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「あぁ、見てっ…俺のちんこが入ってるの丸見えだ。こんなズブズブ入ってくね」
「だめっやめろ、ってばっ…あぁっ、んっぅ……!」

桃園は足枷を外したように生き生きと弓枝を責めた。
意地悪にされて腹立つのに体は快感しか受け付けない。
見下ろせば桃園の言うとおり、異様に拡がった尻の穴から彼の凶悪な性器が出たり入ったりを繰り返している。
桃園自身の先走り汁も相まってじゅぶじゅぶと滑りよく挿入されていた。
内腿は強引に広げられて筋が浮き出ている。
それが性器の抽送に合わせてピクピクと痙攣していた。
なんて下品な格好だと嫌がるように首を振るが、視線は外せず結合しているさまを見続ける。

「浩人のえっち」

そんな彼を馬鹿にするように桃園は甘く毒づいた。
悔しくて言い返そうとするが、引き抜かれた性器を根元まで突っこまれて、文句の代わりにいやらしい声しか出ない。
言いように抱かれている。
(何が紳士に振舞うだ)
化けの皮はまんまと剥がされた。
そうだよ。
桃園はこういうやつだ。
本当は人をネチネチ苛めるのが好きなやつなんだ。
いや、正確には弓枝を苛めてその反応を見るのがたまらなく好きなのだ。
普段涼しい顔をしている弓枝が、恥じらったり、怒ったり、だらしない顔をする。
そういった表情を引き出すことに喜びを感じる変態なのだ。
彼ならどんな痴態を晒しても愛するだろう。
勘弁してくれ。
弓枝はかぶりを振った。
自分はそんな変態じゃないと線引きをしようとする。
――が、結局その穴へ落ちていくのだ。
桃園に手を引かれて、自らも同じ穴の狢と化す。
だから犯されまくっている尻の穴から目を離せないのだ。

「あぁ、たまんない、きもちよすぎ…!」
「ん、オレっまたイっちゃぁ、あっ…!」
「俺も。はぁっ、このまま中に出しちゃっていい?」

桃園は弓枝の下っ腹をいやらしく手で撫でると、

「浩人の腹ん中まで俺で満たしちゃっていいかなぁ?」
「ひぁ、あっ…だってっ、さっきは外に出すって」
「俺はそんなこと一言も言ってないよ」
「そ…なっ、だって…これから演劇部に…っ」
「ん、俺の精液でたぷたぷにしてから行こうよ」

何を爽やかなイケメン顔で言い出すのだろう。
この顔だから許されるのであって、そんなことをそこら辺のオヤジが言ったらドン引きだ。

「ダメだっ、アホ! 馬鹿っ! 離せ桃園っ…絶対に中で出すなよ!」
「あらあら、悪い子ね。名前で呼んでって言ってるでしょ」
「んああぁあ、あっ…こらっ、んぅ、こっちが大声出せないからって…っはぁっ」
「ああやばい。俺の精液で股汚しながら冬木と話してるとこ想像するだけで勃ちそう」
「お前最低の変態だなっ」

本当にがっかりだ、残念だ。
だけど振りほどけない。
桃園は腰をがっちり掴んで離そうとしなかった。
軽い口調とは裏腹に中出しすることを決めているのだ。
桃園がうなじの深い窪みに吸いつく。
またキスマークを残しやがった。
それに感じてしまう己を恨めしく思いながら「あっん」と、甘い声を漏らす。
余計に桃園を喜ばせてしまうと分かっているから悔しかった。
背後で彼がどんな顔をしているのか想像するだけでげんなりする。
とんだ男を好きになってしまったものだ。

「ああ、イク、いくっ……んぅ――!」
「浩人っ――!」

結局弓枝は中出しされてしまった。
力の限り押さえつけられて、奥の奥で勢い良く射精されてしまう。
熱く滾った精液がドクドクと腸内に流れ込んでくる。
あまりの快楽に自らも射精しながら瞼を震わせた。
先ほどゴムに溜まった精液を思い出しながら身悶える。
あれだけの量を腹の中に吐き出されているのだ。
孕むはずのない体が痺れ、疼き、欲するように締め付け搾り取ろうとする。
桃園も内臓にまで染みこませるように、くいくいと腰を揺すり、最後の一滴まで抜かなかった。
それどころか出し終えたあとも仕込んだ精液をかき混ぜるようにこねくり回す。
そのエッチな動きに弓枝の芯が蕩けて、

