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「っ……つ、つーか、さっさとどけ」

本棚の間は狭く、どうしたって密着せざるを得なくて思わぬ近さに動揺を隠せない。
もう用は済んだだろうに、桃園は退こうとしなかった。
息遣いのわかる距離にいると否応なしに鼓動が速まった。
これだけの至近距離なら心音が聞こえてしまうかもしれない。
自分ひとりがしどろもどろな態度でいたたまれなかった。
(落ち着け、オレ)
唇を噛み締める。
弱気を押し殺す。
覚悟を決めて逸らしていた視線をゆっくり彼へ合わせようとする。

「大体この時間ってまだ部活中じゃ――」

喋りながら目が合うと、しまった――と後悔した。
桃園の射抜くような瞳が逃すまいと自分を見ていたからだ。
背後には本棚があり下がれないし、前には立ちはだかるように桃園が立っている。
逃げ場がない。
ひくり、と息が引きつった。
顔のすぐ横に囲うよう桃園の手が伸びてくる。
もう片方の手は弓枝の唇に触れた。
その涼しげな目元は意味あり気に細くなり弓枝を見下ろしている
まるで獅子が追い詰めた獲物を狩るような鋭い瞳だった。

「抜け出してきちゃった」
「は、ぁ?」
「どうしてもジュリエットに会いたくて気がついたら図書室の前にいたの」
「いたのって、お前ロミオだろ」
「ん、だからジュリエットに――」
「オレはジュリエットじゃねーし、お前は劇の主役だっつってんの! 勝手に抜けてきたら他の部員たちが困るだろーが」

まずい。
はまる。
このままじゃ桃園ペースに巻き込まれる。
それでも振り払えないのは心のどこかで会えたことを喜んでいるからか。
いや、きっと桃園には特別甘いのだ。

「それに冬木だって……」

冬木の名が出ると桃園はあからさまにむっとした。
さらに詰め寄られて体が重なる。
肌が触れる。
互いの肌は汗ばんでしっとりと濡れていた。

「別に……今会わなくたって明日にも学校で会えるだろ」
「今日は金曜でしょ。それとも何? 弓枝は明日俺と一日中デートしてくれるの?」
「でっ――!」

仮に男二人で出かけたとして、それはデートではない。
通常デートとは呼ばない。
桃園が言うとなぜかいやらしいことのようで恥ずかしくなった。
逃げられないと分かっていて攻めるんだ。
誰も来ない図書室に二人っきり。
しかも本棚の奥の奥で入り口からは死角になっている場所で迫られている。
桃園はずるい。
自分の魅力を分かっていて、落としにかかろうとしている。
弓枝は容姿に惹かれたわけではない。
でも声や口調には弱い。
だって桃園がこんな強引なやつなんて知らなかった。

「お、前……よく分かんない……」

挑発気味に微笑んでみせるくせに、今、唇を撫でる指は限りなく優しい。

「普段は心配になるくらい気遣うくせに、時折すごく意地悪で強引だ」

振り回されている。
どちらも本物の桃園なのは理解していても切り替えについていけない。
悔しいのはどっちの桃園にも胸を高鳴らせてしまうことだ。

「俺、意地悪?」
「うん」
「強引?」
「うん」

余裕がなくて頷きを繰り返す。
自分が酷く弱い者になってしまったようで心細くなった。
桃園はそんな弓枝を窺うように覗きこんでくる。

「ごめんね」

唇に触れていた手を離し、思い迷ったように自分へと戻した。

「俺は弓枝の思っているような男じゃないよ」
「…………」
「冬木も言ってたけど実際は性格悪いし我侭で自分勝手。弓枝は買いかぶりすぎなんだよ」
「そんなことない!」

弓枝は否定するようにかぶりを振ると、

「お前の優しさはちゃんと分かってる!それにオレ……お前らのお蔭で楽しいことばかりでっ……その――――んっ!」

すると眼前に綺麗な桃園の顔が近づいてきて、そのまま弓枝の唇を塞いでしまった。
雨の日以来の柔らかな感触は例えるのも難しく一瞬で思考を奪う。
桃園はずぐに唇を離し体を引いたが、手は弓枝を本棚に押し付け、拘束したままである。
いきなりのことに弓枝は驚いたまま固まっていると、

