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「あぁっあっ……んぅ、敏感になって……っひぅ……」
「どこもかしこも吸い付いて離れないよ。食べたくなるほど美味しそうだ」
「んぅっ――っ!やぁ、あぁっ……噛んじゃぁ、あぁっ」

首筋を噛まれて思わず射精してしまった。
びくびくと腸壁を締め付けて、細やかな装飾の場車内を汚してしまう。

「ひぅ……っひぅ…っ…」
「泣かないで?ヤマトの嫌なことはしないから」
「も…っ本当に悪趣味です…っ」

瑞々しい肌に見事な歯痕を残されて口をへの字にした。
だからといってヤマトはそのままで済まさない。
向きなおすと首を抱き寄せ、はだけたユニウスの首筋に噛み付いた。
同じような痕を残す。

「はぁ、ん…っ…これでおあいこですっ……」

してやったりと鼻を鳴らした。
だが、ユニウスは痛がるどころか大喜びで、滾らせると押し倒してきた。

「ああもう、だからヤマトは余を夢中にさせるんだ」

鼻息荒く犯されて、ヤマトは股を開いたまま甘んじて受け入れる。
狭い中、汗と涎と精液でべとべとだ。
腸壁はとろとろに蕩けて快楽の味を叩き込まれている。
足を持ち上げられると結合部分が丸見えだった。
直視できず震える姿をユニウスは満足そうに見つめる。

「ユースはとことん…っあぁっ、はぁ…陰気な男です…っ」
「そうだよ。ん、余は生まれつき酷い男なのだ」
「ひぁ、あぁっ…んぅ、ユース、っユース!」
「その男に抱かれて…っ、甘ったるく啼くそなたがたまらない。一生ここに閉じ込めておきたいくらいだ」

ユニウスは艶然と微笑んだ。
快楽に顔を歪ませるも、整った顔立ちは変わらず美しくて、眼差しの強さに酔う。

「時折そなたを縛りたくなる。どこへも飛んで行けぬよう鳥の羽をもぐように……自由を奪いたくなる」
「あぁ、あっユース…っんぅ、はげし……そんな乱暴に突いたら壊れてしまいます…っ」
「いっそのこと、一緒に壊れてしまいたい……そなたとなら余は……っ」
「ん…っあぁ、っユースっ……んぅ!」
「はぁっヤマト……、そなたは余のものだ。余だけの者だ」

彼が言うと冗談では済まなそうだ。
それほど独占欲が強く残忍な男なのだ。
自分の思い通りに国を動かしてきたのだから、不可能などないと思っている。
漲る自信――矛盾する、焦燥感。
それはきっと愛情に飢えていた幼少期が関係していて、誰かの温もりを欲しながら、離れていくことを恐れているのだ。
人の心が移ろいやすいことを痛いほどよく知っている。
何不自由なく王宮暮らしをしていたのに、ある日突然辺鄙な城へ追い出された。
散々ちやほやしてくれた者たちは、忌み嫌うように見つめ嘲笑った。
途絶えた愛情に縋るも突き放される日々。
どんなに王として君臨しても、どこか不安は影を潜め、心は渇いたままヒビを増やしている。
最後に安らぎの夢を見たのはいつのことだったのだろうか。

「はぁ、っぅ……左様でございます」

ヤマトはしっかり彼を抱きしめ、足を絡めた。
汗ばんだ肌を縋りつけ、優しく頭を撫でる。

「ヤマトはユースのもの。全てあなたにお捧げいたします」

ヤマトはそう言って満面の笑みを浮かべた。
それを見たユニウスが僅かに涙ぐんだように見えたのは錯覚だったのかもしれない。
豪華なドレスは精液で汚れてしまった。
二人はどれだけ抱き合っても飽き足らず、まぐわい続けた。
体中精液臭くなって、とっくに城についていたが、行為をやめなかった。
命令通り御者はユニウスの許しがあるまで馬車を開けなかった。
しかし漏れる喘ぎ声と不自然に揺れる馬車から何をしているか一目瞭然だった。
もはや互いしか見えない。
ヤマトは初めての快楽に身を委ねると、声が枯れるまで抱かれ続けた。