「くひ…ぃっ……っ」

奥歯を噛み締めながら声が漏れた。
今、口を開けばどんな卑猥な言葉が出てくるか分からない。
内壁にぶっかけられた精液を腸内でぐちゃぐちゃに混ぜられて、意識が飛びそうなくらい感じた。
こんな変態的な行為に興奮してアヌスをヒクヒクさせる。
本当に中出しされて悦んでいるのは弓枝自身だった。
愛する人に体の中まで征服されて、言いなりの玩具と化す。

「ほら、俺に見えるようにお尻突き出して」
「ふぁ」

ずるりと性器を抜いた桃園は、まじまじと中出し直後の尻の穴を覗き込んだ。
太い栓が外された穴は緩んで、内部の濃いピンク色した粘膜を晒す。
窄まっていたアヌスは形が崩れて、息するようにヒクついている。
恥ずかしさに閉じようと力むが、感じすぎて意識するだけで震えた。
しばらくして腸内に染み渡っていた精液が逆流すると、その穴から漏れるように垂れた。

「ばっ見んな!」

さすがの弓枝も慌てて手で隠そうとするが、桃園はその手を掴み、流れ落ちる己の精液を見つめる。
散々犯した穴から粘っこい精液が糸を引く。
自分のものだという印を付けたような気がした。
獣なら差し詰めマーキングした時のような満足感か。
こんな気持ち一度でも味わってしまったら、もうゴムなんか付けられない。
弓枝が抗うなら、その気が失せるまで何度だって押さえつけて中出ししたくなる。
尻の穴が精液臭くなるまで流し込んでその感触を覚えさせるのだ。

「見られたくなければもう一度栓をすればいいんだよ」

桃園は寝そべると弓枝を手招きした。
二度も出したのに、硬さを取り戻している性器に跨らせる。
弓枝は顔を真っ赤にして躊躇しながらも大人しく従った。
桃園の精液をだらだら垂らしながら、その体に乗っかると、尻に性器を咥え込む。
慣れないことでたどたどしい動きだった。

「はぁ、あぁああっ」

しかし拡がった穴に、出された精液は潤骨油代わりとなって、腰を押し付けた瞬間、一気に根元まで刺さる。
ずるり。
ゆっくりと挿入する予定が、勢い良く奥を突かれて腰が抜けそうになった。
下から楔のように貫かれて、弓枝は海老反りしながら甘く啼いた。
よほどの刺激だったのか、彼の性器は射精してしまう。
その精液は桃園の上半身を汚した。
桃園は驚くどころか、指で精液をすくうと躊躇いなく口に含む。

「もうとろとろだね」

弓枝の顔も体も蕩けきっていて、いつもの強がりはどこかへ行ってしまった。

「くぅ…んっ、ゆ…いちろ…っ」

吐息混じりに呟く声が幼い子のようだ。
ランニングシャツは桃園が手を突っ込んで揉みくちゃにしたせいか、よれよれになってゴムが緩み、脇の合間から桃色の乳首が顔を出している。
裸でいるより卑猥な格好だが、弓枝は気付いておらず、恥ずかしそうに身を捩り体を隠した気でいる。

「どうしたの? 動かないの?」
「…るさいっ」

下から覗き込まれるのがよほど羞恥心を煽っているようで、弓枝の顔は燃えそうなほど赤くなっていた。
あの弓枝が男に跨っているなんてクラスの誰もが夢にも思わないだろう。

「下からいっぱい突き上げられたい? それとも擦り付けるようにぐりぐりしてあげよっか」
「あ、あ……あ、っ」

桃園が少し動くだけで弓枝の体には大きく響いた。
腰が抜けて下半身が使い物にならないのに動けるわけがない。
見上げる桃園は舐めるように粘々した視線で弓枝を見つめた。

「さっき垂れちゃったぶんを補わないとね」
「やらっ、また中に出すのか…っ」
「もちろん」

桃園は当然とでもいうかのように頷いた。
(またお腹の中に出されるのか)
弓枝はきゅっと唇を噛む。
ただでさえ腸内に残った精液を持て余しているのに、もっと出されたらどうなってしまうのか。
体も心も桃園でいっぱいになりそうだ。

「ほら、ずんずんがいい? ぐりぐりがいい?」

桃園は悪戯っぽく好奇心で溢れた目をする。
促すように一突きするとにこやかに笑いかけてきた。
そんな風に問われたら応えるしかなく、弓枝は泣きそうな顔をしながら、小さな声で、

