10

***

次に目が覚めたのは、ぎゅるるるるるとけたたましく鳴る自身の腹の音のせいだった。
うっすら目を開けたヤマトは、腹の痛みと減り具合に顔を歪める。
どうやら人間の体は丈夫なようで、気を失うほど殴られても腹は容赦なく空くらしい。
(ここは……?)
額に手を置き、気絶する前のことを思い出すと、暢気に腹が減っている場合ではなかった。
周囲を見回すと豪華な客室で、白を基調とした壁にはどこか知らぬ景色の絵画が飾られている。
ヤマトは痛む腹を押さえながら慌てて窓際に寄ると外を見た。

「――――っ!」

見ると辺り一面森が続いている。
もうすぐ夕暮れなのか、西日が強く瞳を刺激して瞼が震えた。
どれだけ見渡しても外は空と緑しかなくて場所が分からない。
ベッドの下に置かれていた自分の靴を履くと、恐る恐る部屋を出た。
(ここはあの侯爵の別荘か何かか……)
てっきり殴られたあと、殺されるか奴隷船に乗せられるかと思ったが、痛む腹以外に傷ついているところはない。
邪魔だったのか短く切られた髪の毛以外に変化はなかった。
気を失っている間に自分がどうなったのか検討もつかない。
とはいえ、ここがどこかも知れず、慎重に進むしかない。
屋敷は広々とした廊下に高い天井、ところどころに置かれてある調度品を見るに城のようだった。
荘厳な雰囲気が漂い、森の中にあるとは思えぬほど洗練されている。
しかし人がいない。
これほどの屋敷ならば、小間使いや小姓に遭遇してもおかしくない話である。
なのにどこまで行けども誰にも出会わなかった。
不審に思い訝しげに見て回ると、前方の窓が開いているのかカーテンが風で揺らいでいるのを発見する。
涼しげにヒラヒラ風に煽られるレースに近寄ると、どうやらそれは窓ではなく、テラスへと続くドアだった。
誘われるよう外へ出ると、賑やかな声が聞こえてくる。

「おじさん。見てください、このトマト!大成功ですよ」
「ほうほう。ならクリスのところへ持っていけ。きっと喜ぶぞ」
「はい!」

テラスの端まで行くと、そこは階段が続いていて中庭に直接降りられるようになっていた。
見ると同じ年くらいの少年が、中庭に作られた畑で丸々としたトマトを採っている。
その向こうでは彼と話していたであろう年配の男性が鍬を手に畑を耕していた。
二人の雰囲気から邪悪なものを感じなかったヤマトは、意を決して階段を下りると声をかける。

「あの……恐れ入りますが……」

窺うように少年を見つめると、ヤマトに気付いた彼が、

「あ、気がつかれたんですね。良かったです。体の具合はいかがですか?」
「特に何も」
「そうですか。あっと、自己紹介が遅れました。僕、この城で働いているケイトといいます。あっちにいるのがボルジアさん」

泥だらけの手を慌ててズボンの裾で拭くと握手を求めてきた。
戸惑いながらヤマトはそれに応じ、

「私はヤマトと申します。状況が少し見えぬのですが、誰がこの城に私を連れてきて下さったのですか」

そう問うと、ケイトと名乗る少年は嬉しそうに笑い、

「それは旦那様から説明されると思います。ちょっと待っていて下さい。一緒に旦那様のところへ参りましょう!」

ケイトは言うやいなやタタタッと駆けていき、ボルジアに説明すると、途中で採りたてのトマトが入った籠を持って現れた。
敷地内にはいくつかの畑が出来ており、その間に点々とある悪魔の像が不似合いでおかしい。
見上げると黒々とした立派な城が建っており、内部の細やかな装飾に比べて陰鬱とした外装だった。
黒い城なんて聞いたことがない。
隣に並んだケイトは、テラスへ続く階段をのぼりながら畑のことを楽しげに話した。
元々は何もなかった中庭を花畑にしようとしたが、苦戦を強いられた結果農家の出らしく畑に変えたらしい。
手に持った籠には赤々としたトマトがたくさん入っていて、どれも甘く美味しそうだった。
その後通されたのは、謁見の間とでもいいそうな広間で、並べられたイスに座って待っているよう言われて大人しく座る。
しばらくしてやってきたのは、藍色の髪を持つ男だった。

