10

弓枝のペニスは、足の間に割って入っている桃園の体に擦れて硬さを取り戻してる。
その快感に自身の腹筋を引きつらせた。
皮を剥かれて敏感になっているから今はむやみに触られたくなかった。
ちょっとした刺激でイってしまいそうだったからだ。

「ああ、弓枝ん中、きもちい……きつく絡み付いてくる」

桃園の抽送が早くなってきた。
快楽に浸る彼の顔を下から眺めていると、妙な気分になってくる。
こういう時の桃園は怖いくらい真剣な表情で、熱っぽい眼差しを向けている。
蝋のような白い肌は僅かに赤味が差して汗が滲み、切なげに眉を寄せていた。
はだけたシャツから見える鎖骨や、いつもより低い声は芳しいほどの色香を放っている。
それを見るたびに弓枝の心臓は早鐘のようにけたたましく鳴り響いて苦しくなった。
弾む。
胸がきゅうっと軋む。
心の底から好きだと思えて愛しさが芽生える。
普段の余裕綽々に笑ってみせる顔も綺麗だけど、本能に振り回されている桃園は生々しいほど美しかった。
その男に抱かれている。
彼をこんな顔にさせているのは自分。
桃園を虜にさせているのも自分。
さっき告白したバレー部の子も、他の女生徒も、桃園がこんないやらしく責めるなんて知らない。
そう思うだけで何か特別な力を与えられているような気になった。
これが優越感や独占欲というものなら弓枝はもう桃園を馬鹿に出来ない。

「すきっ、桃園……!」

恋なんて綺麗な感情ばかりじゃない。
それを知ったのだってシェイクスピアのお蔭だった。
彼の詩集には恋の詩がたくさん書かれていた。
恋愛など興味のなかった弓枝がどうしてあの本を気に入りずっと手元に置いていたのか。
あの詩には綺麗なばかりの恋は書かれていない。
時に身を焦がすような嫉妬や猜疑心が言葉巧みに表現されていた。
ページをめくろう。
登場するのはシェイクスピア本人である「私」
そして「私」が愛溢れる詩を捧げる美青年の「君」
「君」を誘惑する「黒い貴婦人」
最後にシェイクスピアが才能に嫉妬する「対抗馬の詩人」
この四人が複雑に絡み合う。
始めはただただ夢見るような愛情に満ちた詩である。
「君」にこめた想いを、シェイクスピアは己の感性に従い書き表していった。
それが貴婦人によって三角関係となり、対抗馬の出現に益々「私」と「君」の関係がこじれていく。
シェイクスピアは情熱の人だ。
「君」を謳う時はこの世の全てを祝福するように美しい言葉を並べ、醜い嫉妬で燃える時は、陰険に思えるほど女々しく書き連ねる。
妬ましさと悔しさで歯軋りしている彼が浮かんできそうなくらい、シェイクスピアは正直に己を表現した。
弓枝にとっては、全く別の世界の話みたいだった。
心のどこかで羨ましいと思っていたのかもしれない。
こんな風に思える相手に出会いたいと思っていたのかもしれない。
他人に対してそこまでの感情を抱けなかった弓枝は、この詩集が深く心に染み付いた。
まさか自分も同性を愛するようになるなど、詩集を読んだ時は思わなかったが、今の弓枝に後悔はなかった。

「ああ、っく……だめっ、オレ、もう」
「はぁっ…俺もっ」

運命なんて陳腐な言葉で片付けたくないが、始めから弓枝と桃園はこうなる予定だったのではないか。
そう思うとこれまでの辛かったことや苦しかったことが赦せるような気がした。
時に翻弄され、足掻き、刃向かい、やるせない気持ちになったことも無駄じゃない。
全てが二人にとって必要だった。
だから出会えた。
恋に落ちた。
とはいえ、そこを肯定してしまうと、始めから仕組まれていたようで面白くない。
あまりにベタな設定に展開だからだ。
しかし、幸いなことにこの恋はロミオとジュリエットのような悲恋になる気配がない。
(……といっても、オレがさせねーけど)
弓枝は想いを確かめるように桃園の広い背中に手を回すと、足を腰に絡めてしがみついた。
背中が地面に擦れて痛いのに、それを忘れて抱きつく。
体中で桃園を感じたかったからだ。