「あーあ、キスしちゃった」

桃園は熱っぽい眼差しで囁いた。
掠れたように低い声は弓枝の琴線を刺激する。

「弓枝があんまり可愛いこと言うから我慢できなかった」
「お、オレのせいかよ」
「うん。あなたのせい」

真顔で言い切るくせに雰囲気は甘ったるくて朦朧とする。

「なんか変なんだよね」
「変?」
「弓枝相手だと理性を抑えられなくなる。普段はいくらでも寛大でいられるのに、弓枝だと急に器の小さい男になっちゃう」
「…………」
「いや、きっと寛大なんじゃなくてどうでもいいんだよね。俺って物事にそこまで固執しないっていうか。多少の嫌なことでも「ま、いっか」で済ませられるのに、弓枝のことになると途端に余裕がなくなってムキになっちゃうんだ。傷つけたいわけじゃないのに上手く立ち回れない」
「オレだと感情が露になるってこと?」
「あはは。直接本人に言われると困るなぁ。でも、そうだよ。――ほら」

そう言ってぐっと下半身を押し付けられると、そこは熱くなっていた。
気付いて目を見開くと桃園は苦笑している。

「逃げるなら今だよ」

明るく軽々しく言っているが、本当はもうそんなに余裕がない。
言葉にしなくても伝わる気持ちに全身が火照った。
気を遣われている。
弓枝だけでなく桃園自身も傷つくまいと振舞おうとしている。
耳にあの日の雨音が響いてきた。
溶けるような吐息と切羽詰った桃園の表情に魅入り胸が震える。
その翌日の平然とした振りの桃園は、きっと上手く立ち回れなかった結果なのだろう。
実際は露骨に態度に出てしまうほど動揺していたのだ。
それを隠そうと必死になったが故に、あんな不自然な表情になってしまったのだ。
桃園の中にある激しい衝動。
にこやかな笑顔の中に隠された浅ましい本性。
何でも器用にやり遂げるくせに、本当の彼はどこまでも不器用なのだ。
ただ器用に見せていただけなのだ。

「オレ、もっと本当のお前が知りたい」

弓枝は逃げなかった。
それどころか真っ直ぐに見つめて逸らさなかった。

「どんな酷い男なのかは知らなくちゃ分からないだろ」
「いいの? 泣いても許してあげないよ」
「ばーか。男相手に泣かせるとか言うな。そんな簡単に泣かねーよ」
「ん、そういうと余計に泣かせたくなるなぁ。弓枝の泣き顔とか想像するだけで興奮する」
「こんの、ドSが」

お前は十分いい性格してるよ――と、言いたくなったが、その前にキスをされたので弓枝は応えてやることにした。
抱き寄せられた腰に大人しく身を寄せると桃園の下半身が硬さを増す。

「んぅ、んっ……んっ、ちゅっ……」

艶かしい舌の動きに翻弄されて弓枝はくぐもった声を放つ。
経験の差は明白で、今さら競ったところで無駄だ。
なら身を任せた方が楽で、桃園もそれを望んでいる。
彼の唇は一通りキスを堪能するとすぐに首筋に下がった。
耳から首筋にかけて丁寧に愛撫をし、ちゅっちゅっと恥ずかしい音を残していく。

「はぁ、んぅ……今さらで、悪いけど……んっ、く…オレ、汗かいてるぞ?」
「あらら、男子高校生の性欲舐めないでね。弓枝の汗も匂いも煽っているとしか思えないから。お望みなら喜んでバター犬にでもなるけど」
「……っ、な、なるな!」

弓枝が瞬間的に真っ赤になると、桃園はニヤリと唇を歪ませ、

「バター犬の意味知ってるんだ」
「馬鹿にしてるだろ、お前」
「いーえ。反応が可愛くてキスしたいと思ったの」
「嘘っ…んっぅ……っふ……」
「やばっ、声エロ過ぎでしょ。たまんないよ」

桃園は肌に吸い付いて離れなくなった。
巧みに弓枝の夏服のボタンを外し、体中を触りまくる。
そのせいで弓枝の性器も勃起して抜かなきゃ収集つかなくなってしまった。
薄暗い本棚の間で狭さを利用して絡み合い、目が合うたびに蕩けるようなキスをする。
激しい呼吸の音がやけに響いて、ここが図書室なのも忘れてしまいそうだ。
ぼんやりと鍵のことが頭に浮かんだが、嫉妬深い桃園はすぐに意識が他に向いていることに気付くと荒々しく抱きしめて自分へ意識を向けた。
強引ながら愛情詰まった仕草に悪い気はせず勝手に口許が弛んでしまう。
桃園の体からはやはりシトラスの爽やかな香りがした。
恥ずかしがりながら互いにシャツを脱がせ合い、それぞれの股間を撫でる。
二人とも熱に魘されたように見つめ合い熱を共有した。
他人の性器だが全く嫌悪感はなかった。
それどころかどんどん卑猥な気分にさせられて大胆になっていく。
桃園は弓枝のベルトを外しチャックを下ろすと直接ペニスを扱き出した。
初めて自分以外の誰かに触られてびくりと震える。
強張ったのは一瞬で、すぐに快感が上回って気を抜けば嬌声が出てしまいそうだった。

