好きな人を目で追ってしまうのは無意識で、時折困る。
鈍いならなおさらだ。
「おい、てめー。ガンとばしてんじゃねーよ」
「ひたいれす」
いじめられっ子の僕が恋をしたのは、学校でも有名な問題児で、先生も手を焼いている恐い生徒だ。
「ごめんなさい。でも先輩が好きなんです」
「マジぶっとばす」
帰りに後ろから隠れて尾行するも、バレバレですごまれる。
というか毎日のことで分かりきっているのだろう。
見つかると頬を抓られて電柱の影から引っ張り出される。
お決まりの光景だ。
それでも好きで好きでしょうがないのはなぜだろう。
いや、頭で考えたって仕方がない。
何せひと目惚れだったのだ。
あれは半年前のこと――。
家が肉屋で、学校から帰ると店を手伝うのが日課になっていた。
ある日、いつものように店の奥でコロッケを作っていたら、彼が現れた。
顔は当然知っている。
金髪で目立つ彼を知らないわけがなかった。
先輩はコロッケを買った。
(怒鳴られたらどうしよう。気に入らなかったらどうしよう)
作っているのは僕だ。
気に入らなくてタコ殴りの刑にされたらどうしようと背筋を凍らせる。
しかし予想外の反応だった。
紙袋から取り出して口にすると満面の笑みを浮かべる。
「うまい」
揚げたてのホクホクとした湯気があがるコロッケに、いつもつり上がっていた眉毛が下がっていた。
柔和な表情は初めて見る顔。
その無邪気さに胸を射止められ、以後、同じ顔が見たいと引っ付いている。
友人は自殺行為だと止めたけど、我慢が出来なかった。
三日後には告白をして、一週間後にはストーカーまがいの尾行をするようになっていた。
「物好きなやつ」
口を膨らませて横を向く。
彼は思ったとおりの人だった。
いや、もっとずっと優しくて素敵な人だった。
ボコボコにされるどころか、何だかんだ許して隣に並ばせてくれる。
だからもっと好きになった。
学年が違うせいで授業中は会えないけど、それ以外の時はいつまでも見つめていたかった。
「ま、お前の作ったコロッケはうまいけど」
「むふふ。愛情たっぷりですからね。ほら、寄っていってください!」
気付けば自宅の店前まで来ていた。
「嫌だ」
「そんなー」
盛大にもてなそうと試みるが、一度だって自宅に遊びには来てくれない。
何度誘っても断られた。
「家に来るならコロッケ三十個あげます」って、食べ物で釣ったんだけど効き目はない。
おかしいな。
ばあちゃんは男のハートを掴むには胃袋が一番だって教えてくれたのに。
「じゃあな」
「あ、あのっ……送って下さってありがとうございました」
僕が繰り返し頭を下げると、睨みつけられた。
「別にてめーを送ってんじゃねぇ。帰り道だったんだよ。調子に乗んな」
恐い顔なのに夕陽の赤さに混じって可愛く見える。
いつもそう言いながら送ってくれていることに、気付かないほど馬鹿ではない。
「はい、ごめんなさい」
「ふんっ」
口を尖らせたまま背を向け立ち去る。
その後ろ姿があまりに愛しくて、抱きつきたい衝動に駆られるが、大人しく見送った。
夕方の商店街は人も多く、ただでさえ背が高く目立つ風態の彼に、そんなことをしたら嫌われてしまう。
(……なんて、嫌われるようなことならもうたくさんしているか)
いつまでも続く片想い。
両想いの夢は遠すぎて、とっくに諦めていた。
ただこうして構ってもらえるだけで幸せなんだ。
彼を見つめるだけで僕の心は満たされるんだ。
だけど翌日、熱を出してしまった。
季節の変わり目で、うっかり薄着のまま寝たら冷えたらしい。
朝起きた時には頭が痛く、視界が二重になっていた。
次の日も、そのまた次の日も中々熱は下がらない。
病院に行ったのに、嫌いな粉薬も飲んだのに、夜になると熱が上がって翌朝ぐったりと目が覚めた。
(会いたいのに会えないのがさみしいよ)
朝から晩まで想うことはひとつしかない。
先輩のことだ。
ひと目でもいいから会いたくて、家を抜け出そうと試みたら母さんに見つかって怒られた。
