5

「なにが嫌?」
「…………」
「なんだよ」

問うが今度は無言になる。
経験豊富なら、こういう時にどういった態度で接すればいいのか分かるかもしれない。
だが、まだ子供の彼にそこまで求めるのは酷な話だ。
たとえ空気が読めても好きな人を前にして思い切った行動なんてとれない。
有無を言わさず抱き締めるなんて高等技術を使えるわけない。
そんな大博打が出来るほど余裕はなかった。

「は、離れるのはもっと嫌だ」
「えっ?」

すると丸尾はありったけの勇気を振り絞って宇佐美を見た。
それが何を意味するのか分からないほど鈍いわけでもない。

「す、好きだから。オレも……宇佐美が好きだから……離れたくない」
「丸尾」
「もも、もし宇佐美が嫌じゃなかったら……もっと触れて欲しい」

丸尾は必死だった。
力いっぱい握った服はどんなことをしても離れないだろう。
彼の性格上、求めるという行為がどれだけ難しいものか宇佐美も分かっているはずだ。
ただでさえ自分の気持ちを吐露するのが下手くそなのに。

「これ以上近付いたら心臓が止まるんじゃないのか」
「いいっ。心臓止まっても……いいから……離れないでよ!」
「……っ……」

丸尾の言葉に自制が利かなくなって、気付いたら彼を抱き締めていた。
もう拒まないのか腕の中で大人しく身を任せている。

「ああもう。なんでお前は不意打ちで可愛いことすんだよっ」
「し、知るか……ただっ、宇佐美が素直になれっていうから……オレはっ……」
「はぁ……そう言って、結局いつも振り回されるのはオレなんだ」

この何週間、どれだけ丸尾の言動や行動に掻き乱されてきたか。
なのに気持ちは高揚していて、幸せだから複雑なものだ。

「ごめん」
「謝るなってば」
「だって迷惑ばっかりかけているような気がして……」
「振り回されて嫌だなんて言ってない!嬉しいから困っているんだよ」
「う、宇佐美……」

お互い心臓の音がうるさくて、このままでは本当に止まってしまうかもしれない。
だけど温もりが恋しくて体を離せなかった。
思っていた以上に丸尾が好きだったのだと自覚する。
恋は突然で、未知数だからやっかいだ。
知らない間に翻弄されて、気付けば深みに嵌っている。
まさか丸尾をこんなに強く想うようになるとは思わなかった。
それは丸尾自身も同じである。
だが、正反対の二人が惹かれあうのは当然なのかもしれない。
自分に持っていないものを得ていることが、羨ましくて新鮮だった。
違う価値観も理解すれば、新たな刺激になる。
丸尾の生真面目で不器用だけど純粋な鈍感さが愛しかった。
言い合いになれば腹立つのに、居ないと寂しくて退屈になる。
どっちにしろ心を掻き乱されて気付けば丸尾のことを考えていた。

「宇佐美……」

二人はぎこちなく見つめあうと吸い込まれるようにキスをする。
触れるだけで精一杯のキスだ。
なのに心は満たされて広がっていく。
(もっと、もっと……もっと)
宇佐美は抑制できずに、何度も求めてしまった。
それに応える丸尾は健気に受け入れる。

それから丸尾の部屋に行くのに時間は掛からなかった。
静まり返った家に手を繋いだ二人の影が過ぎる。
塵ひとつ落ちていない彼の部屋は、丸尾らしくておかしかった。
清潔感溢れるふかふかなベッドにもたれるよう倒れこんで、お互いの体を触りっこする。
時折ベッドが軋んだ。
徐々に大胆になる宇佐美は、指や舌で丸尾の体を愛撫する。
その度に、彼はか細い声をあげた。

「はぁ……っ丸尾……」
「んく、宇佐美……」

大人の真似事のように絡み合う体はぎこちなくも真剣だった。
服の隙間から滑り込ませて触れた肌の熱さに興奮しながら、忙しなく這わしていく。
火照りが治まらない体を持て余した二人は、無我夢中だった。
恥ずかしくて明かりを消したままの室内に、強い西日が射し込む。
丸尾は色白で女みたいに艶やかな肌をしていた。
完全に欲情している宇佐美に抑制出来るはずもなく、至るところに口付ける。
初めてのことで、どう反応していいのか戸惑う丸尾の心情が伝わってくるから、余計に愛しくて止められなかった。
二人はとっくに硬くなった性器を重ねて拙く動き始める。
要領悪くて、たどたどしかったが、興奮していてどうでもよかった。
大人には内緒の行為であることは、なんとなく理解している。
だから貪欲に腰を押し付けあった。
我慢できなくて甘い声が漏れる。
こんなに気持ちの良いことがあるとは思わなかった。
一番恥ずかしい部分を晒すどころか、擦り合わせている。
溢れたガマン汁が、ねばっこい感触を残して、煽った。
その間もキスがやめられなくて、何度も唇を重ねる。
丸尾の顔は真っ赤で泣きそうだったが、宇佐美も余裕のない顔をしている。