「んっ、んぅっ、く、桃園……っ」
「はぁっ、俺のも触って?」

促されるまま彼のベルトを外しチャックを下ろしてパンツに手を入れる。
そそり立つ性器は素手で触ると火傷しそうなくらい熱くて、表情以上に欲情されていることを知った。
弓枝はそれが嬉しくて扱く手を早くする。
そのうち更に欲求が高まって自ずと互いの性器同士を擦るようになった。
ズボンもパンツも脱いで二人はペニス同士を重ねる。
興奮しすぎて気が変になりそうだった。
学校の図書室で躊躇いなく露出し抱き合っている。
性器同士が擦り合った時、興奮は最高潮に達してそれだけでイキそうになった。
ガマン汁がだらだら垂れて床を濡らす。
密閉した空間では匂いがこもってむせ返りそうだった。
桃園は積極的に腰を押し付けてくる。
後ろは本棚で、弓枝の体は間に挟まれて押し潰される。
悩ましげに漏れる吐息に恍惚となっていると、桃園の手が後ろに回った。

「ひっ、ぅっ……!」

その手がゆるゆると弓枝の尻を撫で回し、窄みへと手を這わす。

「なにっ、んぅくっ……はぁっ」
「大丈夫。俺に任せなさいって」
「お、おしりに……っ、ゆびが……!」

弓枝の尻の穴に桃園の指が入ってしまった。
違和感よりも衝撃に目を見開き僅かな抵抗を見せる。
桃園はそれでも手を緩めなかった。
馴れた手つきでぐいぐい中を苛めてくる。
探るようにまさぐられて、入り口より少し奥に指が擦れた時、弓枝の体は震え上がった。

「あぁ、あぁあ――!」

全身に電気が走ったように刺激が迸って、彼に抱かれながら妄りがましい声を放つ。
桃園は見つけたと言わんばかりに口角を上げて執拗にそこを突いた。

「やぁ、あっ……なんでっ、くぅっ……声が勝手にっ……!」

擦れた前立腺は弓枝の想像以上の快楽をもたらし、強固な理性を崩していく。
必死に声を我慢しようと手で押さえるのに、指の間から漏れる嬌声は男子高校生ならぬいやらしさだった。
逃げ場もなく抗う力もなく、好き勝手にほじられて尻の穴で感じることを叩き込まれる。
途端に弓枝の性器はカウパーで溢れ、二人のペニスがドロドロに纏わりついた。

「どうしてそんなにエッチなの? 俺の妄想を遥かに超えてて我慢できないんだけどっ」
「し、知るか……っひぅ、っつーか、お前全然我慢してない!」
「えーこれでもめっちゃくちゃ抑えてるんですけど」

どこがだと反論したくなったが、急に尻をいじる指が増やされてそれどころじゃなくなった。
(本当にこいつはサドだ。誰だよ、爽やか好青年なんて褒めてんのは!)
自分だって少し前までそう思っていたくせに、腹が立って心のうちで文句を連ねる。
だが一方で本性を晒されていることに喜んでいる自分がいた。
弓枝は優しいだけの桃園を好きになったわけではない。
どんなに酷い男だとしても惚れてしまったのだからあとには戻れなかった。

「抑えてなきゃ、もうとっくに俺のちんこで犯してガンガンに掘っているところなんだけどね」

とはいえ上品な笑みを浮かべて言う台詞じゃない。
意地悪されても好きだが程度の問題である。

「や、やだっ……!」

笑い皺を刻んだ桃園の目元だが、その奥の瞳は冴え冴えとしていて、弓枝は慄くよう身を竦ませる。
すると桃園は抱いた手に力を込めた。
めいっぱいに頬を緩ませて、

「そんなことするわけないでしょーが」
「くっぅ……お前ならっ、やりかねない!」
「ひどっ! こう見えて俺は世界一優しい人間なんだからね」
「それはっ、知ってる……」
「え?」

桃園は固まると目を瞬いた。
「調子に乗るな」と否定されることを期待していたようだ。
当てが外れてきょとんとする。
弓枝は素直にそう思っていただけで、むしろ彼の反応に首を傾げた。

「もうっ、あなたって人は……っ」

桃園は不意に破顔すると肩の力を抜いた。
愛しさを隠し切れないように額や頬にキスをする。
そうしてしばらく唇で愛撫すると、紅潮し照れくさそうに困った顔をした。

「せっかく俺のペースに持ち込もうとしたのに、やっぱり弓枝には勝てないや。これが惚れた弱みってやつ?」
「別に勝ち負けなんかっ」
「はいはい黙って。それ以上可愛いこと言われると本当に我慢できなくなるから。悪いオオカミさんになっちゃうから」

