その日の放課後、おれは委員の仕事を終えて駅へ向かった。
西日が射し込む改札は、夕方の賑わいでたくさんの人がいる。
朦朧とする暑さに手で扇ぐが効果はなかった。
太っているせいか人より汗をかきやすくハンカチが手放せない。
――と、改札口の中に見知った顔を見つけた。
(……なにやって)
それは今朝方別れたおっさんだった。
彼はおれの顔を視認すると、口許をきゅっと引き締める。
その様子に用があるのだと瞬時に察した。
といって声をかけるのも微妙で、おっさんの前を素通りしてしまった。
だって気まずさを引きずっていたんだ。
今朝はなんか変だった。
キスをしたことじゃない。
そんなの朝飯前の行為だ。
違う。
そうじゃない。
でも上手く言葉に出来なかった。
だから今日は一日中悶々としてしまった。
(あー、くそ。何なんだよ)
改札を通ってそのままホームへ向かう。
彼を無視してしまった。
背後からおっさんに声をかけられるかと思えば、何も言われなかった。
かといえば、彼はおれの後ろを慌てたようについてくる。
パタパタと世話しない足音がおれをイラつかせた。
(用があるなら呼び止めろっての)
いつだってそうだ。
おれが触るだけで彼から望むことはない。
ちんこを勃起させているくせに自らは動こうとしない。
どこまでも受け身なおっさんに腹が立っていた。
(自分から触ってこいよ……!)
そう心の中で呟いてから、おれはハッとして立ち止まった。
自分が何を考えているのか理解できなかったからだ。
だってこれじゃおれが求めているみたいだ。
こんなクズみたいなヤツを欲しているなんて頭がおかしいとしか思えなかった。
すると、後ろから追いかけてきたおっさんは、急に立ち止まったおれにぶつかってしまう。

「ご…ごめ…」

彼は困惑しながら頭を下げた。
その下半身は鞄で隠されている。
また硬くしているのだろうか。
ゴクリ……。
おれは無意識に唾を飲んでいた。
まるでおれのほうが飢えているみたいだ。
ありえないと打ち消しながら、じりじりと肚の奥が熱くなる。
頬を流れ落ちた汗が首筋を伝った。
必死に謝っているおっさんを真顔で見つめる。
すると彼もおれの視線に気付いて顔をあげた。
おれを見るなんとも言えない眼差しにウズウズしてくる。
鼓動が速まっていくのを嫌でも感じた。
渇き……。
喉の奥が渇いて疼いて体が火照る。
夏の暑さがそれに拍車をかける。
おれは艶然と微笑んだ。
声には出さず「ついてきて」と囁く。
するとおっさんは唇の動きで読み取ったのか、大袈裟なくらい激しく頷いた。
期待と興奮を滲ませて鼻の穴を大きくしている。
おれはホームへ向かおうとしていたのを踵返すと、何食わぬ顔で人込みの中を歩く。
同じ制服の生徒たちとすれ違いながら改札横のトイレを目指した。
おっさんは少し距離を開けてついてくる。
周囲に怪しまれないよう気遣っているのだ。
小心者らしい考えである。
だが、その微妙な距離感に萌えていたからおれも大概だ。
だって誰もおれたちのことに気付かないし、想像すらしないだろう。
周りから見た時、おれとおっさんは赤の他人なのだ。
誰もなんとも思わないだろう。
おれがこんなおっさんをトイレへ連れ込もうとしているなんて。
自分だけが知っている事実になぜか笑みがこぼれた。

 

 

***

 

 

古びたトイレはあまり掃除も行き届いておらず、綺麗ではなかった。
時間帯のせいか誰もいない。
辺りを見回して二つある個室のうちのひとつへ入った。
しばらくしてコツコツと足音が近づいてくる。
おっさんが戸惑うように入ってきた。
彼は、顔を出して手招きするおれに、誘われたように個室へ入る。
ドアを閉めると途端に窮屈になった。
ただでさえ狭いのに蒸し蒸しとした暑さで息苦しくなる。
二人とも興奮しているせいか息が荒かった。