城に戻ってきてから、二人はそれぞれ自室に戻り、仮眠を取って着替え終えてから何事もなかったように朝食へやってきた。
今まで大勢の小姓や待女に見守られて食事をしていたが、現在はニ三人が立っているだけである。
飲み物も自分で注ぎ、テーブルへ戻す。
一皿食べ終えるごとに次の皿を持ってきていたのだが、それもやめて最初から全ての品をテーブルに置いてもらうことにした。
多くの視線がなくなった食事は以前より気楽で、ヤマトは肩肘張らずともご飯が食べられることに満足していた。
――とはいえ、今日は違う。
周囲の小姓たちは顔を見合わせた。
食事中会話が少ないのは当然だが、今日はやけに陛下とヤマトが見つめ合っている。
二人の間には四人の子供たちが座っていたが、気にならないのか一口食べるごとに顔を上げ、お互い照れくさそうにはにかんで見せた。
その様子は楽しそうにも気恥ずかしそうにも見えて困惑する。
何も知らない彼らは首を傾げると仕事に戻った。
裏で噂になったのは言うまでもない。
(一夜の夢は夢じゃなかったんだ)
ヤマトは、思わず漏れてしまう笑みを隠すよう顔を強張らせたが、中々上手くいかず難儀した。
パンをちぎり口に含んで、ちらっとユニウスの様子を窺うように見やると、相手も同じように見ていたようで目が合う。
朝食の席についてからその繰り返しだ。
もう何度目が合ったか分からない。
合うと照れたように口許を緩ませ、食事に戻った。
噛み締めるように食べると、実感が胸の奥で生まれる。
仮面舞踏会は一夜の夢で終わらなかった。
腰の痛みや下半身のだるさがそれを物語っている。
つい数時間前まで体を繋げていたという明確な証だ。
他人と温もりを共有したのは生まれて初めてである。
思い出すと淡い想いに胸がいっぱいになって、朝食さえ喉を通らなくなってしまいそうだ。
食事の手を止めると、また気になってユニウスばかり目で追ってしまいそうになる。
自制するも、摩訶不思議な感情をコントロールするのに精一杯で、せっかく採りたての果実がデザートに出たのに味が分からなかった。
結局、子供たちを見送り、自室にこもるまで二人の甘酸っぱい雰囲気は続くのだった。

午後は予想通り西から天気が崩れていった。
賑やかな子供たちの声が聞こえなくなった城はどこか寂しくて、ヤマトは黒檀の枠の窓際に腰をおろして琵琶を弾いていた。
窓を開けると生温い風が入ってくるから、暑くても閉め切った部屋で大人しく過ごす。
次第に雲は厚さを増して唸り声をあげるようになっていた。
地上近くまで流れてきた雲は、昼間だというのに街を仄暗く染めてしまう。
この分だと王都の市場も早仕舞いするだろう。
部屋から見る城下も静まり返っていて、人の気配も疎らに思えた。
(やはり苦手だな)
暗くなっていく空に、いつ雷鳴がするとも知らず構えてしまう。
雷さえ鳴らなければ特別怯えることもないのに、その気配がある間は些細な音にも反応を示してしまうのだ。
過敏な己に嫌気が差すも、頭で考えても体は正直で、治したくても治せないから面倒である。
気を紛らわすために弾いていた琵琶も、手が止まってただの飾りと化していた。
コンコン――。
その時背後にノックの音がして、僅かに顔色を悪くする。
(兄上ではないと分かっているのに)
どうして人の心は脆く、傷つきやすいのだろうか。
肉体のように鍛える分だけ強くなってくれたら楽なのに。
中々思い通りにはならない。

「やっぱり……そんな顔してると思ったよ」
「陛下……?」

現れたのは紅茶のセットを持ったユニウスだった。
たったひとりでやってきたようで、

「陛下っ、僕が持ちます」

慌てて駆け寄りお盆を持とうとするが、彼は首を振って自らテーブルに置く。
待女にでも持たせればいいのに、他には誰もいなかった。

「誰も近寄るなと命令してあるから心配しなくていい」
「あ……」
「きっと通り雨だ。すぐに良い天気になる。それまでお茶をして待とうじゃないか」

ユニウスはそういうなり、ティーポットに湯を淹れて砂時計をひっくり返した。
カップは二つ、水色の綺麗な柄の入った皿には香ばしいクッキーが並べられている。

「お気遣いありがとうございます。ですが、心配は無用。陛下だって昨晩の疲れがとれていないでしょう。どうぞお部屋で休まれてはいかがですか」

先ほどより風の強さを増した空を見上げる。

「そこまで僕は弱くないですから……」

足手まといにはなりたくなかった。
ユニウスにはもっと優先させるべきことが残っている。
今は役にすら立てていないのに、これ以上惨めな気持ちになりたくなかった。
毅然としていたかった。