もう大丈夫だと言っても信じてもらえず、見るだけのことさえ叶わなかった。
ようやく気付く。
風邪じゃなくても、元気だとしても、いつか見ることさえ出来なくなる。
恋人じゃなきゃ隣にはいられなくなる日が来る。
(先輩はさみしいと思ってくれていますか?僕はこんなにもさみしいです……)
今ごろ、うるさいやつがいなくて清々しているかもしれない。
それを思うと胃が重くなって食欲が失せた。
何日も店に立っていないし、コロッケも作っていない。
結局その週は丸々休むことになった。
金曜日には熱も下がり元気になったが、来週からのことを考えて休んだ。
今までならきっと大喜びで、進んで休んだと思う。
だけど今の僕は一日の長さに耐えられなかった。
我ながら女々しすぎる。
夕方、暇をもてあまして部屋を出た。
家族はみんな店に出ていて、家の中は静まり返っている。
寝すぎて気だるい体を引きずりながら店を覗くことにした。
階段を下りると一階が店になっていて賑やかである。
時計を見れば下校時刻で、本来なら先輩との楽しい帰宅時間のはずだった。
「荘太、店に来ちゃだめって言っているでしょ。食品を扱っているんだから」
「もう元気だよ」
一番奥にいた母さんが目ざとく僕の姿を見つけて注意しにくる。
「ここで見ているだけでもだめなの?」
「だめ。そこじゃお客様に見えるでしょ。だらしない格好で会ったらどうするの」
「むう」
もしかしたら先輩が買いに来てくれるかもしれないのに。
機械の向こうでは父さんがコロッケを揚げていた。
パチパチと小気味よい音が店内に響くと同時に香ばしい匂いが漂う。
店頭には僕の代わりにばあちゃんが座っていた。
どうにか客から死角になる場所を探すが、小さな店ではどこにいても同じで、仕方がなく家と店を繋ぐドアの影からこっそり見守る。
「いらっしゃい」
その時だ。
ばあちゃんの声に顔をあげて店内を覗き見ると、鮮やかな金髪が目に飛び込んできた。
(せ、先輩)
「コロッケひとつ」
「いつもありがとねぇ」
彼が五十円差し出すと、ばあちゃんが両手で受け取る。
彼女は揚げてあったコロッケを取り出すと食べやすいよう小さな紙袋へ入れた。
その間も先輩は忙しなく店内を見て回り、様子を窺っている。
「はい、おまたせ」
彼はコロッケを渡されても去らず、躊躇いがちに声をかける。
「あの……お孫さんは、まだ」
「そうなのよ。ほんと、いやだねぇ」
ばあちゃんは暢気にケラケラ笑った。
それに反して彼が表情を曇らせたのは見逃さない。
(先輩もさみしいと思っていたんですか?)
夢のような出来事に、瞬きさえ忘れて目を瞠った。
本当に現れるとは思わず、少しでも声を訊きたくて前のめりになる。
「あっ、わわっ……!」
するとバランスを崩した拍子に押し扉にもたれかかった。
体重の乗った扉はそのまま開かれると僕を押し出す。
「いったあああっ」
顔から店内に突っ込むと、豪快に倒れこんだ。
一部始終を見ていた家族や先輩の視線が集中する。
痛みに悶えている場合じゃないと起き上がれば、驚く彼と目が合った。
しかしすぐ視線は逸らされて、先輩はさっさと店を出て行く。
「やっぱりあの子は荘太の友達かえ?」
「ばあちゃ」
「お前が休んでいる間、毎日のようにコロッケを買いに来てたよ」
「き、来てたなら教えてよ」
「言わないでくれって頼まれたんだからしょうがないだろう」
「そんな……っ」
ここで言い合っていても始まらない。
母さんが止めるのも訊かずに裸足で飛び出すと、先輩の後ろ姿を見つけた。
今日も商店街は結構な人で、人混みに掻き消されそうになりながらあとを追う。
「せんぱっ……待ってください!」
裸足にパジャマの異様な格好に、周囲の人は怪訝な目で見ていた。
構わず掻き分けて走り続ける。
「はぁっ、けほっ」
さすがに病み上がりにはきつい運動で、すぐ息が切れた。
元々走るのは苦手なんだ。
体力がないのは重々承知している。
「おねがっ、待っ……」
商店街を抜けて、人通りの少ない住宅街まで来たところで見失ってしまった。
