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「勝手に決めるなよ」
「だって俺の内部は、さっき言ったみたいにヘドロみたいなんだよ。表面上、軽く笑っていながら、重くて気持ち悪いの。こんな俺、知られたら絶対に嫌われると思って隠し続けてきた。とてもじゃないけど言えやしなかった。弓枝に嫌われるなんて考えるのも怖かったんだ。だから嫌われる前に離れてしまえいいと思った」
「――で、昨夜のようなことになったのか」
「左様でございます……」

桃園は叱られたみたいにシュンとしてしまった。
先ほどまでの勢いなど欠片もなく、もたれるように身を寄せる。
弓枝は盛大なため息を吐いた。
彼はそれに反応してビクリと震える。
(何を怯えているんだか)
これじゃ立場が逆だ。
桃園は誰からも好かれる人気者で、普段から女子にキャーキャー言われている。
そんな男が、クラス一地味で空気な生徒に何を恐れるというのだろうか。
(自分の使い道が分からないやつだな)
弓枝は桃園を不憫に思った。
何をやっても簡単にやってのける彼が、本当に大切なことに怖じ気づいている。
多分、両親にも雛子にも構ってもらえなかった過去が関係しているのだろうが、自分に自信がないのだ。
手を伸ばせば届くところに望むものはあるのに、今いち自分を信用していないから伸ばすことが出来ない。
もっと自惚れていいんだ。
もっと自信を持っていいんだ。
物欲しげに見ているだけじゃなくて、求めていいんだ。

「言えよ」
「弓……?」
「お前の望みを口にしろ。そしたらオレが全部叶えてやる」

弓枝は桃園の頭を優しく撫でた。
指に絡む金色の毛は風が吹くたびに心地良く揺れている。

「お前がオレをぐるぐるに縛って閉じこめたいならそうするし、冬木と口を訊くなって言うなら、一生喋らない」
「そんな……俺が、そんなこと本当に望むわけ」
「だったらちゃんと言え。俺は冬木と違って察して対処するなんて甘やかしはしねーぞ」

弓枝は桃園の肩を掴むと体を引き離した。
瞳に狼狽を漂わせた桃園と目が合う。
彼はじっと見つめて早く言えと催促した。
すると桃園は、しばらく間があったあと恐る恐る、

「これからもずっと俺と一緒にいて下さい」

と、真剣な顔で呟く。
柔らかな風が二人の間を吹き抜けていった。
休日、部活動に励む生徒の声を遠くに訊きながら二人は見つめ合う。

「ばーか」

弓枝は呆れたとでも言うかのように鼻で笑うと、

「なんでいきなり敬語なんだよ。大体、そんなの願いのうちには入らないだろ。オレだって同じことを思ってるっつーの」
「弓枝」
「お前オレの気持ち舐めんなよ。桃園の性格が歪んでるなんて百も承知で好きになったんだ。別に、格好良くてサラリと何でもこなすだけの桃園なんか興味ないんだっての!」
「……………っ……」
「都合が良いから好きになったんじゃない。一緒にいて楽しいから好きになったんじゃない。それだけなら友達で十分なんだ。だったらお前より冬木といたほうが理に適ってる。でもオレは桃園を好きになった。側にいると緊張するし、ちょっとしたことで不安になってイライラして落ち着かないけど、そんだけお前の存在が大きいんだよ。自分で言ってただろ。興味ない人間には好きも嫌いもないって。オレも同じ人間だったよ。だからクラスメイトの名前すら覚えず、今まで適当にやりすごしてきた。でもお前は違う。胸が苦しくなるのも、恥ずかしさに消えたくなるのもお前が特別だからなるんだよ。心臓に負担がかかっても桃園の側にいたいんだよ」

弓枝は早口でまくしたてた。
これほど己の感情を開けっぴろげにしたことがないほど言いきった。
弓枝と桃園は同じだったのだ。
辿った道は違えど、同じように人と関係を作ることを諦め、知ったかぶりをして逃げていたのだ。
どうせそんなもんだ、面倒だ――なんて、まだ生まれて十数年しか経っていないくせにどの口が言うのだろう。
己が未熟だと分かりもしない者ほど達観しきった風に悟る。
本当は目を背けていただけで、それを言い訳にしていただけなのだ。
自分が傷つかずに生きていく方法はいくらでもあるし、そのほうが賢く生きているつもりになるかもしれない。
上手く世を渡っているように錯覚しているかもしれない。
それが間違いなんて否定しないが、だから他人はどうだとか、世界はどうだとか、己の物差しで決めつけるのは幼稚すぎやしまいか。
経験に捉われるより今を信じたい。
いや、今を信じなくては、何も始まらないのだ。