続けて桃園は表情を引き締めると、

「大丈夫。絶対にあなたを傷つけるようなことはしない」

――と、それまでのおどけた口調を消す。

「確かに俺は優しいよ。博愛主義だったからね」
「だった? ……なんで過去形なんだ」

弓枝が不思議そうにしていると、

「決まってるじゃない。弓枝がいるからだよ」
「は?」
「もう弓枝にしか優しくしたくない。俺は我侭だから困らせるようなこともするかもしれないけど、その代わりあなたにはトコトン甘やかせたい。優しくしたい」
「甘やかすって、もう十分甘やかされてる気がするぞ」
「んーん、まだまだこんなもんじゃないよ。俺、基本的に好きな人には完全奉仕型だから」
「甘やかされてダメ人間になったらどうすんだ」
「あはは。そしたら一緒にどこまでも堕ちてあげる」
「勘弁してくれ。だからお前、乙女思考なんて言われるんだよ」
「否定してないでしょ。乙女上等!」
「なんだそれ」
「とにかく、めっちゃくちゃ甘やかせたい、可愛がりたいんよ。こんな気持ちになるのあなただけなんだからね」

桃園は息が止まるほどの妖艶な笑みで返した。
巧緻を極めたような顔立ちに漂う色気は妄りがましい。
長い睫に宿る影さえ美しくて弓枝は瞬きすら忘れた。
甘美な疼き。
桃園ならば本当に弓枝と堕ちていくことを厭わないだろう。
密やかな毒が体内を巡って縛られる。
細くしなる糸で絡め取られて身動きすら出来なくなる。
今だってこれ以上にないほど甘やかされているのにどうしてくれるのだろう。
桃園の宝石のような瞳は底知れぬ闇の輝きを放っていた。
ずっと見つめていたら吸い込まれそうだが、弓枝を求めているようにも思えて逸らせない。
実際にそれからの桃園は優しかった。
痛くないようにと丹念に尻の穴を慣らし、ゆっくりと広げてくれた。
どれくらい時間が過ぎたのか分からない。
でも弓枝はとっくに違和感がなくなり、むしろ肛門が蕩けそうなくらい舐め回されていた。
気が狂う。
苦痛で歪むより快楽で歪む視界は中毒的で、一度この味を知ったら抜け出せそうになかった。
何か太いモノで蓋をしてくれないと緩みきった括約筋が伸びっぱなしになってしまう。
放課後の図書室でズボンもパンツも剥ぎ取られて淫らな声で啼いた。
人が来るかもという不安はとうに頭の隅へ追いやられて、内壁を擦る舌の感触しか分からない。
周囲には本が散らばっていた。
無意識に掴んだ本が床に落ちてしまったのだ。
その中には桃園が代わりに取ってくれたシェイクスピアの詩集もあって、落ちた拍子に開かれたページが目に入る。
必死に字を追おうにも頭が働かなくて読めなかった。
快楽に支配されて、日本語すら文字の羅列にしか見えない。

「もうやめっ……えっ、っはぁっ……!」
「ん、言ったでしょ。トコトン可愛がってあげる」
「あぁっ、あっ……あぁっ……!」

同い年の男に組み敷かれて言いように喘がされている。
屈服して悔しいのに、生き生きと責め続ける桃園の楽しげな表情に胸が高鳴る。
やっぱりずるい。
こんな時でも絵になる男は、卑怯以外の何物でもなかった。
彼は弓枝の反応を食い入るように見つめて体を滾らせている。
(何度オレは桃園の妄想の中で犯されたんだろう)
話せば余裕あり気に喋るが、桃園は怖いくらい真剣だった。
片時も体を離さず、尻の穴にしゃぶりついたまま許してくれない。

「いい加減……っ、舐めすぎだっ…ばかっ!」

顔を押しのけようとしても全然言うことを訊いてくれなかった。
何が優しくするだ。
散々責めて男の尻に顔を埋めている。
早く繋がりたい、早く桃園猛々しいもので貫かれたいのに、そう思えば思うほど焦らす。
本当に酷いやつだ。
蕩けきった快楽に腿がぴくんぴくんと痙攣を起こす。
尻に力が入るたびに筋肉が軋んで足を攣りそうだった。
四つんばいになって後ろからいいように弄くられる。
穿り回された穴は切なげにヒクついて、桃園の本能に訴えかけた。
性器は痛いくらいに勃起して、少しでも刺激を加えれば果ててしまう。
薄暗い中、図書室には布擦れの音と自らの乱れた喘ぎ声しか聞こえない。
カウンター前の席にはやりっぱなしの原稿や問題集が開かれたままだった。
(こんなのされ続けたら変になる)
弓枝の肛門はもう十分ほぐれた。
舌や指の感触も覚えた。
あとは力の限り犯されるのを待つしかない。
性器の先端からは先走りが垂れて陰茎を伝った。

 

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