立っていられずその場に座り込むと、荒い呼吸を整えようとする。
アスファルトを素足で走るのは無理があったのか、足の裏がジンジン響いて痛かった。
「はぁ……はぁ……」
暑い季節はとうに終わったのに、額に汗が滲む。
追いつけなかったことが悔しくて唇を噛み締めると深くため息を吐いた。
ようやく会えたのに、逃げられたことがショックで肩を落とす。
「ばーか。何やってんだ、てめー」
すると僕の前に影が出来た。
その声に顔をあげると呆れた顔の先輩が見下ろしている。
「通行人の邪魔になるだろうが」
立たせようと腕を引っ張るが、完全に力が抜けて立てず、腰は重いままだった。
彼は舌打ちすると、鞄にコロッケの袋をしまい僕を抱き上げる。
「せ、せんぱっ」
「病人なんだろ。裸足で何やってんだよ」
「……っぅ……」
いつものように恐い顔なのに、無性に愛しくてそのまま抱きついた。
(戻ってきてくれた)
あのまま振り切ればよかったのに、僕を心配して引き返してくれた。
それだけで胸がいっぱいになり、情意が溢れる。
「だって……だって、さみしかったんです。先輩に会えなくて…っぼく……」
首に手を回し、肩口に顔を埋めると、先輩の匂いがした。
たった数日なのに懐かしくて幸せな気持ちになる。
この想いがすべて伝わればいいのに、うまくいかないことがもどかしい。
「ひっぅ……せんぱっ、すき……すきっ……」
外だというのに想いが溢れて抑えられなかった。
男のくせに軽々と持ち上げられて、抱っこされたまま告白をする。
どこから見ても間抜けな姿だったが止められなかった。
「…………ねーよ」
「え?」
すると、耳元で彼の声が聞こえた。
涙を拭いながら顔をあげると、先輩の顔が赤くなっている。
それは夕陽のせいなのか、それとも――――。
「そんなに俺が好きなら、勝手に病気になってんじゃねーよ」
「先ぱ……」
「この俺様を心配させるなんて百年早いんだよ、ばーか」
先輩は決まり悪そうに顔を背けた。
(もう、どこまでメロメロにさせる気ですか)
仕草のひとつひとつに胸をときめかせているのに、本人は気付いていないなんて罪だ。
もったいない。
誰もこんな彼のことを知らないなんて。
表面だけを見て誤解していることが悲しかった。
一方で、このままが良いと思っている自分がいる。
そうすれば先輩を独り占めできる。
彼のこんな姿を見られるのは僕だけだと喜びに浸れる。
「おい、てめー。なんか言えよ」
話の継穂を失ったままの状態に痺れをきたした先輩が、ようやくこっちを向いてくれた。
不機嫌そうなのはいつものこと。
「ごめんなさい。邪悪な自分と戦っていたんです」
「はぁ?なんだそれ。分かるように言え」
意味が分からないと眉間の皺が追加された。
僕は構わず彼の胸元に頬を寄せる。
「僕の中には悪い自分がいるんです」
「つーか、誰にでもいんだろーが」
「その僕は邪悪なんです。先輩のこと独り占めしたいって、僕だけの先輩でいて欲しいって思っているんです。こんなにも素敵な人ならたくさんの人に教えるべきなのに、みんなのものになるのが嫌なんです」
我ながら独占欲の強さに辟易とする。
しかし先輩の反応は違った。
深くため息を吐くと、毒気が抜けた顔で見ている。
「恥ずかしいやつだな」
「なっ、これでも真剣なんですよ」
「余計にだ、ばか」
彼はようやく歩き始めた。
来た道を戻るように夕暮れの商店街に向かう。
西に傾いた夕陽は店の陰に隠れ、代わりに白い月が出ていた。
ひとつの空に、橙から群青へとグラデーションが出来ている。
「別に、俺はみんなのものになる気なんてねーし」
抱きかかえられてさっきより目立っていた。
気付いた奥様たちが道を開けるように端に退く。
先輩は平然としていた。
僕の方が恥ずかしくて引っ付くと、僅かに抱く力が強くなる。
(……あれ?)
ふと胸に耳を当てれば鼓動の音が聞こえた。
険しい横顔に反して鼓動は速い。
僕よりずっとずっと速くて、聞いているだけで酔ってしまいそうだった。
(先輩もドキドキしているの?)
