3

「前の学校ではこれでも威厳のある先生だったんだからな」
「そん・・・」
「だからこそ去年この学校に赴任して来て驚いたよ。こんなにも先生に懐いてくれる生徒がいるとは思わなかったから」
「やっ!」

その話は勘弁願いたかった。
去年の「先生!先生!」と懐きまくっていた素直なオレを思い出してしまう。

あの時のオレと今のオレは違うのだ。
だからその時の話をされると恥ずかしくて穴に入りたくなる。
記憶を操作して全てなかった事にしてしまいたい。

「もう…その話はっ!」

オレは俯いたまま先生の体を引き離そうとした。
胸元を押し返そうとする。
しかし先生の体は離れなかった。
彼の腕は強さを増した。
オレは彼の胸の中で居心地悪そうに縮む。

「小金井」
「ん…せんっ」

こうなると大人と子供の差が歴然と分かった。
いつもは言いたい放題なのだが所詮力で敵うわけが無い。
オレがどんなに暴れても彼にとっては些細な事でしかないのだ。

「――ホント、可愛いヤツ」
「!!」

先生は耳元で甘く囁いた。
こんな声は一年以上一緒にいたが一度だって聞いた事が無い。
その衝撃はまるで耳に突然高圧電流が流れたみたいだ。
ビリビリと伝ったそれは体中を侵食していく。
思わず体が震えた。
それに耐えるようにきゅうと目を瞑る。
なんだこれ!!
なんだこれ!!
オレの中でパニック状態に陥った。
いつまでも耳の甘さが消えない。
むしろ耳が溶けてしまったかと思った。
体を捕らえられて逃れる事も出来ずに息を呑む。

「去年の素直な小金井もいいけど最近の口が悪い小金井も好きだな」
「は?え!?」
「先生に噛み付いてくるのはお前ぐらいだし。最初は戸惑ったけど」

笑いを堪える先生は心なしか嬉しそうだった。
僅かに体を離した隙間から彼の顔を伺う。
堅そうな銀色の眼鏡フレームの奥に光る瞳はとても美しくて取り込まれるかと思った。
こんな風に間近で見るなんて去年以来かもしれない。

「…っぅ…」

ついうっとりと見てしまったオレに先生が触れた。
髪の毛を梳くように頭を撫でる。
大きな掌の感触は暖かくて心地良かった。
離れる気力すらならずに身を委ねる。

「ん、くすぐった…」
「小金井の髪の毛は柔らかくていい匂いがするのな」
「し…知らねぇ…よ。ばーか」

いつもならギブアップを迎えている筈なのに、どうしてか離れる気にならなかった。
心臓の音は今日も凄まじい速さで刻み続ける。
時限爆弾のようにいつか爆発してしまうかもしれない。
それでも、もう少しこうしていたかった。
だから僅かな意思表示を指先に託す。

「小金井…」

そっと先生のワイシャツを握りしめた。
胸元に寄り添ってゆっくりと肩口に頭を乗せる。
それを理解したのか先生は腰を掴んでいた手をぐいっと引き寄せた。
ベッドの上で体を捩じらせて体勢はキツイのに苦にならないから不思議。
だから暫くの間無言でそうして抱き合っていた。

トントントン――…。

するとどれぐらい時間が経ったか分からなくなった頃、階段を登る母親の足音に気付いた。
ふと我に返る。
それは先生も同じようで二人して驚いたように顔を上げた。
先生はくしゃっと笑って再度オレを強く抱き締める。

「わっ…!」
「明日、待っている」

再び耳元で甘く囁くと動揺するオレを尻目にパッと手を離した。
そのまま優しく笑いかけると立ち上がって出て行ってしまう。

「まぁまぁ先生!もうお帰りですか?せっかくですからお茶でも一杯…」
「お気遣いありがとうございます。ぜひそうしたかったのですが、これからまた学校に戻らなければならなくて…」
「これからですか?まぁ~それはそれは御苦労様です~」
「いえ、こちらこそわざわざ用意して下さったのにすみません」

廊下から母さんと先生の話す声が聞こえてきた。
二人はそのまま階段を降りていくのか足音と共に声が小さくなる。
だが部屋に残されたオレは身動きひとつ出来なかった。
嵐のように立ち去った先生に放心状態になっていたからだ。

