16

***

そうして僕と大佐は城で働くことになった。
大佐は、

「この機会にみっちり城の兵を叩き直してやる」

袖を捲るほどのやる気で、平和ボケしていた兵士たちを容赦なく扱いていた。
鬼神の異名は戦場でなくとも健在で、城からは屈曲な男たちの泣きそうな声が朝夕問わずに聞こえたという。
城内でも大佐の怒鳴り声はよく響いていた。
それでも兵士たちに慕われているのだから凄い。
彼は、質問や相談があれば丁寧に教え、稽古に付き合う時は夜まで熱心に指導した。
それだけでなく、兵士を連れて酒場で奢ったり、自宅へ招待したりしていた。
故に城にいる時の大佐は常に兵士たちに囲まれていた。
対するに僕は、エマルド様とクラウス様にピアノを教えたり、侍女や小間使いに合唱を教えたりしていた。
教会での演奏にも加わった。
大佐の家族は、カメリア行きが伸びたことにたいそう喜び、ご馳走を用意してくれた。

「あ、あの…大佐……っ」

僕だって大佐といられる時間が増えてすごく嬉しいんだ。
お互いに一度きりの契りだと思っていたのに、またこうして触れられることに悦びを感じていた。

「ん、ひぅ……ひ、人が……っ」
「心配するな。夕暮れの森には誰も入らない」
「あぁっ…んん、んぅっ」
「だからもっと君の声を聞かせてくれ」

僕らは愛する者の体温を知ってしまうと、あとは止められず、何度も体を求めていた。
互いに明日はどうなるか分からない身である。
このままでいたいと思いながら、このままでいられないことを誰より知っていた。
だから急かされるように肉欲に耽った。

「そ…んなぁ、激しくしたら…腰抜けちゃ…ぁ……!」

黄昏が迫る静寂の森に淫らな声が響く。
家族公認の仲になった二人だが、余計にそれが恥ずかしくて、大佐の家でエッチはしないことにした。
代わりに人気のなくなった森や野原で逢引する。
いけないことをしているような気になると益々興奮した。
のぼせあがった背徳感に快楽がまとわりつく。
冷静でいられなかった。
昼間、二人は城にいる。
偶然大佐に会うと、物陰に引っ張り込んでチュウしたくなる。
だって仕事中の大佐は凛々しくて格好良いんだ。
いくつもの勲章が輝く軍服を身に纏い、しゃんと背筋を伸ばした姿は、誰もが見惚れる。
侍女たちも大佐の話で持ちきりだった。
国の英雄とこんな間近で働ける機会はそうそうない。
僕は大佐が褒められるたび、自分のことのように誇らしくて嬉しくなった。
だから城の廊下で顔を合わせると、心が雀躍して表情筋に締まりがなくなってしまう。
しかし、デレデレするわけにもいかず、皮一枚の理性で何事もなかったようにすれ違った。
大佐も悪いんだ。
だって僕を見ると、必ず彼は言葉を濁すように咳払いして耳を赤くする。
その表情は胸に密かな恋心を秘めている青年の甘さと切なさが入り混じっている。
体を重ねてからの大佐は、勇ましいとか、男らしいとかだけでなく、匂い立つような色気が滲み出ていた。
真剣な眼差しや、憂う表情からは、そこはかとない艶やかさが放たれている。
引っ張り込んでチュウしたくなるのも仕方がないんだ。
誘っているのは大佐。
僕だって理性に努めようと必死なのに、目が合うだけで、その横顔を見てしまうだけで、なし崩しに揺らめいてしまう。
休暇中、ずっと一緒にいたのに、今さら触れたくてたまらなくなった。
昼間から淫らな妄想が一人歩きして大変なことになる。
視線が交わるだけで僕の頭はとんでもないことになった。
大佐の鋭い眼光にすら眩暈を覚える。
恋とはなんて感官を揺さぶる激しいものなのだろうか。
大佐も理性の限界を感じたらしく、帰路へ着く途中、僕の手を掴むと、珍しく強引に森へ連れていった。
服を脱ぐ間すら煩わしくて、ムードの欠片もなくズボンとパンツを引き下ろすと、お尻の穴に指を挿し込む。
僕は後ろからぐちゅぐちゅと腸内を弄くられた。
背後で感じる大佐の気配と、耳に響く荒れた吐息に興奮で頭の芯が溶けそうになる。
少しでも早く大佐のおちんちんが欲しくてお尻を突き出すと、二本三本に増えた指が穴を広げるように掻き混ぜた。
緩んだ尻に猛々しい大佐の肉棒が差し込まれると、もう二人は獣みたいに乱れて止まらなくなる。
そうして散々体を繋げ、火照りを静めてから家に帰るようになった。
二人だけの淫らな秘密。
それ以外の時は、互いに素知らぬフリをして過ごした。