「ぐりぐり…っが、いい」

と呟く。
その言葉に俄然やる気になった桃園が弓枝を抱っこしながら腰を回しつける。
色んな角度で内壁と亀頭が擦れ、そのたびに弓枝は上半身を揺らして喘いだ。
弓枝は踊り子のよう桃園の上で淫らに舞う。
体の節々が溶けて痺れるような陶酔を味わった。
見咎めるように睨んだのは一瞬のことで、すぐに快楽の渦に飲み込まれる。

「んぅ…っ、ふぁっ…きもちい…っ、はぁ」

気の遠くなるような恍惚感に浸り瞼が震えた。
汗が首筋から鎖骨、胸を垂れていく。
それはしたたるような淫靡な匂い。
ぐちゃぐちゃになった股間は、普通に生きていたのでは味わえない快感を与えてくれた。
形の良い桃園の指がゆるゆると肌をなぞる。
弓枝の喘ぐ姿を一瞬たりとも逃さないよう視線を外そうとしなかった。
(くぅ、こんな恥ずかしい姿を晒すなんて)
初めての時は夢中で何がなんだか分からないまま終わっていた。
余計な思考を挟む余地がなかった。
それが二度目だと僅かにでも余裕が生まれるせいで、色々なことを考えてしまう。
なんて卑猥な行為なのだろう。
桃園は下から見ている。
弓枝が腰をくねらせ感じている顔も、突き上げられるたびに揺れるペニスまでその目に焼き付けている。
桃園は切れ長で涼しげな目元に反して、表情は柔らかく温かかった。
光や角度によって、青い瞳は綺麗に澄んで見える。
まるで空を映したみたいだ。

「やめ…っ、おれ、こんなんじゃない…ぅんっ」

弓枝の恥を含んだ頬の色は、一層愛らしさを引き立たせる。
魂を蕩かすような甘美な刺激に身悶えた。
下から突かれるたびに息が止まりそうになる。
体を内側からエグられると、こんなに気持ちいいなんて知らなかった。
尻の穴が輪のように拡がって奥まで受け入れる体。
亀頭で擦られるたびにじゅんと熟れて蕩ける腸壁。
体液まみれで粘っこく糸を引く肌を重ね合わせている。
桃園が時々唇を舐めて覗かせる真っ赤な舌にすら性欲を抱いた。

「こ…んなっ乱れて…ふぁっ、きもちいの…っ、知らな…!」

原稿を終わらせたあとで良かった。
こんな快感知ってしまったら、もう手につかなくなりそうだ。
誰が淡白だ。
弓枝だって普通の男子高校生と変わらないのだ。
桃園がどれだけ我慢してきたのか、今、ようやく分かった気がした。
深いところで繋がる悦びを知ってしまったらあとには戻れない。

「ずっと…っ、こうしていたいなんてっ」

弓枝の夢見るように潤んだ瞳に光が宿る。
起きていられなくて、桃園に縋りつくように体を横たえた。
彼は弓枝の重さをものともせず、胸の上で丸くなる彼に笑みを零す。
そうして弓枝の絹のようなきめ細かい頬を柔らかく包み込むと、

「ん、俺も同じこと思ってたよっ、こうしてたい! ずっと…明日も明後日も浩人の中にいたい!」
「ゆ…いちろっ」
「今のあなたってば、すんごい可愛いよ」
「いやだっ…だって、いつものオレと全然ちがっ――」
「うん。俺にしか見せない顔なんだよね? だって恋人だから特別だもんね」

桃園は目が眩むほどの激しく切ない口付けをしてきた。
唇に全てを持っていかれそうだった。
だからキスのあとも二人は甘く唇を噛んではじゃれあった。

「俺だってこんな姿を晒すのは浩人の前だけだから、お願い、浩人も誓ってよ。こんないやらしい顔を見せるのは俺だけだって」
「あぁっ、あんっ、ちゅっ…はぁ、あたり…まえっだろ。ほかのやつに見せて…たまるか」
「あなたのそういうとこ、すっごい好き」