―――翌日。
昨日の熱が嘘のように元気になったオレは駆け足で学校へと向かった。
そろそろ先生が職員室から教室に向かう時間である。
校門を勢い良く走り抜けると一気に下駄箱までやってきた。
時間を確認すると一旦呼吸を整える。

「小金井おはよう」

丁度良く先生が通りかかった。
先生は職員室から下駄箱を突っ切って教室に向かう途中だったのである。
ふと名前を呼ぶ彼は心なしかいつもより嬉しそうだった。
それがオレの欲目じゃなければの話だけど。

「…っ…!」
「小金井?」

――だが、オレの方がいつもと違った。
いつもなら挨拶がてら軽く文句のひとつやふたつでも言えた筈なのにその場で固まってしまったのだ。
足元にはまだ取り出したままの上履きが置いてある。

「小金井?おーい小金井?」

するとオレの異変に気付いた先生はこちらに近寄って来た。
首を傾げると不思議そうな顔をしている。

「どうした?」

オレの目の前までやってきた先生は僅かに屈んで目線を合わせると手を伸ばしてきた。
そっと額に触れようとする。

「…う…」
「う?」
「う、うわあぁぁぁっ!!」

オレは反射的にその手を引っ叩いてしまった。
驚いた先生は目を丸くする。

「おっおはようございます!!」
「おは…」
「では、さようなら!!!」
「ちょっ…小金井!」

オレは先生の目を見る事も無く、深々と頭を下げ、猛スピードで上履きを履いた。
一目散にその場から逃げる。
先生はオレの行動に為す術もなく置いていかれた。
残された彼は遠くなっていく後姿をポツンと見送る。

「はぁはぁはぁっ」

一方のオレは階段を登り長い廊下を全力疾走で走り抜けると、逃げ込むように自分の教室に入った。
まるで徒競争後の様に息を荒くして激しく肩を上下させる。
昨日一日中寝ていた体には少しだけ酷だった。
オレは覚束無い足元で自分の席に着く。

「うっす」
「はぁはぁ…おはよ」

隣の石本が声を掛けてきた。
力無く返事をするとぐったりと机に伏せる。

「あれ?小金井今日もまだ具合悪いのか?」
「はぁ…はぁ、そんなんじゃない」
「じゃあどうしたんだよ」

石本にどうしたと聞かれても上手く答えられなかった。
先生に会った瞬間体が固まってしまったなんて言える筈が無い。

去年の様に素直に笑えるわけでもなく、最近の様にケンカ口調で言い合う事も出来なかったのだ。
自分の中に再び訪れたのは些細な変化。
話す事もままならないほどの気持ちに胸が熱くなった。
照れくさくてどうしようもない。
実際に会うまでは気が付かなかった。
先生の顔を見た途端、昨日のやりとりが走馬灯のように思い出されたのだ。
一度意識をしてしまったら止められない。
抱き締められた温もりとか、彼自身の印象を覆すような甘い声とか。
そういった情報が一気に脳内へと流れ込んでしまったのだ。
平常心で居られるわけが無い。

「…あ、先生が来た」

すると項垂れたままのオレに隣で石本が呟いた。
同時に学級委員の号令が起こると先生に挨拶をする。

「着席」

イスに座りなおしたオレは先生の方を見ないように努めた。
彼だってさっきのオレに疑問を抱いているに違いない。
だが今はどんな言葉も出てこなかった。

「はぁ」

オレは逃げるように窓の外を見てため息を吐く。
こんな日でも空は青く、天高くお日様はオレ達を照らしていた。

――その日からオレは先生とまともに会話をすることが困難になった。

「小金井」
「うわああぁぁっ」

先生に声を掛けられれば動揺して逃げ出した。
一日中それを繰り返す。
朝もいつもの時間より早く出掛けるようになった。
彼と鉢合わせしないためである。
また授業中もあまり見ないように意識した。
さすがに全く見ないワケにはいかないが、彼がこちらを見ようものなら即座に目を反らした。
誤解してくれと言わんばかりの態度である。
これならまだケンカ調で言い合っているほうが楽だった。
想いを募らせれば募らせるほど、まともに対応できなくなるのだから笑える。
だが笑っていても事態は打開できないのだから困ったものだ。

