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おっさんとおれはその後三駅先で下りた。
彼はおれの手を握って早歩きする。
その横顔は早くおれを抱くことしか考えていない。
たまらなくて無意味に体を擦り寄せながら、おれも小走りに彼についていく。
夜のネオンひしめく歓楽街は、妖しい雰囲気を纏いながら独特の賑わいを見せていた。
客引きと思わしきボーイが看板片手に通る男性に片っ端から声をかけている。
合間にある飲み屋には、人が吸い込まれるように入っていく。
次第に昔ながらの風俗街へと進んでいくと、ピンサロだのファッションヘルスなどいかがわしい名前の店やチープな電飾で彩られた外観の建物が増えていく。
同時に歩いている人の数は一気に減って、まるでここら辺だけ深い闇に包まれているような静けさだ。
先程までの賑やかさがすでに跡形もなく消えている。
おれはキョロキョロと辺りを伺った。
(これからどこへいくのだろう)
てっきりおっさんの自宅かシティホテルでも行くのかと思っていたが様子が違った。
不審がるように彼を見上げるが、おっさんは目的地を定めているのか足取りに迷いはない。
彼は駅から続く通りから、さらに人が寄り付かないだろう暗い路地へと足を踏み入れた。
そうしてたどり着いたのは比較的大きなホテルだった。
まるでバブルの頃建てられたような古めかしく派手な外観はまさしくラブなホテルである。

「えっ、うそ!まずいって……」

見るからに子どもで制服姿のおれはラブホには入れない。
それどころか通報されかねない。
おれは少し冷静になって中へ入ろうとするおっさんを止めるが、力では敵わなかった。
引きずられるようにして中に入ってしまう。
だが、入り口脇にあったのは客室パネルで、おっさんはくまなく部屋の写真を見回した。
(なんだよ、脅かすなってば……!)
この中から部屋を選んで自動販売機のようにその場で清算したら鍵が出てくる――つまり誰にも会わずに部屋まで行くことができるのだ。
誰が考えたシステムか知らないが合理的で便利である。
だが、パネルには精算ボタンがついてなかった。
おれが不思議に思う間もなくおっさんは再び奥へと進む。
するとフロントにはご年配の女性がいた。
それに気づいて思わずおっさんの影に隠れると、彼はクスッと笑う。
動揺した姿を見せるのはなんだか癪だった。
おっさんごときが余裕ある素振りするのもむかつく。
フロントの女性はおれを見ても眉ひとつ動かさなかった。
本来なら子どもが来ていい場所ではないのに。

「ここは大丈夫だよ。アングラ界では有名なホテルらしいから」
「な、なにそれ…」
「調べたんだ。おじさん、一平君のそういう驚いた顔が見たくて、どこか一緒に入れるラブホがないかなって。そしたら沿線上にあったから、ここしかないって思ったんだ」
「なっ……」

おっさんは前々からおれを連れ込めるホテルを探していたというのか。
それを想像するとむず痒く気恥ずかしく、でも嬉しくてたまらなくなる。

「その様子だとこういうところへ来るのは初めてみたいだね。一平君の初めてのラブホがおじさんと一緒なんて嬉しいな」
「う、うるさい……!」

おっさんは締まりのない顔で会計をする。
おれは口先だけ文句を言うが、恥ずかしくてフロントの女性の顔が見られなかった。
だってこんなの、これからエッチをしますって宣言しているみたいじゃないか。
明らかに抱かれるのはおれで、男の癖に尻の穴をいいように扱われていることを知られてしまったような気になる。
元々痴漢クラブに出入りしていたが、あそこは出会いの場であり、おれは綾人君のように人前でセックスすることはなかった。
そこには微かながら男としてプライドがあり、抱かれてあんあん喘ぐ姿を見せたくなかった。
今だって別に行為を見せているわけではない。
清算をしてもらっているだけなのだ。
なのにこんな気持ちになるのはなぜか。
たぶん年配の女性というこの場にふさわしくない人がいるからだ。
いかにもなガタイの良い男性でもいれば別だったのかもしれない。
急に現実に引き戻されて自分がひどくいやらしい子どもであることを覚った。
おっさんはおれの様子には気付かず会計を済ませ、603号室の鍵を受けとる。
女性は仕事を終えると興味なさげに横を向き、あとは何事もなかったように本を取り出すと読み始めた。
手慣れた雰囲気を見るに、ここにはおれのようなイレギュラーな客が多いのだろう。
風俗街の奥にある古びたラブホがどうやって不況の中経営してきたのか現状を知り、妙に納得してしまった。