桃園の表情は水で濡れたように生き生きと輝いていた。
際立つ美しさに目を逸らせない。
汗ばみ上気した顔にすら色気を感じて身も心も吸い寄せられそうだ。

「俺はしつこいよ」
「知っ…てる」
「なら、もう二度と離してあげないんだからね」

人一倍皮膚の感覚が鋭くなっているような手のひらを繋ぐ。
そのまま二人は互いの肩口に顔を埋めると、射精するためだけに動き出した。
底が抜けそうなくらい突き上げられる。
振り落とされそうなくらい激しかったが、彼の手で抱き留められていて衝撃だけが伝わった。
そうして蛇のように絡みに絡まった体で快感を得ようとする。
(また中に出すつもりなんだ)
容赦ない腰つきに弓枝は後先考えられず下っ腹を疼かせた。
まだ腸内には桃園が出した精液が残っているのに、新たに仕込まれる。
本当に腸管が溶けてしまいそうだ。
熱々のとろとろを内壁に直接ぶっかけられて正常でなんかいられない。
だけどそれで桃園のものになれるのなら構わなかった。
むしろ自分の体で貪るように愛されて幸せだった。

「ひぁ、あっ……ぁっ、ゆういちろ…っ!」
「イってっ。俺のちんこでイってよ!」
「一緒っに、っ…一緒がいい…からっ!」

その時、二人はびくんびくんと体をしならせ、石のように固まった。
同時に思考が止まる。
喉元をせりあがってきた痺れが頭まで浸かる。
絶頂という名の波が次々と押し寄せて弓枝の体に快楽を打ち付けた。
性器は二人の体に押しつぶされて、悲鳴をあげながら白濁液を噴射する。
桃園も濃厚な精液を弓枝の腸内で力の限りに放った。

「ふぁ――――!」

下半身の感覚が失せた。
燦然と涙が輝く瞳は、うっとりと焦点の定まらないまま遠くへ注ぐ。
桃園は快感の捌け口を見つけたように、ずんっと腸の奥を突き上げて動かなくなった。
そのまま弓枝の女のような柔肌を愛撫する。
繋いだ手は痛いくらい握り締めていたが、どちらも離そうとはしなかった。
先に弓枝が力尽きる。
まだ二度目のセックスなのに、こんな激しくしてしまったのだから無理もない。
彼は何を見るともない空虚な目を閉じた。
重い瞼に耐えられなかった。
気を失った弓枝の体がもたれかかってくる。
桃園は愛しそうにその体を抱きしめると、達した余韻の中でキスをした。

***

弓枝が次に目を開けた時、真っ先に飛び込んできたのは目が眩むほど青々しい空だった。

「あ、気付いた?」

その空を遮るようにガラス玉のような瞳がこちらを向く。

「ももぞ……?」

弓枝はふと己の状態を顧みた。
どうやらイった直後に気を失ってしまったようだ。
思い出して気恥ずかしさに身を縮める。
しかしそれどころではなかった。
我に返ってみると、桃園に膝枕されていたからだ。
それに気付いて慌てて起き上がろうとするも、肉体がついてこず、起き上がれなかった。
腰に響き、呻くと背中を丸めて寝転がる。
見ればランニングシャツ一枚だったのが、きちんと制服を着せられていた。
その上には桃園のだろう大きなブレザーが掛けられている。
寝ている間に後処理をしてくれていたようだ。

「もうちょっとこうしてなさいって」

桃園はくすくす笑うと、柔らかな弓枝の髪を撫でる。
その片方に持っているのは劇の台本で、

「そ、それ!」
「うん。弓枝が寝ている間に勝手に読んじゃった。ごめんね。読ませないって言われてたのに」

彼が嬉しそうにはにかむ。
憑き物が落ちた――というより、幸せを噛み締めるような桃園の顔に、弓枝は唖然とした。
(こいつ、気付いてないのか)
含羞に頬を染める桃園。
それまでの、隙のない利口さを隠し持っていた表情が和らいでいる。
無意識なのか首を傾げる桃園に、弓枝のほうが嬉しさと照れくささでいっぱいになった。

「べ、別に」
「うん」
「読ませたくないなんて嘘だから。本当は一番に読んでもらいたかった。…いや、読んでもらうつもりだった」
「ん、そっか」

相槌を打つ桃園は穏やかだ。
時折吹く秋風に前髪を揺らしながら、弓枝の書いた台本に目を落とし、口元を緩ませる。
今どんな顔をしているのか鏡で見せたかった。
冬木にも教えたかった。
だけどそれ以上にもう少しこの顔を独占していたくて、出かかった言葉を呑み込むと、笑い返した。