「おい小金井」
「は、ははい!さよなら先生!!」
「あっ…おい!」

何日も続くオレと先生の鼬ごっこ。
そんなオレでも何もせずに逃げているわけではなかった。
話が出来ないのなら手紙でも書いてきっかけを掴めばいい。
そう考えたオレは便箋を用意して彼の為に手紙を書こうとした。
しかし残念なことに「先生へ」と書いたっきり全く進んでいないのである。
いざ自分の気持ちを書くとなるとそれもまた難しかった。
こんな事ならもう少し真面目に作文を書いていれば良かったと反省するのである。
だがこんなところで後悔しても仕方がなかった。

「……なー」
「ん?」

帰り道、隣に並んで歩いていた石本が急に声をかけてきた。
ぼんやり先生との事を考えていたオレはその声に気の抜けた返事をする。

「やっぱり最近の小金井変だよ」
「そうかな」
「だって先生のこと総シカトじゃん」
「う…」

一緒にいる時間が長い分石本にはバレやすかった。
言葉を詰まらせたオレは困ったように目を泳がせる。

「いい先生だと思うんだけどなー」

石本は空を仰ぎながら呟いた。
返事をする事無く石本の話を聞く。
オレだって先生が素敵な教師だという事は知っているんだ。
だから懐いていたしこんなにも好きになった。

「確かに見た目は少し厳しそうだけど話すと結構気さくだし」
「…ん、そうだね」
「俺は好きだなー」

分かっているからこそもどかしかった。
何の躊躇いも無く好きと言えたらどんなに楽だろう。
恋に落ちなければ今頃きっと石本のように先生が好きだと言えた筈なのに。
本気で人を愛すると簡単にそれを口に出せなくなる。
同じ好きという言葉なのに、その中に含まれた意味が全く違うから口に出来なくなるのだ。
今ここでオレも先生が好きだと言っても表面的には差し支えないと思う。
それは始めから石本の中の好きはLOVEではないからだ。
だがそれでもオレはその言葉を使うことが出来ない。
それをもどかしいと言わなくてなんと言う。
喉の奥に突っかかったまま取り出せない言葉が歯痒さで苦しくなった。
臆面もなく好きだと言えたらこの苦しみは昇華出来るのに。
いつまでも同じところを堂々巡りするから余計に淀んで苦しくなるのだ。

翌日、またいつもの様に先生がやってくると、学級委員が見計うように号令をかけた。
オレ達は立ち上がって礼をすると再度座る。
先生はクラス全員を見回しながら出席確認をすると今日の予定や掃除当番などの連絡事項を話し始めた。
オレはそれを窓の外を見ながら聞き流す。

「――それから、最後に小金井」
「えっ?」

不意に自分の名前を呼ばれた。
机に肘をつきボーっとしていたオレは我に返る。

「小金井は放課後に職員室に来なさい」
「え…」
「―――以上」

先生は返事も聞かずに出席簿を閉じた。
教科書を取り出すと授業を始める準備をしている。

「おいおい」

それを見た石本は小声で耳打ちするように話しかけてきた。
何やらニヤニヤしている。

「とうとう先生の堪忍袋が切れたのか?お説教でもされるんじゃねーの」

いかにもゴシップ大好きと言いたげな彼にオレは口を尖らせた。
黙って机から一時間目の教科書を取り出す。

「……そんなんじゃねーよ」
「絶対にそうだって。もしかして保護者も呼ばれんのかな」
「別にオレはそこまで問題起こしてない」

まったく乗り気じゃないオレに石本はつまらなそうだった。
彼は渋々教科書を取り出すと「つまんねー」と言っている。

「あ、でも明日何があったか教えろよ」
「はいはい」

友人の不幸に目を輝かせる石本に呆れてため息を吐く。
内心は平常でいられなかったが、自分が悪いのだと分かっていたから受け入れるしかなかった。
何日も担任を無視していたのだから仕方がない。
もし怒られたとしたらとりあえず謝って反省文でも書けばいい。
自分のボロが出ないうちにひたすら謝ってその場を凌ごう。
オレは小さく覚悟を決めながら授業に集中するよう努めた。

放課後になると皆は足早に帰っていった。
それを見送りながら自分も職員室に向かおうと席を立つ。
やはり職員室に呼び出されるというのは緊張する。
それが他の先生でも同じ事だ。
委員や頼まれ仕事なら分かるがどうやら今回はそれと違う。
石本を始めとした友達に煽られた事も含まれているのかもしれない。
オレは未だに騒がしい廊下を抜けて職員室まで来た。
ドアを開ける手が緊張の為に震える。
そんな自分を誤魔化すようにきゅっと手を握った。
恐る恐る開けると「失礼します」と呟く。
職員室の中は廊下よりずっと騒がしかった。
他の教師達も室内にいたせいか放課後だというのに賑やかだ。

