ブブブブ――――。

ベッド下の床に置き忘れていた鞄から携帯のバイブ音が聞こえてきたのだ。
空気が張り詰めていた分大きく響いて、無視する訳にもいかずおっさんから離れると、鞄を引き寄せ携帯を手に取る。
すると着信画面には今日相手にするはずだった客の名前が表示されていた。
おれはすっぽかしたままだったことを思い出すと時間を確認する。
約束の時間から一時間近く経っている。
おれはおっさんに気付かれないよう着信を切ろうとしたが、見逃すはずもなく、彼にその手を取られた。

「今日のお客さんだよね?」
「っ」
「出て」
「…は?」
「約束をすっぽかしたんだから、ちゃんと謝らないと」
「だっ、誰のせいで……!」

おれは文句を言おうとしたが、おっさんは完全に怒った顔をしていて言葉を飲み込んだ。
嫉妬。
彼は今、客に腹を立てている。
従順なおっさんが豹変するのはいつも嫉妬心からだった。
弱気な反面垣間見える独占欲の強さにゾクゾクする。
誰にでも股を開く少年を愛してしまった苦悩が純粋な瞳を穢していた。
鬱陶しいはずの感情を持たれても心は軽い。
いいや、愉快な気分だ。
あくまでおっさんを虜にさせているのはおれなのだと、手綱を引いているのはおれなのだと実感できる。
おれは狡猾な笑いを口許に浮かべ、おっさんに背を向けると、通話ボタンを押した。

「もしもし」

営業用の少し甲高い可愛い声を作る。

「あ、一平君!やっと繋がったよー!どうしたの?今どこにいるの?」
「あう、ごめんなさい。実はちょっと体調が――…」

そう言って話し始めると背後で気配がした。
そのまま腰を掴まれると、尻の穴に熱い塊を押し付けられる。
振り返ると悪戯を思い付いた少年のような顔をしたおっさんと目があった。
(ま、そうなるよな)
おれは予め覚悟をしていたように足幅を広げて、後ろから挿入しやすい格好になる。

「ふっ――…う…!」

彼の性器はやっぱり物凄い質量だった。
凶器みたいな性器が無遠慮におれを犯す。
先っぽが挿っただけで内蔵は圧迫感を感じ、息が苦しくなる。
入り口でこのザマだ。
処女だったら尻の穴が悲鳴をあげていたに違いない。
それでもこのサイズは挿れたことがなく、まだ慣れない。
よく電車内で挿ったものだ。

「ど、どうしたの?声が変だよ?」

なにも知らない電話の主は、心配そうに声をかけてきた。
周囲の音から察するところまだ駅にいるのか。

「ん、大丈夫。今日は本当にごめんなさい。向かう途中で急にお腹が痛くなって…んぅっ……!」

後ろからゆっくりと突かれる。
まるで己の性器を馴染ませるように、先ほどの挿入を思い出させるように優しげなピストンだった。
まだ奥へは挿れられていない。
半分もいかないほど手前で焦らすように腰を振る。

「ちゃんと断るんだよ」

携帯を当てている耳と逆側からおっさんはそっと囁いた。
吐息混じりの声は悔しいくらい色っぽくて、耳に当たる息に感じてしまう。
おれは承知だと言わんばかりに何度も頷いた。

「…ひ…ぅっ…!」
「一平君?」
「それで…ね、今日の予定は…キャンセルさせても…っはぁ…」
「一平君…大丈夫?」

大人しくおっさんの言う通りに断ろうとするのだが、ちゃんと話が出来ず途切れ途切れになってしまう。
その様子に、おれの名を呼んだ客の声は、どこか不審がるような感じだった。
すぐに取り繕うよう言葉を探す。

「ごめんなさい。まだお腹が痛くてトイレから出られないの…っんぅ……」

おっさんはタイミングを見計らうかのように腰をこねくり回した。
ただでさえ敏感な腸壁に擦れて声が我慢できない。
おっさんのちんこはおれの前立腺を探しているのだ。
だが、前立腺に触れずとも今までゴム無し挿入すら許さなかったせいか、生の感触に目眩がする。
この熱、感覚はゴムを通しては得られない。

