持つと玄関で靴を履いた。

「……あっ……あの」
「ん?」
「お口に合うか分かりませんが……」

そう言ってさっき作ったお弁当を差し出す。

「おぉ、サンキュー!」

するとおじさんは笑顔でそれを受け取った。
嬉しそうに鞄に詰める。
その姿はまるで遠足のお弁当を詰める少年みたいだった。
屈託なく笑う彼が愛しくて僕も一緒になって笑ってしまう。

「……なんか真白ってさ」
「はい?」
「オレの奥さんみたい」

おじさんはそう言うと軽くおでこにキスを落とす。
一連の動きがスローモーションのようにゆっくり見えた。
額に触れたのは想像以上に柔らかく儚い唇の感触。

「なっっ――……!」
「じゃあな。いってきます」

僕は見送ることも忘れて固まってしまった。
瞬間的に額を押さえる。
おじさんはクスクス笑って出ていった。
それでも信じられなくて立ち尽くしてしまう。
ひとり静かになった室内で僕の思考は止まっていた。

「僕が、おじさんのお嫁さん……」

自分で口に出して思いっきり照れる。
別にそんなつもりじゃなかった。
ただおじさんの生活に少しでも彩りを添えられればと思っただけだ。
自分に出来る最大限のことで彼を支えたかった。

「……っ……」

触れた額は未だ熱いまま。
焼印を押されたみたいに熱く、感触は尾を引く。
搾り取られるような胸の熱さに体が火照った。
僕は耐えられずその場に座り込む。
(……これが、恋煩い……?)
体の末端は震えていた。
思いつくのは遥か昔に詠まれた恋の和歌。
ここら辺が実に座敷わらしらしい。
昔の歌人は挙って恋を詠んだ。
内に秘められし燃え上がる情熱を歌に乗せる。
そんな彼らの姿を卑屈に笑っていた自分が見えた。
淡い櫻色の想い。
薄紅色の感情。
自身を惑わせる甘い香りに眩暈がした。
神様の禁忌を犯そうとしている自分がほろ苦くて、スパイシー。
まるでパンドラの箱。
開けばもう閉じることはない。
でもそれは今も同じだった。
今度は己に興味があった。
……どこまて自分が堕ちていくのだろうか。
見上げた天井にはまだ少し埃を被った電灯がユラユラと、揺らめいていた。

――それからは変わらぬ日常が待っていた。
朝の用意をしておじさんを起こす。
そしておじさんを見送ると部屋の掃除に洗濯をする。
彼の様子は時々チラ見する程度にした。
おじさんを尊重したい。
――なんていうのは表面的な理由である。
本当は違うところにあった。
おじさんのイメチェンに社内の態度が変わったのだ。
つまり、女子社員はやっとおじさんの魅力に気付いた。
人間とは愚かだと思う。
内面は前と全然変わらない。
今だに女性の前では目も合わせられず話すのも苦手そうだった。
なのに外見が変わっただけで彼の態度を可愛いと言いだしたから笑える。
昔はキモイだなんだと卑下していたのに……。
でもおじさんの立場が良くなったワケだし、これは個人的な嫉妬だとわかっていたから何も言わなかった。
だからお供をしなくなった。

「はぁ……だめな座敷わらしだな、僕」

僕は家事の合間にアパートの屋根に乗るのが日課になっている。
女性問題が解決するのも時間の問題なんだ。
そう思うとちょっぴり切ない。
いつか“本物の奥さん”を連れてくる日がきた時、僕はどうしたらいいのだろうか?
ちゃんと笑って祝福出来るのだろうか?

「………はぁ……」

幸せが積もるほどため息の数は増える。
憂いを帯びた僕の横顔は彼にどう映っているのだろうか。
――胸が痛い。
僕に心臓なんてないのに。
実感を伴わない痛みなんて分かるわけない――。
……人の痛みは実感を伴って初めて理解できるものなのだから。

それから数ヶ月経った頃だった。

コトコト……。

僕は相変わらず晩ご飯の用意をしながらおじさんの帰りを待つ。
おじさんの帰宅は早かった。
特別な接待以外はいつも真っすぐ家に帰ってきてくれる。
僕は沸騰する煮付けの火を弱火にすると落とし蓋をした。

