12

その日はいつだっただろうか。
肌寒かったから夏ではないと思う。
朝から町は変な賑わいを見せていた。
じいちゃんは町にお偉いさんが来ていると言っていた。
だから僕はじいちゃんに内緒で町に行った。
沢山の人が広場に集まっていて何やら楽しそうな雰囲気である。
僕は体の小ささを巧みに使って儲けられた柵の最前列にもぐりこんだ。
(これから何が始まるんだろう)
柵から離れた所に大きな滑車が置かれている。
僕は柵に掴まりながらじっと見上げた。
すると暫くして周囲の人が煩くなる。
皆が同じ方向を見て大きな声を出していた。
その方に向くと縛られた女性が兵士に引き摺られるようにしてやってくる。
顔は俯いて悲しそうに唇を噛み締めていた。
彼女は柵を越えて滑車の側までやってくるとその縄に括り付けられて吊るされる。
僕はそれに目を輝かせながらこれから何が始まるのか見守った。
兵士は紙を見ながら何かを述べていたが周りの煩さに何も聞こえない。
その間に吊るされた女性の下に沢山の薪が置かれる。
すると周囲の煩さを一蹴するように兵士が塔の鐘を突いた。
カンカンカンカン――。
ヒステリックな鐘の音が広場に響き渡り人々は歓喜に沸く。
それを見て僕自身興奮して手を叩いたのを忘れない。
――というより忘れられなかった。
僕はその後地獄を見る。
兵士は火の付いた松明を薪の中に放り込んだ。
徐々に燃え上がる炎。
まるで生き物のように蠢き広がっていく。
しかし吊るされた女性の体は火柱より上にあった為、直接火が触れることはなかった。
その光景は客観的に見ると地味で異様なものである。
女性は足元をバタつかせて苦悶の表情をしていた。
だが焼かれているわけでもないし、そんな顔をする程熱いようには見えない。
大きな火柱の上に吊るされた人は炙り焼きにでもされるのかと思った。
まるで釣った魚のように体を震わせてどうにか火から逃げようとする。
だが自分を吊っている縄が軋むだけで逃れる術はなかった。
お蔭で広場には女性の苦しむ声と奇妙な踊りが続けられる。
(そんなに熱いのかな?)
こちらから見ていると迫力に欠けた。
もっと派手な大爆発やら奇術師のショーが行われると思っていたからだ。
だがその凄まじい熱さを彼女は自らの体で証明することになる。
女性の着ている服の端っこが焦げ始めたのだ。
火に直接触れていないのに徐々に色が変わり始める。
その間も続けられる苦悶のダンスは少しずつおぞましさを増していった。
お蔭で広場に居た人も静まり返り彼女を見上げるようになる。
苦しそうに喘ぐ声はカラスの鳴き声と共に僕の耳へと入った。
女性の足先はよほど熱いのか指が変に曲がりぐにゃぐにゃと動いている。
そうして少しでも熱さを凌ごうとしていたのだ。
だが時は無情にも過ぎる。
むしろこうして長引かせる方が苦しむことを知らなかった。
段々と胸を蝕む嫌悪感に背中をゾクリとさせる。
だけどどうしても目が離せなくて僕はその光景をじっと見つめていた。
大きな火柱は猛々しく燃え上がり口を開ける。
いっそ吊るされた女性を丸呑みしてしまえばいいのに決して触れさせなかった。
よく見れば滑車の反対側に兵士が立っていて板を調節することで女性の体を浮かせたり下げたりしている。
そうして上手く火が触れない程度に彼女を吊るしていたのだ。
僕はその事実に気付くとあまりの非情さに顔を顰める。
そしてこれが自分の思っていたショーとは違うものであることに気付いてしまった。
だが気付いたところでもう遅い。
幕が開いた残酷なショーは吊るされた女性の死を持って閉じられる。
始まってしまってからでは全てが遅かったのだ。
すると広場に赤い火の粉が舞い上がる。
それは女性の体が発火した証だった。
直接火に触れていないというのに勝手に人体発火した。
つまり火柱と彼女の間には何もなかったが“それほどの熱さ”であった事が実証される。
まるで皮膚の内側から燃えるように肌が焦げて黒ずんでいた。
苦悶の歪むのは当たり前である。
突如現れた火の華は揺れて綺麗だった。
夕方の赤い空に映えて見ている者の心を掴む。
足元から発火した炎は少しずつ風に煽られ上半身へと上がっていく。
女性の顔はこれ以上にないくらい歪み泣き叫んでいた。
もう何を言っているのか聞き取れない状態だった。
しかしその顔もゆっくりと炎に包まれて消える。
おかげで広場には吊るされた火の塊が残った。
そのような状態になっても暫くは死ねなかったのか蠢くように上下が動く。
まるで火を纏った蝶の蛹であった。
暫くの間悶え苦しむように体が揺れる。
ギシギシと軋んだ縄が痛々しく映って気分が悪くなった。
だがそれもようやく終わりを告げる。
まるで糸が切れた人形のように女性の体が動かなくなると人にすら見えなくなった。
ただの火だるまになったところで彼女の命が尽きたことを悟った。