「あ、小金井。こっちに来なさい」

入って来たオレに気付いた先生が、手をあげると手招きした。
オレは小さく頷くと先生の机に向かう。
彼のデスクの上には沢山の書類や本が積まれていた。

「放課後なのに悪いな」
「……いえ」

先生は怒っているような雰囲気ではなかった。
オレはいつもの様に破裂しそうなほどの心臓を抱えて、何とかそれだけ口にする。
先生はそんなオレをじっと見ていた。
居心地悪そうに不安定な視線が揺れる。
職員室全体が騒がしかったせいか、ここだけ違う世界のように静かに見えた。

「なぁ、どうして先生が職員室に呼んだか分かるか?」

ようやく先生は口を開いた。
二人の間を流れる静かな空気が途切れて少しだけホッとする。

「…オレが、先生を…無視したから」

それ以外思い当たる節がなかった。
オレは消えそうな声で小さく呟く。
少しの間を置いて返って来たのは先生のため息だった。
それを聞いて余計に居心地が悪くなる。
やっぱり怒っていたのかとか、気に障るような事を言ったのかと、あらゆる状況を考えて動揺した。
だから尚更下を向いて動けなくなる。

「小金井」
「…っ…」
「人と話すときはちゃんと相手の顔を見ないとダメだろう?」

すると先生は小さい子に問うみたいに優しく言ってきた。
一瞬だけ視線をそちらに向けると彼は困った顔をしている。
オレは即座に目を反らすとどうしていいのか分からなくなった。
そんなに簡単に目を合わせられるのなら始めからこんな状態にはなっていない。
オレだって先生を見たいし、先生がオレを見ていてくれたら嬉しい。
でもそういった冷静さは目を合わせた瞬間燃え尽きてしまうのだ。
残されたオレには胸のドキドキと激しい動揺しかない。
その途端、喉の奥に違和感が生じて伝えたい気持ちも精一杯の言葉も露の如く消えてしまうのだ。
誰も好きでこうなったワケじゃない。

「あれ?神尾先生」

すると再び訪れた二人の沈黙を破ったのは隣のクラスの佐藤先生だった。
二人はデスクも隣同士なのである。
元々同世代らしくて話しているところを見かけることは多々あった。
今日の彼女は可愛いブラウスにヒラヒラのスカートを履いていて、とても教師には見えない。
髪の毛も先生の間じゃ珍しくウェーブがかかっていて年齢よりずっと若く見えた。

「あ、佐藤先生。お疲れ様です」

彼女の出現によりオレ達の気まずい雰囲気は緩和された。
それに対して内心ホッとする。

「ふふ。やだ~」
「え?」
「神尾先生。ネクタイ曲がっていますよ?」

そういって彼女は躊躇いも無く先生のネクタイに触れた。
そして器用に直している。

「生徒の前でだらしないじゃないですか」
「あ、ああ。すみません」

先生はそういって申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
佐藤先生は直ったネクタイに「うんうん」と頷く。
そしてデスクの上にあった書類を持つとまた職員室を出て行った。
もちろん、こちらに手を振るのを忘れずに。

「――で、だな。小金井…」

先生は何事も無かったようにオレの方へと向きなおした。
だがオレはそんな言葉には目もくれず唇を噛み締めている。

「小金井?」

それは勝手な嫉妬だ。
あんなにも簡単に先生の体に触れる事への妬み以外の何物でもない。
自分自身は先生に酷い言葉を発し、挙句無視をしているのに嫉妬するのは間違いだ。
だがどうしても思わずには居られなかった。
触れる手の慣れている感じだとか、何事もない様に触れる事を許す先生の態度とか。
腹が立つことを上げればキリがないほど苛立っていた。
怒りほど単純なものは無い。