「おれに何の用?」

おれは上目使いで問いながらおっさんの手を取り甲に口付けた。
大きな厚い手を啄むように愛撫する。
おっさんはその感触に身を震わせながら鞄を持つ手を強めた。

「……な、名前を…」
「名前?」
「き、君の名前を知りたかったんだ」

おろおろと忙しなく目を動かせた彼は、気恥ずかしそうに肩をすくませる。

「ふーん」

おれはそれをまじまじと観察しながら指先にも口付け、人差し指を舐めた。
舌の感触におっさんは目を見開く。
おれは構わずアイスキャンディーを舐める要領でペロペロしてやった。
時折舌を絡ませ、ゆっくりと舐めあげる様子を見せつける。
それが済めば口に咥えて吸い付いた。

「…んっ…んぅ……」

指は涎まみれで口を離した時には銀の糸が引いた。
トイレの外の騒がしさを聞いていると、余計にイケナイコトをしている気になる。

「本当に名前を訊きたいがために待っていたの?」
「………っ………」
「おれの制服見て学校を割り出したんでしょ?わざわざそんなことして名前?しかもこの時間にいるってことは仕事を投げ出してきたんだよね?」
「それは……」

おっさんは責められてシュンとしてしまった。
どこまでも愉快な反応をする男だ。
おれはねっとり舌を這わしながら、詰め寄る。
彼は年下の子どもに詰問されながらも視線を逸らせなかった。
今朝味わった唇の感触を思い出しているのか、それともいやらしく動き回る舌に魅了されているのか、おれの口許を見つめている。

「素直になりなよ」
「んぅ……」
「大体、ちんこ硬くしてるのバレバレだよ。それで隠してるつもり?」
「あ、うく……それは、き、君が朝キスをしてくれたから…」
「ぷはは!やだ。あれから何時間経ってると思ってんの。まさか一日中ちんこ勃起させてたとか?」

キス程度で。
今どき童貞だってそんなバカいないだろうに。

「いいから早くちんこ見せてよ。素直になったらイイことしてあげる」
「ほ…本当…?」

おっさんは息を呑んだ。
おれの体を舐めずり回すかのように上から下まで見つめて息を荒くする。
だからおれは可愛い子ぶってペロリと上唇を舐めた。
おっさんは興奮してか、ぎこちない態度で鞄をドアに付いてたフックにかける。
すると、今まで鞄で隠されていた熱いたぎりを持て余す下半身部分が解放された。
ズボンの上からでも勃起していることが丸分かりのちんこは窮屈そうだった。
よくこの状態で怪しまれなかったものだ。
駅員に見つかったら即警察行きだったに違いない。
電車でも硬くしているが、よほど性欲が強いのだろうか。
見た目淡白そうに見える分、ギャップがそそった。

「あーあ。ちんこ苦しそう。抜いてないの?」

おれはそっと寄り添うとズボンの上から撫でてやる。

「ぬ、抜いた。い、いつもそうしてる。毎朝、君が射精してくれないからトイレで抜いてるんだ。で、でも今日は……」
「今日は?」
「お、思い出すだけで硬くなっちゃって…ぜ、全然仕事に集中できないから……」
「おれの学校調べて待ち伏せしてたんだ」

おっさんは必死に頷きながら、おれの手の動きに合わせて腰を振っていた。
(そんなにおれとのキスに興奮してくれたのか)
軽くちゅっとしただけで、そこに深い意味なんてなかった。
なのにおっさんは忘れられず仕事さえ手につかなかった。
なんて駄目な大人だ。
呆れてものが言えない。
子どもに振り回されて年上の威厳すらない。
だが、それ以上に気分が良かった。
おれなんかにそれほど必死になっている。
本人だって己の愚かさに気付いているのに、だ。
それでも暴走する欲望に抗えず、こうして情けない格好をしている。

「はぁ…はぁ…すご、におい…」

おれはしゃがむとズボンに擦りついた。
頬にあたる硬い感触と、濃厚な雄の匂いにくらくらする。
嫌でも下腹部が疼いて恍惚となった。
我慢できずに口でズボンのファスナーを下ろす。
じりじりと焦がれるようにゆっくりとしたスピードに、おっさんは顔を歪ませて耐えていた。
(もたなそうだな)
表情だけで彼が限界を察し、それ以上は焦らさず、ズボンとパンツを脱がせた。