「あっ……あぁっ、う……変だよぅ、宇佐美っ……んぅ、はぁ……っ」
「ん、丸尾……っ、丸尾……!」
「くぅんっ、宇佐美ぃ……っ……はぁあ……うぅっ……」

慣れない快感に戸惑う丸尾は、必死にしがみ付いて耐えていた。
その姿が可愛くて、胸を弾ませる。
がむしゃらな動きが興奮を煽り、二人は夢中だった。
無論、一度で治まるはずもなく、さらに深く交わろうとする。
宇佐美は丹念に丸尾の尻の穴をほぐし、柔らかくした。
初めて排出器官に触れられて彼は信じられないといった顔で凝視する。
途中あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆ったが、指と指の隙間から隠れるように覗いていた。
その様子があまりに可愛くて、丸尾の太ももに口付ける。

「わわっ……ん、なんだよっ急に……」
「別に」
「はぁ、んっ……まだそれするのか?」
「もう少し。初めてなんだからちゃんとしないと痛いと思う」

三本指が入るほど拡張されたアヌスに、丸尾はビクビクと痙攣しながら声を抑える。
宇佐美を不服そうに見つめ、文句でも言いそうな雰囲気だ。
不思議に思った宇佐美は問いかける。

「なに?」
「…………」
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えって」

すると丸尾は彼の手を掴んだ。
なぜか泣きそうで首を傾げる。

「な、なんでそんなに手馴れているんだよ」
「は?」
「オレなんて何にも知らないのに、なんでこんなこと知っているんだ?宇佐美は初めてじゃないのか?」

不安そうな声色に「はぁ?」と、聞き返そうとするが、丸尾の不安に気付くと苦笑して頬に口付けた。
「こっちは真面目に聞いているのに!」と怒る彼をよそに笑ってしまう。

「初めてだよ。当たり前だろ」
「嘘だ!」
「なんで丸尾なんかに嘘を吐かなくちゃいけないんだよ」
「酷いぞ。ま、丸尾なんかって!」
「突っかかるのはそこか」

威嚇するように起き上がる丸尾の肩を掴んで強引に押し倒す。
相変わらず分厚いメガネが、差し込む日に反射して光った。
丸尾は上体を倒されて動揺するが、無視をして覆い被さる。

「手馴れているなんて……ましてや余裕なんてあるわけないだろ」
「……っ……」
「……調べたって言ったらどうする?」
「え?」
「丸尾とこういうことしたくて、勉強したって言ったら」
「あ……」

意味に気付いた丸尾は瞬間的に顔を真っ赤にする。
鈍くてもこれぐらい言えば誰だって気付くだろう。

「お前の得意なお勉強だぜ」
「な、なっ……」
「こう見えて必死だったりするんだぞ。もし丸尾に拒絶されたらって思えば怖くて何も出来なくなる」

それでも触れたい欲求が募って爆発しそうだった。
初めての興味・興奮が媚薬のように溶けて大胆にしてしまう。
宇佐美は丸尾のアヌスにペニスを押し当てた。
擦りつければ性器の熱さに体が火照る。

「宇佐美、ごめん」
「だからあやま――」
「でもっすごく嬉しい!」

すると丸尾は宇佐美の首に手を回して引き寄せた。
体が重なる。
ベッドに手を着かないと、このまま押し潰してしまいそうだ。
戸惑う宇佐美の首筋に甘い吐息がかかる。
肘をついて顔を離せば丸尾が幸せそうに微笑んでいた。

「好き。オレ、宇佐美が大好き」
「っ!」
「だから宇佐美が知っていること、オレにも教えて?」
「ま、丸尾……」

彼の笑顔に免疫のない宇佐美は照れて固まってしまう。
だけど体は正直で、先程より硬さを増したペニスが丸尾の中に挿入りたくてウズウズしていた。
我慢できずに唇を重ねると、足を開いて挿入の体勢になる。
内部の圧力に負けないように押し付けながら進めると、丸尾の顔は苦痛に歪む。
途中で止めようとすれば、首を振って続きを促した。
その健気な姿が愛しくて、様々な場所にキスを落としながら行為を続ける。
無事に根元まで挿入すると、丸尾の内部は熱さとキツさでこの世のものと思えない感触だった。
むしろペニスは痛いぐらいで、強張った体を緩まそうと必死になる。
丸尾の萎んだペニスを扱けば、内部はさらに熱さを増した気がした。

