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「恥ずかしいから外ではやめてよ!」

だが、その雅に鋭い拳を食らい、苦しそうに悶絶すると、冬木は膝を折って腰を落とす。

「くっ、いいパンチだ……お前こそがチャンピオンだ……」

意味の分からない台詞を呟きながら苦悶の表情で腹を押さえた。
雅は「そんなに強くしてないでしょ」と、もう一発パンチする。
冬木はデレデレに顔を緩めて素直にその拳を受け止めた。
可愛い可愛いと愛でるように頭を撫でる。
それが気に食わないらしく、雅は文句を言いながら彼の手を振り払った。
これが普段からのスキンシップらしく、喧嘩調だが仲良さそうである。
(これが冬木の妹?)
絶妙なタイミングで現れた少女を、弓枝は観察するように見つめていた。
まだ低学年なのか、冬木の腹ほどの背に大きな瞳は猫のようにつり上がっていて、いかにも気が強そうだ。
似ているどころか性格は冬木と正反対のようである。
しばらく様子を窺っていた弓枝だが、彼も腰を上げ、尻についた砂を払うと、冬木たちのもとへ向かった。

「妹の雅です。兄がいつもおせわになっています」

雅はそういって礼儀正しくお辞儀した。
だから弓枝のほうがしどろもどろになって、

「は、初めまして。弓枝と申します。こちらこそお兄さんとは仲良くさせていただいています」

と、頭を下げた。
いかにも慣れていない挨拶の仕方である。
雅のしっかりした様子に弓枝は恐縮しっぱなしだった。
隣で冬木は鼻高々にそのやり取りを訊いている。
どうやら自慢の妹らしい。

「みーちゃん最近冷たいっ」
「そのなまえで呼ばないでよ。あっちいって!」

雅はませているのか早くも思春期の乙女のようで、父親や兄に対して厳しい態度をとっていた。
それすら微笑ましくて弓枝は黙ってじゃれている二人を眺める。
防波堤に打ち寄せる波に重なって二人の賑やかな声がざわめき立っていた。
陽が傾き水平線に近づいた太陽に、くすみ始めた空が侵蝕するようにじわじわ広がっていく。
心なしか風も冷たさを増したような気がする。

「えーん。雅ちゃんがいじめるー!」

冬木は弓枝の腕にしがみ付くと泣きマネをし出した。
大げさにえーんえーんと泣いてみせる。
弓枝は鬱陶しそうにため息を吐いたが、仕方がなく好きにさせていた。
雅も最初は相手にしていなかったが、いつまで経っても泣きやまない兄に、

「違うもんっ、いじわるしてないもん」

とうとう彼女のほうがまごつく。
その単純さ――というか素直さは、まだ綺麗な心を持っている証だ。
口を尖らせ弁明しながら、泣かせてしまったとおろおろしている姿は愛らしくて、弓枝は笑ってしまいそうになるのをこらえる。
これじゃ冬木がメロメロなのも当然だ。

「また、あんたはー……!」

そこにさらなる人物が現れた。
声のするほうを向けば犬を連れてこちらへやってくる女性が見える。
その雰囲気からすぐに冬木の母親だと察した。
そもそも雅のようなまだ幼い子がこんなところへひとりでやってくるはずがない。
前へ進みたがる綿毛のような毛を纏った犬は、リードで引っ張られるたびに「はっはっ」と息を漏らした。
まさかの冬木家大集合に緊張している弓枝を尻目に、いまだ腕に引っ付いて離れない冬木が、