「ん、おっさんスゲーいいもん持ってんじゃん」

出てきたちんこは皮を被っているとはいえ、立派な大きさだった。
触っていた時からデカイと思っていたが、改めて見ると、こんな大きなちんこを相手にしたことはない。

「こんなブツでどんだけ女を啼かせてきたんだよ」
「そ、そんな…俺なんか誰にも相手にされないよ」
「もったいない。宝の持ち腐れじゃん」

ずっと童貞くさいと思っていたが、まさか本当に恋人さえ出来たことがないとは思わなかった。
キスに浮かれるのも当然である。
(つーことは、おれがファーストキスの相手かよ)
ご愁傷さま――と、思った。
金さえもらえりゃ誰だろうと股を開く男に初めてを捧げたのだから憐れである。

「ほら、どう責めてほしいんだよ?」
「あぁ……んっ……」
「今日は特別にこの口を好きにしていいよ」

おれは跪くと口をぱっくり開けた。
いやらしいことを連想させるような舌の動きと涎で潤んだ咥内に、おっさんのちんこははち切れんばかり反り、びくんびくんと脈打った。
燃え上がりそうな興奮に瞳孔を開き、何度も唾を飲み込んでいる。
よほど「口を好きに」という言葉に煽られたようだ。

「ふう、ふうっ」

まるで獣の息づかいでおれを見下ろしている。
だが、ここでもおっさんは強引になるようなことはなかった。
これだけ言っても彼の腰は引けていた。
その頭の中でどれだけ過激なことをさせても、実際に行動に移すことは出来なかったのだ。

「……アンタ、まるでウサギみたいだね」

可愛い顔して年がら年中発情している。
おれのほうが我慢できなかった。
だってこんな大きなちんこ見たことがない。
男どもを食いまくってきたからこそ興味津々だった。

「おっさんが何も言わないなら、おれが好きに食べちゃうんだから」
「んあぁっ………」

おれは裏スジを舐めあげた。
途端に男の喘ぎ声がトイレ内に響き渡る。
彼は自らの声に動揺しながら唇を噛み締めた。
こんなところ見つかるわけにいかない。
子どもにちんこをしゃぶらせているところを見つかったら一発逮捕だ。
何もかも終わってしまう。
そんな危機的意識が働けば働くほどおれはゾクゾクして苛めたくなった。
男の喘ぎ声なんて本来は嫌悪するべきところ、聞きたくてたまらなくなった。
(どこまで耐えられるかな)
おれは咥内でくちゅくちゅと溜めた唾液を皮の被った亀頭に垂らした。
その光景におっさんはちんこを熱くさせる。
脈打つ性器はまるで別の生き物みたいだ。
唾液で滑りを良くしたところでおれは制服のブラウスのボタンを開けていく。

「女ほどおっぱいはないけど気持ちいいよ」

肉付き良い胸はムッチリして客からも評判だった。
手で寄せて無理矢理谷間を作るとちんこを挟んで押し潰す。
この体型だから出来ることで大抵の男が悦んだ。
中にはこれだけを目当てに買うやつもいる。
結局男は胸に弱いのだ。

「う、うそ…っ…んっ…」

おっさんはパイズリされて恍惚と目を潤ませた。
温かな脂肪の塊で包み込まれ、ゴシゴシ上下にしごかれればたまらないだろう。
すぐに鈴口からガマン汁を溢れさせた。
そのせいでネチャネチャと卑猥な水音が狭い個室に響く。
おっさんのちんこはでかくて、胸だけでは足りず、おれは先端を舌でペロペロしてやった。

「あっひ、んぅ…オトコノコのおっぱい…こんなきもちい…なんてっ…ゆ、夢みたいだっ」
「夢じゃないよ。おっさんは今、おれみたいな可愛い男の子を跪かせてパイズリさせてんだよ」
「…い、言わないでっ……」
「はぁっ…エロっ、ぐちゃぐちゃのドロドロだ………」
「んっ…はっ…ふぅっ……」

おれは再び口の中にヨダレを溜めると、おっさんに見せつけるように彼のちんこの上に垂らした。
糸を引く生温かな唾液がおっさんのちんことおれのおっぱいを濡らす。
さらに滑りが良くなった胸でしごいてやると白い泡まみれになった。
次第におっさん自らおっぱいにちんこを擦り付けてくる。
おれの肌にマーキングするみたいにすりすりと押し付けてくる。