「う……っ」

広場には無常な風が吹き抜ける。
ふとおかしな匂いに気付いて僕は胸を押さえた。
だがそれが人の焼けた臭いだと気付いた時にはその場に昼食をぶちまけていた。
完全に焼けた頃、吊るされた女性に水が掛けられてこのショーは終演を迎える。
後に残った黒焦げの死体はもう見れなかった。
僕はそれから半年以上肉を食べられなかった。
見るのも匂いを嗅ぐのも嫌だった。
もちろんじいちゃんとばあちゃんにはしこたま怒られた。
だが僕の様子が尋常でなかった為、すぐに許してくれた。
(もう絶対に見に行くものか)
その後、同じような事があの広場で行われたらしいが僕は絶対に見に行かなかった。
見に行った近所の人の話も聞かないようにした。
そしてこの経験を自ら記憶の奥へと封印した。

「…………」

時を経て今度は僕が目の前の少年に同じ傷を与えようとしている。
そして僕があの時の女性と同じ目に遭わなければならない苦痛。
あの時、時間にしてみるとそんなに長い時間ではなかった。
十分から二十分程であったと思う。
しかし見ていた僕にはもっとずっと長い間そうしていたように思えた。
そして実際に吊るされていた女性はもっと長く感じていただろう。
実際に火に掛けない所が余計に残酷で恐ろしい行為だと思った。
この刑を考えた人間には呆れを通り越して拍手してしまうだろう。
同じ死ぬなら一瞬の方がずっと楽だ。
わざわざあんな苦痛を与えられるなんて耐えられない。

カンカンカンカンカン――。

だが僕にもその時はやってきた。
兵士が僕を見ながら鐘を突く。
その音は広場中に響いて空気に溶けた。
下を見ればとっくに沢山の薪が置かれて準備万端である。
(あとは火さえ付ければ終わる)
あまりにも作業的な命の終わりに意味もなく嘆きたくなった。
――ああ、無常。
だが人とは愚かなものであれだけ覚悟を決めながらも実際にこの場に立つと怖くて堪らなくなる。
自分の体を襲う恐怖は何にも耐え難い苦痛として精神を蝕んだ。
お蔭で兵士が罪状を述べても頭に入らない。
いっそ早くやってくれと思う気持ちとまだ待って欲しいという気持ちの板ばさみに揺れる。
だがもちろん僕に決定権はないのだ。
僕の後ろでニヤついた公爵が右手を上げる。
それが合図のように兵士の持った松明に火が付けられた。
彼は僕の方へとやってくると平然とした顔で薪の中へと放り込む。
あまりの荒々しさにふざけるなっと怒鳴ってしまいそうだったが僕にはどうしようもない事だった。
それは燃え上がる火と共に歓声に沸く人々が何よりの証拠である。
中にはもちろん哀れそうに見つめる人達も居た。
だが大抵こんな所に見に来るのはショーとして楽しんでいるか本気で僕を悪魔の手先だと思っている人ぐらいだ。
処刑を見るのが嫌な人や僕に同情している人は皆家に篭っているだろう。
僕自身がそうだったから良く分かる。

