6

***

それから季節は瞬く間に過ぎていきました。
短い夏を終えると、すぐに実り豊かな秋になります。
森は紅葉が燃えるように赤く色づき、市場にはたくさんの果物や野菜が並びました。
それが終われば、厳しい冬の到来です。
国土が北に位置する国には長い冬の始まりでした。
あれだけ鮮やかな落ち葉で賑わわせていた舗道も、雪によって一面を白く染めます。
音なく降る雪に、人々は白い息を吐きながら見慣れた空を仰ぎました。
かじかんだ手を震わせながら、男たちは酒で己の体を温めます。

エオゼン先生がキラキラ星で聴衆を湧かせてから半年経ちました。
あのあと、エオゼン先生は再び子ども音楽団の指導者になりました。
一緒にいた貴族が王様にもう一度かけあってくれたからです。
オリバーたちも先生の実力を目の当たりにして、その評価を変えたようでした。
とはいえ、いまだにオリバーは先生に突っかかるのをやめません。
エオゼン先生も以前ほど罵声を浴びせたりはしなくなりましたが、口の悪さは健在でした。

「おい、そこのレガートはスラーでくくられてるだろ。アクセントがつきすぎだ。弓も左手に影響されてぎこちない。滑らかにだ。強弱をつけろ。楽譜を理解しろ!」

でもちゃんと教えてくれるんです。
それに他の子たちも気付き始めて、練習は熱を帯びてくるようになりました。
休憩中もひっきりなしに先生へ質問が飛びます。
エオゼン先生はそのたびに的確な答えを返してくれました。
だから益々子どもたちは先生に指導を仰ぐのです。
音楽団が今までになく活気づいていました。
クリスマスの演奏会はもう三日後に迫っています。
子ども音楽団だけでなく、クリスマスへ向けて町中が準備を進めていました。
練習の帰りに町を通っていると、クリスマスらしい装飾がいたるところにあります。
町の人たちは僕らを見かけると「頑張ってね」と声をかけました。
みんなに期待されているのです。
昨年までは誰もが諦めていました。
音楽団を穏便に終わらせようと、そのことばかりが頭にありました。
しかし今年は違います。
僕らのやる気が町の人たちに伝わっているようでした。
きっと子どもたちが口を開けば演奏のことや音楽団のことを話すからでしょう。
誰もがクリスマスの演奏会を楽しみにしているようでした。
それが僕らにとってもいい刺激になります。
連日の練習にヘトヘトになりましたが、ここまで来たら成功させるしかありません。
エオゼン先生は、夏の終わりからタクトを振るうようになりました。
ようやく合奏の形を成してきたからです。
それまでは全く纏まりのない不協和音だらけの酷い演奏でした。
指揮を見る余裕もなく、それぞれのリズムで譜面を追っていたのだから話になりません。
彼の厳しい指導のもと、ようやく音楽団は音楽と呼べるような演奏が出来るようになったのです。
左遷を覚悟していた責任者は「奇跡だ」と、この状況を喜びました。

「おいっ、練習してたらこんな赤ん坊でも出来る間違いを犯さないだろ。へたくそが! この時期に何をやっているんだ。演奏会はもう間近なんだぞ」

僕はその日もこっぴどく怒られてしまいました。
ようやく難しい移絃が出来るようになったと思えば、簡単なミスをおかして散々叱られるのです。
かなり怖いのですが、先生は間違ったことは言っていません。
僕は、この数ヶ月のうちに格段と上達していました。
いいえ、僕だけではありません。
それまでの月日が嘘のように、音楽団全員の演奏が見違えるように上手くなったのです。
練習の成果は演奏すれば一目瞭然でした。
弾いている僕たちが誰よりも分かっていることです。
目に見えた上達は何よりの励みになりました。
今はもう練習中に泣きじゃくる子も、来たくないと嫌がる子もいません。
真剣に音楽と向き合っているのです。
その状況を作り出してくれたのはエオゼン先生でした。
彼はやっぱり偉大な人でした。
僕はそんな人に直接指導を仰げることが嬉しくて、どんなに怒られても嬉しさが込みあげてくるのです。

「ハイネス、貴様舐めてんのか」

そうすると余計に怒りを買うのですが、勝手に緩む頬を締まらせる術がありません。

「もういい。お前は居残りだ。おい、他のやつは帰っていいぞ。ただし今日指摘されたところをちゃんと練習しろ。でなければ見てやらねーからな」
「はーい」

集合練習が終わると、僕以外のみんなはさっさと帰る支度をして帰路につきました。
オリバーも楽器をケースにしまうと、

「御愁傷様」

と、笑って帰っていきます。
みんなは前より生き生きしていました。
音楽が好きになっていました。
それくらい、あの時にエオゼン先生が弾いた「キラキラ星」は心に残ったのです。
(僕も早く先生に近付きたい、褒めてもらいたい)
そう思って練習後も家で自主練するのですが、今日もやっぱり怒られてしまいました。
エオゼン先生の確かな耳にはどんな誤摩化しも利かないのです。
僅かな音の濁りにも容赦なく指摘されてしまいました。