「あぁっ…はぁ…おっぱ…おっぱい…っ」
「ん、そんなに喜んでもらえるとヤりがいあるって感じ。やっぱりアンタは変態だな」
「らってっ…ずっと見てた君のおっぱいでちんこをしごいてもらえるなんてっ…あぁっ…もう出ちゃいそう……っ!」

おっさんは腹筋を引きつらせながら恍惚とした表情で喘いだ。
ラストスパートだとおれも激しく胸を上下させる。
だが、彼は嫌だ嫌だと首を振った。

「あぁっぅ…っ、まだ出したくない…っ、もっと君のおっぱいに包まれていたいのにっ…えっちな舌で舐めてもらいたいのにっ…!」
「ワガママ言うなっての!はぁ…っ…早く出せ。胸でも口でも好きなところに出していいから…!」

じゃないとおれも興奮しておかしな気分になってしまいそうだ。
熱くなる下腹部に意識を持っていかれないよう今だって必死だった。

「はぁっん、ほんと…?…好きなとこに出していいっ…?…」

するとおっさんは泣きそうな顔で笑った。
瞳には欲情の色がありありと映っている。

「じゃ、じゃあ…飲んでっ?おじさんの臭くて汚い精子を君に飲ませたいんだっ…」
「ぷははっ…イイ趣味してんな」
「あぁっ、嬉しいよぅ、ずっと妄想してたんだ。君に俺の精液を飲んでもらうって。そうするとちんこをしごく手が止まらなくなってバカみたいに射精しちゃうんだ」
「はぁっはぁっ…」
「…あぁっ出すよ、出すからね。君の唇にも舌にもちっちゃなお口にもおじさんのゼリーみたいな精液ぶっかけちゃうからね…っ」

おれはおっぱいでちんこをしごきながら口を開けた。
いつでもどうぞと言わんばかりに舌を突き出すと受け止める準備をする。
その扇情的な光景におっさんは言葉にならない声で喘いだ。
もはやトイレ中に二人の声は響いてる。
知らずに誰か入ってきたらセックスしていると勘違いされてもおかしくない。

「いっ…あっ…くぅ……もうっ…!」

おっさんは血走らんばかりにおれを見つめて甘い声を出した。
袋はもうパンパンでいつ射精してもおかしくない。
口淫なんて慣れているのに、気持ち良さそうなおっさんから目を離せなかった。
(かわいいかわいいかわいい)
戸惑いながらも震わせる瞳、汗が滲む熟れた頬、限界が近く、快感を耐えるように噛み締める唇。
一回りも二回りも違うであろう年上の男の乱れた姿に胸がきゅうきゅうに痺れる。
大きなペニスを咥えるのは顎に負担がかかり、息苦しくもなるのに、口を離せなかった。
餓えた獣のように舐め吸い付き味わう。
こんなものでお尻を犯されたらと想像するだけで下腹部に切なさが走ったが表には出さなかった。
(別にキモチイイだけのセックスなんか興味ないし)
あくまでお金をもらえる前提でなければならない。
むしろ意識を飛ばすほどの快楽は必要としていなかった。
ほどよく気持ちがいい。
ある程度の理性は残しつつ射精出来ればそれでよかった。
でなければ客を手玉に取ることも出来ないし、優位は保てない。
(そもそも、そんな気持ち良くしてくれる男なんかいなかったし)
金で買ってもらってるおれが気持ち良くする立場なのは当然だ。
対価はきちんと支払わねばならない。
中出しをしないというルールを守る客に対しては惜しみない奉仕精神を発揮した。
どうあがいても女に勝てないのだからそれくらいしなければ価値はすぐになくなるだろう。

「あ…あぁっ…う…出ちゃうよう…!」

暑苦しいトイレで見つめ合う二人。

「んっっ…見せてっ、君がおじさんの精液飲んでるとこ見せて…!」

その時まるで生き物のようにビクビクと震えるちんこから精液が放たれた。
量も多く濃厚なソレがおれのおっぱいから首筋、舌へ咥内へと注がれる。

「あぁっ…う……!」
「へぁ…」
「えっちぃ…よう……!」

むせかえるような臭いと糸を引く白濁液に目眩がしそうだ。
飲み込むに飲み込めず、舌の上の精液がヨダレと混じって口許から垂れる。
それをおっさんは興奮を露に見つめている。
それだけでおれまで変な気分になった。
(つーか、なんだよ、この量)
まるで性欲真っ盛りの十代みたいみたいな量と勢いだ。
己の胸が精液まみれになってしまったことに信じられない気持ちで見下ろす。