「殊勝なことだね」

するとユニウスはくっくっと喉を鳴らして笑った。

「いつだってそなたは気高くあろうとする。人に弱みを見せまいと己を奮い立たせている。そうして他人と距離を置いているつもりなのかい?」
「…………」
「されど、頼られないというのも案外寂しいのだぞ」
「僕はっ……別に」
「言っただろう?余はヤマトの味方だ。これだけはどんなことがあろうとも忘れないで欲しい」

そう呟く彼の横顔は少し悲しそうで言葉に詰まった。
ただ余計な心配をかけたくなかっただけなのに、なぜそんな顔をするのだろう。
ゴゴゴゴゴ――。
すると俄かに雲行きが怪しくなってきた。
耳の奥に響いた雷鳴に、無意識にユニウスの服の裾を掴んでしまう。

「……あ、いや……これはっ、その」

咄嗟のことで慌てて離すと目を泳がせた。
上手い言い訳も思い浮かばず、どうしようか考えを巡らす。
ドドッドッ――!
そうしている間に、先ほどより近いところで雷が鳴った。
身が竦むような恐怖に息を呑み、今度は震える手でしっかりと掴む。

「申し訳ありません。やはり、少しこのまま」

恐怖とはすなわち人間の防御反応だ。
本能で危険を察知するからこそ、恐れ、震え、慎重になる。
ヤマトは総身を固くすると震え上がった。
顔を青くして俯く。
もはや今の彼に余裕はなかった。

「――はぁ。そなたは本当に甘えるのが下手な男だ」

ユニウスは呆れたようにため息を吐き、ヤマトの体を強く抱きしめた。
その温もりに躊躇う素振りをしたのは一瞬、近くに雷が落ちたと同時にヤマトもぎゅっと抱きついた。
勝手に震える体をどうにか抑えつける。
早く静まるよう祈るような気持ちで身を寄せた。
大丈夫だと何度も心の中で呟き自己暗示させる。
やはりどうしたって苦手なものは苦手なのだ。
すると、彼を気遣ってか、ユニウスは怖くないと慰めるように耳元で歌を唄い始めた。
縋るような気持ちで耳を傾けていると、ヤマトは首を捻る。
ふとした時、音程が外れるのだ。
(まさか)
そんな風に思い直しているとまた音程が外れる。
どうやら聞き間違いではなく、本当に音が外れているようだ。
しかもたまにではなく、度々外している。
それに気付くと、こんな状況なのに吹きだしてしまいそうになる。
完全無欠のユニウス陛下が、実は歌を苦手としていたなんて意外すぎる発見だ。
しかも当人は真面目のようで、茶化すつもりはなく、ヤマトに聞かせようと口ずさんでいる。
誰にでも欠点はあるものだ。
それが音痴ということだとしたら、なぜか可愛く思える。
男だというのに可笑しな話だ。

「その歌は?」
「この地方に昔から伝わる子守唄だよ。余もよくこの歌を聞いて眠りについたものだ」
「へぇ……」
「昨日そなたの国の子守唄を聴かせてもらったからね。お返しをしようと思って」
「ぷっ、あ、ごめんなさい。でもまさか陛下が歌が苦手と存じなくて」

再び唄い始めた彼に、とうとう我慢できず笑ってしまった。
音痴だと分かった上で誇らしげに歌う姿がおもしろかったからだ。
するとユニウスは苦笑しながら、

「やはり音痴か……だが、おかしいぞ。余が唄うとどこでも拍手の嵐だったんだがなぁ」
「みなさん気を遣われたのでしょう」
「権力は時にやっかいだ。音痴な男に幻想を見せる。余がアホならば、今ごろ自分は歌が上手いと思い込み、専用の劇場を作って各国の大使を招いていただろう。とんだ大恥だ」
「ふふ。裸の王様ですね」

