世界はごく一部の人間で動かされている。
残りはそれに従う道具に過ぎない。
怜は人の上に立つのが好きだった。
財閥の長男に生まれて何不自由なく育ち、その才能を開花する。
それは人を動かすという才能だ。
「では今日の議会はこれで終わろうか」
今でこそ生徒会長という座に納まっているが、いずれ大きく羽ばたくだろう。
経団連の中でも一目置かれている父親の跡を継ぎ、経営者として会社を動かす立場になる。
それを本望だと思っていたし、自分にはその力があると思っていた。
無論、日々の努力が彼に自信を与えたのであろう。
「宗司(そうじ)」
「はい」
「お前は運動部を頼む」
「畏まりました」
季節はちょうど部活動の予算について取り決めが行われていた。
この時期は生徒会と部活連で揉めている。
活動者にとっては出来るだけ多くの予算が欲しい。
しかし限られた予算の中で賄わなくてはならない生徒会としては毎年苦労していた。
全員の言い分を聞いていたら金なんていくらあっても足りない。
ましてや納得する配分なんて出来るわけがないのだ。
「さすが会長の犬」
ぼそりと陰口が聞こえたが怜は無視をする。
その名は聞き飽きていた。
副会長の宗司はひとつ上の幼馴染である。
彼の父親は怜の会社で働いている。
その縁で幼い頃からよく一緒に遊んでいた。
怜の数少ない理解者とも言えるかもしれない。
「結構裏でエグイことやっているらしいぜ」
「俺も聞いたことがある」
「今の会長になってから予算費のことで揉めなくなったもんな」
「こえー」
弱い犬ほどよく吠えるとはこのことだ。
怜はあくまで表情を崩さず書類に目を通す。
今日の議会はもう終わったのだ。
各々帰るなり仕事をするなりすればいい。
くだらないお喋りほど無駄な時間はなかった。
「別に」
ようやく怜は口を開いた。
そして役員の方を見ると呆れたようにため息を吐く。
「私の犬だとして何か問題でも?」
そう言って書類を手渡すと彼はビクリと震えた。
前言撤回するように首を振る。
否定するぐらいなら始めから口に出さなければいいのに。
結局彼らは書類を受け取ると慌てて帰っていった。
その姿にもう一度ため息を吐くと机に戻る。
あんなものに構っている暇などないのだ。
「どうぞ」
すると机の上にお茶のペットボトルが置かれた。
驚いて顔をあげると副会長の美幸が笑っている。
「ありがとう」
怜は苦笑しながら背もたれに身を預けてペットボトルを手にした。
生徒会室には未だ四、五人ほど残っている。
と、いっても彼らは帰る支度をしていた。
数分後にはこの室内も静まり返るに違いない。
「美幸はまだ帰らないのか?」
「ええ、先生に提出する書類が少し残っているのよ。もうすぐマラソン大会でしょう?そろそろそっちの準備も始めなくちゃならなくて」
「そうか」
彼女の机にはたんまりと書類が置いてあった。
それでも涼しげに笑う少女は持っていたペットボトルを煽る。
「……でも、意地悪ね」
「え?」
すると意味深な笑みに変わった。
窓から吹き付ける風に彼女の黒髪が揺れる。
「赤坂君、犬じゃなくて可愛いペットでしょう?」
「……どっちも同じだ」
「あら全然違うわ。愛してやまないペットと番犬なら雲泥の差じゃない」
他の人に聞こえないよう囁く彼女に悪意はなかった。
靡く髪を手で梳き微笑む。
まるで日本人形のような顔をしていた。
白く絹のような肌に漆黒の艶髪。
キツメの瞳が意志の強さを窺わせる。
(相変わらず掴めない女だ)
だが怜は美幸を嫌いではなかった。
むしろこうして気軽に話せる一人であった。
何も知らないくせに、ふと核心に迫ったようなことを言う。
突拍子もないことを言いながら、どこか確信を抱いているようだった。
彼女には何も恐れるものがない。
いつも堂々としている。
「やっとうるさいのが居なくなったわね」
するといつの間にか誰も居なくなっていた。
他の役員は帰ったらしく生徒会室には怜と美幸しかいない。
みんなの前では優しく穏やかなだけの女がふと棘を見せる。
そのしたたかさが好きだった。
「いつかお前の性格が暴露される日が来れば面白いのに」