「だ、だ、大丈夫……っ?」

すると射精しきったおっさんは、下半身を露出させたまま屈んだ。
先程までの恍惚とした表情は消え、慌ててトイレットペーパーを引っ張るとぐるぐると巻いて汚れた胸元や口のまわりを拭いてくれる。
どうやら射精と同時に冷静になったみたいだ。

「ごごごっ…ごめんねっ。あまっ…あまりにも可愛くて、おっ、おじさん調子に乗っちゃって…色々変なこと…あのっ、その…!」

おっさんは普段の言葉数の少なさが嘘のように早口でまくしたて酷く狼狽している。

「……おれが可愛い?まじで言ってんの?」

だがおれは彼の慌てる様子など興味なく、その一言にのみ反応してしまった。
思わず出た声に、内心しまったと後悔する。
おれは可愛い。
自分で口にする言葉だが、他人からはあまり言ってもらえない言葉であった。
所詮ぽっちゃりなど特殊な趣向にすぎない。
いや、それを自分で分かっているから、あえて自分発信で可愛いと思うようにしているのだ。

「…っ…ただのデブじゃん…」

その後悔を表すように口をへの字にしてそっぽを向いた。
他人に肯定されると急に否定したくなるのはおれが天の邪鬼だからか。

「ち、違うよ!」

するとおっさんは食い気味に否定した。
彼から明確な意思の表れを感じたことがなかったおれは、強い口調に逸らしていた目を合わせる。
おっさんは顔を真っ赤にしながらも目は真剣で茶化せなかった。

「た、確かに…人よりぷにっとしてるけど可愛いよ!それに、い、いい匂いもするし、柔らかくて抱き心地も良さそうで……」
「ふーん。あ、そっか。おっさんも太めが好きな人なんだっけ?このおれに興奮してちんこ硬くしてるもんね」
「あ、うっ…ちっ、違うんだよ!おじさんが可愛いって言ったのは肉体的なことだけじゃなくて!……初めて見た時、幼い外見なのに大人びた眼差しをする子だなって思った。何を考えているのかなって…」
「…………」
「次第に目が離せなくなって、少しでも近くで見ていたくて、さりげなく傍に寄って見てた。毎朝、君が同じ車両に乗ってくると嬉しくてたまらなくなった」
「…で、結局ちんこを硬くさせたと」
「う、うぐ……」

おれの言葉が図星だったのかおっさんは分かりやすいほど肩を落とした。
自分でもいけないことだと自覚があったみたいだ。
(だからおれに触れてこなかった?)
矛盾。
いや、葛藤があったのだろう。
だからおれに何をされても自らが動くことをしなかった。
それに対して不快な気持ちが増したのはなぜか。
時折響く電車の音以外は静かで、狭いトイレ内に二人きり。
いつもすし詰め状態の電車内でしか顔を合わせていないから違和感がある。

「も、もっと君のことが知りたいんだ」

下半身丸出しの情けない格好で、まるで愛の告白をするかのように熱っぽい眼差しで見つめる男が必死に声を絞り出す。
笑い飛ばしてやりたい状況なのに、その声の切なさにおれの体全部が心臓になったみたいに鼓動が響いてうるさくなった。
こんな感覚は初めてで自分が自分で理解出来ない。
だが、同時に先程感じた不快感が鉛のように重くなっていく。
心の内側がじわじわと暗闇で覆いつくされていく。
まさしく二律背反。
ぐちゃぐちゃだ。