「お袋と散歩に来たの?」

と、雅に訊ねている。
彼女は先ほどまでのやりとりも忘れて「うん!」と、快活そうに返事した。

「あ、でも途中でね……」

そうしてウキウキを隠しきれない顔で、

「祐一郎くんがいたからね、いっしょに夕ごはんを食べようと思って――」

呟くと雅の言葉はそこで途切れた。
いや――、正確にいえば、耳に入ってこなかったのだ。

「どーも」

雅から紹介を受けるかのように、すらりとした長身の男が顔を出す。
その姿に目を奪われると、弓枝は石のように固まった。

「こんにちは」

現れたのは桃園だった。
笑顔の中に苦い色を忍ばせながら会釈する。
どうやら彼もこの状況は想定外だったようだ。
雅の手前、咄嗟に愛想笑いを貼り付けたような顔をするが、気まずさを漂わせている。
弓枝も同じで、しかし彼は桃園のような器用さは持ち合わせていないから、口許を引きつらせるだけで笑い顔は作れなかった。
その瞬間、空気を読んだような潮騒がひときわ大きな音をあげ、激しい波が防波堤に打ち付けられる。

「みんなで鍋しよ!」

雅の鈴のような声と、場を弁えない犬の鳴き声だけが辺りを支配していた。
夕暮れ間近の海が満ちていく。
どこかの船が鳴らした汽笛が残響する。
弾かれた波は白い泡にまみれた。
桃園は持ち前の順応さで表情を緩めると、弓枝と冬木の前までやってくる。
吹き付ける風に金色の髪が弄ばれた。
鮮やかなグラデーションの空が桃園の髪を引き立たせる。
雅はあとからやってきた母親のほうを向くと、尻尾を振る犬をぎゅうっと抱きしめた。
彼女と同じくらいの大きな犬は、舌を出してありったけの喜びを尻尾に表すと擦り付く。
モフモフとぬいぐるみみたいな犬だ。

「……海、見に来たのか」

するとそれまで黙っていた冬木が、珍しく神妙な顔つきで問いかけた。

「違うよ。たまたまそこで会っただけ」

桃園は平然と否定をし、にこやかな笑みを振りまいた。
彼は弓枝を見ようとしなかった。
それに気付いていたが、弓枝も直視する勇気がなくて顔を背けていた。
怒っている。
桃園はきっと今、すごく怒っている。
原因は冬木のことだ。
階段での出来事を見られて、さらにこの状況じゃ誤解を塗り重ねているようなものである。
ただでさえ以前から冬木のことになると態度が変わった。
飄々としている桃園が、ムキになるのは冬木が絡むことばかりだ。
完全に意識している。
(なんなんだよ、もう。冬木はただの友達だってのに)
理由が判然としなくて頭がぐちゃぐちゃになる。
あの時も今も、間が悪いとしかいいようがなかった。
やましいことなんてないのに、引け目を感じて皮膚の表面がひりひりする。
なぜこういう時に限って都合よく現れるのだろうか。
一秒一秒が長く感じて窒息しそうだった。
微妙な雰囲気が三人を取り巻くが、今さら逃れる言葉も思いつかず、弓枝の胃は重くなるばかりであった。

***

そのまま時間の経過にずるずる流されて、弓枝と桃園は冬木家で夕ご飯をごちそうになった。
彼の母親は、明るく世話焼きで、弓枝はいつの間にか冬木家の一員として食卓を囲んでいた。
まるで何年も一緒に過ごしてきたかのように砕けた雰囲気だった。
あれよあれよと目の前に季節を先取りした熱々の鍋が置かれて、帰ってきた中学生の妹や父親と共に食事をしたのである。
母親は素早く弓枝から自宅の電話番号を聞き出すと、弓枝の両親に状況を説明し、夕ご飯の許可をもらっていた。
堅物な両親は共に愛想が良くないが、電話している冬木の母親はけらけらと楽しそうに笑い、ああだこうだと盛り上がって電話を切る。
あの両親がどんな反応だったか、少しだけ興味を抱いた。
多分、冬木の母親の勢いに圧倒されて、なすがまま了承したのだろう。
彼の家族は、それぞれ個性的で賑やかだった。
あとから帰ってきた父親と妹は、他の三人に比べて大人しく、冬木たちが喋り通しているのを黙って訊いている。
だが、その表情は満足そうで訊き上手だった。
家族の中で話す側、聞く側がきっちり分けられており、これもひとつの家族の形なのだと食べながら感心する。
想像の世界にしかなさそうな理想の団らんが本当に存在するとは思わなかった。
これでおじいちゃんとおばあちゃんが出てきたら完璧に昭和の家族ドラマである。
弓枝は初めてのことばかりで、最初は気を使っていたが、その朗らかな人柄に溶けこみ、自然と会話に参加しながら食事を満喫した。
こんなに楽しいと思えた夕飯は生まれて初めてだった。
桃園はよく冬木家に招かれているらしく、家族からは「祐一郎くん」と親しげに呼ばれていた。
妹二人にも懐かれている。
桃園も人付き合いが上手いから、家族のように仲が良く、お得意の気遣いで人気者になっていた。

