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「おれはこうして秋津さんと一緒にいられればそれでいいです」

高台はこじんまりとした公園になっていて、誰もいないブランコが風に煽られると寂しげに揺れている。
(ずいぶん甘いことを)
海に視線を向けたままの横顔を盗み見た。
照れくささを隠すように増えた瞬きに愛しさは募る。
俺も彼のような年齢のころは同じように思っていた。
好きな人が出来て、自然と目で追って、少しでも話が出来ればラッキーだった。
淡い初恋は恋だといえないほど未熟で、好きな人のことを考えるだけで満足感に浸れる。
欲の欠片もない当時の俺は清らかな恋を謳歌し、充実した毎日を送っていた。
そのうち周囲にも愛だの恋だの話す仲間が増えて、付き合うということが夢のまた夢じゃなくなった時、今度は相手が自分を好きになってくれたらいいなと思った。
だから初めて好きな人から告白された時は、文字通り天にも昇るような気持ちになった。
初デートの前日なんて緊張しすぎて一睡も出来なかったくらいだ。
あげく胸がいっぱいで食事も喉を通らず気持ち悪くなった。
一緒にいるだけで嬉しい。
一緒にいるだけで満たされる。
思い返してみると、俺だって成瀬のような純情を抱いていた。
じゃあ道を違えてしまったのはいつからなのだろう。
経験が増えるほど、行為に慣れるほど当たり前の関係になってしまった。
恋人が出来て、別れて、また別な人と付き合って――。
まるでルーチンワークのように同じことを繰り返し、出会いと別れを続けている。
ラッキーなことにこの顔だと女性に困らなくて済んだ。
それがより新鮮さを失わせていったのかもしれない。
新しい恋の始まりには気持ちもリセットされて、またゼロに戻ると思っていたが、実際にはゼロに戻ることなんてなかった。
彼女が出来たらデートをして、キスをして、セックスをして、その間にあるクリスマスや互いの誕生日には気持ちを盛り上げて――なんて生産性のないことを続ける。
いつまでもときめきが続くわけではない。
代わりに別な愛情が湧いて、いつか家族のようになる。
ドキドキがなくなっても、安らぎがあるから幸せは続くのだ。
そもそもときめきやドキドキは通過点にすぎないのかもしれない。
一緒にいることが特別じゃなくなる時、本当の意味で特別な関係になるのかもしれない。
つい数ヶ月前に別れた恋人とは、長く付き合っていたし、そろそろ結婚も視野にいれる年齢だった。
故に家族や友人には早くプロポーズしろと急かされていた。

「彼女もきっと待っているぞ」

そりゃあそうだ。
会うたびに誰々が結婚するだの、今月はご祝儀貧乏だの嘆いていた。
それは遠巻きに求められているということで、気付かないほど鈍感ではないが、あえて知らん振りを貫いた。
彼女のことは好きだったし、他に好きな子がいたわけではない。
雑貨店に勤めだしてから出会いは極端に減り、友人たちには「これが最後のチャンス」だと脅されていた。
この期を逃せば次を見つけるのが大変だと。
それでも乗り気にならなかったのはなぜだろう。
自分のことなのにどうしても判らなくて、自問自答をしながら懊悩とさせた。
そのくせ彼女が俺の友人と浮気していることを知ってショックを受けた。
始まりは俺との関係に悩んで相談したらしいが、予想外にも盛り上がってしまったらしい。
つまり原因は俺にあるのだ。
宙ぶらりんな関係を続けてきた彼女が辟易として次に移るのは理解出来る。
早く結婚して早く子どもが欲しかったのかもしれない。
結局俺は振られて恋人と友人のひとりを失った。
誰も――自分自身も同情しなかった。
いつかの純情も恋心も消える。
砂に描いた絵のように、波に呑まれ風で吹き飛ばされてしまう。
年齢を重ねるごとに霞んだ純愛は音を立てて壊れる。
恋愛なんてそんなものだと知ったかぶった己が嘯くのだ。

「へへ。おれは秋津さんを好きでいられるだけで幸せなんです」

成瀬は冷たい風から身を守るように肩をすぼめた。
寒さのせいか――それとも好きな人の傍にいるせいか頬はほんのり赤みが差している。
恋愛のリハビリになると思って付き合い始めたのに、ひとつひとつの仕草や言葉が胸を掻きたてた。
いつも一生懸命な彼。
穢れを知らぬまま甘い戯言を呟き、俺の頑なな心を踏み荒らそうとする。
可愛くて愛しくて、でも憎らしいと思ってしまうのは底意地が悪いからだろう。
そもそも愛憎は表裏一体。
成瀬の純愛を誰より守りたくて、誰より壊したいと思うのは、惹かれ始めている兆しなのかもしれない。
寒さに震える成瀬に俺のジャケットを着せてやると肩を抱いた。
見上げた大きな瞳が、切ない秋の夕暮れを映し潤んでいる。