今までこんなに近付いたことがないから分からなかった。
だってほとんど顔に出ないんだもん。
今だって何事もない顔をして僕を抱いている。
もしこのドキドキが僕に関係しているとしたら嬉しい。
「聞いてんのか」
「は、はい。先輩大好きです」
「……てめー。あとで絶対にぶっとばす」
「わっ、ホントにちゃんと聞いてました。ただ嬉しくて言いたくなっただけです」
「っ……」
ほら、また鼓動が速くなった。
(そのことに気付いてないのかな)
体は正直で、愛しさは募る。
おかげで顔は緩みっぱなしになり、家に着くまでの間、ずっと耳を澄まして鼓動を聞き続けた。
***
先輩はベッドの上でようやく下ろしてくれた。
離れた体が寂しくて、もっと家が遠ければ良かったのにと思う。
でも初めて家にあがってくれた。
コロッケで釣らなくても来てくれたんだ。
「先輩、行かないでください」
「はぁ?病人は大人しく寝てろ」
「病気は治りました。先輩の顔を見れば元気百倍なんです」
帰ろうとする彼の服を掴み引き止める。
迷惑だと分かっていても別れたくなかった。
今しかないと思った。
「お、お願いします。僕に触れてください」
「……っ……おい、柏木っ」
「もしちょっとでも僕のことが好きなら……。いえ、嫌いじゃないなら」
パジャマのボタンを外すと、幼く中性的な体が現れた。
いかにも文化系の体つきは、白く細いせいか弱々しく見える。
恥ずかしかったけど、こうするほかなくて必死だった。
晒された素肌は男とは思えないほど貧弱で格好悪い。
「病み上がりで出来るわけないだろ。しかもそんなちっこい体で……」
「いいんです。先輩なら好きにして構いません。痛くても、辛くても……ら、乱暴にしても平気です」
拒絶されるのは当然で、分かりきっていた。
僕にはおっぱいがないし、余計なもんもついている。
愛情を求めるつもりはなかった。
せめて触れて欲しかった。
「馬鹿やろうっ――!」
するとひと際大きな怒号が室内に響いた。
まるで雷でも落ちたような衝撃に、体の芯まで届く。
でも耳を塞げなかった。
先輩が僕の体を抱き締めていたからだ。
「なめんじゃねーぞ」
「せんぱ…っ、ごめんなさ…」
「マジむかつく」
あまりに強く抱かれて痛いほどだった。
怒らせたのだと瞬時に悟るが、様子がおかしい。
「あのっ……」
「優しくしてーんだよ」
「……っ……」
「好きなやつには……優しく触れてーんだ」
力を抜くと戸惑う僕の体を離して顔を近づけた。
そのまま唇が触れると固まってしまう。
「だから、そんなこと言うな」
彼は僕の肌に触れた。
丁寧に指と唇を使って愛撫する。
言った通り、優しく気遣うような触れ方だった。
本人の性格からは想像出来ないほど、繊細な動きだった。
「はぁ、んっ…せんぱ……っ」
これは夢なのか。
あの先輩にパジャマを脱がされ、肌を重ねている。
体に触れる彼を見つめて頬を抓った。
その痛みは現実と幸せを教えてくれる。
「なにやってんだ」
「ゆ、夢じゃないかと思って」
「ばーか」
ベッドが軋んだ。
先輩が僕の上に覆い被さってきたからだ。
見下ろされてドキドキは速さを増す。
相変わらずの顔だったけど、熱を帯びた視線はいつもと違い見惚れてしまう。
そんな僕に何度もキスをしてくれた。
先輩の唇は柔らかくて、中毒になりそうな甘さを含んでいる。
「ん、ちゅ…っはぁ……」
鼻先が触れるとなぜか照れた。
二人とも顔が赤くなっていて、おかしい。
「先輩、格好良いです」
「っ、こういう時に真顔で言うな」
「だって…っんぅ……っ、ふっぅ…んっ…っ」
言おうとした言葉は、唇によって遮られてしまう。
深く口付けられると、何を言おうとしていたのかすら忘れてしまいそうだ。
キスの合間に漏れる吐息が交わって、とてつもなくいやらしい気分に浸る。
唇を甘噛みされて、うっすら目を開けると、間近に鋭い目があった。
焦点がぼやけそうなほどの至近距離に、うっとりしながら見つめていると、頬に手を寄せる。