「そうね。私もそう思っているわ」
彼女の表情を見て怜も笑った。
(本当は思っていないくせに)
美幸との会話にはスリルがある。
本心を言った方が負けで馬鹿を見るのだ。
言葉遊びのようにくだらないことを言いながら互いを威嚇しあっている。
「――それで、本当はあなたにとってあの犬はどんな存在なのかしら?」
妖しく歪む唇に真っ向から対峙する。
机に手を置いた彼女は面白そうに怜を見ていた。
始めから答えなんて期待していない。
そのリアクションを楽しみにしていたのだ。
「さあね」
怜は上目遣いに睨むと書類を持ったまま立ち上がった。
そして窓を閉めるために窓際に行く。
強い風にカーテンが暴れていたからだ。
「犬は犬だ。それ以上の関係であれば美幸の好きに想像すればいい」
「ふふ。冷たいのね」
「馬鹿馬鹿しい質問をするお前が悪い」
窓を閉めたことにより室内は一層静かになった。
音楽室から僅かに吹奏楽部の音色が聞こえてくるぐらいか。
「冷たいのは私に対してじゃないわ」
すると振り返った時にはすぐ傍に美幸がいた。
窓際に追い詰められていた怜は嫌そうに顔を顰める。
ちょうど同じぐらいの背丈なせいか目線が一緒なのだ。
それが余計に苦痛だったのである。
「はぁ。今日は少しお遊びが過ぎるんじゃないか?まだ書類が残っているんだろう。早くやれよ」
今日に限ってこんなに突っかかってくるとは思わなかった。
それを面倒くさそうにかわそうとする。
しかし美幸は逃さなかった。
「役員の陰口に反応しているようじゃまだまだよ。私はあなたを気に入っているんだから」
そっと怜の頬に手を寄せた。
卑しい微笑みに彼の眉間の皺が一本追加される。
(それがお遊びだってのに)
彼女に構っている時間などないのだ。
ただでさえ忙しいのに余計なストレスは溜めたくない。
「ねえ知っている?」
美幸の指は綺麗に手入れされていた。
トップコートを塗り、光に照り輝いている。
伸びた爪が僅かに怜の肌に食い込んだ。
「犬だって主人に噛み付くのよ」
「なに?」
「ちゃあんと鎖で繋いでおかないと、ね」
怜の唇に彼女の吐息がかかった。
それでも彼は表情を崩さず嫌そうに美幸を見つめる。
「…………」
反論はしなかった。
互いにじっと見つめ、探り合う。
端から見れば美しいラブシーンだがそういう甘い雰囲気はなかった。
粟立つような寒さだけが辺りを支配している。
「ふふ」
すると一瞬彼女の顔が和らいだ。
思わず怜の眉が引き攣る。
美幸はそんな反応を気にせず、耳元に唇を寄せた。
「……そろそろ餌の時間かしら」
すぐに体は離された。
美幸が振り返れば、戻ってきた宗司がこちらを見ている。
だから呆れたように彼女を見た。
「ホント、いい趣味している女だよ」
それは皮肉と言うより賛辞だった。
美幸は機嫌良さそうに怜から離れると机の上を整理する。
「じゃあ会長、赤坂君また明日ね。残りの書類は明日何とかするから」
そうして書類を鞄に入れるとさっさと立ち去った。
(始めからこのために残っていたくせに)
要領の良さに失笑しながらカーテンを閉める。
未だ室内には彼女の香水の匂いが残っていた。
「……早かったな、宗司」
怜は元の席に戻ると何食わぬ顔で宗司を迎え入れた。
彼も動揺せず黙って室内に入ってくる。
そして事務的な内容だけを怜に伝えた。
「そうか。分かった」
どうやら満足な結果だったらしい。
怜は一息吐くとお茶を口に含んだ。
そして彼も帰る支度をしようとする。
「待って」
だがその手を宗司が止めた。
驚いて見上げると彼は困った顔をしている。
「藤川さんと何していたんです?」
そのまま腕を掴まれると引っ張られた。
立ち上がると異様な身長差が浮き彫りになる。
それが嫌だった。
「別に。少し話をしていただけだ」
「窓際で?あんなに近付いて?」
「ちょっ……、いい加減にしろっ」
怜は声を荒げた。
だが宗司は言うことを聞かず、彼の体を黒板に押し付ける。
力の差から全く敵わなかった。
それが悔しくて腹立たしい。
“「犬だって主人に噛み付くのよ」”
ふと先程の台詞を思い出した。
(くそっ、あの女最初からこれが目的で……)