「くぅ……っぅ…」

だがそれにしたって火柱がこんなに熱いものだと思わなかった。
まだ小さな炎だというのに足の裏が熱過ぎて痛い。
吊るされた時に足首も縄で締められたから上手く避けられなかった。
そうして身を捩るたびに縄が軋んでギィギィと音を立てる。
その度に胴体に食い込んだ縄が僕の体を締め付けて余計に苦痛をもたらした。
(やっぱりこんなところで死にたくない)
まるで足掻きの様に強く思う。
もう始まってしまったというのに僕はどうにかして助けてほしかった。
往生際が悪いにも程があると思う。

「はぁ…っぅ、も……許しっ…」

自然と零れる涙に懇願するがもちろん誰も聞こえなかった。
黒い煙が立ち上って喉が焼けるように痛くなる。
足の裏は痛みすら通り過ぎて何も感じなくなっていた。
感覚の途絶えた足は痺れて思い通りに動かない。

「けほっ……かはぁっ……」

下には大きな火が風に揺れていた。
煙の酷さに何度も咳き込みその度に涙が流れる。
そうして許しを請う程、周囲には失笑を買い蔑まれた。
もっと堂々と死ねたら格好良いと思う。
だけど死にたくないのだから仕方ない。
今は恥も外聞も捨てて助けを求めていた。
誰かの嘲笑いなんて目には入らなくて、助けてくれる誰かを探していた。
(シリウス様ならきっと助けてくれるのに)
僕は信頼してくれた彼を裏切った。
たとえそれが最善の方法であったとしても、シリウス様にとっては裏切りに違いない。
朝起きた後、居なくなった僕を知って悲しむことは分かっていた。
過去と同じ裏切りの朝を迎えた彼が、どれだけ傷つくのか考えただけで辛い。
例えそうせざるを得なかったとしても理屈ではないのだ。

「はぁ……はぁ……」

(会いたい……な)
死の淵に立たされているのに暢気なことを考えていた。
実際には皆に合わす顔がないのに、想像の中だけは笑ってくれる。
僕は庭師のおじさんと色んな花を植えてあの庭を花畑にするんだ。
もちろん他の仲間も手伝ってくれる。
するとクリスが美味しい昼食を作ってくれてジェミニが温かい紅茶を淹れてくれる。
僕らはいっぱい働いて腹がペコペコになっている。
今日は日差しが暖かいからテラスでご飯を食べるんだ。
シリウス様は相変わらず黙々と食べている。
その横ではセルジオールが穏やかな笑みを浮かべて彼の世話をするのだ。
温かな家族の絆にツンとする。
やはり皆と一緒に居たかった。
シリウス様と一緒に居たかった。
欲しくなかった後悔が生きたいという願望により崩されてしまう。
今更思ったって仕方がないのに、強く思うだけでほんの少し幸せな気持ちになった。
同じ後悔なのに不思議である。

空は赤い夕陽に照らされて僕の命を惜しむように沈んでいく。
家や舗道は真っ赤に色付いていた。
どこまでも続く道の果てには終わりなが無く、その奥にはあの森が影を顰めている。
見慣れた景色を朦朧とした意識の中で見つめるが、森の存在に救われていた。
(魔の森なんて馬鹿馬鹿しい)
僕にとっては天国みたいに心地よい場所だった。
失笑気味に笑う。
そのうちどんどん笑いが止まらなくなって大きな声で笑った。
猛々しい火の上で可笑しな笑い声が響く。
皆、苦しみのあまり気がおかしくなったと思っているに違いない。
だが人々の思いとは裏腹に僕の心は開かれていた。
死の恐怖が薄れるほど心は満ちていた。

「…………?」

すると突然道の向こうから馬の蹄の音が聞こえてきた。
幻聴かと思ったが徐々にそれは近付いてくる。
広場で催し物が開かれるときは大抵規制が敷かれているはずだ。
特にこうした公開処刑なら町の至るところに兵士が立ち厳しく取り締まっている。
ぼんやり開かれた目には続く道の果てからやってくる馬の姿が確認できた。
(え……?)
一瞬それすら幻かと思ったがどうやら違う。
何度瞬きをしても馬は消えなかったからだ。
それどころか近付いてくる。