「すみません」

二人きりのホールで素直に謝ります。
先生は不真面目を最も嫌う人です。
自分が不真面目なくせにずるい人だと思います。

「ちゃんと構えてみろ」
「はい」

僕はエオゼン先生の横に並ぶとヴァイオリンを構えました。

「意識している時は姿勢も悪くないんだが、楽譜を追うことに気を取られて前のめりになる。左手も中指と薬指がくっつきすぎだ。人差し指で浅く持つから腕からの力が十分に乗せられなくなる。結果お前の音は軽い」

先生も己の楽器を構えて音を出しますが、響きが全然違いました。
同じ音を出しても先生の音はホール中に響いて余韻を残します。
僕の掠れた音とは大違いでした。

「姿勢っつーのは慣れてくるとダレる。初歩的なことだが、常に鏡を見て肩や肘にいたるまで確認をしろ。そういう細かいところで音の差は出て来るんだ。特に左手は絃を押さえるだろう? 変な癖をつけとくと、指にタコが出来たり早い曲や複雑な曲になるとついていけなくなるぞ」
「はい」

僕は熱心に先生の指導を受けました。
二人きりになるといつもよりほんの少し優しくなるのは気のせいなのでしょうか。
もちろんそんなこと訊けなくて、僕は言われた通りに練習するしかありませんでした。

その日の夜、僕はいつも通り酒場へ注文の品を届けに行っていました。
エオゼン先生は、今日も浴びるほど酒を飲んでいたのか、僕が来た時には潰れていました。

「この人の酒癖は治らないのかねえ」

店主は呆れたように笑います。
僕は先生のすぐ傍まで来ると、その顔を覗き込みました。
不機嫌そうな顔はいつもと変わりません。
僕は以前そうして酔っぱらった彼に近付いた時、殴られそうになったことを思い出しました。
先生の過去は知りません。
いまだにミシェルさんがどういう人なのか訊けていません。
でも、それでいいと思いました。
エオゼン先生には人に話したくない過去があるのです。
つまりこれだけ凄い技術を持った演奏家が、ここまで落ちぶれるほど大きな事件があったということです。
痛い傷をわざわざ穿り返す必要はありません。
僕は今のままのエオゼン先生でいいと思いました。

「ハイネス、危ないよ。また殴られちゃうよ?」

店主がおどけたように言います。
するとその声で目が覚めたのか、エオゼン先生の瞼がうっすら開きました。
その目が僕を視界に捉えます。
一瞬、どきっとしました。
襲われる恐怖ではありません。
またミシェルさんに間違われることを嫌がったのです。
(……僕には関係ないのに)

「……エオゼン先生……?」

すると寝ぼけているのかぼんやりしていた先生は、そっと右手で僕の髪に触れました。
梳くように何度も撫でるのです。

「だ、誰かと勘違いしています?」

その手があまりに優しくて思わず僕の声が裏返ってしまいました。
しかし彼の反応は鈍かったのです。
僕の問いにも答えず、ゆっくりと髪を撫で続けるのでした。
その手の感触が気持ち良くて抗えません。
いつまでもずっとそうしていて欲しいと思ってしまうくらい心地良かったのです。
そうしてうっとりしていると、

「誰って……お前はハイネスだろう」

息を吐くような掠れた声が耳に届きました。
不意打ちです。
僕は面食らいました。
てっきりまた誰かと勘違いしていると思っていたのに、予想外にエオゼン先生の意識はハッキリしていたのです。
それに気付くとなんて恥ずかしい行為なのでしょう。
僕は、ずずずっと目にも止まらぬ早さで後ずさると、エオゼン先生から離れました。
自分の顔が火を噴きそうなくらい熱いです。
なんて反応していいのかパニックになると、僕はまごついて「あの、その」しか言えなくなりました。
身の置き場がなくなったような居心地の悪さでいたたまれなくなります。