何も知らない彼女がどうしてこんなことを促すのか分からない。
だが今はそんなことを考えている余裕がなかった。
誰も居ないとはいえ生徒会室の近くには音楽室や科学室がある。
しかも廊下側のドアは開きっぱなしだった。
もしこんなところを誰かが通ったらどんな噂が立つか分からない。
(会長の犬だけで十分なんだよ)
それ以上面倒な事態に発展するのは避けたかった。
「またあの女が怜に近付いたんですね」
「だからっ話を……」
「頬に爪の痕があります。怜の顔に傷を残すなんて信じられません」
「ん、ん…っ、そう…じっ…」
すると宗司は唇でその痕に触れた。
両手を押さえつけられ身動きひとつ出来ない。
頬に触れる唇は熱を持っていた。
「私はあの女が嫌いです」
「はぁ…っ、宗司…っ…」
「薄汚い雌狐め――」
「んぅっ」
吐息混じりの声に背中がゾクゾクした。
普段は滅多に感情を露にしないくせに、美幸が絡むとこうなる。
(それを知っているから美幸と話すのが面白いんだよ)
いい趣味をしているのは美幸も怜も変わらなかった。
むしろ二人は似ていることを知っていた。
「くぅ、ん……っ」
まるで子犬のような鳴き声を出してしまう。
それは宗司の手が怜のズボンに突っ込まれたからだ。
荒々しい手つきで弄る。
彼の瞳は熱を帯びていた。
嫉妬に狂う宗司は可愛い。
だから怜も拒絶したりしない。
ただドアが開いていることだけが気がかりだった。
「はぁ…っ、お前は私の犬だ…っ、んぅ…犬はそんなに自己主張激しくないぞっ…」
「ですが犬ならば主人を守る役目があります」
「ははっ、屁理屈め」
怜は笑うとその首を引き寄せた。
重なる吐息に恍惚とする。
だけど態度だけは変わらなかった。
例えペニスを弄られていようとも己を乱したりはしない。
「ならマーキングでもするのか?」
わざと挑発的に笑った。
その顔に宗司は目を細める。
そして甘い口付けを交わした。
きっと怜の魅力に勝てなかったに違いない。
「ええ、体中ね」
甘く囁かれて体の奥が熱くなる。
一度火がつけばもう止められなかった。
怜は為すがままに身を委ね宗司の体に触れる。
頬や髪の毛、唇、目尻。
指先で確かめるように触れると宗司は嬉しそうな顔をした。
まるで主人に撫でられて尻尾を振る犬である。
いや、彼は本当に犬みたいだった。
そっと怜のズボンを下ろすとパンツや靴下も脱がしていく。
そうして露になった体を見つめ、舌で愛撫し始めた。
「ひぁ…っぅ、ん、んっ……ぅっ…」
ねっとりとした宗司の舌が怜の体を這い回る。
指先からふくらはぎ、太ももへと舐め続ける。
彼に嫌悪の文字はなかった。
むしろ愛しそうに触れては舐め回す。
その度に怜は声をあげそうになった。
どうにか噛み殺しくぐもった声に変える。
だがへその下だけは弱かった。
舌で弄くられると甘い声を放つ。
宗司の体をぎゅっと抱き寄せどうにか我慢しようとしたが声が漏れてしまった。
「や…あっ……」
そうして首を振る。
だけど宗司はやめなかった。
丹念にそこを刺激すると主人の甘い声に浸る。
「やめ…っろ…っ……」
体がびくんびくんと痙攣した。
とっくに性器は熱くなり我慢汁が垂れている。
それでも宗司はそこに触れなかった。
「犬のくせにっ…はぁっ、生意気な…っ」
「私の知らないところで雌狐に触られていたお仕置きです」
「バカか…っんぅ、だからそれはっ」
別に彼が嫉妬するようなことをしていたわけではない。
無論、それは宗司も分かっているのだ。
それでも根付いた嫉妬心はそう簡単に消えてなくならない。
「第一にっ」
怜は思いっきり宗司の体を押し退けた。
口をへの字に曲げて不満げである。
「主人にお仕置きとはずいぶん大そうなペットだな」
主導権を握られることが悔しかった。
とはいえ、こういう行為をする時、どうしたって怜は受身になる。
それでも彼の自尊心が“お仕置き”という言葉を許さなかった。
「私はそんな犬を飼った覚えはない」
睨むように宗司を見下ろす。
下半身を丸裸にされて情けない格好だった。
それでも堂々としているせいか間抜けに見えない。