「ヤマトと申します」

その姿に慌ててイスから立ち上がると深く頭を下げる。
見た瞬間に分かった。
あの藍色の髪の毛、麗しい顔立ち――それはつまり。

「こちらがシリウス様です。大丈夫ですよ。そんなに畏まらないで下さい」

間に入ったケイトは表情を崩さず、互いを紹介させると席に着くよう促す。
しかし相手は陛下の弟――つまり王子だ。
王族相手に気軽な挨拶など出来るわけもなく、恭しく頭を下げる。
いや、そうしたのは王族が理由なだけではない。
ヤマトはクラウスとも知り合いである。
しかし彼のように接することが出来ないのは、シリウスの放つ独特の雰囲気が原因だった。
よく見れば顔立ちもどことなくユニウスに似ている。
――が、片目を眼帯で隠し、黒一色の詰襟を着ていた彼は、圧するような空気があった。
口数も少なく、無表情でじっとしている。
なのに威圧的で貫禄があり、王子というより魔王のようだ。
どっしりと構えた姿は、ユニウスともクラウスとも違う王族らしい品格を備えている。
(これでは陛下が戸惑われるのも無理はないな)
話に聞いていたシリウスとは全然違った。
聞いていただけでも違和感があるのに、以前の姿を知っている者からすれば仰天ものである。
シリウスは王子として復権後も滅多に自分の城から出ないことで有名だった。
クリスマスの舞踏会に来ていたらしいが、ヤマトは興味なく延々中庭で歌を唄っていたから直接の面識はない。

「お茶をお持ちしますね」

すると唯一の頼みであるケイトはさっさと厨房へ消えていった。
初対面かつ寡黙な王子と二人っきりにされて言い知れぬ気まずさが漂う。
いつものように適当に微笑んで済ませればいいのに、過去を知っている分何を話していいのか分からなかった。
そもそもなぜ自分はシリウスの城へ来てしまったのか。

「……まず、お前には城へ来た経緯を話したほうがいいな」
「は、はい」

すると腕を組んだシリウスが先に口を開いた。
片目を隠しているとはいえ、眼光は鋭く射抜かれそうである。
少し険しい顔になるだけでかなりの迫力になる。

「お前はどこまで覚えている?」
「侯爵の男に殴られて気を失ったところまでです」
「そうか」

シリウスは顎をしゃくり、

「――そのあと、お前は樽に入れられて王宮から連れ出されたようだ。港には貴族御用達の船が一隻止まっていたらしい。どういうことか分かるか」
「手っ取り早く始末しようとしたのでしょう」
「左様。しかしその前にお前の入った樽を背負っていた男は始末された。クラウスはどうやら以前よりお前が襲われることを危惧して供の者を見張りにつけていたようだ」
「クラウス様が……」

思い出すのは警告された時のことである。

「本来ならクラウスの城に行くべきなのだが、あれも貴族との交流はある。どこまでが襲った侯爵側の人間か分からん限り、あれの城も危険がないとは言えない。だからやつはお前を私の城へ寄越した」
「…………」
「ここには数名の仲間しかいない。全員私の信頼している部下だ。案ずることはない」
「そうでしたか……」

重苦しい空気が辺りを包む。
危険が迫っていることは分かっていたが、こんなにも早く実行に移されるとは思わなかった。
軽率な行動に唇を噛み締める。
ヤマトは自分で賢いと思っていたが、年齢から見ればまだまだ未熟。
予期していたとはいえ、何が起こるか分からないのが世の中だ。
特にここ最近は自分のことでいっぱいいっぱいになって、先を見据えて考える余裕さえなかった。
浅はかさに拳を握る。