「ね、このあとうちへ来る?」

俺はいつの間にか汚い大人になってしまったんだ。

***

成瀬を自宅に誘うと、何も知らず屈託ない顔でついてきた。
男の一人暮らしは特別コレクターでもない限り物は少なく整頓されている。
興味津々に見て回る彼にお茶を出すとソファに座った。
ある程度会話をしたところで腰を抱き寄せ、
「いい?」と、聞く。
それ目的で連れ込んだのは一目瞭然で、どんな反応をするのか探るように見下ろした。
すると成瀬はこくりと頷く。
意外な反応だ。
意味を分かっているのかと怪訝にしたが、紅を散らしたように耳まで真っ赤になっていたから余計な言葉は慎んだ。
もし少しでも嫌がるなら可哀想だし、俺も男相手に勃つのか半信半疑だったから、やめようと思えばやめられた。
彼には悪いが冗談だったのだ。
しかし今腕の中で不安と緊張に震える恋人は悔しいほど愛らしかった。
(本気で男を抱くのか。抱けるのか)
自分で誘っておきながら困惑した。
だいたいキスもまだで、恋人らしいことなんて何もしていない。

「あ、秋津さんなら……おれ……」

成瀬は羞恥心に小さな体を竦め、消えそうな声で呟いた。
俺の服を掴むと、寄り添うように身を預ける。
その温かさと柔らかさ、健気なくらい想われている事実に情意が溢れた。
ゴクリと息を呑むと、そのまま成瀬を抱っこして寝室へ連れて行く。
彼の体は驚くほど軽くて、ちゃんとご飯を食べているか心配になるくらいだった。
衝撃がないようゆっくりとベッドにおろし、寝かせて上から下まで舐め回すように見つめる。

「んく……っ」

恥らうように身を捩る成瀬は艶やかだ。
その年頃に同じくらいの色気を持っていたかと問われれば即座に否定する。
雪のように白く瑞々しい肌、細く弱そうな手足、片手で掴めそうな腰。
保護欲をそそるような幼い顔は、いつにも増して赤面し動揺している。
何もかも男を欲情させるには充分な魅力を備えていて、ズボンのキツさに勃起したことを悟った。
(男相手に興奮するのか)
信じられなくてうろたえるも、体は正直でとっくに血は滾っている。
むしろこんな気持ち知らない。
初めての男だからだろうか。
それともかなり歳の離れた恋人を抱こうとしているからか。
味わったことのない焦燥感が胸をよぎり、抑えていないと襲い掛かってしまいそうだ。
頭の中で何度も冷静になれと言い聞かせる。
童貞を捨てた時も先走ってしまう自分を落ち着かせるのに必死だった。
あれから数年。
同じように焦ってしまう。
それを男が相手だからだと言いくるめようとしていた。
(実際裸を見たら萎えるかもしれない。行為の途中で嫌悪するかもしれない)
ホモでもあるまいし――なんて思っている時の方が余裕があった。
その余裕は、成瀬の肌に吸い付き服を脱がし始めると一変する。
薄闇の中に卑猥な布擦れの音が響いた。

「ん、んっ…はぁっ…」

首筋を唇で愛撫しながら器用に紐リボンを解く。
シャツのボタンをひとつひとつ外せば、隠されていた滑らかな肌が顔を出した。
手足と同じ、真っ白で蝋と見間違うような肌は触り心地良く手に馴染む。
タンクトップの中へ手を差し込み撫で回すと、成瀬の甘ったるい声が聞こえた。

「はぁ、っ…や、ぁっ…」

自分の声に狼狽し抑えようと唇を噛み締める。
その表情をもっと見たくてベッドサイドのランプをつけると、白熱灯の柔らかい明かりが灯った。
窓の外は陽が沈み、鮮やかな半紙を重ねたような藍色の空が広がっている。
いつもより闇の密度が濃く感じるのは俺の心持ちが普段と違うせいなのか。
淡い光の中で見えた成瀬は、一段と可愛らしくなっていた。
手の置き場に困り、掛け布団を掴むと頼りなさ気に目を泳がせている。
はだけた胸元は少年とは思えないほど色っぽくて背筋がゾクリとした。
傷つけないように怖がらせないようにと、今出来る最大限の優しさで撫でる。