「あ、あぁ…っ、んぅ、ふ……ぁ、ちくび、やぁ……!」

今日も同じように森で大佐に抱かれていた。
まだ寒い季節なのに、二人とも汗をかいて肌が湿っている。
体が熱くて快楽を得ることしか頭になかった。
僕は木にしがみついて大佐の責めを甘受する。
シャツの下を手でまさぐられて、その度に、鼻にかかったような甲高い声が出た。
自分が出しているのか不思議に思うくらいエッチな声だった。

「んきゃ…っ、あぁんっ、乳首潰れちゃ…あぁっ」
「乱れる君は本当に可愛らしいよ」
「や、あぁ、いじわる…しないでっ、ください……」

大佐の手で乳首をつままれるたびに胸が切ないような甘美な快感が突き抜ける。
そのたびに腰を震わせた。
初めは何も感じなかったのに、今では乳首をいじられるだけで性器を硬くしてしまう。

「はぁ、ん…ちくび弱いの知ってて…っ、くぅん」

言い途中で両方の乳首をぐいっと抓られてしまった。
僕はその衝撃に体を痙攣させると、性器の先っぽから我慢汁を垂れ流す。
それを予期していたように大佐は己の陰茎を根元まで腸内に押し入れた。
首筋に吸い付きながら甘ったるく微笑む。

「弱点を突くのは軍人として当然のことだ」
「あっ、ぅぅ…ずるいです…っ、僕だって大佐の弱点知りたいです…」

僕は振り返ると恨めしげに大佐を見上げた。
彼は軍服をきっちり来たまま、腰には剣まで差している。
なのに僕は、大佐に弄られまくって半裸同然の格好をしていた。
伸びたシャツが肩からずり落ちる。
露出した肌は男を誘っていた。
大佐は一旦体を離し、僕を体ごと正面にすると、片足を担いで再び挿入しようとする。

「ふやゃぁ…またずるずるって、はいっちゃぁ……!」

内壁が押し広げられる感触に身震いした。
大佐の逞しい亀頭が僕の締まった内壁を無理やり開いて入ってくる。
もう入らないって思うような奥まで挿入してくる。
僕は大佐にしがみついた。
片足を担がれてバランスがとれないどころか力が入らない。

「ひぅ、僕ばっかり…意地悪されて…っ、僕ばっかり…大佐が好きなんて」

弱点だらけだ。
だって大佐が触るとこ全部気持ちいい。
大佐にされること全部気持ちいい。
肌を重ねてもっと大佐が好きになった。
ただでさえ恋焦がれていたのに、もう大佐しか目に入らなくなりそうだ。

「それは違うぞ、ミシェル」
「ひゃぁ、あっ!」

すると首筋を大佐に噛まれてしまった。
痛みが下腹部に甘い疼きをもたらす。
目の前が真っ白になって、イっちゃったかと思った。

「城で君を見かけるたびに、早く抱きたくてたまらなかった。まるでお預けをされた犬だ」
「あ、あっ、んっ、く…はぁ、あぁっ」
「なのにミシェルは俺を煽るように、ことあるごとに引っ付いてくる。クラウス様の前でも構わず触れてくる。そのたびに俺の頭の中がどうなっているか、君は知らないだろう?」
「そ…んなっ、激しくしちゃ…あ、あっ…はっ、やぁ…っ…」
「……まったく、意地悪なのは君のほうだ」