「何度も言ってるだろ。桃園が好きだよ」

弓枝はしっかりと彼を見つめた。
言い聞かせるように優しく、はっきりと言いきった。
言葉だけで世界を救えるとは思わなかったが、桃園の心の重荷を少しでも背負ってあげたかった。

「だから――――んっ」

続きは言わせてもらえなかった。
桃園が後ろから覆い被さってくると唇を重ねる。
だが、昨夜のように噛み付くようなキスではなくて、とても優しい気持ちがほぐれるような口づけだった。

「ごめ……もう、我慢出来ないよ」

桃園は本当に申し訳なさそうに、弓枝の体をなぞり始める。

「んっ、ん……」

彼の手が自分の肌の上を這っていく感触に、媚びたような声が無意識に出てしまった。
それが桃園の心に火をつけたのか、ごくりと息を呑んでいる。
押し付けられたズボンの前は膨らんでいて、弓枝は、

「ばっ、ここ学校! しかも屋上! 外だよ。何発情してんだよ」
「っていうか、弓枝さっき俺に酷いことしていいって煽ってたじゃん」
「さっきはさっき。お前もうとっくに練習再開している時間だぞ。オレだって完成した台本をみんなに――」
「いいから黙って大人しく抱かれなさい」

桃園はどうやら調子が戻ったらしく、いつもの胸焼けするほど甘ったるい顔を晒した。
どの場面で極上の微笑みを見せてんだよと内心悪態をつく。
桃園とこうなるのはまだ二度目である。
しかも前回した時と、もう半月ばかりあいてしまっている。
弓枝は緊張と恥じらいから頭が真っ白になった。
初心な生娘を演じる気がなくても、反応がいちいち幼くて経験のなさが露呈される。
ずっと触れて欲しかったのに、いざそういう時になると困惑するのが情けなかった。
その間に桃園の手がシャツの中へ入ってきた。
どうやら本気のようで真剣な顔をして体を重ねてくる。
肌が触れただけで体が燃えるように熱くなってきた。

「や、んっ、下から……見えるぞっ……」

柵の下には大勢の生徒が部活動に勤しんでいる。
痴態を見られたらと思うと、それだけで落ち着かなかった。

「えー、みんなに見てもらいたかったんだけど」
「はぁ?」
「そうすれば俺も告白されなくなるだろうし、弓枝にちょっかいを出そうなんていう不当な輩も現れなくなるし、一石二鳥だと思わない?」
「思わない! 何イイ顔してとんでもないこと言ってんだよ。大体オレに興味があるような珍しいヤツはお前だけだっての」

無駄に容姿が整っているとこういうところで困る。
中身とのギャップがありすぎだ。
桃園は媚びる必要のない状況で甘く滴るような微笑を浮かべた。

「みんな馬鹿だなぁ。見る目なさ過ぎて反吐が出ちゃうよ。弓枝はこんなに可愛いのに」
「うるさい」

冷たい目の色で、蔑むように校庭にいる部員たちを嘲笑する桃園に、弓枝は裏拳を食らわす。
(お前の歪みっぷりが危ねえよ)
実際、もし弓枝を可愛いと言い出す男が現れたら、桃園は嫉妬心メラメラで引き離すに決まっている。
挙句、弓枝は自分のものだと誇示して男を近づけさせないだろう。
自分勝手なやつだ。
なのに愛しい。
弓枝はようやく素の桃園と出会えたような気がした。
それまで頑なに見せようとしなかった本当の自分を見せてくれている。
弓枝を信頼して、格好悪いところも醜いところも曝け出してくれているのだ。
(お前のことだよ。残念なイケメンっつーのは)
「顔はやめて」と、ニヤつく桃園へ振り返ると、その首に手を回す。

「さっさと抱き上げて運べよ。それとも本当にここですんのか? オレのいやらしい姿を大勢に晒していいってんなら止めねーけど」

挑発するように言うと、桃園はそれまでの冷淡さを溶かすように柔らかく笑った。
目元には心の底に潜んでいる優しい、正直な人柄の光がほのめいている。
底意地の悪い彼も、繊細で優しい彼も、弓枝にとっては切り離せない桃園の一部だった。

「そんなことするわけないでしょーが」

ほら、抱き上げてくれた手はこんなに気遣いで満ちている。
弓枝を何より大切に思っている証だ。
男が男にお姫様抱っこされるなんて恥ずかしくて死にたいが、こうして抱き上げられたのは二度目で、桃園の腕の中の居心地は悪くないから構わない。
桃園は柵から離れると、屋上のドアの前で腰を下ろした。

「ここなら見えないでしょ」
「見えないけど聞こえるかもな」
「それは弓枝が大声であんあん言わなきゃいい話でしょ」
「あんあんなんて言わねーよ」

そう文句を言うが、桃園は弓枝を抱っこ出来て満足なのかえらく上機嫌である。
腰に置いていた手はマジックのように素早く弓枝のズボンを脱がした。
誰にも見えないとはいえ、外で尻を丸出しにするには抵抗がある。
だが、桃園はどんどん先へ進んでいった。