「きゃあああああ!!」

広場は混乱した。
まるで波のようなうねりを見せながら人々が同じ方向へと逃げ惑う。
上から見ているとどこか滑稽に映った。
人の動きに先導される集団は同じ方向にしか逃げられない。
だが突然の事にパニックになるのは仕方がない。
四方に分かれる道の一番大きな舗道から五頭もの馬が凄い勢いで走ってきたのだ。
さすがにこの状況なら騒ぎになるだろう。
見かねた公爵は兵士に指示をすると剣を抜かせた。
だが向かってくる馬に乗った者達は怯まなかった。
鎧を纏った男が剣を抜くと他男達も剣を抜く。
そして兵士達に襲い掛かった。
(何がどうなって……)
吊るされたまま身動きがとれずに広場で行われている争いを見続ける。
他の人々は巻き添えを食らうまいとずいぶん離れたところから見ていた。
興味が移ったのか火あぶりにされている僕より謎の騎士と兵士達との争いに見入っている。

「あっ……わっ、わ……」

だが僕の刑は執行されたままだ。
いきなりの自体に困惑していたがその間にじわじわと死が忍び寄る。
あまりの熱さに下を見れば自分の着ていた衣服が焦げ始めていた。
もう人体が焼けるのは時間の問題だろう。
足の裏は酷い火傷で爛れていると思う。

パカパカッ――!

すると五頭の馬のうち一番後ろに居た馬がこちらに走ってきた。
儲けられた柵を軽々飛び越えて僕の方にやってくる。
男は剣を抜いていた。
それを見て僕の滑車の反対側にいた兵士が剣を抜く。
一瞬力を抜いたせいで板が揺れた。
それに肝を冷やしながら見下ろす。
ヘタしたら火の海に投げ出されてしまう。
だが馬に乗った男の方が動きが速かった。
こちらにぶつかる勢いで走ってきたかと思えば手綱を引いて兵士の体を蹴飛ばしてしまう。
同時に板が大きく揺れたがすかさず男が板に飛びついた。
お蔭で僕の体は跳ね上がると火柱から逃れる。
蹴飛ばされた兵士は少し離れたところでうつ伏せのまま動かなくなっていた。

「はぁ……ふぅ」

さすがの僕も一連の出来事に死ぬかと思った。
元々死は目前だったが人間は臆病でどうしたって震える。
というかあんな無茶をすれば誰だって驚くはずだ。

「大丈夫ですか?」

すると滑車の縄を引っ張りながら男が声を掛けてきた。
僕は徐々に火の猛威から遠ざかりながらその声を聞く。
燃える火の側でようやく降ろされると、男の持っていたナイフで縛っていた縄を切られた。
やっと自由になった体に安堵するが、力が抜けて立てない。
だから男に抱きかかえられるようにして素直に頷いた。
(誰なんだろう?)
未だに向こうでは男達が戦っている。
しかも兵士を打ち負かしているのだから驚いたものだ。

「ケイトさん」
「!!」

すると僕を抱きかかえる男が頭部の鎧を外した。
その下から苦笑する声が聞こえる。
男の顔を見て驚きのあまり声を失った。
何せ僕を助けた男があの穏やかなセルジオールだったからだ。

「な、なっ……」

普段の彼は争いはおろか手を出すような人ではない。
むしろ剣とか鎧とか一番似合わない部類の人間だと思っていた。
すると僕の驚きがおかしいのかセルジオールは笑っている。
こんな状況なのに穏やかな空気を醸し出す彼はやっぱりセルジオールだった。

「ご安心下さい。彼らは皆強いですから」
「は?」
「今はみな鍬や包丁に持ち替えていますけど、昔はこっちが本業だったのです」
「どっどういうことですか」

こっちとは何を指すのか。
この時の僕は極限状態に居たため思考が上手く働かなかった。
考えてみれば死刑執行されていた身である。
いきなり順応しろと言われても無理な話である。