「くっぅ……弓枝、っゆみえだっ……」

桃園も応えるように弓枝に覆い被さり抱きしめてくれた。
共に高みへ上っていく。
汗ばんだシャツが擦れ合った。

「くぅ、んっ――――!」

痺れるような快楽が電撃のように体へ流れると、弓枝は顔を歪めて射精する。
内壁は連動するようにきつく締め付けた。
それに促されるよう桃園が果てる。
折り重なった二人の体は呼吸のたびに上下した。
射精後の独特な疲労感に浸り、互いの熱を感じとる。

「ん……っ」

桃園が腸内から性器を抜く時、弓枝はつい鼻にかかった声をもらした。
あれだけ太いものがなくなると、腸壁は隙間を埋めるようにひくつく。
もっと繋がっていたいと思ったのは体が離れたあとで、たまらず弓枝は惜しむような顔をしてしまった。

「はぁ…はぁ……」

勢いだけでセックスをしたことに若干の気まずさを漂わせる。
桃園の性器は一度射精したのに硬いままだった。
ゴムが付けっぱなしの先端は、自身が放った精液で丸く膨れている。
かなりの量を出したようだ。
それが妙に卑猥で、弓枝は恥ずかしそうに目を伏せる。

「いや、あはは。参ったね。もっとゴム持っていれば良かった」

その視線に気付いた桃園はバツが悪そうに苦笑いするが、その目の奥は笑っていなかった。
言葉にしなくても「もっとしたい」のだと伝わって弓枝の下っ腹が震えた。
(なんだよ…これ)
自分が出した精液で濡れた下っ腹を撫でる。
腹の奥がぐじゅぐじゅと溶けていくようだ。
飢えるような焦燥感が喉元までせりあがってくる。
校内でのセックスなんて一度だけでも大事なのに、まだまだ物足りなくて体が疼いているようだ。
視界の端には硬くそそり立つ桃園の性器がある。
彼はコンドームを性器から外し、精液が漏れないよう入口をキツく結んで閉じていた。
時折脈打つ性器に弓枝の体が熱くなる。
留まることを知らぬ若い性欲を抑えようとするほうが馬鹿だ。
(挿れられたい。もっと貫かれたいなんて)
平常心を保てない。
血が躍るように沸騰している。
このまましばらく落ち着いて、演劇部の練習に戻るのが正しい道だと分かっているのに、桃園を手放したくなった。

「も、桃園」

弓枝は自尊心をかなぐり捨てて四つんばいになると桃園へ尻を突き出す。
性器も尻の穴も丸見えだ。

「……もう一回するか?」

まるで娼婦のように腰を振る。
弓枝らしからぬ甘えかただった。

「で、でもゴム」
「いいよ。オレは妊娠しねーし。外で出せば平気だろ」
「……っ……」
「だ、大体……お前のソレ、どう処理するんだよ」

下半身だけやる気満々の桃園に、弓枝は頬を膨らませる。
誘う時ぐらいもっと可愛げある態度になりたかったが、これが限界だった。
そもそもねだるなんて言葉は弓枝の辞書にない。
だからぎこちなくなる。

「別に……お前がやる気ないならいいけど」

弓枝は照れ隠しにそっぽを向いたまま、この状況をどう収拾つけるか思案した。
桃園なら弓枝が言わずとも次を求めてくると思っていたのに計算を間違えた。
これじゃひとりだけ乗り気だったみたいで居心地が悪くなる。
自分が酷く淫猥に思えて顔を合わせたくなかった。
(オレからって、もしかして引いた?)
今までもそういう雰囲気に持っていくのは桃園だったから、せめて今日くらい素直にと積極的になったのが間違いだったというのか。
弓枝は言ってしまったものは取り消せず、どうフォローしようかとケツを突き出したまま思い悩む。

「――いいの?」

だから背後で桃園が呟いた言葉に反応が遅れた。
「えっ?」と、振り向いた時には、血肉に飢えた獣の如き形相の桃園が飛び掛ってくる。
彼はゴムを放って弓枝の尻を掴むと、容赦なく己の性器を突き入れた。

「あぁあっ――!」

いきなりのことに弓枝の顎があがる。
内壁は直に触れた陰茎の熱さに縮み上がった。

「せっかく紳士らしい態度で振舞っていたのに」

桃園は後ろから貫くと、弓枝の耳元に顔を寄せて責めるように囁く。
低く下半身に響く声に身もだえしそうだ。
それまでの態度から一変して、弓枝のうなじや首筋に吸いついて離れなくなった。
背中で感じる桃園の存在に体の自由が利かなくなる。
彼に無防備な背中を晒していると思うとドキドキして落ち着かなくなった。