大佐は空いた手で僕の未熟な性器を扱いた。
陰茎を強く上下させられて、僕は振り乱すように喘ぐ。

「…ひぁ、らって……っ、少しでも…大佐にっ、触れていたくて…っ、ぼく…!」
「そうしてまた俺の心を掻き乱すのか?」
「一分、いちびょうでも…っ、そばにいた、いっんぅ――!」

僕はそのまま大佐にイかされてしまった。
昨日もいっぱいしたのに、射精が止まらなくて、大佐の手の中に出してしまった。
ドロドロの汁が糸を引いて垂れている。
脈打ちながら精を吐き出す性器がいやらしくて目を逸らした。
それでも快感にひきつる内股が視界の端に映って卑猥な吐息が漏れる。

「ん、はぁ…ふぅ、ふぅ……」

絶頂後の気怠さに体を揺らしながら荒い呼吸を整えようとした。
だが内壁は大佐のおちんちんを締め付けている。
淫猥な気持ちが引かない。
それどころかお尻が物足りなさで寂しそうにしている。

「はぁ…はぁ…お尻でイきたかったです……」
「ミシェル」
「だって……そうしたら大佐と一緒に気持ち良くなれるから」

そう言って大佐の胸に頬ずりをすると、彼は僕の腰を抱き寄せた。

「君は本当に素直だな」
「はぅ…だって素直な子が好きだと仰ったのは大佐じゃないですか」
「ああ好きだよ。俺はミシェルが好きだ。俺の弱点は君だよ」
「……っ……」
「唯一、君には勝てそうにない」

僕を見下ろす大佐は、愛情滴る顔をしていて、人前では滅多に見せないその表情に釘付けになってしまった。
(僕が弱点?)
どんな強い敵も打ち負かしてきた大佐の、唯一の弱点が僕だというのか。
……そう、思ってくれるのか。

「何度でも気持ちよくなろう?二人で」
「ふぁ、大佐…好き、大好き……!」
「いっそのことひとつに溶け合うくらい、君と愛し合えたら幸せなのに」

大佐は僕の体を強く強く抱いた。
まるで時が過ぎるのを拒むようにいつまでも愛欲に浸った。
肉体は享楽に悦び、心は切なげに軋む。
二人の時間はそう長くないと分かっていた。

その数日後、陛下は快復されて無事に王都へ帰館された。
僕と大佐もそのあとすぐ別れた。
大佐は戦地であるカメリアへと向かった。

***

「ミシェル君、今日は君に特別な手紙を持ってきたんだ」

僕と大佐が別れて三週間ほど経った時のこと――。
王都から帰ってきたクラウス様は一枚の手紙を差し出した。
彼は最近王都とアバンタイを行ったり来たりしていて忙しそうだった。
陛下が帰館後、宮廷が騒がしくなったせいだ。
ユニウス陛下は静養を終え、王都へ戻ってくるなり大胆な改革案を提示してきた。
それまでの贅沢放蕩三昧を見直すと、質素倹約を打ち立て、内国関税すら撤廃してしまうという話だった。
仕えていた家臣や貴族たちには何の断りもなかったようで、以後、宮廷は大揉めになる。
独裁といえど限度を超えているらしく、貴族たちは横暴だの迫害だのいきりたった。
そこへ呼ばれたのがクラウス様だった。

「宛名は書いていませんが、あなたには誰からかすぐ分かると思いますよ」

円やかに目元を緩ませたクラウス様に、僕は首を傾げながら蝋で閉じた手紙を開けた。

「――――!」

それは音楽院からだった。

「これ……!」

思いがけない便りに、僕は何度もクラウス様へ確認を取るが、そのたびに彼はニコニコと頷く。
だから僕はもう一度手紙に目を落とすと、もの凄い勢いで読んでいった。

「まさか、ヤマトから……?」

宮廷音楽院の中から世界を回る演奏家を選出するとの内容で、それまで宮廷専属として城で演奏していた者たち以外に、新たな音楽団を結成させるというのだ。
すでにいくつかの国から依頼が来ているらしく、希望者はすぐにでも王都へと書かれている。
まるで僕の夢そのものが現実になったような話だった。