ヤマトはユニウスの腕の中でクスクスと笑った。
気付けば震えが治まっていて、雷は鳴り続けているのに、そこまで恐れを感じない。
いつもなら、きっと部屋の隅で膝を抱えて震えていた。
今度こそ自分を殺しにくるのではないかという不安。
また誰も救えず無力な姿を晒す苦痛。
そして耳に残る大切な仲間の断末魔が責めたてる。
視界は赤く染まり、震えの酷さから手さえ握れなくなる。
最も辛いのは、いつまでも立ち直れず同じ場所から動けないことだ。
まるで自縛霊。
そこに思いを残して身動きがとれなくなっている。
夢の始まりと夢の終わりはいつも同じで、ヤマトを死の淵へと誘う。
こんなに苦しいのなら、いっそのこと死んでしまいたい。
何度だってそう思った。
あまりの恐怖に吐き気を催し、苦しみながらえずく時、なぜ自分だけ生き延びてしまったのか悔やんだ。
どうして一緒に逝かせてくれなかったのかと、冬月や権次郎を恨んだ夜もあった。
だけど死ねなかった。
脳裏には、雷の閃光で浮かんだ兄の顔がこびりついている。
誰が報いを晴らす。
誰が死んでいった者たちの無念を晴らす。
憎しみは手っ取り早い生きるためのエネルギーだ。
それがある限り、七転八倒しようとも、泥だらけの惨めな姿を晒そうとも生き永らえる。
(決して許さず)
一滴の憎しみも零さないよう大事に抱えて生きていく。
復讐に燃えるのは青く冷たい炎だ。
それを宿し、底のない沼に引きずり込まれたヤマトは心を凍らせた。
嗤いは刹那の中に生きている。
兄に同じ思いを味わわせる瞬間にだけ取ってある。
(……そう、思っていたのに)
ヤマトは少し体を離すと、ユニウスを見上げた。
彼は首を傾げると、優しい指先でヤマトの黒い髪を梳く。

「陛下の胸は温かいのですね」
「ヤマトのためならいつでも空けておくさ」

見つめ合うと再び二人は抱き合った。
雷が鳴り終わっても、大雨が降り終わったあとも、陽が沈んで見事な満月が現れても、そうして互いの温もりに酔いしれた。
二人でいればきっと恐れるものなんてない。
そんな確信を抱きつつあった。

翌朝、まだ夜も明けきらない薄闇の中、ヤマトは目が覚めた。
ベッドの隣にはユニウスが健やかな寝息をたてて眠っている。
ヤマトは彼の髪を撫でて、ベッドをおりた。
昨日はあのあともずっと二人っきりだった。
夕食もこの部屋でとった。
もう大丈夫だと再三言ったのだが、ユニウスはつきっきりで離れなかった。

「そなたに近々プレゼントしたい物がある」
「え?何を……」
「今はまだ秘密だ。それを受け取ってどう思うかはヤマト次第だよ」

狭いベッドの中で重なるよう横たわり、何度も指先を絡め合い、他愛ないお喋りを続ける。
眠る最後の瞬間まで温かな眼差しに包まれていた。
それは例えようのない安らいだ気持ち。
お陰で悪夢は見ずに済んだ。
それどころかとても幸せな夢を見た気がするのは錯覚だろうか。
覚えていないのが惜しいほど、目覚めは心地良かった。
深い眠りから覚めたヤマトは、腕を伸ばして背伸びをすると部屋を出る。
遅くまで喋っていたせいか喉が渇いていたのだ。
この分だとユニウスも起きた時に水を欲するだろう。
まだ人気のない廊下をひとり進む。
豪勢な食堂を抜けて厨房へ。
普段人で溢れた場所に誰もいないと少し怖い。
これだけ広い城なら余計に心細くなる。
だいぶ住み慣れたとはいえ、森閑とした通路は魔が潜んでいそうで不安になる。
(ランプを持ってくれば良かった)
思ったより暗い厨房でもそもそ動いていると、ふいに声をかけられた。

「こんなところで何をしている?」

いきなりのことに驚いて振り返ると、見覚えある侯爵が厨房に顔を出していた。
(彼は……)
ユニウスと遊び惚けていたひとりで、久しく城で見ていなかったように思う。
なぜ今ここに?
足音も気配すら感じなかった。
これだけ静かならば、普通に歩いている足音すら響くだろう。
第一明けきらぬ早朝に何の用だ。
不審に思った時には遅く、隙を見せていた後ろから違う誰かに羽交い絞めにされた。
暴れるも身じろぎひとつ出来ない。
何とか振り返ると人相の悪い男が立っていた。
とてもじゃないが貴族に見えない。
格好だけなら地位ある人間だが、この雰囲気、この力は尋常じゃない。
(雇われた男か)
ヤマトは侯爵を睨みつけた。

「私をどうしようと国は前へ進み始めた。もはや誰にも止めることは出来ぬ」
「されぞ悪い芽は潰さねば、後々困ることもあろう」
「何?」

侯爵は優雅な笑みを浮かべた。
ゆっくりとした足取りで目の前までやってくると、眼鏡の淵をくいっとあげる。

「邪魔なのだよ。申し訳ないが君には消えてもらわないとならない」
「なっ――」
「さようなら。異国の麗しき吟遊詩人」

勝ち誇った男の顔が最後の記憶だった。
ヤマトは侯爵に鳩尾をきつく殴られると、苦しそうに息を詰め、あっさりと気を失った。

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