「あぁっんっ、んぅ……!」

声が我慢できない。
後ろから突かれると、正面からとは違う場所にカリが擦れて苦しくなった。
前からより奥深くを犯されているようで腰に力がなくなる。
(やばい…きもちい…っ、なんだよこれ)
さっき疼くようにじゅくじゅくしていた場所に桃園の性器が届く。
ゴムを通してではなく、直接性器同士が擦れているのだ。
腸壁が痺れるように熟れて蕩ける。
内臓を押し上げられているような感覚に、脆い理性が音を立てて崩れていく。

「はぁ、浩人っ」

こういう時、桃園はずるい。
まるで弓枝が肉欲に耽っていると見透かすようにタイミング良く名前を呼ぶのだ。

「ひぁっ…おま、名前…っ」

背後から耳を舐められ穿られ、敏感になっていたところで名前を呼ばれてイきそうになる。
ガマン汁はだらだら溢れて足元を汚した。

「ねぇ、浩人…っ、ん…浩人っ」

桃園は分かっていて何度も甘ったるく囁き続ける。

「あんな男の誘いかたどこで覚えたの?」
「ちがっ…っんぅ…はぁっ」
「そんなにナマでして欲しかったの? 浩人ってばこういうのに疎いし、潔癖っぽかったから一生懸命節度を守っていたんだけど、余計な気遣いだったみたいだね」
「ひっあぁっ……耳やぁ…っ」
「もう大人しくしてあげないから」

妖艶な声が胸の奥を狂おしいほど突き刺し騒がせる。
それだけで火照りが酷くなり気が変になりそうだ。
ガンガンに突き上げられて尻の穴が広がる。
言葉通り気遣いなんてなく、荒々しいほど激しく犯された。
シャツの中でまさぐる手はいやらしく肌の上を這う。
乳首を抓られた時は悲鳴にも似た嬌声が出そうだった。
痛みと共に響く痺れが下腹部を直撃する。
淫らに乱れる弓枝は思考が麻痺して、桃園の言葉に素直に従った。
屋上のドアに手をついて足を開き桃園を受け入れる。
内壁のどこに擦れても気持ち良くて媚びた女のような声を漏らした。
ここが学校で、校庭には何も知らず部活に励む生徒がいるというのに、欲はおさまらない。
むしろどんどん膨らんで、自分が自分じゃないような興奮でいっぱいになる。
初めての時は戸惑いばかりだったが、今は体中の感官が桃園を感じて酔いしれている。

「好き、大好き…浩人っ、はぁっ…好きすぎて…、俺、もうどうしていいか分かんない」

桃園も弓枝の体を感情のままに愛した。
触れられるところ全てに手を伸ばし、いたるところを咬み、キスマークをつけた。
貪欲すぎる行為に弓枝は身悶えながら悦ぶ。
いつの間にか背中全体に痕が残って痛々しいくらいだった。
それでも気がおさまらない。
蚊に刺されたように赤い耳に噛み付いた。
舌先で奥を突くと弓枝の喘ぎ声が大きくなる。
彼は周りに知られないよう必死に口を隠し、声を抑えた。
その表情は気持ち良さそうにも苦しそうにも思えて、嗜虐心がむくむくと頭をもたげる。
だから自分より小さな弓枝の体を掻き抱いて欲を満たそうとする。

「ね、浩人…っ俺の望みを叶えてくれるんだよね?」

桃園は媚びるように問いかけてきた。
弓枝は平らな胸を執拗に揉まれながら何度も頷いた。
胸から気を逸らそうと必死だった。
男のくせに胸や乳首を愛撫されて感じるなんて知られたくなかったからだ。
(つーか、名前呼び…やばい)
さほど親しい人もいなかったせいか、名前で呼ぶのは両親だけだった。
その両親が弓枝を呼びつける時は大抵小言をいう時で、だから呼ばれるのは好きじゃなかった。
次は何を言われるのだろうと憂鬱な気分にさせたからだ。