しかしみんなといる時は良かった。
食事が終わり、ぼんやりテレビを見たあと、家に帰るとなった時にピンチは訪れる。
桃園と二人っきりになってしまうのだ。
いや、二人でちゃんと話す機会が与えられたと解釈すれば、ピンチではなくチャンスになる。
頭では分かっているのだが、波止場で会った時のことを思い出すと、気まずいわけがなかった。
弓枝は気合いを入れ直すと、はっきりさせようと意気込む。

「んじゃ、おやすみ」
「おー、明日な」

玄関先で冬木の家族と別れ、桃園と弓枝は凛とした静けさの漂う夜の町へと歩き出した。
駅までは二人一緒である。
曲がりくねった道路は人通りもなく、アスファルトがやけに黒ずんで見えた。
住宅街は車の往来もなく、小さな路地が多いせいか、迷路に入り込んだような気になる。
桃園と一緒でなければ駅まで辿り着くことさえ困難だろう。
鍋で体が温まっていたせいか、外の風が異様に冷たくてコートが欲しくなった。
まだ昼間は比較的暖かく、コートを着る必要はないが、夜の寒さは身に沁みる。
街灯はまばらにしかなく、長く続く道の先に点を残すように明かりが灯されていた。
その明かりも息をひそめるような仄かな光だ。
錆びた街灯の下に、置きっぱなしにされた古い自転車が寄りかかっている。
前かごには乱雑に雑誌が押し込まれてあり、どれも雨に濡れたのか湿って潰れていた。
まるですべての生き物が死に絶えたような夜だ。
こういう時、普通の友人ならばどんな話をするのだろう。
共通の話題で盛り上がるのだろうが、雰囲気的にそれも憚れるようだった。

「ぷっ」

すると桃園が弓枝の心情を理解したように吹き出した。
緊張が露骨に出ていたらしく、肩が強張っていたのを見ていたようだ。
柔らかく目を細めて笑った桃園に先ほどまでの空気が和らぐ。
その労わりを込めたような眼差しに気が緩んで、弓枝は意を決して桃園を見上げた。

「あの――――」
「いいよ。無理しなくて」

弓枝の声を遮るように強く澄んだ声が闇に溶ける。
一瞬何を言われたのか理解出来なくて立ち止まった。
それに合わせるよう桃園も立ち止まる。
そして弓枝のほうへ振り返る。

カランカラン――。

二人の間に風が吹くと、空き缶が転がる音がした。
なんて寒々しい音なのだと辺りを見回すが、空き缶は見当たらない。
弓枝の視線はそのまま思い迷ったように宙を描き、最後に桃園へ向けた。

「どういう意味だ」

押し殺したような声で問う。
(無理ってなんだよ)
桃園の口ぶりからは哀れみのような同情を感じる。
だから軽く流せなかった。

「そのままの意味だよ」
「オレがいつ無理したんだ」
「いつも――だよ」

深々と冷え込む風が肌の表面を滑っていく。
それはごく小さな刺のように体へ突き刺さった。

「無理なんてしてない。オレはただっ」

(お前が気になるから)
続けようとした言葉の先をぐっとこらえる。
なぜだか、言ってしまったら取り返しのつかないことになりそうだったからだ。
しかしそれを桃園が察しないわけがない。
この鋭い男が知らぬ存ぜぬを突き通すわけがない。