「ね?ドキドキした?」

おっさんはフロント前のエレベーターホールで心ばかりか浮かれた顔で問いかけてきた。
無邪気な顔が腹立たしく、なのに憎み切れないからずるい。
(大丈夫なら先に言えっての)
ひとりで焦っていたのがバカみたいでヘソを曲げたくなる。
とことんおれは性格がひねくれているんだ。
第一にこの年齢で野郎共から金を巻き上げてきた自負もある。
されっぱなしは割に合わなかった。
だから仕返ししてやる。

「うん、でもドキドキが治まらないから、ここでチュウして?」
「はっ?」

おれはそういうと猫撫で声で囁き、おっさんのほうを向くと、甘えるようにキスをねだった。
無論、軽くチュっとするだけでは許したくなくて、口を微かに開けると舌を突き出した。

「え、…や…でも…」

おっさんは慌てた様子で何度もフロントへ振り返る。
女性は気にした様子もなく読書に没頭している。
それでもさすがに人前でキスするのは憚れるようだ。
とはいえ、先ほどまで大勢いた満員電車内でちんこを挿れたあげく中出しまでしやがったのはどこのどいつだというのか。
(こっちは精液の感触を覚えさせられたあげくディルドまで入ってるのに)
歩くだけで玩具が腸壁に擦れて大変だったのだ。
もはやパンツどころかズボンはぐちゃぐちゃ。
夜だから目立たないものの、昼間だったら完全にお漏らし小僧だ。
断続的に快感の波がやってきて治まらない。
ペニスへの刺激ではないからか。
男性器の場合、射精の瞬間が最大の快感で、そのあと急に潮が引くかのように落ち着くと、少しばかり快感に耐性がつく。
次の射精まで出すのに時間がかかるため、感度が鈍くなるのだ。
それ故に早漏なんかは挿入前に一度出すことで長く持たせようとするのだが、おれの場合はペニスと尻の両方でイった。
いや、ちゃんとちんこでもイけたのか記憶は曖昧である。
それくらい中出しの感触は強烈だった。
まだ下腹部を触ると変な感じがする。
でも射精はしているので、一応快感の波は鎮まったはずなのだが、なぜか体の火照りはひどい。

「ん、あ…早くチュウしてくんないからヨダレが垂れちゃったじゃん…」

口を開けていたせいで端から涎が垂れてしまった。
その様子に我慢ならなそうなおっさんは唇を噛み締めている。
まるで飢えた犬だ。
だが、忠誠心のある犬と違うのは煽りに弱い点だろうか。

「……舐めて?」

おれは目を細めると涎の垂れた口許を指差す。
おっさんは辛抱たまらんといった表情でおれの腰を抱き寄せると、顔を近づけてきた。
キスする気満々の顔をしている。

するとその瞬間エレベーターが開いた。
待っていたエレベーターがようやく到着したみたいだ。
おれは手のひらを返すようにおっさんから離れると、何事もなかったかのようにエレベーターへ乗り込んだ。
シレッとした態度は我ながら性悪でウケる。
いやいや、演技派なんだ。
第一に最初に謀ったのは彼である。
おれは気分良くエレベーターに乗り込むと六階のボタンを押した。
――が、続けて乗ってきたおっさんに腕を掴まれ、引き寄せられてしまった。
足元がぐらつく。