ガチャ――。

すると案の定おじさんが帰ってきた。
僕は笑顔で迎えようとする。

「おかえ――……わっ!?」

すると急におじさんが後ろから僕を抱き締めた。

「もー……」

スキンシップの大好きな彼のことだ。
僕はいつもの事だと思って肩口に顔を埋めるおじさんの頭を撫でる。

「……っ……」

だがおじさんは微動だにしなかった。
キツク抱き締め離そうとしない。

「おじ、さん……?」

いつもと違う態度に首を傾げた。
だがやはり無反応のままである。

「あの。どうしました?」

彼の態度に理解が出来ず何度も問い掛けた。
それでも彼は何も言わない。

「……何か、あったんですか?」

すると僕の問い掛けにおじさんはやっと反応した。
ピクっと不自然に動いた彼の身体は硬く強張っている。

「……な、真白」

するとやっと声が聞けた。
それだけで胸に安堵感が広がる。

「……いつまでオレの傍に居てくれる?」
「い、いつまでって……。それは――……」

思いがけないことを言われて解答に困った。
ここで一生傍に居たいなんて言ったら彼はどんな顔をするのだろうか?
迷惑には思わないだろうか。

「それは……あの……」

言いたいけど言えない。
流し続けた執行猶予。
それでも僕の口は堅く閉ざしていた。

「……真白」
「えっ……?……あっ、ぃっ……」

考えを巡らせているとおじさんは僕の耳元で甘く囁く。
低い声で自分の名前を呼ばれるだけで鼓動は大きくなった。
あれだけ名前への定義が疑問だったのに定着しつつある皮肉。
この不思議な感覚。
自分の存在をその声と言葉に乗せて再確認していた。

「……真白、真白……」
「んっ」

好いている人間から名前を呼ばれることは、こんなにも喜ばしいことなのか。
胸の奥を無神経な位掻き回されたような感覚が残る。

「はぁ……っ真白…」

不意におじさんの吐息が憂いを帯びた。

「えっ?……あっ……」

おじさんの手が伸びてくる。
その指先はいつもより熱い。
僕の帯の上を優しく触れた。
そして彼の唇はうなじにキスをする。

「……んっ……おじ、さ……?」
「っ……真白…」

身体の奥が熟れてきた。
彼の吐息と僕の吐息が交じわう。

「な、にっ……これ……ぁ……」

これじゃまるで逢瀬の始まりみたいだ。
愛し合う男女の営み。
でも僕とおじさんはそういう関係ではない。

「……おじさっ、……ど、して?」

振り返れば深く澄んだおじさんの瞳と目が合った。
切なげに揺れる瞳に吸い込まれそうになる。

「真白……嫌……か?」

おじさんは低い声で囁いた。
言葉の意味に気付いて目を見開く。
これって……。
僕は声が出ず必死に首を振った。
まさかおじさんから僕に触れてくれる日が来るなんて夢にも思わない。

「……真白……」

首を振ると彼は優しく笑った。
僕は未だ戸惑いから抜け出せずオロオロするばかり。
……おじさんは僕を好いてくれている?
そんな馬鹿な話はあるまい。
始めからおじさんは僕を好意的に接してくれた。
でもそれは弟や預かった子供みたいな認識だったに違いない。
“愛”なんて形容詞は限りなくあるんだ。
必ずしも僕の愛と彼の愛が一致するとは限らない。

「……はぁ……ぅ、んっ……」

だが今の状況はどうだ。
甘い吐息に燃える身体。
確実におじさんは僕に欲情してくれている。
だからといって愛のない逢瀬をするような人間には思えなかった。
――否、思いたくないと言った方が正しいであろう。

「……ふ、おじさ……」

これ以上余計なことを考えたくなかった僕は身体の力を抜いた。
そしておじさんに身を預ける。
いいんだ。
これは巡ってきたチャンスである。
おじさんが僕を抱きたいと思ってくれた。
その内なる感情なんてどうでもいい。

「おじさん……僕を抱いて、下さい」

自分の判断が後悔に結び付くとは考えられない。
ただ刹那のような刻の流れに身を委ねたかったのだ。

「……真……白……」

お互い相手を好きだとは言わなかった。
ただ身体を求め合う。
着物の上から触れる掌は想像以上に生々しい。

「あっ、んぅ……」

僕の襟元から少し強引におじさんの手が侵入した。
そのせいで着物が乱れる。

「……ふっ……ん、んっ……」

僕は自分の指を噛んで耐えた。
じゃなきゃどんな声が出るかも分からない。

「……傷、付くだろ……?」

するとおじさんはその手をとった。
手首を掴むと口元から離される。

「……あっ……でもっ、んく……」

潤んだ瞳で見上げればおじさんは僕の指先を丁寧に舐めてくれた。
それがとても恥ずかしい。
まるで自分の指先が高価な宝石になってしまったように思う。
それぐらい大切に扱ってくれた。

「おじさん……」

胸がまたひとつ跳ねる。
普段よりずっと色っぽかった。
これが大人の男性独特の色気なのだろうか?
まるでお酒に酔うみたいに頭が痺れる。

「あっ、胸が……っ……」

着物に差し込まれた手が僕の胸を包み込んだ。
急に恥ずかしくなって動揺する。
コトコトとお鍋の音が響いて現実との繋がりを導きだした。
そうだ。
僕は今台所で身体を貪られている。