「クリス、ボルジアっ」

するとセルジオールが今まさに剣を交えている男達に向かって声を掛けた。
彼らは皆同じように頭部の鎧を外して投げ捨てる。
そしてこちらに手を振った。

「あっ……」

その顔に目を見開く。
下に着けていたチェインメイルから覗いた顔はよく知る仲間であった。
料理人のクリスに庭師のおじさんや同じ使用人の二人。
余裕たっぷりに笑いながら僕の無事を喜ぶと剣を振りかざした。

「言ったでしょう?シリウス様の部下だったと」
「え?」
「彼らは優秀な騎士です。特に今日は町中に兵士が分散している為数が少ない。あれぐらいの人数なら朝飯前でしょう」
「あ、朝飯って」

あまりに暢気な言い方にぎょっとした。
どうやら緊迫した状況だと捉えているのは僕や町人だけでセルジオールやクリス達は全く焦った様子がない。
兵士に剣を向けるなんて普通に考えたらとんでもない事なのに彼の口調は妙に軽々しかった。

「特にボルジアは剣を持つと途端に生き生きしますからね」

呆然と見ている僕にセルジオールは指差した。
そこには普段腰を曲げて鍬やシャベルを持つ庭師のおじさんが楽しそうに剣を振るっている。

「ばかやろうっ、もっと腕の立つものは居ないのか!腑抜けた犬どもめっ」

むしろ僕の存在など眼中にないのか好き勝手に兵士達をなぎ倒していた。
生き生きというよりもはや人格が違う。
のほほんとした優しいおじさんが勇ましく剣を振るう姿は別人のようだった。
何より剣の捌き方や身のこなし方、立ち回りが明らかに素人ではない。
というより皆年老いているのに全く年齢を感じさせなかった。
おかげで兵士達が子供に見える。
馬の扱いにも手馴れたもので圧倒的に優勢を保っていた。

「あ、あなたたちは一体……」

僕はセルジオールを見上げながら首を傾げる。
今までシリウス様をどこかの名家のご子息で有名貴族なのだと思っていた。
その遺産相続やら何やらで揉めてあんな状態になったのだと思っていた。
貴族なんてよく知らないし僕の常識が通じない世界であるから何が起こっても不思議ではない。
だが確かにおかしいと思う部分があったのも事実だ。
シリウス様自身の心の傷が癒えきってないから深く聞こうとしなかったが本当は聞きたいことが山ほどあった。

「それは私に問うものではないでしょう?」
「え?」
「あなたを一番心配しているのはあの御方なのですから」

するとセルジオールはそういって笑う。
撫でられた手が優しくて温かかった。

「それに城に帰ったらジェミニのお説教も聞いて下さいね」
「あっ」
「もちろん私も怒らなくてはならない事が沢山ありますから覚悟して下さい」

口調とは逆に彼の表情は穏やかである。
彼の言葉に城で心配しているジェミニの姿が浮かんで涙が溢れた。
(帰ってもいいの?)
皆に迷惑を掛けてばかりだったのに、僕の帰りを待っていてくれる人がいる。

いつか帰るところ。

その存在が僕を生かしてくれるのだ。
途端に胸の奥が熱くなる。

「……っぅ……」

だから僕は自分の胸元を無心で掴むとセルジオールに笑いかけた。
涙で嗚咽が漏れてしまい言葉にはならない気持ちが溢れ出す。
(ジェミニやセルジオールなら何時間でもお説教を聞くよ。どんなに怒られたって大好きだよ)

「言ったはずですよ」
「ひっぅ……っぅ…」
「あなたはもう私達の家族である、と」
「セルジ……オールさっ……」

僕は赤ちゃんみたいに泣きじゃくった。
セルジオールによしよしされてわんわん泣き続けた。
僕の帰りを待っていてくれる人が居て、僕の為に戦ってくれる人が居る。
こうして生きている喜びを感じる以上に彼らの存在が嬉しかった。
それはきっと自分の居場所を見つけたからだ。
安堵の涙が零れ落ちて歯が震える。
伝えたい気持ちは沢山あるのに感情が先走って涙が止まらなかった。
おかげで全く言葉にならずセルジオールにしがみつくとひたすら泣いていた。

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