「おっさ――…んんっ…!」

そのまま声が掻き消されるように激しく口を吸われる。
彼は息付く間もなく涎の垂れた口許をペチャクチャと舐め回し、強引に舌を入れてくる。
なんて乱暴なキスだ。

「んっぅ!ちゅっ…んっ、んぅ……」
「ん、んっ…一平くっ…一平くんっ……」

おっさんは荒々しいキスをしながらエレベーターの閉じるボタンを連打した。
古いせいか反応は鈍く、少しの間、静かなエレベーターホールおよびフロントにキス音が響く。
おっさんはもうフロントの女性のことなど頭にないのか、おれの口の中を蹂躙することしか考えていない。
ようやくドアが閉まったと思ったら壁に押し付けられ、貪るように口付けられた。
(…はぁ、えっろー…)
おれは抗わずになすがまま享受する。
むしろこんなに濃厚なキスをしてくれると思わず、不覚にも胸がキュンとしてしまった。
今日はマジでいつものおっさんと違う。
そこにはおれを堕とすという明確な意思があった。
狭いエレベーターの中で淫らな音が響く。
おれはたまらずおっさんに抱きつくと首に手を回した。
もっと深く交わりたくて角度を変えながらキスをする。
いや、キスなんて綺麗なものより下品で荒々しく性的だった。
歯が当たろうが、二人とも顔中が涎まみれになろうが離れない。
いつ息を吸っているのかも分からないほど激しい口づけだった。
次第におっさんへの愛しさが増して、首に回していた手を後頭部へ移動し、撫で回すと少しの距離も惜しむかのように引き寄せる。
そのせいでおっさんの髪が乱れようが構わなくて、今はただ唇と舌と手のひらで彼の感触を味わいたかった。

「好き…っちゅっ、はぁ…一平く…っ…」

おっさんはおれの身長に合わせるかのように屈んでくれた。
それでも背伸びせざるを得ないおれの足をいやらしい手つきで触れる。
その手は躊躇いなく尻へ到達し、ふくよかな双丘を揉みまくったあと、ディルドの入った尻の穴へと触れる。
持ち手部分がほとんどないディルドは、根本まで入れてしまえば、外側からは分からない。
数センチの持ち手がズボン越しに触って分かるくらいだ。

「んあぁっ、…動…かすなぁ…っ!…」

おっさんはパンツに手を突っ込むとディルドを動かし始めた。
履いたままのズボンではキツくて抜いたり入れたりすることが出来ない。
代わりに挿入したまま円を描くようにねっとりと回す。
ついでに電源を入れやがって、ディルドはグニグニと不規則に動き出した。

「おひり…っ……ちゅっぷっ…んぅっ、んっ……ひろがっちゃ…ぁっん!」

文句を言おうとしても唇を塞がれてしまう。
さらには服の上から勃起した男性器同士を擦り合わされて意識が飛びそうなくらい気持ち良かった。
ありとあらゆることがどうでも良くて互いのことしか見えない。
(どこでこんなテクニック磨いたんだよ!)
いや、きっとおっさんのことだから無我夢中で本やネットを漁ったに違いない。
だって加減が分かってないんだ。
セックスしまくってるアホはそこら辺意外とスマートで、荒々しい中にもキチンと加減を考えてくる。
駆け引きで翻弄し、体を虜にしようとしてくるのだ。
おれはそういうのに慣れていて、むしろ白けるくらいに思っていたから、なりふり構わず求めてくるおっさんが可愛くて受け止めたくなる。
だからおれからも舌を絡めたし、ちんこも擦り付けた。
そしたら益々体は暴走しちゃって、今度はおれのほうが無我夢中で欲してしまった。
唇が腫れるんじゃないかと思うくらいおっさんの唇に吸い付いてしまう。
もう蛭になったみたいに離れなくて、漫画に出てくる擬音みたいにチュウチュウ音がしていた。
いつの間にか顔中にキスをしまくっていて、全然余裕なんかなかった。
むしろ記憶も朧げなくらい恍惚としていて、二人ともどれくらいそんな風にイチャイチャしていたのか覚えていない。
この時実はすでに六階へ着いていたし、ドアも一度開いていた。
でもそんなことも気づかないくらいおっさんとのキスに酔っていた。
(クチってこんな気持ち良いもんなんだな)
本当に性器みたいだ。
さほど粘膜接触には興味なくて、今までキスも適当だったから気付かなかった。
お互いを食らいつくように咥内を犯し、唾液を飲ませ合うだけでヤバイ。
ちんこがビクビク震えていつ射精してもおかしくなかった。
だからエレベーターが再び動いたことにも、四階で止まったことにも気付かなかった。