「遅れましたが、助けていただいてありがとうございました。全て私の不注意が原因でございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

改めて深々と頭を下げる。
無関係なシリウスまで巻き込んでしまったことを悔やんでいたのだ。

「ふん」

すると彼は鼻をならした。

「お前はユニウスに似て生真面目な男だ」

イスの背にもたれていた状態を起こし、興味あり気にヤマトの顔を覗き込むと、

「いいか。頭をどんなに使ったところで予測できない事態は起こるもんだ。人間なんて万能じゃない。だから悔やむな、まずは生きていたことに感謝しろ」
「シリウス様……」
「クラウスから以前より話は聞いている。礼を言うのはこちらの方だ。全て遊び惚けていたユニウスが悪い。あんな強引な改革案を打ち出したところで反発にあうのは必至。むしろお前が悪いもん全部被ってこの有様なんだから、あれを恨んだって罰は当たらんだろう」
「そんなっ……陛下には良くしていただいています――あ、っぅ」

ユニウスの話をしたところで躊躇った。
彼は半殺しにされている。
否、廃人にされたと聞いている。
こうして動けるヤマトより重症だ。
全てを奪われた彼がユニウスを良く思っていないのは当然で、みだりに話に出すべきではない。
ましてや、良くしてもらっているなんて言えるはずがない。

「……今、お前が考えていたことを当ててやろうか」
「っぅ!」

シリウスの瞳は鋭さを増した。
それに息を呑み背筋を正す。
迫力は今まで出会った誰よりもある。
その凄味に目を逸らしたら負けそうで、ぐっとこらえた。
その時――。

「旦那様、お茶が出来ましたよー」

ずいぶん間延びした声が広間に響いた。
二人して目をやると、紅茶のポットにティーカップを持ったケイトがニコニコしてやってくる。
その朗らかな雰囲気に脱力した。

「お前は……」

シリウスも同じことを思っていたのか、呆れたように頭を押さえて彼を隣に座らせる。

「あっ、すみません。大事な話の最中でしたか。ぼ、僕、さがります」
「いい。ケイトはそこにいろ」
「でもっ」
「お前は私の傍を離れなくていい。……まったく」
「すみません……」

自分でもしまったと思ったのか、ケイトはしゅんと肩を落とし、それぞれに紅茶を振舞った。
注ぎ終えると、今度こそ大人しくシリウスの隣に腰掛ける。
あとは窺うように黙り込んだ。

「つまり、答えはそういうことだ」
「え?それは――」

シリウスはケイトを見つめ頷いたが、ヤマトにはさっぱり理解できない。
思わず聞き返すと、

「ユニウスを恨んでおらん。これまで色々なことがあったが、結果として今、傍にはケイトがいる。それで良いのだ」
「どういうことですか」
「いつまでも憎しみに縋ったところで誰も救われない。ケイトがそれを教えてくれた。私はこいつと出会って赦しの道を知った。全ての出来事はケイトに出会うため必要なことだった」

すると、シリウスは隣のケイトに目をやった。
話についていけず困惑する彼を見つめる眼差しは、ひたすら愛情に満ちていて悪意の欠片もない。

「不思議とそう思えば憎しみなんて一瞬で浄化する。むしろありがたいとさえ思ってしまった時は、さすがに頭がイカれてしまったのかと思ったが、悪い気分ではなかった。私はケイトを愛して救われたのだ」
「ちょ、ちょっと旦那様っ。いきなり何を!」
「本当のことだ。今さら恥ずかしがる必要もない。何度お前に愛していると言ったか」
「で、ですがね……っ」

そう言って耳まで赤くするケイトを、シリウスは慈しむように抱き寄せて微笑んだ。
(わ、笑った)
緩んだ口許にヤマトは目を見開く。
無愛想な時と一変して、笑うとこんなに優しい雰囲気になるのか。
一瞬で変わった空気に喫驚すると、それを違った意味での驚きと捉えたのか、