「あ、じゃあ……ぼ、僕は配達を終えたので帰ります!」

僕はそのままエオゼン先生の顔を見ることもなく一目散に逃げ帰ってしまいました。
外の寒さも忘れて荷車を引きながら全速力で家へ戻ります。
恥ずかしくて死にそうでした。
もし撫でられていた時の顔を見られていたら最悪です。
僕は別に先生に気を許したつもりはないんです。
だってあの人はとんでもない人です。
確かにヴァイオリニストとしては尊敬していますけど、人間としては最低レベルなんです。
(心臓ドクドクうるさいっ。そんな騒ぐなら止まっちゃえ!)
なのに、あの手の感触が忘れられずに鼓動が速くなって苦しくなります。
僕は家につくと母親に受領書を手渡して階段を駆け上がりました。
服も着替えずベッドへ潜り込むと布団を覆いかぶせて心臓を落ち着かせます。
目を閉じるとたくさんのことを思い出しました。
先ほど髪に触れてくれたことはもちろん、エオゼン先生に脅されていた時のこともです。
僕の体は生々しいほど当時の卑猥な行為を覚えていました。
先生に触れられたところ全部が燃えるように熱くて喘いでしまいそうです。
エオゼン先生は、子ども音楽団の指導者に再任したあと、僕とああいった行為に耽ることはありませんでした。
そもそもあれだって彼にとっては退屈しのぎの遊びみたいなものなんです。
僕は娼婦代わりの玩具。
頭ではそう納得しているんです。
だけど…………。

「ひ……っ、うぅ……っん……」

どうしても体はついてこないんです。
いつの間にか股間に手を伸ばしていて、まるで先生の感触を思い出すように自分で秘部をなぞるんです。
もう何度も同じことを繰り返しました。
こうして布団の中でモゴモゴとひとり弄りをしてしまうんです。
じゃないと体が火照ってどうにかなりそうでした。
一度味わった快楽は忘れられないのです。
何よりもあの温もりを知ってしまうと、もう戻れないのです。
僕は寂しさを埋めるように何度も手淫しますが、最後までいくことは出来ませんでした。

***

次に目が覚めた時、窓の向こうは暗いままでした。
柱時計を見ると、零時を過ぎていました。
(あのまま寝ちゃったんだ)
僕は脱ぎかけのズボンを引き上げるとボタンで止めます。
中途半端に終わった物足りなさだけが体に影を落としていました。
家の中は森閑と静まり返っています。
この時間には両親も眠りについています。
僕は何気なく窓際に寄りました。
一度窓を開けて外の冷気を体に浴びたかったのです。
そうすればこのまとわりつくような気持ち悪さを切り替えることが出来ると思ったからでした。

「………っ!」

そこで僕は己の目を疑いました。
窓に手をついて息を呑みます。
外は深々と冷えた夜が広がっていました。
瞬く星は冴え冴えと光り、まるで空に宝石が貼り付いたようです。
小さな町は眠りについて、舗道には人気がありませんでした。
見慣れた町並みも、こうして見下ろすと違った一面を見せます。
僕は窓の留め具を外すと、一気にその扉を開けました。
急激に入りこんできた外の冷気が一斉に室内へ入ってきます。
凍てつくような寒さが体の芯を氷漬けにするようでした。
僕は響くような身震いをすると、口から漏れた息で辺りを白く染めました。

「エオゼン先生――!」

僕は下に向かって呼びかけました。
なぜか僕の家の真下にエオゼン先生が佇んでいました。
酒場で別れたはずです。
何より彼は僕の家を知らないはずです。
信じられなくて両手で口を覆うと、僕の声が届いたのか彼がこちらを向きました。
その表情は暗がりのせいか細部には分からず戸惑います。

「こんな時間に何をやっているんですか」

僕は周囲を気にしながら先生に言いました。
あまりうるさくしたら迷惑になるからです。

「ヴァイオリンの音色が聞こえるまで待っていたんだ」
「は?」
「だからお前のヴァイオリンが聴きたくて待っていたんだ」
「っ」

始め、何を言っているのか理解出来ませんでした。
さっき酒場で見たエオゼン先生は酒に酔い潰れていました。
(寝ぼけているのかな?)
だからまだ酔いが醒めずに夢うつつなのだと思いました。
しかしエオゼン先生の言葉は酔っぱらいとは思えないほどしっかりしていて、

「ここを通るたびに思っていたぞ」
「…………………」
「演奏自体は稚拙で聴けたものじゃないが、音だけは綺麗だとな」
「せんせ……」

(まさか、最初からずっと分かっていた?)
記憶を辿る。
いつから?
全然分かりません。
エオゼン先生は僕が自宅でヴァイオリンの練習をしていたことを知っていた。
訊いていたのです。
それは驚愕の事実でした。