「浩人……っぅん、浩人っ」

なのに桃園に呼ばれるとくすぐったくて、全身が燃えるように熱くなる。

「じゃあさ、俺のことも名前で呼んでよ」
「はぁっく…そ…なっ……!」
「お願い、浩人」

ああ、やばい。
そんな甘えた口ぶりで寄り添いながら言われたら、なし崩しに許してしまいそうだ。
ようやく「弓枝」と呼ばれることに慣れたのに、その矢先に「浩人」と呼ばれたらまた落ち着かなくなる。
彼の声が好きだった。
どうしてか琴線に触れた。
声フェチというわけではないのに、桃園の声だけには反応した。
初めて声をかけられた時からずっと耳の奥で反響していた。
声の温度、言葉のリズム。
合わさると耳ざわり良く馴染んだ。
冬木とふざけ合っている時は少し高くて人の気持ちを高揚させる。
こんな風に二人っきりでいやらしいことをしている時は、低く艶やかな良く通る声で人の心を乱す。
その使い分けについていけず、何度も心臓を揺さぶられた。
ふとした拍子に色気漂う桃園が顔を出すから身体に悪い。

「ね、浩人?」
「くぅんっ」
「浩人…っ、浩人」
「やぁ、あぁっ」
「はぁっ浩人…」
「桃園の…いじわる…!」

弓枝は名前に縛られた。
桃園の手中に落ちた。
耳元で飽きるくらい何度も囁かれ、そのたびに腸管の奥を突かれる。
こんなに呼ばれたら名前に酔ってしまいそうだ。
桃園に呼ばれるたびに今日のことを思い出して疼きが止まらなくなる。
愛情こもった声色が深く残響して離れなかった。
耳が焼け付くように熱い。
溶けそうだ。
桃園はおねだり上手でもある。
結局弓枝が折れて望むがままにしてしまうのだ。
(だって、呼ばれるたびに好きって言われているようで)
表情筋が使い物にならないくらい蕩けて、ドアに身を預けながら喘ぐ。
もう自分の力だけで立っていられなかった。
桃園が突き上げるたび互いの肉がぶつかりパンパンと音が鳴る。

「はぁ…あぁっ…祐一郎…っ」

弓枝は根負けしてしまった。
その薄く愛らしい唇が優しく桃園の名を告げる。
その瞬間、桃園の性器がアヌスで脈打ったのを、弓枝は鋭く感知した。
だから気持ちが溢れてうわ言のように、

「あぁっ、祐一郎…っ、ゆういちろ……っ」

喘ぎ声の合間に呼び続ける。
彼の名を出席簿で確認した時、なんて凛々しい名前だと思った。
桃園に良く合っている名前だと思った。
それを今、自分が口にしているという戸惑いと喜びが弓枝の心を鷲掴みにする。
一度言ってしまえばもう歯止めは利かない。

「ゆういち…ろっ…名前、すき…だった…んっ、おれの中では…っ、特別だった」

桃園の手が前に回り、きつく抱きしめられながら激しく貫かれる。
その手が弓枝の顎をなぞり、頬を包むと、ゆっくりと桃園のほうへ向けられた。
振り向いた先にいた彼は、めいっぱいに微笑み、柔和な表情をしている。

「もっと呼んで? 浩人にとって特別だった俺の名前を呼んで」
「あぁっ、祐一郎っ、うれし……?」
「あなたから呼ばれるなんて、それだけでイっちゃいそうだよ」
「ふぁあ、あっ…オレ、特別?」
「当たり前でしょ。だって冬木にも呼ばせなかった名前だよ。特別に決まってるじゃない」

桃園はそう言うと弓枝の唇に己のを重ねた。
離すと同時に薄く開いた瞳で互いを見つめ、二人は再び口付ける。
それを幾度も繰り返した。
温もりを感じるように押し付けあった唇に恍惚と目を細めた弓枝は、求めるように僅かに口を開ける。
そこへ滑り込むように桃園が舌を挿入すると、待ち望んでいたように深いキスに酔いしれた。
悩ましげな吐息に混じる水音が卑猥で、無理な体勢にも拘らず貪りあう。

「ぷは…ぁ……」

ようやく離れた時には涎が糸を引いた。
桃園のキスは気持ち良くて、頭がぼうっとしてしまう。
余計な力が抜けて全てを委ねたくなってしまう。
実際、口許を拭う前に片足を持ち上げられたが、抵抗できなかった。
まるで犬がおしっこする時のように足を担がれて結合部分が晒される。

「ひぁ、ああっ」

足を持ち上げられたせいで股関節が大きく開いた。
体が無理な格好に緊張で引きつっていると、桃園は容赦なく最奥を突き上げる。
締め付けていた腸管を引き裂くような強さに弓枝は仰け反った。
下半身が千切れそうな衝撃に目を見開き快楽を享受する。

 

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