「ちょ、んっ、んぅ……ふぁっ……」

寝転がり足を開いた弓枝は、桃園の指を受け入れる。
桃園はブレザーのポケットから軟膏を取り出すと指につけ、ぐちゅっと弓枝のアヌスに挿入した。
太い指に腸内が押し広げられる感覚はやっぱり慣れなくて身震いする。
(つーか)

「な……んで、都合良く軟膏なんか持ってんだよ……っ」

吐息混じりに呟くと、桃園はさも当たり前のように同じポケットからコンドームも取り出し、

「彼氏がいるなら軟膏とゴムは必需品っしょ」

と、輝かしい笑顔で言い切った。

「なんでだよ!」

すかさず弓枝は突っ込むが、桃園はそっちのほうが理解できないらしく、

「だっていつエッチが出来るか分かんないし。いつでも出来るように準備しとかないとね」
「まさか、お前……ずっと持ってた?」
「ん、当たり前でしょ。弓枝とエッチした翌月曜からは毎日持ってたよ」
「な……っ、変態!」

なんだよ!
そっけなくしておきながら下心ありありじゃないか。
全くそういった素振りを見せてこなかったから、余計に動揺した。
やっぱり桃園の考えていることが分からない。
彼を見抜くなんて自分には無理だと感じた。
(……じゃあ、もしあの時オレが誘っていたら、こいつはどんな反応を示したんだろう)
恋愛初心者の弓枝に誘うなんていう上級スキルがあるわけないが、想像してみたくなる。
途端に恥ずかしくなって俯いた。
そんなキャラじゃないと首を振って否定する。

「なーに、可愛い顔しちゃってるの?」

すると桃園は弓枝の頬を包み込んで触れるだけのキスをした。
これだけ近づいても桃園の美しさは引けをとらない。
艶やかで張りのある肌は思春期とは思えないほど綺麗だった。
ニキビひとつ見当たらない。

「変態は酷いなぁ。好きな人とエッチしたいと思うのは、誰だって一緒でしょ。しかも男子高校生よん。性欲有り余る年頃なら年中それしか頭にないのもしょうがないっていうかー。それが自然の摂理ってもんでしょ。それとも弓枝はもう俺としたくない? この間も気持ち良くなかった?」

桃園は弓枝を窺うように、どこか心細そうな顔をした。
そのくせ尻に入れたままの指は抜き差しを続けている。
たっぷりつけた軟膏を腸壁に塗りたくっている。
(気持ち良くないなんて)
今だって桃園に指で弄られながら、弓枝の性器は勃起して、ガマン汁を垂れ流している。
すぐ目の前に答えがあるというのに、桃園は執拗なくらい言葉を欲した。
意地悪く腸管をぐりぐりほじくっている。
そのたびにペニスはぴくんぴくんと脈打った。

「ん、はぁっ……あっ……」

声を押し殺しても音が漏れる。
悔しいくらい感じている。

「ね、気持ち良くない?」
「……っぅ……」

見れば分かるだろーが!
触れてないのに反り立つ己の性器が余計に自らを辱めた。

「わ、締め付けが強くなった。言葉で責められるの好き?」
「ひっぅ……ちが、んっんぅ」
「じゃあ何?」
「っ、アホ……っ、見れば分かるだろ! んぁ、はぁっ、きもちい……桃園の指きもちいいっ……んだよ……」
「ちんこびんびんだもんね」
「わざわざ口にすんなっ。はぁっ……オレだって桃園に触れたかった。触れられたかったっ。あんっ、んぅ……くそっ、お前のせいで、こんなとこで感じるように…っなったんだから…っ、責任取れよ!」

責めるように言うが、桃園は喜ぶばかりで、

「ん、責任ならいくらでもとるよ。毎日弓枝のこと気持ち良くしてあげる」
「毎日は勘弁」
「どうしてよ。俺は毎日でも足りないのに」
「あぁっ、ナカを引っかくなぁっ……あぁはっ……だって……気持ち良すぎてどうにかなっちゃうだろ……っ」

涙目になった弓枝だが、それは桃園を煽っただけだった。

「ああもうだめ、弓枝のばか。本当は足腰立たなくなるまで弄りつくして、弓枝の理性も本能もぐちゃぐちゃになったら、犯そうと思ったんだけど、俺のほうが待てないや」

爽やかな表情で恐ろしいことを言ってのけた桃園は、アヌスから指を抜くと、自らズボンを脱いで硬くなった性器を外気に晒した。
他人の性器を見るのは慣れなくて、弓枝は無意識に視線を逸らす。
桃園のが大きくそそり立っていた。
それだけ弓枝に興奮していたのだ。
こんな体のどこに興奮させるようなものがあるのか定かではないが、目の奥が欲で濡れている桃園にそんなことは訊けない。
その間に桃園はゴムを装着して弓枝に覆い被さった。