「んぅっ…ふ…」

口を自らの手で覆い嬌声が出ないようにする。
負けたくなかった。
こうなることは分かっていて通話ボタンを押したのだ。
そもそも、今までだって同じようなプレイは何度もした。
どいつもこいつも挿入されながら平静を装うおれを見てみたいだとか、征服欲を満たしたいだとか、自分勝手な欲を押し付けてくる。
そんなのムカツクから絶対に思い通りになってやらなかった。
そう思っていたのに。
(必死すぎてバカみたい)
目の前の鏡には後ろからおれに覆い被さり、必死にイイところを探そうとしている男がいる。
今日尻の穴で童貞を捨てたばかりの彼は、テクニックのなさを自覚しており、余裕なさけだ。
相手が援交常習者な少年のせいか、一層プレッシャーはあるだろう。

「んっ、…はぁ…っ…ふ………」

だが、そうやって穴の内部を探られたことなんてなかった。
こんな丁寧なセックスは初めてだった。
相手の一挙一動を見逃さないよう確認しながら犯す。
それはおれに極上の悦びをもたらしてくれた。

「も、しもし…聞こえてる?…んぅっ…はぁ…」

だが、こんな状況ではちょっと困る。
電車の時みたいに激しいだけであれば簡単に思考が飛んで楽になれるのに、今はじわじわと周りから追い詰められていくような不安と、早く気持ち良くなれる場所を見つけてほしいという切なさで溺れそうだった。
もういいからさっさとガンガン突いてと口荒く言ってしまいそうだ。

「ひっあっ――…!」

だが、その時神経の束を掴まれたような刺激が全身を貫いた。
声を抑える間もないほど衝動的で、無意識に直腸を締め付けた。
(見つけられちゃった)
鏡越しにおっさんと目が合うと彼は片方の口角をあげる。
前立腺を探し出されたおれは期待と興奮で鼻息荒くした。
これでソコをズコズコと激しく擦ってもらえると思ったからだ。

「一平君、誰といるの…?」

だが、その時電話口で声が聞こえた。
瞬時に客へと意識が引き戻される。
どうやら今まで耳を澄ませて聞いていたようだ。
その口ぶりは確信めいていた。
思わず冷や汗が流れる。
極力恨みを買わずに縁を切りたい。
面倒なことになってほしくなかった。

「あのっ……っんんぅ…!」

おれは言葉に詰まるが、おっさんに弱いところを突かれると、どうしても我慢が出来ない。
(ずるい!)
前立腺を見つけられて激しくしてもらえると思ったのに、彼の動きはあくまでスローペースだった。
相変わらず浅めのピストンでねっとり攻める。
かと思えば、時折強く前立腺を擦っておれの心を揺さぶった。
だからなすすべなくおれは鳴いてしまうのだ。

「俺との約束をドタキャンして誰に抱かれてるの?痴漢クラブのやつ?」

客の責める声は一層強くなる。
だが相反するように鏡の前のおっさんは優しくおれを翻弄する。
ブラジャーの上から胸を揉み、首筋から背中にかけて唇で愛撫していく。
まるで餌で手なずけられているような気分だ。

「ち…がう……っ」
「え?」
「ご…ごめんなさい!ちゃんと待ち合わせ場所に行く予定だった……っんあぁっ…指定の下着もつけてっ…お尻の穴慣らして…っ準備も万全だった…はぁ…」

口が勝手に動く。
暴露したくないことまで出てしまう。
事実を知れば怒り、きっと仲間たちへ情報を流すだろう。
おれのようなコアなジャンルは一度悪い噂がたったらおしまいだ。
もう商売できなくなる。
解っているのに。
(……それでもいいなんて)

「あっ…んぅっ…電車の中でね…はぁ…痴漢さんに…おちんちん挿れられちゃったの…っ……」
「は?で、電車?」
「ん、そ…だよ?…いっぱい人がいたのに…っおれのお尻っ…入れたことないくらい奥まで突かれてね……っはぁ…待ち合わせの駅に着いたんだけど…びゅうって中出しされちゃって…降りられなかった…のっ…ひぁ……っ」
「……っ…」
「あとはっ…なし崩しにホテルへ…連れ込まれてっ、アンタの約束忘れてパコパコして…っ…あぁんっ、ごめんなさいぃっ…!」
「………」
「っ…んぅっ…はぁっ、あぁっ……!」

衝撃的な告白に、電話の向こうでは言葉を失ったように無言になる。
こんなことが現実に起こるなんて誰も予想できなかったはずだ。
おれだって自分で言ってて安っぽいAV臭に目眩がする。
援交相手が満員電車内で痴漢によって寝取られるなんて非現実的だ。
いや、実際におっさんとおれは都合良く今日出会った二人じゃない。
でもそれを口にするのは憚れた。
わざわざ傷口に塩を塗る馬鹿はいない。