「なんだ。男が男を愛するのはおかしな話か」

悠然と笑うシリウスに、ケイトは「もうやめてください」と恥ずかしそうに顔を隠した。
それに対して何も言えなかった。
なぜなら心の奥底でユニウスの顔が浮かんだからだ。
本来なら男色などありえない。
だけどそれを否定したら、とても悲しい気持ちになってしまいそうで嫌だった。
しかし安易に「素晴らしい」とも言えず、心中は複雑だった。

「まぁ良い。久しぶりの客人だ。今夜は盛大にもてなすから、気を緩くしてゆっくりしてくといい」
「ありがとうございます」
「明日以降のことはまたその時に話す。とりあえずこの場はいったん終わりにしよう。……ケイト、あとは頼む」
「はい」

シリウスはそういうと席を立った。
残された二人は、ヤマトの部屋へと向かう。
その道中、静かな廊下を歩きながらケイトは詫びるように言った。

「すみません。旦那様って誰が相手でも直球というか、嘘をつけない人なんです。もしかしたら不愉快な思いをさせてしまったかと――」
「いえ、むしろ私はあなたが羨ましい」

遮るようにヤマトは呟き、

「深く愛されている。シリウス様はケイトさんと愛し合うことで新たな道へ歩むことが出来たのでしょう。それはとても素晴らしいことです」

幸せそうに微笑む顔が頭から離れない。
人は愛し合うことで何かが変わるのか。
何に変わるのか。
こうしてシリウスに会うまで、彼は心のどこかで憎しみを忘れていないと思っていた。
だから「ありがたい」なんていう言葉が出てきたことがショックだった。
ヤマトも兄に対する憎しみはかなり薄くなっている。
もはや復讐だけで生きているつもりではないと思っていた。
だけど――。
あんな思いをしても良かったと言える自分は想像できない。

「私はシリウス様と似た過去をもっております。なれど、到底彼のように思うことは出来ません。それは今までもこれからも変わらない。私は一生この傷と共に生きていく」

シリウスに会ったら聞きたいことはたくさんあった。
言いたいこともたくさんあった。
それはきっと同じ立場を経験して、共感しあえる何かがあると信じていたからだ。
しかしそうではなかった。
理解できなかった。
むしろユニウスとの方が分かり合えている気がした。
本来なら違える立場なのに不思議な話だった。

「一緒だと思います」

すると隣を歩くケイトが立ち止まった。
つられてヤマトも止まると振り返る。

「旦那様にも決して癒えることのない傷はあります。今は確かに良かったと言える立場になったけど、そう言えるようになるまで、どれほど辛い夜を過ごしていたのか誰にも分かりません。それはきっと自分にしか分からないことです」
「……そうでしたね。軽率なことを申し上げました。私は苦しんでおられたころのシリウス様を存じない。そのような人間に結果論だけ述べられたって腹が立つだけです」

道を歩く人。
平然と歩く人、楽しそうに笑っている人、悲しげに俯いている人。
けれど、心の奥でどんな痛みを抱えているのかなんて誰も分からない。
人の機微とはそういうものだ。
案外、笑っている人ほど悲痛な思いを抱えているかもしれない。
それは分からなくて当然なのだ。
心は胸の奥に隠されているからだ。

「そうじゃないんです」

ケイトは柔らかく笑うと、ひとつの窓を開けた。
さわさわと涼しげな葉の音が耳に木霊する。
森側の壁は窓続きになっていて、夕暮れの緑が陽に透けて綺麗だった。
先ほどより沈んだ太陽にもう一番星が輝きを増している。
春に比べるとだいぶ日は長くなっていて、もう六時すぎているのが嘘のようだ。

「みんな一緒なんです。そのみんなの中にはヤマトさんだって入っているんです」
「私?」

ケイトは前かがみになると、窺うように顔をあげ、

「実は僕、以前ヤマトさんをお見かけしたことがあるんですよ」
「まさかクリスマスの舞踏会ですか?」
「はい。あの日、僕は旦那様と王宮へ行っていたんです。ヤマトさん、中庭で歌を唄っていたじゃないですか。凄く印象的でよく覚えているんです」
「そうだったんですか……でも、なぜ?」
「泣いているんじゃないかと思ったから。言葉は分からなかったけど、とても悲しい歌を唄っていると思いました。切なくて胸がツンとして……この世の果ては、きっとこんな感じなんだろうなって」