「あ……っ、あぁっ……」
「んはぁ……ここか?」

ある部分を擦れば、彼の上擦った声が漏れる。
その声に自ら驚いたのか、困惑した丸尾と目が合った。
宇佐美はしつこくそこを擦る。
その度に、彼の体は敏感に反応して淫らに揺れた。
同時に内壁がぎゅっぎゅっと締め付けて、宇佐美のペニスを包み込む。

「んんぅ、だめっ……そこ突かれると……声が勝手に…っ…」

丸尾は嫌だと首を振りながら、受け入れた。
いつの間にかペニスは元気を取り戻し、宇佐美の下っ腹に擦れる。
突き上げると、静かな部屋に二人の荒い息遣いが響き渡る。
普段からは想像出来ない程甘い声に、夢中で腰を動かし貪った。
どんどん反応がいやらしくなって宇佐美を釘付けにする。
(あの丸尾がこんなにエッチな声を出すなんて……)
ギャップがたまらなくそそる。
恥じらいに戸惑い、嫌がりながらも宇佐美の腰に足を回してねだっている。
初めての経験に何も分からない彼は与えられるがまま快楽を欲した。
その従順さが愛しくて、気持ちが昂ぶる。

「はぁ、あぁっ……う、さみっ……おれっおかしくない?……こんなっ、声出して……気持ち悪くっ……ない?」
「どうして?ん、はぁ……すっげー、えっちで可愛いぞ……」
「くぅぁ……あぁっ、やだ……っ、エッチなんて言うな……っオレ、こんなことされちゃったら……忘れられないっ!ほんとは、恥ずかしくて……早く忘れたいのに……っ」

あれだけキツかったアヌスはトロトロに蕩けていて、いやらしい水音がした。
丸尾のガマン汁が垂れて陰嚢を汚し、粘っこく糸を引いている。

「はぁ、はぁっ……オレだって忘れられないよ。むしろ明日から顔を合わせただけで勃っちゃうかも……」
「ば、馬鹿か!そ……そんなっ、オレも……っんぅ……」
「オレも?」
「ひぁ、あぁっ……んんぅ、ふ……オレも……次、宇佐美に会ったらっ、あぁっん……きっと、勃起しちゃう……っ」

無理やり言わされる形で本音を言ってしまう。
だがすぐさま正気を取り戻して「違う!今のは忘れろ!」と言い返してくる丸尾が面白かった。
段々とお互いに理性の箍が外れて、普段ならありえないことを口走ってしまう。
宇佐美さえ、少女漫画のイケメンも真っ青なクサイ台詞を言って後々悶絶することになる。

「んぅ、こんないやらしい顔……っ、絶対にオレ以外には見せるんじゃねーぞ」
「あぁっあ……あ、あぁっ……宇佐美っ……う、さみ……ぃっ……」
「お前は、オレのもんだ……っ……」

それでも丸尾の胸はきゅんきゅんして幸せそうだからいいのかもしれない。
二人だけの世界とはよく言ったもので、お互いメロメロだった。
始めはあれだけぎこちなかったキスも、徐々に慣れていけば大胆になって貪るようなキスに変わっていく。
その合間にはこっ恥ずかしい睦言を囁き合って、身も心もひとつに蕩けあった。
とっくに門限の五時さえ忘れて、情事に夢中になった二人を止められるはずがない。
何度果てても治まらず、体中精液まみれになりながら交わるのをやめない。
後ろから激しく突き上げたり、丸尾を上に乗せて乱れるさまを観賞したり、延々と痴態を続けた。
ようやく我に返っても、触れていたい欲求は抑えられず、もうやめると言って入った風呂でもセックスをしてしまった。

「はぁっぅ……うさみぃ、オレのおしり……もういっぱいだよっ……」
「くっ、悪い……でも丸尾を見ているだけで、我慢できなくてっ」
「……あっぅ、んっ……いいよっ?……オレも、もっとしていたいから……あぁっ、はぁ……宇佐美が満足するまで、していいよ……ぅ……」

シャワーを浴びながら、また丸尾のアヌスに精液を出してしまった。
だいぶ量が減ったにもかかわらず、興奮は治まらない。
丸尾も一緒で、尻の穴から白濁液を垂らしながら、宇佐美の体にしがみついた。