「もう嫌だって言ってもやめねーぞ」
「ん、せんぱ……っ」
尻に熱い棒が宛がわれて、僕は頷いた。
その様子を確認した彼は、ぐっと力を入れて内部に入ってくる。
僕は腸内で男性器を感じながらしがみついた。
その間顔中にキスをして、落ち着かせようと頭を撫でてくれる手が優しい。
根元まで入った時には、お互い汗だくになっていて、閉め切った部屋に息苦しさを覚えるくらいだった。
「んぅ、ふぁ……っ」
「っく……はぁっ、痛くないか?」
優しく問われて頷く。
本当かと疑惑の眼差しを向けられたが、僕の性器は完全に勃起していて分かりやすかった。
突かれるたびにガマン汁が漏れる。
「おま…っ、まさか」
「ひぁ、ぅん…っ、ふ…ごめんなさっ、ぼく……内緒でお尻いじってたんですっ…」
「な……っ」
「先輩に弄られたくてっ、勝手に…っはぅ…っ」
自重していたつもりが、体は疼きを止められず、吐き出し口として自ら尻を慰めていた。
恥部を弄られていると想像するだけで、思考は止まり、体が燃えるように熱くなってしまう。
そのころには尻に入れたペンの動きが速くなって、ぐちゃぐちゃになるまで掻き混ぜてしまった。
射精後、冷静になると罪悪感にのた打ち回りたくなったが、膨れ上がった欲望を静めるにはこれしかなくて、ずっと続けていた。
「俺を想像していたのか……」
「い、言わないで…くださいっ。気持ち悪いやつだって…分かっているんです」
まさか、こんなところで本人に知られるとは思わず、羞恥心で消えたくなった。
体だけは先輩を求めて締め付けている。
指やペンで届かなかった奥へ誘おうとしている。
その強欲さがより僕を辱めた。
「はっ、とんだエロねずみだ」
先輩は笑って奥まで突き上げた。
その刺激に仰け反り、無防備な首筋を晒す。
「あぁっん、……っはぁ、ね、ねずみじゃないですよぅっ」
「ねずみだよ。ちょこまかと俺の周りをうろついて、うざったくてしょうがねぇ」
「はぅ……」
事実であって反論できなかった。
しゅんと落ち込み彼を見上げる。
そんな僕を大きな手のひらで包み込むように撫でてくれた。
眼差しが優しいことに気付き、目が離せなくなる。
「おかげで柏木がいないと退屈になっちまった」
「せんぱっ」
「マジむかつく」
「ひぁ、あぁっ…んぅ、せんぱ…っ」
彼はいきなり首筋に吸い付いた。
ねっとりと舌を這わせ、噛み付くようなキスをする。
「こんなに尻の皺伸びさせやがって。どれだけ弄ってたんだ」
「んぅ、ふっ…せんぱっ、せんぱい…っ…そな…奥までっ、したことないんですっ…慣れてな…いからぁっ」
「じゃあたっぷりここを突いてやる」
「ふやぁあ、あっ…ぁっ…」
わざと奥を突き上げられて悦びに涙が溢れた。
刺激に不慣れな内壁は、先輩のちんこで擦られるたびに敏感に反応する。
自分で弄っていた時とは比べ物にならないくらい気持ち良くて溶けてしまいそうだった。
これが肛姦なのかと胸が震える。
「ほら、たっぷり躾てやるぞ。エロねずみ」
「んはぁっ…して、っして…ぇっ、ぼくっ、先輩専用になりたいんれすっ…ひぁ、おひりっ……せんぱっの…かたちにっ」
「くっ…てめー、どこまでエロいんだ」
欲情の色を濃くして、強く抱き締められた。
激しい挿入に、卑猥な粘着音が響き渡る。
汗まみれの体を擦り合わせて悦楽に浸った。
耳元で忙しない吐息が聞こえ、室内には生臭い匂いが充満している。
これで発情しないわけなかった。
僕は先輩の太い腰にしがみつき、足を巻きつける。
いつの間にか両手とも握られていて身じろぎ出来なかった。
なすがままベッドで重なると、シーツが伸びて皺になる。
「ひぁ、あっ…こえっ、おさえられな…んぅっ…!」
「はぁくっ……っん、俺も…突き上げがやめられない」
「こんなんじゃ…っ下に聞こえちゃうよぅ……っ」
先輩が腰を押し付けるたび、ベッドは激しく揺れて軋んだ。
声と共に下まで響いていたら、何をしているのか丸分かりである。