「うおっ………」

四階でエレベーターのドアが開いた瞬間野太い声が聞こえて、おれとおっさんは目だけそちらへ向いた。
するとそこには若いカップルがいた。
行為を楽しみ帰るところだったようだ。
男はかなり厳つく、どうみてもカタギには見えない。
開いたシャツの首筋からは微かにタトゥーが見えた。
この場合は刺青といったほうが正しいかもしれない。
女も派手な化粧に露出度の高い服を着て、一般人に見えなかった。
(……なるほど…)
アングラで有名というのは本当みたいだ。
なら遠慮する必要はない。

「んっ、…ふぅっ、んちゅ…へぁ……」

おれはカップルが乗ってきたのも構わずキスをし続けた。
口許どころか胸元まで涎でベタベタさせながらも止めない。
おっさんもおれに求められてやめる気配がなかった。
行為を見せつけるように舌で舐め合い、性器を擦り合わせ、尻を弄られる。
本来おれくらいの年齢の子どもなら一方的にヤられている側だ。
だが、むしろ乗り気なのはこちらのほうで、おっさんにしがみつきながらキスをねだっている。
狭いエレベーター内ではディルドの動いている音とちゅぱちゅぱとしたキス音、それに濃厚な精液の臭いでいっぱいだった。

「んっちゅっ、はぁ…もっ…唾液のま…へてっ……んっ、ぅ…」
「すきっ、一平くっ…んちゅぅっ、はぁ…んぅっ…」
「あっんぅ、ちゅっ…おくちで…せっくす…してるみたい…んんぅ……」

再び流し込まれるおっさんの唾液を歓びながら飲み干し、代わりに自分の唾液を飲ませてやる。
ディープキスを他人に見せびらかす羞恥心と快感は、未知なる世界だった。
電車内では見つからないように息を押し殺していたが、今は煽るような気持ちで大胆になっていく。
度を越えた行為だったせいか、男はおれたちに絡むことなく黙って一階のボタンを押した。
その後は一階に到着するまで気まずそうに階数表示を見つめていたが、男が微かに勃起していたのを見逃さなかった。
それを見て勝ったような気になるのはなぜか。

「はぁ、はぁ…あーあ、見られちゃったね」

カップルが出ていったあと改めて六階のボタンを押した。
おっさんはおれと離れたくないのか、その間も後ろから抱き締めてくる。
彼はあれだけエロいチュウをしたのに、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
そのわりに勃起した性器を人の尻に擦り付けているのだが。

「バカ。尻に当たってるってば」
「だって早く一平君の中に入りたい。セックスしたい…。さっきまでの一平君、すごく可愛くて、おじさんのちんこ限界だよ」
「…やっん、ナカの玩具が響くんだってのっ」

相変わらず動き続けるディルドと相まって腸管が締まる。
だが、おっさんのちんこを奥まで挿れられた衝撃に比べれば半端な刺激で、イくことは出来なかった。
パンツの締め付けで性器は痛いし、まさに蛇の生殺し状態だ。
早くセックスしたいのはおれだって同じだった。
(まぁ、口に出しては言ってやらないけど)
おっさんを安易に喜ばせるのは悔しい。
そこら辺の天の邪鬼ぶりは簡単に治らないようだ。

「ほら、六階についたよ」

おれはエレベーターが開くとおっさんを促すように歩いた。
部屋が近づくほどに二人の息が荒くなり、心拍数は速くなり、体温が上がっていくのを感じる。
人間はおかしなものだ。
扉を一枚挟んだだけで、簡単に理性を破り捨て、獣になり下がれるのだから。

「い、一平君っ…!」
「あぁん、も…っ…性急すぎっ…!」

おっさんは部屋に入った瞬間にケダモノの如く襲いかかってきた。
まだ靴すら脱いでないのに抱き締められて押し倒されそうになる。

 

 

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