むしろ美しいとさえ感じてしまう。
「怜」
すると宗司は跪いて微笑んだ。
怜の片足を持ち上げると甲の部分に唇を落とす。
そうして服従を示すのだ。
「私は犬じゃないですよ」
「っ」
「それを誰よりご存知なのは怜ではないですか?」
彼はそう言うと学ランを脱いだ。
しなやかな筋肉が怜の前に晒される。
一方の怜は何も言わず、じっと彼を見つめたままだった。
否定も反論もしない。
「さあ怜」
「…………」
「おいで」
全てを脱ぎ捨てた彼は手招きした。
あくまで口調は穏やかで優しげに聞こえる。
しかし抗えない命令であることを怜は知っていた。
だから怒りもせず膝をつくと宗司の股間に顔を寄せる。
「ん……ぅん、ふ……」
そうして嫌がりもせず宗司の性器を口に含んだ。
途端にいやらしい男の臭いが絡みつく。
洗っていないのか恥垢が付いていた。
それでも喉の奥へと咥え込む。
その瞬間咽返るような味の虜になった。
「ちゅ、ふ…んぅ、んっ…」
机の影に隠れて男の性器にしゃぶりつく。
本来ながら怜のプライドが許さなかった。
いや、宗司以外の人間なら絶対に許されない行為だった。
他人の足元に跪き、汚らしい性器を口に含むのである。
それがどれほどの屈辱なのか怜自身も知っていた。
「可愛い。だいぶ咥えるのも上手になりましたね」
「ふ…ぅ、うぅ…んぅ、ぐっ…はぁ…」
「これじゃあ怜の方が犬じゃないですか」
宗司は頭を撫でながら満足げに笑う。
その間に怜は必死になって裏筋やカリを舐めた。
いやらしく見せ付けるように舌を動かしては挑発する。
かと思えばたまを口に含んだり陰茎にキスを落とした。
愛しそうにちゅっと口付ける。
「ちゃんと濡らして下さいね」
「ふぁ…ん、んん…っ…んっ……」
「怜の体を傷つけることだけは絶対にしたくないですから」
すると怜はしゃぶりながら頷いた。
口いっぱいに含んだ顔はどう見ても間抜けである。
それに恥じらい顔を赤く染めるのは仕方がないことだった。
すぼめた口許が下品で死にたくなる。
それでも吸い付いて離れなかった。
「ん、じゃあまずは口に出しますね」
「…うぐっ、んんっ、んぅっ――!」
すると頬を包み込むように押さえられた。
そのせいで逃れられずに根元まで咥え込む。
あまりの苦しさに涙目になった。
宗司の匂いが絡みついて離れない。
その間に彼の性器は脈打った。
気持ち良さそうに目を細めた宗司が自分を見ている。
(だめっ、だめ……)
口の中に射精しているところを見られたくなかった。
怜はせめて目だけでも逸らそうと瞑ってしまう。
その間に口の中が精液臭くなった。
濃い白濁液が発射される。
「んぅ、ふぁ…んんっ、んっ!」
喉の奥を犯されたまま精液で溢れた。
ヌメった咥内はドロドロで、気持ち悪い。
「ちゃんと飲んで下さい」
「ふぁ…あ……」
宗司は口から性器を離すと跪いた。
そして目線を合わせると彼の顎に手を添える。
「んぅ、んぅ…ふぁ…」
喉に絡みついた液体は濃厚で飲み込むのも一苦労だった。
それでも必死に飲み続ける。
口許から少し垂れたが、どうにか手のひらで受け止めた。
「怜の為に溜めたんですよ。ちゃんと味わって下さいね」
「ふぅ、ば…か……っ」
咽ながらどうにか飲み込んだ。
そして手のひらについた精液を丁寧に舐め取る。
「あーあ、口に出されてイったんですか?」
すると宗司は怜の性器に触れた。
どうやら咥内射精されたと同時に果てたらしい。
未熟な性器から精液が垂れて床が汚れている。
「まだ触っていないのに」
「やだ…意地悪、するなっ」
触り方に悪意があった。
怜の余った皮を伸ばすように引っ張る。
その刺激だけで体は震えるのに優しく触れてくれなかった。
僅かな痛みに走る快楽がたまらない。
「だからお仕置きなんです。少しは怜にも同じ気持ちを味わって欲しいのに、あなたは絶対に嫉妬なんてしないでしょう?」
宗司はそう言って指に付いた精液を舐めた。
「怜の体に触れていいのも、意地悪していいのも私だけなんです。それ以外は許しません」
甘く囁かれて怜は悔しそうな顔をする。
だから宗司の手をとった。
そして彼が舐めた指を自分も舐める。