「あ…っんっ……はぁっ……」

取り合えず真相を自白したおれは隠し事もなくなりスッキリしていた。
もはや開き直って喘ぎ声を漏らしてしまっている。
これだけのことをして、自分に非があることは分かっていたから、怒鳴られるか、すぐに電話を切られるかと覚悟を決めていたが、電話口は静かだった。
通話が切れたわけでもない。

「あ…あっあんっ…!…だめっ…!そこ気持ちよくなるとこなのっ、んっ、はぁっ」

ここぞとばかりにおっさんは腰を回し、おれのいやらしい声を聞かせようとしてくる。
執拗に、ねばっこく前立腺を責められて息も絶え絶えだ。

「はぁ……はぁ……」

すると、しばらくして耳元で荒い吐息が聞こえてきた。
客の男だ。
その声を聞き逃すはずもなくおれは問う。

「アンタこそっ…んぅ、今どこで…なにしてるの?…駅にしては、っ…さっきより周りの音が静かになったけど…」

電話に出たばかりのころにはあった雑音がぱったりと聞こえなくなっている。
彼は電話の最中に移動していたというのか。

「トイレに…」
「は?トイレにいるの?なんで――…」
「…っ……」

口ごもる男に問いかけながら、おれの脳裏にふとした予感がよぎった。

「……まさか、おれの声を聞きながらオナニーしてる、とか?」
「……っ………!」

思わず黙り込んだ男におれはプッと吹き出した。

「あははっ、ちょーうける!アンタって寝取られで興奮出来る人だったんだね」
「だっ…それは一平君が……」
「そうだよね。おれとセックスするために、オナ禁して精子溜めてくれていたんだもんね。興奮しちゃうよね」
「…っ………―」
「いいよ?…んっ、おれの声でシコシコして…?」

テレフォンセックスなんかしたことがなかったけど、それで満足してもらえたらラッキーだ。
それに後ろのおっさんを煽ることも出来る。
現にさっきよりピストンが速い。
電話よりこっちを意識しろと言わんばかりだ。

「あぁっ…今ね、ホテルのベッドで後ろからおちんちん…をっ…挿れられてるっ…んぁっ…アンタがくれた下着姿で…っエッチしてるよ……?」
「はぁはぁ…紫の…下着だよね?」
「ん、ぅ…そ…だよ?レースのエロイやつ…っはぁ、ぅ…ホントならっ…今ごろアンタの…ちんこを…挿れてる…はずだったのにぃ……ごめ…ね?」
「本当だよ!痴漢なんかに寝取られて!…本来なら俺が一平君の肉々しいアナルに突っ込んでるはずだったのに…!」
「ひぅっ、おちんちんで…落とされちゃって…ごめんな…さいっ…!」
「客より痴漢のちんこを優先するなんて、一平君は頭空っぽのビッチさんだったんだね!」
「やっ、やぁっ…言わないでっ…」

責められているのにテンションがあがってやばい。
(めちゃくちゃ燃えるんだけど!)
男も同様に、悔しがりながらもこの状況に性的興奮し、ひとり駅のトイレでしごいていた。
想像するとシュールな場面で笑い転げたくなる。

「俺だって一平君に中出ししたいよ!今まで誰にも許したことなかったんだろ?」
「そ…だよ?どんなにお金をもらっても…っ…中出しはおろかっ…ゴムなしも拒否してたよ…だって…嫌だもん…っ…気持ち悪い…もんっ…あぁっ…」
「それなのにあっさり痴漢なんかに許すなんて…!」
「らって…しょうがないじゃんっ…はぅ、っ…抵抗したけどっ…抗えなかったんだもんっ……」

すると背後からおれを犯していたおっさんのちんこが脈打ち、硬さを増した。
たぶん初のナマセックスと中出しが自分だったと知ったからだ。
四つん這いで突かれていたおれは抱き締められると、そのままおっさんと共に後ろへ倒れる。
そしておれの足を掴むと左右に開脚した。
天井に貼られた鏡には結合部分が丸見えになる。
そのまま背面騎乗位になると、下から幾度となく突き上げられた。

「あぁあっ、あっん…バカぁっ、アンタが余計なこと聞くからっ、痴漢さんが…喜んで激しく突いて…くるぅっ…!…」
「一平君、きもちい…?」
「きもちいい…っ、こんなのっ、あたまバカなるぅっ…ど…しよっ、あぁっん、やだっ…たすけて…っ」