「やっ……待って……ぇ……」

日常と非日常との境目に自分が立っているような気がした。
僕はおじさんの手に触れる。

「我慢出来ねえ……」
「あぁっ……やっ……だめだめぇ!」

だけどおじさんの手は止まらなかった。
それどころか無理矢理僕の襟元をはだけさせる。
胸元まで露出した上半身に顔を赤らめた。

「はぁ……はぁ……おじさん」
「真白……本当に綺麗だ」

おじさんはそっと僕の鎖骨に触れた。
瞬間的に快感が背中を駆け上がる。
その指先は陶器のような僕の肌に吸い付いた。

「ん、恥ずかしい……です……」

強引にされている筈なのに彼の表情はどこまでも優しい。
いつも僕を見つめる時はこんな顔をしていた。
(そのことを貴方は気付いてるんですか?)
何度も聞きたくなる。
そんな瞳で見つめるから僕は勘違いしてしまうのだ。
……僕は愛されているのだと。
そして人間だと錯覚してしまう。
なんて残酷なのだろうか。

「おじさ、おじさ……ぁんっ」

気持ちに押し潰されそうになった僕は自分からおじさんを求めてしまった。
止めていた手を自分の身体に押しつける。

「もっ……と触れて、下さっ……!」
「……っ……真白!」

僕の誘いにおじさんは欲情の色を濃くした。
軽く触れる程度だったおじさんの手は僕の胸を鷲掴みにする。

「……ん……くぅ……」

平らな胸の小さな突起をつねられた。
僕の乳輪はいやらしく色付いている。

「……はぅ……っ……」

おじさんは乳首を弄ぶだけに満足しないのか下半身に触れ始めた。
着物を割って入ってくる手は僕の太ももを撫でる。

「あっ……ん……」

思わず甲高い声が出てしまった。
それぐらい触り方がえっちではしたない。
ううん。
はしたないのはきっと僕の方。
種族も性別も越えて触れ合うことに喜んでいるのだから。

「おじさっ、気持ちイ……」

こんな淫行たまらない。
気付けば僕の方が足を開いておじさんの愛撫を受け止めていた。

「おじさんも、気持ち良くなって……?」

僕は振り返ると台から降りる。
そして膝をつくとおじさんのズボンに触れた。

「真白、お前っ」
「僕、実際にはしたことないけど……」

見たことはある。
男性性器を口で銜える女性を。
たしか男性はその行為をとても喜んでいた。
ずっと汚いと思っていたけどおじさんのなら平気である。

「おっ、おい! 真白っ……」
「精一杯ご奉仕しますから……」

そう言っておじさんが止めるのも聞かずチャックを下ろした。

「わわっ!」

するとひょっこり熱くなった男性器が飛び出してきた。
さすがに驚いて手を引っ込めてしまう。

「真白……もういいから」

おじさんは恥ずかしそうに俯いた。
そして慌てて仕舞おうとする。

「やっ……仕舞っちゃだめですっ……」

僕はおじさんの手を止めてその性器に触れた。

「……うっ……」

おじさんは微かに顔を歪ませる。
僕はそれに構わず口を開けると、彼のペニスを口に咥えた。

「んっ、ふぅ……」

咥内に変な味が広がる。
だけど見ていたよりずっと難しくて眉を顰めた。

「……ちゅ、ぷ……むぅ……ふっ」

歯をたてずに咥えても口には入りきらなかった。
それでも性器から放すわけにもいかず口に含む。

「はぁっ、真白……っぅ」
「んんっ……く、ふぅ……っん」

必死にスロークするも苦しくて涙目になってしまった。
何度かむせそうになってはしゃぶりつく。

「あっ、イイよっ……っう……」

おじさんが恍惚としていた。
それを見ながら自分も淫らな気持ちになる。
素直に嬉しいんだもん。
僕が彼を気持ち良くしているってことが。

「真白……っ……」
「んぐっ!? ……捲っちゃ……!」

するとおじさんは四つんばいになっている僕の着物を捲りあげた。
ふんどしで締められたお尻が晒される。
僕は思わず性器から口を離すと拒絶した。
そんな恥ずかしいところを見せたくはない。

「あのな。……こんな姿見せられて黙ってるほうが無理」
「やぁっ、ん! ……はぁっ、そんな、はしたないトコっ……!!」

お尻を撫でていたおじさんはふんどしをグイグイ引っ張る。
僕は羞恥に泣きながら彼の性器を舐めた。

「……んくっ……ふはぁっ……」
「よしよし……イイ子だ」

おじさんの性器の先端から溢れるお汁をちゅうちゅうと吸う。
するとおじさんはお返しと言わんばかりにお尻の穴を弄りまくった。
僕はそのたびにお尻を震わす。

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