「だめなのにっ…あぁっん、だめなのにぃっ……」
体は淫らに揺れた。
もはや理性は働かず、貪るように快楽を求める。
先輩も同じ気持ちなのが言葉にしなくても伝わった。
僕のお尻で気持ち良くなってくれている。
汗で濡れた前髪が格好良くて胸がきゅんとした。
今は僕だけを見て感じている。
「も…っいいんですっ…ばれたらっ、あぁっん、ベッドの上で…遊んでたって言いますっ…」
「あぁそうだな。遊びには違いない」
「はぅ、ん。意地悪ですっ、でも…っすき…っだいすきっ…!」
気付けば布団も枕も吹っ飛んでいた。
お尻は完全に先輩の形を覚えさせられちゃって、気持ちよさしか感じない。
最後は精液だだ漏れで、僕のちんこは壊れちゃったかと思った。
先輩が突くたびにトロトロの精液を垂れ流して二人の体を汚すんだ。
シーツも服もぐちゃぐちゃになっちゃって酷い有様だ。
でも彼は怒るどころか腰を抱き寄せてキスをしてくれた。
甘い恋人のキスだ。
声も仕草も格好良すぎて、よく鼻血を出さなかったと思う。
一ヶ月はおかずに困りそうにない。
それどころか思い出しただけで下半身が疼いて変な気分になりそうだ。
僕はやっぱり先輩には適わないようだ。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
あれだけ激しかった行為は、先輩が僕の卑猥な腸壁に精液をぶっかけて終わった。
とはいえ、それから二回――合計三回中出しされたからお腹はたぷたぷで、抜くと溜まった精液が溢れてくる。
窓の外はとっくに真っ暗で、今何時なのか分からなかった。
母さんが様子を見にでも来たら大変なのに、先輩の腕の中が心地よすぎて出るに出られなかったのだ。
「えへへ。先輩好き好き」
裸で抱き合うのはエッチとは違った気持ち良さがある。
つい離れられなくて引っ付くと、腰を抱き寄せてくれた。
「…………俺も、……だよ」
エッチ後の先輩はいつもより大人しくて、それが照れからきていると覚り、頬が緩む。
僕の気持ちに応えようとしてくれるが、肝心な部分が小声すぎて聞こえなかった。
それが彼らしくて余計に嬉しくなる。
どんなに恐い顔で睨まれても効果はなかった。
「へへ、僕のコロッケよりですか?」
「っ、たりめーだろ」
「本当かなぁ。じゃあコロッケ百個なら?」
「……っ……」
すると急に押し黙る。
迷っているのかと窺うが、顔を見て違うことに気付いた。
彼はそっと額にキスを落とす。
「一度しか言わないぞ」
「はい、先輩」
「あとでもう一回って言ったらぶっとばすからな」
「もちろんです!」
その言葉に彼は意を決した。
真剣な顔で見つめられて、ドキドキがうるさくなる。
どうしてこんなに魅了されてしまうのだろう。
お陰で僕の方が先に好きだと言ってしまいそうだ。
それを必死に抑え、じっと見つめる。
「本当は、始めからコロッケなんてどうでも良かった。俺はお前が好きなんだよ」
「せんぱ」
「だからコロッケで釣ろうとするな。そんなのなくても一緒にいてやるっ」
言い切った先輩は顔が真っ赤で口を尖らせていた。
表情が可愛くて思わず抱きつくと、我慢できずに擦り寄る。
すると無言で背中を撫でてくれた。
これが精一杯の愛情表現であることはちゃんと分かっている。
不器用な先輩らしい表し方だ。
ぎゅるるるるる――。
その時ふいに二人の間で腹の音が聞こえた。
一瞬固まると彼を覗き見る。
居心地悪そうに顔をしかめ、眉間に皺を寄せていた。
もうそろそろ夕飯の時間かもしれない。
激しい運動をしたあとだ。
お腹がすくのは当然である。
「先輩、本当にコロッケはどうでも良いんですか?」
「…………」
「良ければごちそうしますけど」
僕がそう言うと、ムスっとしたまま抱き締める力を強めた。
近づいた距離に、首を伸ばし手を絡めると、軽くキスをする。
名残惜しそうに唇を離すと、僅かに先輩が笑った。
それは、いつか見たいと思っていた表情だった。
「……お前が作ってくれるなら」
END