「んぅ……っ」

そのたびにか細い声が漏れて次第に傾倒していく。
見れば短パンの中心は勃起してテントが張っていた。
成瀬も興奮し感じていると知り、嬉しくなると上半身を撫でていた手をパンツの中へ忍び込ませた。

「あ、っぅ…そこは…っだめっ…」

手にはぷにっとした不可思議な感触がして、一瞬躊躇うもそれを掴む。
今まで甘んじていた成瀬が決まり悪そうに首を振った。
そんなことをしたって煽るだけなのに、気付かない純真さに僅かな理性が音を立てる。
男の性器を掴んでも嫌悪はなかった。
むしろ気持ちは昂るばかりで鼻息が荒くなる。
それはきっと成瀬のだからだ。
どこもかしこも可愛い彼には嫌悪する場所なんてない。
俺は気付いてしまった。
成瀬を抱けるのではなく、抱きたいと思う自分がいること。
気付いてしまったら止められなくて、パンツの中で性器を扱いてやった。

「あ、ああっ…んぅ、んっ…変な声でちゃぁっ…」
「出せばいいよ。気持ちいいんだろう?」
「ひぅっ…秋津さぁ、っはぁ…っ」

小さな体が快楽に溺れて身悶えている。
もっと近くで見たくて、鼻先が触れるほどの距離で見ていると、手で隠そうとした。

「だめ…っ、だめ…ぇっ…ふぅっ…」
「どうして?俺、成瀬君が感じている顔をもっと見たいよ」
「あぁっ…だって…っ、んぅ…っ…おれっ」

今すぐ泣き出しそうな顔で俺を見る。
その表情だけで欲まみれな血の温度が上がった。
可愛いものはひたすら愛でるべきだという信条に反して、もっと苛めたくなる。
もっとその顔を見たくなる。

「おれ…っ、の体…っ、はぁっ、どこもかしこも男だから…んぅっ…きっと、見たら…っ、秋津さんに嫌われちゃいます…っ」
「成瀬く……」
「やだぁ…っ、んぅ…嫌われたくないっ…嫌われたくないよ…ぅっ、ぅっ…んっ」

必死になって手で俺を目隠しする。
成瀬の性器はガマン汁でくちゅくちゅといやらしい音を立てているのに、見せまいと伏せていた。
健気な気丈さに、心から流れる一筋の熱い思いが溢れ出して思わず抱き締めてしまった。
ベッドが一段と激しく軋む。
それでも扱く手はやめなくて、彼の姿に釘付けだった。

「あ、ああっ…んぅ……っ!」
「そんなこと気にしなくていいんだよ!」
「ひぁ、あっあ…っ秋津さ…っんぅんっ」
「絶対に嫌わない。嫌わないから気持ちよくなってよ……」
「秋津さ……っ」

俺の言葉に強張っていた成瀬の体が少しだけ緩んだ。
その隙に激しく扱いてやると、艶やかな声が抑えられなくなる。
しばらくして成瀬は俺の手の中で果てた。
ビクビクと身震いしたあと、快楽に抗おうとしがみついてくる。
手のひらは放った精液で熱くぬめった。

「はぁ……はぁっ……」

物音ひとつしない部屋に忙しない呼吸が響く。
絶頂に達して力が抜けたのか、俺の胸元にうずくまった。
よほど気持ち良かったのか、湯上りのように顔を火照らせて目蓋を震わせると達した余韻に浸っている。
そのいやらしい顔に興奮は治まらない。
それどころかイキ顔を見つめていたせいで、勃起した性器は痛いくらい張り詰めていた。
もう落ち着いて治まるどころの話ではない。
出さないでは終われない。

「こんな、ドロドロ……」
「はぁ、んっ…ごめんなさっ…手に出しちゃっ…て…んぅっ」

起き上がった成瀬は慌ててティッシュを取りに行こうとしたが、それを引き止めた。
空いた手で彼の腕を掴むと再び押し倒す。

「大丈夫」
「でもっ」
「こうすれば、もっと気持ち良くなれる」
「ひぁ、ぁっ――っ!」

俺は強引に足を開かせると、晒された尻の穴に精液を塗りたくった。
驚いた成瀬が飛び上がったが、その衝撃に腰をくねらせる。

「ど…してっ、そんなとこ!…きたなっ……」

俺の奇行に面食らって下半身を凝視した。
視線の先には指を咥え込んだ尻の穴がある。
始めは人差し指だけできつかった。
本当にこんなところに性器が入るのか疑問に思えるほどみっちり肉で閉じられていた。
成瀬は男同士でソコを使うとは知らず、動揺を滲ませる。
だから耳元でそっと囁いてやった。

 

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