「オレが悪いんです。今まですみませんでした」
「え?…あっ、おい!?」

オレは頭を下げて詫びると、先生の話も聞かずに職員室を飛び出した。
後ろで先生の戸惑った声が聞こえたが振り返らなかった。
それは自己嫌悪と嫉妬で泣きそうになっていたからだ。
そんな自分にイイご身分だなと皮肉を言いたくなる。
しかし余裕のないオレにはそんな言葉さえ届かなかった。
溢れそうな涙を必死にやり過ごそうと廊下を駆け出す。

「はぁ…はぁ…」

社会科準備室へと逃げ込んだ。
教室もトイレもきっと先生に見つかると思ったからだ。
こんな情けない顔は誰にも見せたくない。

「…っぅ…」

少し経てばこの気持ちは治まると思った。
そしたら教室に戻ってランドセルを取りに行けばいい。

「ふ…」

だが人間の心はそんなに簡単には出来ていなかった。
未消化のまましこりのように残った気持ちが何度もオレを攻め立てる。
仲良さそうにしているのはいつものことだ。
オレはちゃんと分かってる。
大丈夫、大丈夫。
そう繰り返し言い聞かせながらオレはコの字型に並べられた机に座った。
校庭で遊んでいる生徒がいるのか、わずかに外が騒がしい。
締め切られたこの部屋は少し暑くて窮屈だった。

「ん」

この感じはよく覚えている。
ホコリ臭い湿った匂いが懐かしかった。
普段は社会科の授業で使う資料や道具が置いてあるが、月に一回委員会の会議でこの教室を使っていた。
各クラスの学級委員が集まって会議をする。
それだけじゃなく行事の用意に使ったり委員の仕事をする時はいつもこの教室だった。
よく放課後に残ってはこの教室で手伝いをしたものである。
また先生は委員の仕事を手伝ってくれる事もあった。
この教室で他愛無い話をするのが楽しくて、家に帰るのが遅くなっても苦にならなかった。
それは懐かしくて幸せな記憶。
冗談を言ったりふざけ合ったりしていた頃はとても楽しかった。
素直に「先生が好き。尊敬している」と言えたあの頃が輝いて見えた。
それを思うとまたもや胸が苦しくなる。
――大人から見たら、なんて幼い恋。
オレはせり上がってくる得体の知れない苦しさに顔を歪めた。
それから逃れるように、机の端に置いてあったマッキーに手を伸ばす。
それで自分自身を慰めようとしているのだ。
こんな状態で体が熱くなるハズが無い。
その行為が幼稚だと分かっていて今は快感に流されたかった。
この苦しみを全部忘れてなかった事にしたかったのだ。
オレは短パンの裾から入れたマッキーをお尻に当てる。
当然濡れていないし、慣らしていない。

「くっ…!」

それでも強引にソレを挿入した。
頭が入った瞬間の肉が引き裂かれる感触に顔を顰める。
若干痛みが走ったが構わずにそれを続けた。
無理やり奥まで挿入していく。

「ふ…ぁ…!」

普段からお尻を弄っているせいか、違和感と苦痛への順応力は結構なものであった。
根元まで挿入した時には勃起しかけている自分に気付く。

「はぁはぁ…」

窓からの西日が眩しかった。
校庭のポプラ並木が風に揺れる。
眩しいオレンジは容赦なくオレの痴態を晒していた。
根元まで入れて腸内はマッキーの感触に浸っている。
オレはイスに座りなおすと机に顔を伏せた。
夕日が眩しすぎて涙が出てしまうと思ったからだ。
思い出の場所で、変態的な行為をしている自分に反吐が出る。
だからか、全然気持ちよくなかった。
あるのは違和感と、僅かな反応を示す己の性器だけ。
それが虚しくて自分が何をしているのか分からなくなった。

パタパタパタ――…。

するとどこからともなく廊下を走る足音が近づいてきた。
オレは虚ろな視線にぼんやりとドアの方に目を向ける。
まさか、と思うには遅かった。
ガラガラっと開いたドアの先には珍しく息荒げな先生が居たのだ。
一瞬、お互いの呼吸が止まる。

「はぁ…はぁ、やっと見つけた」

先生はホッとため息を吐きながらドアを背に笑った。
オレは驚いたままイスに座って身動きが取れなくなっている。
(……あれからずっとオレを探していたのか)
まさか、そんなワケがない!
オレはそう自分に言い聞かせながら先生の様子を伺った。
先生はドアを閉めてこちらに近づいてくる。
思わずゴクリと息を呑んだ。
そうして彼の動向を探ろうとするのである。

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