「んぅ、良かった……今日、お母さん遅くて……」

そう言った丸尾の顔は、今まで見たどの表情より色っぽくて、ゴクリと息を呑む。
もちろんそれだけに留まらず、宇佐美は彼のアヌスを犯して唇を奪った。
とっくに日が沈んだ室内は薄暗くて、シャワーの音と甘ったるい喘ぎ声だけが漏れている。
彼の母親が帰宅するまで、その声が止むことはなかった。

翌日、宇佐美は緊張と動揺で眠れなかった。
目の下に隈を作りながら、学校へ向かう。
昨日はあの後家に帰ってこっぴどく母親に怒られた。
当然である。
だが、それまでの情事に夢見心地でほとんどお説教を聞いていなかった。
お蔭で今日から一週間、放課後はまっすぐ帰ることを命令されている。
それでも後悔はなくて、むしろ学校で丸尾に会ったらまずなんて言おうか、そればかり考えていた。
何せ、恋人になって最初の日である。
落ち着かなくて、家を出る前に二回風呂に入って三回歯を磨いてしまった。
結局出るのが遅くなって、案の定遅刻ギリギリに学校へ着きそうである。
徹夜で走るのはしんどくて、教室に着くころにはフラフラになっていた。
それでも楽しみすぎて足取りは軽い。
なんとかクラスに着けば、今まで空席だった席に少年が座っていた。

「おはよう」
「おはよ」

丸尾だ。
その新鮮な喜びに胸を高鳴らせるが、平常心を装う。
ぎこちなく隣の席に座るが、丸尾は問題集を解くのに夢中でこちらを見なかった。
それどころかいつもとまったく変わった様子がない。
丸尾のことだから意識しすぎて恥ずかしい状況になるものだとばかり思っていたせいか、当てが外れてがっかりする。
それを悟られたくなくて、ランドセルを置いたらいつもの友人たちの輪に加わろうとした。
すると服の裾をぐいっと掴まれて、振り返る。

「あ、のさ……」

相手は無論丸尾で、なぜか真剣な様子で宇佐美を見上げた。
声をかけたくせに口篭って中々続きを話そうとしない。
(な、何を言い出すつもりなんだ)
予想が出来なくて宇佐美は黙ったまま丸尾を見下ろす。

「昨日……あれから色々考えたんだけど……」
「うん」

(昨日?考えた?)
フレーズから連想する言葉はあまり良い予感がしなくて、思わず冷や汗が流れる。
(まさかやっぱり男同士っていうのは嫌だったのか?気持ち悪いってことか?)
宇佐美だって年頃の男の子で、これから甘い学園生活を夢見るのは当然の話である。
しかし丸尾も同じであるとは限らず、宇佐美と別れたあと冷静になってこの現状に危惧してもおかしくない。
丸尾が生真面目な人間なら、なおさらだ。

「やっぱり、恋人同士っていうのは――」
「…………」

宇佐美は内心ひどく動揺しているのを隠すように手を握る。
窺うように見つめる丸尾の視線が痛かった。
こういう時こそ空気を読むべきで、その空気は限りなく重い。

「……名前で呼ぶべきだと思うんだ」
「は」
「だからさ、宇佐美のこと……楓だから、かーくんって呼んでいい?」
「はあああぁぁぁ!?」

一瞬、呼吸が止まった。
しかし次の瞬間には、脱力感と共に苛立ちが募って青筋が浮かぶ。
目の前にいる丸尾は宇佐美の反応に気付かず、恥ずかしそうに「えへへ」なんて暢気に笑っているからなおさら火に油を注いだ。

「なんだよっお前!朝から紛らわしいこと言ってんじゃねぇ!!」
「はぁ?なに勝手に怒ってんだよ!こっちは勇気を振り絞って提案をだな――」
「大体かーくんってなんだよ!馬鹿か!今時そんな名前で呼ぶやついるわけないだろ」
「なに!?せっかくオレが夜通し考えた名前を否定するのか!なんてやつだ」
「ふざけんなっ」
「なんだと!」

言い返す丸尾も負けておらず、立ち上がった二人は睨みながら言い合いを止めない。

「馬鹿じゃねーの!」
「あっ、またオレを馬鹿って言ったっ」
「馬鹿だからだよ。ばーかばーか!」
「くぅっ……だから馬鹿って言う方が馬鹿だって言っているだろ!つまりお前が馬鹿なんだ」
「丸尾に言われたくないね!」
「その言葉、丸々宇佐美に返してやる!」

その間にチャイムが鳴った。
クラスメイト達は二人を尻目に席に着く。
騒ぎを訊きつけた先生が慌てて教室に入ってくると、胸ぐらを掴み合っている二人に呆れてため息を吐いた。

「はぁ。また宇佐美と立川か。……二人ともいい加減にしなさい!!」

END