「……名前…」
「え?」
「おれの名前…一平…」
「一平君?」
「ん」

おれが頷くとおっさんは分かりやすいほど嬉しそうに頬を緩めた。
おれは顔を伏せると乱れた衣服を整えて個室を出る。

「一平く――」
「ばっかじゃないの」

そして振り返るとおっさんを睨みあげた。

「調子に乗るな、アンタはただの暇潰しなんだよ!なにその気になってんの!」
「………」
「おれのことが知りたい?…ああ教えてやるよ!…おれは男とセックスしてお金もらってんの。この体だって金になるからそうしているだけ。つーかお金もらわなきゃセックスなんてしたくないに決まってんじゃん。気持ち悪いオヤジどもの相手なんか出来るわけないだろ」
「い、一平君が……」
「おれに対してどんな幻想抱いてんのか知らないけど、電車の中でちんこ触ってやってる時点でお察しレベルだろ」

おれの豹変ぶりにおっさんはたじろいだが、目は逸らさなかった。
だが瞳は困惑と恐れで満たされている。

「…じゃあどうして俺のことは構ってくれたの?一度もお金なんか…」
「だから暇潰しだったんだよ!」
「…………」
「こんな子どもにいいように振り回されて馬鹿みたいだったし、必死に勃起したちんこを隠してるのも笑えた!あげくキスした程度で名前なんか知りたがって気持ち悪いって思わないの?今どき小学生ですらもっと進んだ恋愛してるっての!」
「…………」
「そのくせあんたからはなにも言わないし、してくれないし、いつもおれが――……」

そこまで言ってふと我に返った。
今の台詞を反芻する。
(これじゃまるで……)
無意識に出た言葉の意味に気づくと急に顔が熱くてたまらなくなった。
皮膚が焼けただれたように痛み痺れるとおっさんを見ていられなくなる。
むしろ早くこの場から消えたいと妙な焦りでいっぱいになる。
恥じらいなんてとうの昔になくしたはずなのに、今さら恥ずかしいという感情の波に溺れそうになった。
息すら出来ない。

「ふっ…ふん!…そういうことだから二度とおれに近寄るな、変態!」

どんな捨て台詞だよと笑いたくなったが、それが精一杯でおれはおっさんの顔を見られず、そのままトイレから飛び出た。
ギクシャクした体を煩わしく思いながら、ちょうどホームに入ってきた各駅停車に乗り込む。
普段なら特急を待つのだが、今は少しでもここから離れたくて躊躇わずに乗ってしまった。
背後で閉まったドアにホッと胸を撫で下ろす。
口の中に残った精液の味が苦い。
いつもならすぐにガムか飴を舐めて忘れるのだが、その時は舌先で歯の裏側をなぞった。
まるで残っている精液を探しているような動きだった。
己の性器は熱くなったままである。
フェラチオをしたくらいで勃起したなんて信じたくないし、知られたくなかった。
(もう終わったことだ)
おっさんには酷いこと言った。
自分が売春していたことも言った。
もう二度と関わることはないだろう。
軽蔑されたに決まっている。
第一におれが彼に言ってしまったんだ。
もう二度と近寄るなって。
おっさんは従順だった。
腹が立つくらいおれに従った。
だから今度もきっと言いつけを守るだろう。

「…まじムカつく」

そうだよ。
ずっと苛々していた、不快に思っていた。
おれはおっさんから動いて欲しかったんだ。
彼に求められたかったんだ。
今まではそういうの嫌だった。
客だって思い通りに動かしてきたし、ルール違反するようなヤツはセックス中だろうが蹴り飛ばしてやると、あとは関係を切った。
自分本位でないと気がすまないし、勝手にされることは不快にしかならなかった。
なのに、今は“動かないこと”に苛立ちを募らせている。
その自分勝手さにはさすがに嫌気が差した。
売春していようがしていまいが、こんなやつ好かれるわけない。

おれはふと顔をあげた。
各駅停車はさほど混んでいない。
ドアの窓ガラスから流れる景色はとっくに日が落ち、町の明かりできらめいていた。
カタンコトンと心地よい音が体に響き、時折揺れる車内に足を踏ん張る。
(初めて見た時、幼い外見なのに大人びた眼差しをする子だなって思った。何を考えているのかなって)
(君のこともっと知りたい)

「…初めてあんなこと言われたな…」

おれの呟きは近くにいた賑やかな学生たちの声で掻き消された。
ゆっくりとした電車の中でぼんやり外の景色を眺め続ける。
いくつもの感情が形になりそうだったが、考えないふりをすることで忘れた。
おれには必要ないものだったからだ。

 

 

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