「期待しているぞ、ロミオ」
「仰せのままに」

濁りなき眼差しで心の淵を覗き込むように見つめる。
もし桃園が背負っている物を少しでも背負えたら。
その荷を軽くすることが出来たら。
無力な自分が何か成し遂げられたような気がした。
二人はまだ子どもで、環境も状況も大きく変化したわけではない。
弓枝はこれからも堅く厳しい両親のもとで衝突を繰り返すだろうし、桃園も両親に拭えない不信感を抱きながら顔を合わせ続ける。
変わらない日常が待っているのだ。
だけど。
その中で小さな変化を見つけながら共に歩けたら明日を信じられる。

「いつまでもずっとこのままでいたいね」

桃園は今思いついたかのように軽い口調で呟いた。
しかしどこかぎこちなくて、本当はどのタイミングで言おうか窺っていたことを覚る。

「そうだな」

弓枝は桃園の硬い膝枕に体を預けると深く頷いた。
あれだけの激しいセックスのあととは思えないほど気持ちは静まり返っていた。
心に凪が訪れている。
望んでいた平穏だった。
弓枝は寝返りをうちながら桃園を見上げる。
そよ風の吹く心地良い陽気の中で、彼は膝枕しながら台本を読み耽っていた。
それは弓枝が書いた台本だ。
時折本から視線を外すと笑いかけてくる。
そのやりとりを健やかな時の中で何度も繰り返した。

「あなた本当にそう思ってる?」
「思ってるってば」

懐疑的な桃園に吹き出した弓枝は深く息を吸った。
肺に満ちたのは空気だけではない。
それは幸せだった。

***

エピローグ

十一月上旬。
だいぶ寒さが増して、町を行く人々はコートやマフラーで身を包んだ。
生い茂っていた葉が一枚、二枚と舞い落ちて、足元を鮮やかに染める。
弓枝の学校では盛大な学園祭が執り行なわれた。
目玉であった演劇部のロミオとジュリエットは大喝采の中で幕を閉じた。
何せ主役のロミオは、校内で有名な色男である。
衣装を身に纏った彼が愛を囁くだけで館内の温度があがった。
桃園は確信のもと無駄に色気を振りまいて劇を盛り上がらせた。
これほどスポットライトが似合う男も珍しい。
黄色い声援がいたるところから上がって騒がせた。
舞台袖で出番を待っていた冬木は、それに「つまらん」と口を尖らせると、剣を片手に本気でロミオに挑んでいった。
しかし劇の展開上、どうしたって決闘に敗れ、倒されてしまう。
地団太を踏んでから倒れたティボルトを見たのは初めてだった。
(二人も好き勝手にやってんな)
弓枝は台本を持ちながら舞台の袖で見守っていた。
この半月、怒涛の練習でここまでやってきたのだ。
他の部員も残り少ない時間の中で一生懸命やってくれた。
だから幕が閉じた時は弓枝も感動して周りの部員たちと抱き合った。
仲間とひとつのことをやり遂げるというのは初めてで感動する。
それまで斜に構え、団結している人たちを冷めた目で見ていた自分が恥ずかしくなるくらいだった。

「弓枝!」

その中で訊き慣れた声に名前を呼ばれた。
ふと顔をあげれば桃園と冬木が手を差し伸べて待っている。
二人ともニヤニヤと悪巧みをしているような表情だった。

「は、えっ…なに?」

いきなりのことに戸惑って首を傾げると、冬木にその手を掴まれた。
強引に引っ張られるがまま舞台へと向かう。

「お、おいっ、そっちは」
「カーテンコールだよっ。あなたが出なくて誰が出るの。この劇の功労者でしょ」
「はっ?」
「ちなみに俺が弓枝を連れてくる大役を担ったんだからね。――だからちょっと、冬木。その手を離しなさいよ」

桃園は冷ややかな瞳で冬木を睨むが、冬木は負けじと、

「俺だって弓枝を連れてくんだ。お前はロミオなんだからジュリエットといちゃいちゃしてろよ」

手を離そうとしない。
不穏な空気が二人の間で漂った。

「俺にとってのジュリエットは弓枝だからいいの! エスコートするのは俺!」
「嫌だ嫌だ。俺も混ざるー!」
「冬木のわがまま!」
「桃園のケチ!」
「お前ら……」

弓枝は呆れ返った。
この状況でも二人は引こうとせず、それどころか互いを威嚇しあっている。
結局どちらも譲らなかった。
二人が折れるわけがなかった。
右側には桃園が、左側には冬木が引っ付いて離れなかった。
両手に花――ではなく、両手に野郎を引き連れて、弓枝は強制的に舞台へ立つ。

「二人ともいい加減にしろ!」

弓枝の怒りは満場の拍手と歓声に掻き消されて、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

END