「いい?」

こういう時だけ甘えん坊になる。
つくづく〝分かっている〝男だ。
弓枝が頷くと同時に、桃園の性器が腸内に入ってくる。
さほど慣らしていないせいか、軋むような痛みが腹中に伝わった。
思わず歪んだ顔に、桃園は申し訳なさそうに口付けると性器を扱いてくれた。

「ん、あぁっ……ふぅ、ふぅ……っ」

突然の刺激に反射的に仰け反ると、甲高い声を漏らす。
他人に己の性器を触らせるのは慣れない。
桃園は途中で挿入をやめたまま、強く弓枝の性器を扱いた。
軟膏とガマン汁でぬめった手で乳を搾るように指を這わす。
その手つきが弓枝を翻弄し、勝手に腰が上下した。
桃園の動きに合わせて腰を揺する。
そんな自分がとんでもなく下品に思えて羞恥心に消えたくなった。
尻の痛みを忘れて淫らに踊る。
このままでは性器を弄ばれただけでイってしまいそうだ。
自分ひとりでイクのが嫌で、桃園を止めようとする。

「もう扱く、なぁっ、んくぅぅっ――!」

だが、それを見越していたように桃園がぐっと腰を押し付けてきた。
亀頭しか入っていなかった彼の性器が一気に根元まで埋まる。
何の前触れもなく奥の奥まで突き上げられて、弓枝は少し射精してしまった。

「くぅ、ひ……っ、うぅっ……く」

口を手で覆っていたお蔭で大きな声は出なかったが、我慢したぶん肉体が悲鳴をあげた。
いきなりの挿入に、内臓を突き上げられたような衝撃を覚えて痙攣を起こす。
腰を掴まれていたせいで逃れることも出来なかった。

「苦しひ……っ、ももぞっ、ももぞの……っ」
「ん、俺のを呑み込んじゃって辛いよね。馴染ませるようにゆっくり動くから、お腹ん中で俺を感じて?」
「ふぁ、ももぞっ……」

久しぶりの圧迫感に弓枝は浅い呼吸をしながら、うわ言のように桃園の名前を呼ぶ。
まるで迷子になってしまった子が母親を探すように頼りない声をしていた。
こういう時でしか見せない弓枝の弱い姿に桃園の理性にヒビが入る。
求められているということの喜びで背筋がぞくぞくした。

「はぁ、っ、一緒に蕩けよ?」

荒い吐息を弾ませながら一突きする。
その動きに合わせて弓枝は体をくねらせた。
弓枝の体に負担がかからないようゆっくりとした抽送が始まる。

「ふぅ、ふぅ……ふっぅぅ」

だが余計に感じてしまう。
(なんだ、これっ……!)
じわじわと奥まで来たかと思えば、惜しむようにそっと抜けていく。
ピストンが遅いせいか、腸壁は抜ける直前まで桃園の性器を締め付けた。
肉体が勝手にペニスの形を覚えていく。
同時に下腹部は妙な疼きと火照りを抑えられなくなる。

「んぅ、はぁっ」

(またっ、ばかたれが)
気遣うように根元まで挿入される。
――が、今度は腸管を押し広げるようにこねくり回した。

「やぁ、あぁっ…あっんぅ、んっ」

咄嗟に抑えきれなかった嬌声が口から漏れる。
ねっとりとした腰つきは、弓枝のイイところを探しているようだった。
そんなところ見つけられたって恥ずかしいだけである。
だが桃園相手に隠しとおせるわけもなく、あっさりと前立腺を見つけられてしまった。
内壁をやたらめったらカリで擦られては仕方がない。
ぐりぐりと円を描くように回された時には、体の内側から溶けていくと錯覚したくらいだ。

「も、きもちい……からっ、はぁぅ」
「あれれ。もう良くなってきちゃった?」
「ひゃぁっ、だってお前がっ……いっぱい擦るからっ」

こんな行為をするのはまだ二度目で、感じ方すら分からないまま好き勝手に触られている。
自分の体じゃないみたいだ。
性器の裏側を中から擦られて、そのたびに体は活きの良い魚のように飛び跳ねる。

「ひぅ、ふ」

声を出したらだめだと必死に唇を噛み締めるが、我慢しようとすればするほどたまらなくなっていく。
貪欲なまでに慣らされた結果痛みを上回った快楽に、弓枝はなす術なく取り込まれていった。
目の前に広がる光景がそれを煽る。
M字に開かれた足は、桃園に掴まれて、閉じることなく全てを晒している。

 

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