「うん。弓枝は優しいね」

桃園は極上の笑みを弓枝へ捧げた。
見上げれば見事な皓月に満点の星。
漆黒に近い闇の中を照らす星々の瞬きは、何にも勝る輝かしい宝石で、ちりばめられた幾千の光が呼吸をするように強弱をつけていた。
しかしそれすら霞むほど桃園の微笑みは甘ったるくて胸焼けをしそうだった。
人間の顔なんてパーツの寄せ集めに過ぎないというのに、どうしてこうも美しいと感じてしまうのだろう。
あとほんの僅かに目の幅が離れていれば。
あと少し鼻が小さければ。
唇が薄ければ。
こんなにも華やかな顔立ちにはなっていないだろう。
まるでそれは奇跡だ。
桃園の顔に奇跡を見いだすなんて馬鹿げているが、あまりにその相貌が引きつけるから考えずにはいられなかった。
これが偶然の美というやつか。
(同級生に何を思っているんだか)
雰囲気に流されてはいけない。
顔に惑わされてはいけない。

「桃園……?」

そう。
そうだ。
外見に惑わされてはならない。
その顔を信じてはならない。
弓枝は息を呑むと、逃れるように顔を背け、思考を振り払うように目を閉じた。
美しいものには刺がある。
彼には密やかな毒がある。
(――――だって桃園はロミオじゃないんだ)
ロミオほど誠実でもなく、ロミオほど馬鹿じゃない。
桃園は己の立場を弁える人だ。

「ただの友達に戻ろうっか」

まるですべての波が引いたあとのように嫌な静けさだった。
静止する。
嫌な――と、思ってしまったのは、きっと、引いた波は必ず高さと威力を増して返ってくると分かっているからだ。
起伏のない声が、すっと胸の奥を貫いた。

「は……? なに言って」

弓枝の頭は真っ白だ。
ゆっくり考えたいのに、言葉が思い浮かばずに、意図しない声だけが息をするように漏れる。
勝手に揺れる目は、正面から桃園を見られず逃げたままだ。
桃園の言葉を上手に咀嚼出来ない。
でも声の調子だけで突き放されたと分かるから、怖くて呼吸が浅くなる。

「じゃあいつまで俺の顔色窺っているつもりなの?」
「そんなこと……してない……っ」
「俺が気付かないと思っている? この間の冬木のことや今日のことだけじゃない。最近いつも引け目を感じて不安そうにしてる」
「引け目なんて感じてない!」
「嘘。ずっと見てきた俺が言うんだから間違うわけないでしょ。だって今の弓枝は痛々しいよ。瞳の中にいつも恐れと怯えを残してる。俺、何か怖いことでもしちゃったのかな?」
「ち、違う。怖くなんか――」
「ないと俺を見て言い切れる?」

ぐいっと肩を掴まれた。
息が混ざるほどの距離まで近づかれて焦点がぼやける。
目の前の桃園は先ほどまでの微笑みを霧のように消して、目の奥には一粒の優しさも残していなかった。
まるでこの世に絶望しているかのように濁った色をしている。
覆っているのは猜疑心だというのか。
どんな嘘も誤摩化しも効かない鋭い眼差しにたじろぐ。
掴まれた肩に桃園の指が食い込んだ。
いつも優しく触れてくれる桃園とは思えないほど気遣いのない手だった。
それほど限界に達しているということだった。

「どうしたの? 言わないの?」
「っぅ」

低く艶やかな声が耳を刺激する。

「言わないとキスしちゃうよ?」

背筋が凍るほど冷ややかで色気じみた声が弓枝を脅していた。
鼓動が速くなる。
慄き震えているのか、この状況でさえ昂りを隠せないのか分からない。
どちらにせよ、抗えるわけがなかった。
だって桃園は答えを求めていない。
まるで狩りをする獣だ。
段々近づく唇に、弓枝も桃園も目を奪われる。