「わけ……わかんないよ、先生」

僕は下にいる先生を見つめました。
いえ、見つめていたのは僅かな時間で、すぐに部屋を出ると階段を下りました。
そうして正面のドアを開けて、

「はぁ…はぁ…先生」

僕はエオゼン先生のもとにまで行っていました。
一階は思った通り真っ暗でした。
店も閉め、両親も寝てしまったのでしょう。
ランプも持たずに来たから二人を照らすのは月だけでした。
僕は肩で息をしながらエオゼン先生の顔を覗き込みます。
彼が今、どんな表情をしているのか見たかったのです。
だけどもどかしいくらい先生はいつもと変わらない表情でした。
口をへの字にして、不機嫌そうに片眉をつり上げているのです。

「あの、どうぞ」

僕は先生を家に招き入れようとしました。
両親に内緒で人を連れ込むのは悪いことです。
でも、どうしてもこのままお別れしたくありませんでした。
そうして先生の手に触れた時、あまりの冷たさに二度見してしまいました。
まるで氷のような手をしていたのです。
(いつからここにいたんですか……?)
声にならない問いが、頭を駆け巡ります。
僕の胸は切なそうに疼きました。
確証はないのに、エオゼン先生は僕と別れたあとすぐここへやってきたような気がしてならなかったのです。
たぶんそれは、自分がそうだったらいいなと思っていることでした。

「せん、んっ――!」

すると玄関に入った途端、エオゼン先生は覆い被さるようにキスをしてきました。
同時に舌を割り入れられて、僕の咥内でくちゅくちゅされてしまいました。
酒臭い口づけなんてロマンチックの欠片もありません。
なのに僕は下腹部に熱が集まるのを感じました。
エオゼン先生は全身が冷えています。
そうでしょう?
この寒さの中、三時間以上佇んでいたら、下手したら凍え死んでしまいます。

「んっ、ふ、はぁ…ん」

先生の太い腕が僕の腰を抱き寄せました。
二人は濃厚なキスをしながら壁を背に絡み合います。
そのうち足を膝で割られて、その間に先生が滑り込んできました。
密着して体の熱を分け合います。

「はぁ、や、ここ…んぅ、玄関です…んっ」

僕は唇を甘噛みされながら呟きました。
口先だけの拒否であることは表情が物語っていました。
言葉を交わさなくても互いが求め合っていることがよく分かります。
エオゼン先生はいつにも増して強引でした。
僕を壁に押し付けると、両手を繋ぎ、執拗に唇を貪ってきました。

「ん……っ、ふ……」

恋人のように絡める指と指が合意であることの証みたいで恥ずかしくなります。
僕は甘い声を吐息の合間に漏らしました。
密やかな口づけに酔っていたのです。
だってもうこんな風にエオゼン先生が触れてくれることなんてないと思っていたのですから。
心身ともに渇望しきっていて、理性なんてものは始めからなくなっていました。

「はぁ…はぁ…僕の、部屋に行きませんか?」

じゃれるように鼻を擦り合わせながら僕が問いかけました。
明らかな誘いに、先生の下腹部が硬さを増したように思います。
それをくいくいと押し付けるように腰を揺すられて赤面してしまいました。
動きのいやらしさに貫かれることを想像したのです。
そうして僕はエオゼン先生を自室へと連れていきました。

「ん、はぁ…ここが僕の部屋、です…」

エオゼン先生は部屋に着くなり僕の体を後ろから抱きしめました。
ドアを後ろ手で閉めると、この小さな部屋では二人っきりになります。
彼の手はするすると僕の胸や脇腹を撫でて下へ這わすと、へその周りから太ももまで執拗に触れます。
その触りかたのいやらしさに声を震わせました。
興奮して心臓が激しく騒がせます。
またあの気持ちいいことをしてもらえると思うと身悶えそうでした。
体は火照りを抑えられません。
お尻には先生の性器が当たっています。

「おねが…せんせ……」

僕は我慢が出来なくて、机に手を置くとお尻を突き出しました。
自らズボンもパンツも脱いで媚びるように腰を振ります。
ついさっきまで弄っていたお尻は物欲しげにひくひくしていました。
僕の指ではだめなんです。
今まで散々可愛がってくれた先生の指や性器でじゃないと満足出来ないんです。

「ほう、お前自分で弄っていたのか?」

エオゼン先生は野獣のような荒い息遣いで僕のお尻を眺めました。
僕の口からは淫らな声が漏れてしまいます。
僕の恥ずかしいところは丸見えでした。
蜜を垂らした陰茎も、ぱんぱんに膨らんだ嚢も、先生に晒してしまうんです。

「ひぅ、さっきまで……ん、いじってましたぁ……」
「俺のちんぽはお前を満足させる玩具の代わりじゃねーぞ」

そう言うとエオゼン先生の指がお尻に挿入されてしまいました。
一気に根元までずぼっと入って、思わず仰け反ってしまいます。

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