「この案を出したのはヤマトさんだそうですよ」
「やっぱり!だってこんな凄いことをやってしまうのはヤマトだけだ!」
「どうです?参加しませんか?」
「します!絶対に行きます」

僕は即断した。
そもそも一目見た時から迷いや躊躇いなんてなかった。
夢が叶うだけではない、ヤマトとの接点が新たに見えてきたのだ。
名無しの手紙を握りしめる。
どんな思いでヤマトはこれを書いたのかと目頭が熱くなる。
言葉にしようとするとその感動が弾け飛んでしまいそうで、大事に胸へしまった。
ヤマトに会いたくてたまらなくなる。

「そう仰ると思っていました。さ、今すぐ用意をしてください。早いに越したことはありません。馬車はもう待たせてあります」
「ありがとうございます!」

僕は深く頭を下げると、大慌てに城から飛び出した。
ドリスさんに事情を説明すると、彼女は大喜びで、道中食べられるようにとサンドイッチを作ってくれた。
おじさんも珍しく頬を緩ませると、何かあった時のためにと、お金をもたせてくれた。
とんでもない――と、狼狽し遠慮するが、その手をフィデリオが止めた。
彼の手にも金貨の袋が握られていた。
アロイスとエルザからは大切にしていた石の結晶をもらった。

「また必ず帰ってくるんだよ」
「そうだよ、ミシェル。また一緒に遊んでね!」
「絶対に戻ってくるよ!」

硬く約束をすると、それぞれと抱き合い別れる。
沁みいる感慨に、誰もが肩を震わせ惜しんでくれた。
僕も愛しさと寂しさに思わず泣きそうになってしまったけれど、決して涙は見せなかった。
最後まで胸を張って旅立つ。
我慢したのではない。
己を奮い立たせて新たな一歩を踏み出したかったのだ。

それからの日々は怒濤に過ぎていった。
僕はアルドメリア音楽団の第一ヴァイオリンに所属となった。
もちろんいまだに奇異な目を向けてくる人はいたが、もう自分が貴族だとか侯爵家の人間だとか興味なかった。
そういった雑音を遮断すると、あとはひたすら練習に打ち込んだ。
生徒だったころも同じように練習浸けの日々を送ったが、心持ちはまったく違った。
追い詰められるような焦燥感や、焼けるような苛立ちはなく、指先から伝わる手応えに真摯な気持ちで向き合う。
もっと上手くなりたい。
もっと望む音を見つけたい。
朝は射し込んだ陽の光で、夜はランプの明かりで、譜面を追いかける。
その手は止まらなかった。
(これがヤマトのためになるんだ)
王都へ着いたころ、僕は何度かヤマトに会おうとしていた。
せめてお礼が言いたかったのだ。
しかし王都へ来ていたクラウス様に止められてしまった。
他国の政治家の息子である僕が、今のヤマトと接近してあらぬ噂を立てられたら良くないという理由だった。
それほど現在のヤマトの立場は悪くなっていた。
陛下をたらし込んだ悪魔として貴族たちからは忌み嫌われていた。
貴族を迫害した張本人こそヤマトだと憎まれていたのだ。
元々悪い噂ばかりを立てられてきたが、今の彼はその比でないほど叩かれていた。
甘い汁を吸い続けてきた人間たちには、陛下のやりかたが気に食わなかった。
悲惨にもヤマトはその捌け口になっていたのだ。

「ヤマトさんのことは私が必ずお守りします。ミシェル君はそれよりご自分のことを考えてください」

僕はヤマトの身をクラウス様に託すことにした。
自分が何者か関係ないとはいえ、他に与える影響が絶大であることは分かっている。
それによってヤマトの立場がもっと悪くなるのなら手出しするべきではない。
混沌としている時こそ冷静に動くべきだ。
そこには己の恣意的感情を挟む余地はない。

「絶対に音楽団を成功させます」

僕が今出来るのは、ヤマトが作った音楽団の遠征を成功させることだ。
それによって少しでも彼の評価に繋がるのなら、これ以上喜ばしいことはない。
だから僕は自信を持ってこの国を旅立っていった。

次のページ