強すぎる快楽に悲鳴をあげそうになるが、目は鏡に釘付けだった。

「やぁあっ…お尻壊れちゃあ…あ…っ」

もはや尻のシワは伸びきっており、ただの穴だ。
そこへ重量感のある男根が飲み込まれていく。
奥は拡張しきれておらず、きついのか、いまだ根本まで挿入できない。
おれの体を押さえ込んで捩じ込めば再び入るだろうが、おれは逃げ腰だったし、おっさんも無理にはしなかった。
ナカヘ入りきることが出来ず、外に晒されたままの陰茎に、穴から滴り落ちた白濁液がツツーっと垂れる。
電車内で出された精液とおっさんのガマン汁が混ざり合い、ぷちゅくちゅと淫らな音を立て、引き抜かれるとドロリと溢れた。
陰毛が濡れて絡まり、肉穴は泡立ち、ひどい臭気の中で卑猥な糸を引きまくる結合部は見たことがないほどエロい。
これだけ場数を踏んできたおれですら赤面してしまった。
(だってえっちすぎる!)
自分の性器とは思えないほど視覚的にクる様子に目を逸らしたいけど逸らせない。
むしろこの光景を見ているだけで今後のオカズには困らなくなりそうだ。
あまりの下品な姿に、おっさんには気付かれたくない、こんな卑猥な格好は見られたくないなんてウブなことを考えてしまう。

「えろ…っ…」

だが、おれの希望も虚しくおっさんもそれを見ていたのか上擦った声で囁いた。
まるで心の声が無意識に出てしまったような呟きに心臓が跳ね、慌てて足を閉じそうになった。

「だーめ。ちゃんと見て、電話で伝えてあげて」
「ひぅ…っ…」

おっさんはおれの足を掴む手に力をこめると、それを阻止する。
そして叱るように下からぐいぐいと突き上げた。
おれは必死な思いで携帯を握る。

「あぁっ、あぅぅっ…おれのアナ…っぐちゃぐちゃぁ…っ、おちんちんがね、…下からゴンゴンって…ぅぐっ!きもちい…きもちいいよぅっ…なんでっ、お尻の穴が…こんなにきもちいいのっ?…ひぁあっ……」
「一平く、それじゃ説明になってないでしょ」
「らって…っ頭が働かなくて…っおれっ…もお…ちんぽのことしな…考えられなぁ…っおあっ…また下から突き上げられちゃあ…ぁっ」

飲み込めないヨダレを口許から垂れ流し、恍惚とした表情で伝えるが、ほぼほぼ言葉にならなかった。

「お客さ…っごめ…ねえっ…おれのアナル、痴漢さんに負けちゃうっ…穴も奥まで強引に広げられてっ………」
「はぁっ、…許さないよ?…許さないけど、男のクセにちんぽの快楽に勝てない一平君もすきだよっ……」
「やぁっ!?…んぅっ…あぁっ…っ…!」

すると途端におっさんのピストンが荒々しくなった。
激しく腰を打ち付けられて悲鳴にも似た声が出る。

「…一平君のことが一番好きなのは俺だからね…」

耳元で甘ったるく囁かれて、もうおれは死にそうなくらい胸が高鳴った。
なんなら少し精液が漏れてしまったくらいだ。
(だから可愛すぎなんだよ、ばか!)
気を抜くとすぐ萌え殺しにしてくるから油断ならない。
ずるい。
ずるい。
でもまだ自分の気持ちを言いたくない。
彼をどう思っているのか考えたくもない。
いや、その時点で答えは出ているものなのに、元来の面倒な性格を引きずって素直になれなかった。
(…もう一度中出ししてくれたら?)
おれの体の奥深くにおっさんの精液を流し込んでくれたら、きっともう思考なんて働かなくて、頑なで可愛くないことばかり言ってしまうこの口も壊れてしまうのではないか。
そんな淡い期待が細胞のように体の隅々まで行き渡ると、早く中出しされたくて股がムズムズしてくる。
こんなの初めてだ。

「…ごめんなさい…!」

おれは心から詫びるように電話口で謝ると、相手の反応を待たずに通話を切った。
そして電源をオフにするとベッド下へ放り投げる。
おっさんはいきなりのことに目を丸くしたけど、すぐに気持ち良さそうに顔を歪ませた。
おれが上半身を起こすと、腰を振って尻穴を締め付けたからだ。

 

 

次のページ