「……んぅ……っ……!」

屈んだ桃園が覆い被さるように顔を押し付けてくると、噛み付くようなキスをされた。
強引に唇を押し付けられて弓枝の口からはくぐもった声が漏れる。
数週間ぶりのキスとは思えないほど乱暴だった。
咄嗟に条件反射として抗い拒絶しようとするが、その前に強引に腰を抱き寄せられて体が密着した。
逃れようとしてもビクともしない。
同い年の男とは思えないほど強く力を入れているようだ。
唇の感触だけは以前と変わらず柔らかい。
唯一違うのは夜風に当たりすぎたせいで、互いに唇の表面がかさつき冷えていたことだろうか。
鼻筋に触れた吐息に鼓動が跳ね上がると、引き離そうとしていた手の力が抜けた。
強ばっていた唇も緩くなり、それを察した桃園が舌で弓枝の唇をこじ開けようとする。

「ばっ、ここっ……外で、っぅ……!」

人気がないとはいえ、いつ誰が通るかも分からない。
並んだ家には明かりが灯り、うるさくしていたら家人にも聞こえてしまう。
そんな状況で本当にキスをしてくるとは思わず弓枝は狼狽した。
桃園は何があっても弓枝の嫌がることはしない。
自分の欲を押し付けることをしない。
ぐいぐい迫ってきても、結局最後は弓枝の反応次第で彼は簡単に引いてくれた。
いつだって人目を気にしているのは桃園だ。
飄々として周りなんか気にしないといった素振りでいながらも、本当は誰より周りの目を気にして彼は動いている。
だから誰からも好かれる。
本来、人間なんて全員に好かれるわけがない。
どんな善人でいたところで、誰か一人が「胡散臭い」と言ってしまえばそれで終わりなのだ。
そもそも好きな人、優しい人というのは、自分にとって都合の良い人という前提がある。
桃園は今まで大勢の人たちにとって都合の良い人であり続けた。
弓枝にとっては気が遠くなる話だ。
(じゃあオレにとってこいつはどういう存在なんだろう)
やっぱり都合が良い存在なのだろうか。

「ん、んぅ……んっ、ふぁ……」

眼前に迫る桃園は容赦なく弓枝の咥内を蹂躙している。
ぺちゃくちゃと卑猥な音を奏でながら涎を絡ませ、舌を這わせている。
拙い街灯の下で欲望のままにキスをした。
腰に力が入らない。
経験では圧倒的に桃園の勝ちなのだ。
どんなに耐えても弓枝が敵うわけがない。
弓枝はどこかの家の壁にもたれた。
腰砕けにされていることは桃園も分かっているのに手を緩めてくれない。
それどころか益々キスは激しさを増して、角度を変えるたびに唇に吸い付いてきた。

「んぅ、ふぅ……ふっ……」

口付けの合間に漏れる吐息が悩ましげで恥ずかしくなる。
それどころか下っ腹がじんと痺れてきた。
昨日までテストということも相まって、ここ最近抜いていない。
溜まっている時にこんな刺激的なキスをされたら誰だって反応するに決まっている。

「……っ、く……ももぞっ」

するとそれを見透かすように媚びた笑みを見せた桃園が、弓枝の太腿をねっとりと指先でなぞった。
そのままゆるゆると股間に触れる。

「ん、んっはぁ……バカ、かっ……!」

息を潜めるように文句を言うが訊いてくれない。
こんなところを見られたらと想像するだけでゾッとした。
――が、それは想像だけで終わらなかった。
糸を引くような静けさの中で、コツコツとこちらへ向かってくる足音が聞こえてくる。
弓枝は血の気が引いた。
車一台が通れる程度の広くもない道端で、男同士絡み合っているところを見られてしまうかもしれない。

 

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