悲しそうに眉を下げ、ケイトの方が泣いてしまいそうだ。
本人もそれに気付いて頬を叩き、苦笑いをすると、

「でも今話してみるとそんな印象全然ないんです。歌のせいって言われたらそれまでなんですけど。あははっ、曖昧でごめんなさい。でも本当、今日会えて良かったです。あの時のヤマトさんはあのまま消えてしまいそうで怖かったから、生きているって知れただけで凄く嬉しいっていうか…。うまく言えなくてごめんなさい」

ぺこりと頭を下げた。
その素直さ、彼の人柄が身に染みるのはなぜなのだろう。
ヤマトは真面目だ。
シリウスの言うとおり生真面目な性格だ。
故にいつもたくさんのことを考えて、これが正しいのか自問を繰り返している。
感情を露にする機会は少なかった。
自分の思いを伝える機会も少なかった。
常に頭で考えて感情は二の次が当然だった。
妹に何度頭でっかちだと怒られたか定かではない。
明確に、明晰に。
何かを発言するならば、相応の責任を負うと思っていたからだ。
相手の反応を考慮した上で言葉を発する。
逆にいえば真意を忖度しないと何も言えないのだ。
なのにケイトはどうだ。
彼は自分の思っていることを上手く表現できもしないで滔々と述べる。
楽しそうに、嬉しそうに、恥ずかしそうに。
ありのまま無邪気に笑う横顔が眩しく見えた。
大して年齢は変わらないだろうに、物事を素直に感じて、そのままを口にしている。
羨ましかった。
決してヤマトのように斜に構えて見やしない。
だから人の心に直接届く。
拙くも優しい彼の思いが詰まっていると分かるから、ヤマトもそれを素直に受け取れる。
なぜか無性に泣きたくなった。
もちろん涙は出ないし、辛くない、悲しくもない。
だけどひりつく思いが剥き出しになってざわめいている。
何か叫んで伝えようとしている。
胸は膨らんで膨らんで――小さく弾けた。

「……申し訳ありません」
「え?」
「先ほどは答えられませんでしたが、本当は違うんです」

頭で考えるより先に言葉が出た。
自分でも何を言い出すのか分からない。
こんなこと初めてだ。
思いのままに呟くのは少し怖い。
相手がそれをどう思うのか全く予想できないからだ。
でもケイトなら――、まだ会って少ししか話していなくても温かい彼なら、気持ちを吐露しても許してくれる気がしたのだ。
何せここには聞き耳を立てている貴族も、奇異の眼差しを向ける兵士もいない。
空と大地とケイトしかない。
恣意的判断で口に出したところで誰にも責められない。

「あなたたちは変なんかじゃない……。だって私も同じなんです。男なのに、男の人を想っているんです。ユニウス陛下のことを好いているんです」
「え……っ……」
「恋をしてしまったんです。国も身分も違うのに、私はこの想いを止められそうにない」

ヤマトは思いきって心の声を披瀝した。
言葉にしてようやく自覚する気持ち。
ずっと心のどこかにあって、でもそれを認めるのが怖くて見ない振りをしていた。
だってきっと結ばれない二人だから。
国王陛下を慕ったところで、常に壁は立ちふさがる。
成就するはずのない気持ちなんて、余計に傷をつけるだけなのに、見つめ合うだけで嬉しくて、触れられるとその時だけは苦しみから解放された。
愛を確認し合うような仲じゃないからユニウスの気持ちは分からない。
一度だって愛していると囁かれたことはない。
だけど僅かな可能性に期待して、浮かれたり落ち込んだりを繰り返した。
それは紛うことなき恋心だった。

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